第0章 山田太一という男
いつもの居酒屋で芸人、山田太一は、酒を飲みながら自分よりも売れている後輩にお笑いを語っていた。
後輩たちも内心、呆れながら聞いたふりをしていた。
「んで~明日、爆バトの収録があってよ~」
喋りは達者なんだが、オチもない話をダラダラと話す。
「マジすか?
自分らも明日、爆バトっすよ」
この中で唯一、東京に染まっていない【オンスタイル】の井田が言った。
すると、太一の顔色が変わり、井田の目を見て言う。
「頑張れよ」
「何すか、人事みたいに…
先輩も明日でるんすよ」
関西訛りの言葉で話す井田。
太一は、笑いながら「んな~オレはもう慣れてるよ」と酒の入ったグラスを持ちながら言う。
芸歴6年、3年前まではコンビ組んでいたが…解散してしまった。
爆バト 7戦5勝 最高505pt
WMG(若手漫才グランプリ)準決勝進出
輝かしい成績を誇っていた。
太一ピンになってからも一生懸命頑張り
爆バト 3戦3勝 最高457pt
PNK(ピン芸人NO.1決定戦)準決勝進出
するなど実力は認められているが、その平凡なルックスからなのか、決して売れることはなかった。
そして、明日一月三十日にチャンピオン大会出場(一期に4勝)をかけて挑むのだ。
次の日ー
雪がふり、息が空気中き白く広がる。
楽屋では、審査される緊張感からかネタ合わせを必死にやる出場者。
井田と相方の石上も端っこでしていた。
「……コンビっていいなぁ…」
楽屋のイスにもたれ掛かり、天井を見上げて言う。
今日の出場者は太一を除いて、全てコンビ。
昔、コンビを組んでいた太一だから相方の心強さは充分わかっている。
「失礼しま~す
一番目と二番目の方、そろそろ準備をお願いしま~す」
今どきの若者言葉のようにダラダラした言葉で言う新人スタッフ。
「わかってましたよっと」
太一は、ネクタイを締め直し、イスから立ち上がる。
そして、舞台に向って歩き始めた。
「すいませ~ん
トップバッター僕たちなんすけど……」
「……そうだっけ……」
新人スタッフは、膝がカクンと抜けた。
トップバッターのライダースが漫才を披露しているのを舞台袖でずっと眺める太一。
お客のウケは、爆笑とまではいかないし、スベっているとも言えない。
「……漫才か…」
悔しいそうにライダースを見つめる。
「だから、Mr.ドーナツ」
「結局それかよ
いい加減にしろ」
漫才の定石とも言える終わり方でネタを終える二人。
ライダースと書かれたバケツに100人のお客が球入れるか審査する。
バケツに入って行く球を見て、太一は「417か…」と呟いた。
「ライダースのお二人でした
続きましてはこの人だ!!」
爆バトのテーマソングが流れ、太一はセンターマイクの前に走って行った。
いつもの居酒屋のカウンター席でオンスタイル、井田と飲んでいた。
「結局トップ漫才組かよ!」
「兄さんだってオンエアしたじゃないですか」
「あんなもんで満足するかよ」
計量の時、うすうす感じていた。
オンスタイルの受け方が尋常じゃなかったことを。
量って見ると、オンスタイル509pt
山田太一453ptとその回のワンツーフィニッシュだった。
「でも差開き過ぎだろ…」
「関係ないですよビキナーズラックですって…」
「お前優しいな…」
酒を飲むと感情が出やすくなる太一は、涙目になりながら井田の肩を叩いた。
その後太一は、井田に送ってもらい何とか家についたのだった。