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ペンダント


「カイル、これに魔力を当ててみてくれ」


 夕食を終えて自室に戻るなり、アンリが手をこちらに差し出した。そこには、長さ三センチほどの細長い水晶のネックレスが乗せられていた。きらきらと控えめに光を反射するそれは、透明度が高くて見るからに高価なものだとわかる。


「こう、ですか?」


 アンリからなにかをお願いされるのは初めてのことで、セレナは不思議に思ったものの差し出されたそれに手をかざして言われた通り魔力を流し込む。

 なにが起こるのだろう、と見ていると、水晶がセレナの魔力に反応して光を放った。


 アンリはその光が消えるのを見届けると満足そうに「これでいい」と頷く。なにが「いい」のか、事態を掴めていないセレナが小首を傾げると、アンリがようやく説明し始めた。


「身の危険を感じたとき、これに魔力を流すと防御魔法が発動する護身用の魔道具だ」

「魔道具……」

「万が一に備えて身に着けておくといい」

「えっ、身に着けるって、僕がですか?」


 疑問に思ったことを投げかけると「ほかに誰がいるんだ」と呆れた目を向けられてしまった。


「こんな高価なもの困ります……頂けません」


 魔道具は、その中に貯めた魔力によりさまざまな効力を発揮できるため、魔法を使えない者でもその恩恵を受けられる優れものとして値の張る代物だった。いくらお金に困ることのない王子のアンリからの贈り物であっても、易々と受け取れるものではない。


「今のでセッティングが完了したから、もうカイル以外の魔力では反応しない」


(つまり、返品はできない、と……)


「……ではせめて代金を支払わせてください」

「これは売り物じゃないんだ」

「え?」

「宮廷魔導士長に頼んで作ってもらったから、値段はついていない」

「きゅうてい……え?」


 それを聞いて、セレナの顔から血の気が引いていく。

 王宮の魔導士団のトップである宮廷魔導士長は、つまりこの国で最も優れた魔法使いと言っても過言ではない人だ。そんな人が作った魔道具は、確かに値段などつけられないだろう。それに、たとえ値段をつけられたとしても自分が払えるとは到底思えない。


「まぁ、彼にとってこの程度の魔道具は朝飯前だから気にする必要はない」


 アンリの言う通りなんだろうな、と納得しかけた自分をセレナは内心で否定する。


(そういう問題じゃないのに……)


「この前の校外授業のときみたいに、俺が君のそばにいられないときもあるだろうから、万が一のお守りだと思ってくれればいい。あのときは、怪我だけで済んだからよかったものの、もし誰かに危害を加えられたらなす術がないじゃないか」

「で、でも……」

「もしかしてデザインが気に入らないか? それならほかの宝石をいくつか見繕ってこよう」

「いっ、いえっ! 十分素敵です、僕にはもったいないくらいとっても素敵です!」

「そうか、ならよかった。きっと君に似合うと思って選んだんだ」

「殿下が……?」

「あぁ、そうだ」と頷くアンリを見て、セレナの胸が高鳴る。

「俺を安心させるためだと思って受け取ってくれ」

「あ……」


 セレナの返事を待たずに、アンリは華奢なゴールドのチェーンをつまみ上げるとセレナの首にそれをそっと掛けた。

 近づいた拍子にアンリの爽やかな香りがして、どくどくと鼓動が速まった。つい先日、アンリに抱くこの感情を自覚して封印しようと決めたばかりなのに。またしてもアンリの優しさに、セレナの心はグラグラと揺さぶられてしまう。

 泣きたくなるくらいに、嬉しかった。

 アンリが自分の身の安全を守るためにわざわざ宮廷魔導士長に制作を依頼してくれたことも、こんなに綺麗な水晶を選んでくれたことも、すべてが愛おしくてたまらない。


(思ってるだけなら……)


 決して言葉にはしないから。胸の裡だけに秘めておくから。

 どうか、この気持ちを許してほしい。


 どこまでも強欲な自分に辟易するも、そんな自分をセレナはどうしても切り捨てることができなかった。

 兄のカイルとして生きてきた中で多くのことを諦めてきたセレナが、初めてセレナとして(・・・・・・)手放したくないと思った気持ちだった。


 動揺を隠すように胸元に光る水晶を手に取ると、曇り一つない透き通った輝きに目を奪われる。がんじがらめになり入り乱れる心が、浄化されるような、そんな清い輝きが今の自分にはとても眩しくて優しかった。


「すごく綺麗ですね」


 子どもの頃――カイルが亡くなる前は、ごくごく普通の女の子だったセレナ。リボンや宝石などかわいいものが大好きで、街に出たときには母にあれが欲しいこれが欲しいとねだっていた。

 ピンクや黄色、オレンジに赤。

 身に着けるものは、どれも女の子らしい可愛い色合いのものばかり。

 それも、カイルとして生きることを強いられてからは、当然そんな色のものなど選べるはずもなく、与えられるものも全てが男ものになり、セレナが持っていた宝石や装飾品などはすべて処分されてしまった。


 だから、この年になってまさかこんな宝石をもらえる日が来るなんて、夢を見ているようだった。


「ありがとうございます、大切にします」


 緩む頬をどうにか引き締めて、セレナは礼を伝える。

 アンリもまた、満足そうに頷いて見せた。



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