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校外授業


 今日はクラス合同で校外授業の日。学園の裏手にある森の中で、探知魔法を使って薬草採りをするというもので、グループに別れてそれぞれ指示された種類の薬草を強力して探していた。


「いやぁ、殿下のことだからカイルくんのことが心配で僕たちのグループにくっついてくるかなーと思ったけど、さすがにそこまでじゃなかったね」


 森の中を探索しながら、同じグループのマルセルがしみじみと言う。「俺も絶対ついてくると思った!」と賛同したのはイザックだ。ほかのクラスメイトからも笑いが起こった。


 でも決して嫌味な感じは一切なく、セレナも「いや、さすがにそれはいくらなんでも……」と笑みを浮かべてみせた。


(本当は、私もついてくるんじゃないかと思ったとは言えないけど……)


「まぁそれは冗談だけどさ。カイルくんとこうしてゆっくり話せて僕たち嬉しいんだよ」

「ぼ、僕も嬉しいよ、ありがとう」


 アンリとグループが分かれてしまったセレナは最初緊張したものの、同じグループになった彼らはとても気さくでほっとする。

 中には、殿下の腰巾着だとセレナのことを好ましく思っていない生徒も少なくない。そんな中、彼らは嫌な顔一つせずセレナを迎え入れてくれたのがたまらなく嬉しい。


「それにしても、最後のイシャイラズが見つからないなぁ」


 セレナたちはここまで順調に課題をクリアしていたが、最後の薬草がなかなか見つからずに苦戦していた。

 探知魔法にはいくつか種類があり、セレナは薬草の匂いの成分を探知するタイプの魔法を使っているが、匂いの弱い薬草だと探すのがなかなか難しい。各々が得意な方法で探していいことになっているものの、それぞれの魔法に長所と短所があるため、探す場所や対象物によって使い分ける必要があった。


「形状探知に変えてみるよ」

「こういうとき、ホークアイが使えれば一発なのにな」


 ホークアイは、魔法で具現化した鳥を操りその視界と自身の視界をリンクさせる追跡魔法の一種だ。


「そんな高位魔法、僕ら一年生には無理だよ」

「確かに……」


 自在に操れる鳥を錬成するだけでも難しいのに、その視界を共有するなんて入学したばかりのセレナたちには不可能に等しい。


「まっ、嘆いてたって仕方ない。俺らは俺らのできることをやるしかないな」

「そうだね、ちょっとこの辺りを手分けして探してみようか」


 マルセルの提案で、大きな木を中心に各自ばらけていく。

 セレナも道から外れて草の生い茂る方へと一人進んでいった。すると、探知魔法がほんの少し反応し始める。


「こっちかな」


 胸の前で両掌を進行方向にかざし、感覚を研ぎ澄ます。かすかな反応を頼りに歩を進めていくと、どんどん反応が強まった。目視でも確認しながら探すがそれらしいものは見当たらない。


「どこだろう、この辺りにあるはずな――わあっ!」


 地面に下ろしたはずの足が空を蹴り、ガクンと体ごと落ちていく。けれどそれは一瞬で、セレナの身体は一メートルほど斜面を滑って止まった。ちょっとした段差になっていたところを、魔法に集中するあまり気づかず踏み外してしまったようだ。


「いたたたた……崖じゃなくてよかったぁ……、いっ」


 立ち上がろうと足に力を入れた時、激痛が走った。踏み外した左足のズボンの裾をめくると、なにか鋭利なもので擦ってしまったのか、傷ができて出血している。傷こそ浅くて大した事はないけれど、どうも筋をやってしまったらしい。足に体重をかけてみるが、痛くてとてもじゃないけど立てない。

 セレナはとりあえず、ハンカチで傷口を縛って止血しておいた。


「どうしよう……」


 大きく息を吐いて、セレナは脱力する。


(なさけないなぁ……)


 アンリがいなくても、自分はちゃんとやっていけるということを見せたかったのに上手くいかない。

 怪我をしていない方の膝の上に顎を乗せて目をつぶり、込み上げてくる涙を必死に抑え込んだ。


「ピィッ」


 鳴き声に目を開けると、目の前に小鳥がいた。スズメよりも一回り程大きい、瑠璃色の羽をした美しい鳥に、セレナは目を瞠る。

 小鳥はちょんちょんと小刻みにジャンプしてセレナの足元まで来た。


「ふふ、かわいい。懐っこいんだね」


 怖がらせないように、そっと小鳥の目の前に指を置くと、ぴょこんと飛び乗ってきた。


「綺麗な色をしてるね、殿下の瞳の色もきみと一緒でとても綺麗なんだよ」


 セレナはアンリの透き通った瞳を思い浮かべる。一見冷たく見えるスカイブルーの瞳だけど、セレナに向けられる眼差しにはいつだって優しいぬくもりを宿している。

 怖いと感じたことは一度だってない。


「ん? あぁ、ちょっと足を怪我しちゃったんだよ」


 小鳥がセレナのハンカチを巻いた足に移動したと思えば、すり寄ってきた。懐っこい鳥だなぁと見ていたら、つぎの瞬間には小鳥の姿はもうなかった。


「えっ……? 小鳥さん……?」


 飛んでいったのでもなく、消えてしまった。溶けたようにも見えたけれど、一瞬過ぎてわからない。

 セレナは今のような現象を一度だけ見たことがある。

 魔法で物体を具現化する授業だ。

 物体がその身に宿している魔力を失ったとき、今と同じようにシュッと跡形もなく消滅してしまう。

 そう、さっきクラスメイトたちが話していたホークアイに使う鳥のような……。


(じゃぁ……今のは……)


 誰かの魔法で作られた鳥で間違いないだろう。

 もしかしたら、監視用に先生たちが飛ばしているのかもしれない、と考えた。


「あれ……、痛みが……」


 足首がほんのり温かいことに気付き、恐る恐る動かしてみると、完全ではないもののさっきまでの激しい痛みは幾分和らいでいた。


(小鳥さんが治癒魔法で治してくれて、魔力がなくなったから消えたのかな)


 ゆっくりと立ち上がり、制服の泥汚れを手で払う。左足は体重が乗ると鈍い痛みを感じるけれど、とりあえず歩く分には問題なさそうだった。


(よかった、歩けそう。小鳥さんありがとう)


 消えてしまった美しい小鳥に心の裡で礼を言い、気を取り直して顔をあげた。


「さてと、薬草探さないと……。――って……イシャイラズだ!」


 なんと、すぐ目の前にずっと探していた薬草が生えていた。多肉植物のそれは、株をいくつにも増やして立派に自生しているが、一段低いここは来た道からは死角になっていて見えない位置だった。


「これは見つからないわけだ……」


 セレナはイシャイラズの葉を一枚もぎ取って、みんなとの合流場所へと急いだ。



 無事に合流したセレナは、イシャイラズを見つけたことを報告して森の出口へと向かう。

 しかし、治まったはずの足首の痛みが少しずつぶり返し、その痛みに耐えながらみんなの後についていく。

 みんなには、余計な心配をかけてはいけないと思って、怪我をしたことは伝えていない。それに今ここで怪我を訴えれば、みんなに迷惑がかかってしまう。それだけは避けたかった。

 だけど、足が地に着くたび、脈を打つたびにずっきんずっきんと痛みがセレナを襲う。強まるばかりの痛みに次第に脂汗が滲みだした。ほぼ半日森の中を歩き回っていたため、みんなも口数が少なく、誰もセレナの異変に気付かないのが幸いだった。


(早く帰って医務室行きたい……)


「ねぇ、あれって……」

「殿下だよな……」


 マルセルとイザックの声に、セレナは顔を上げる。すると、確かに前方にアンリの姿が見えた。しかも走っているではないか。


「しかも一人?」

「だな」

「なんかあったのかな」


 一同が首をかしげつつ、こちらへ向かってくるアンリを見ていた。


「殿下、どうかされたんで」

「――足は大丈夫か」


 マルセルの呼びかけにもみんなにも目もくれず最後尾にいるセレナの前まで来たアンリは、そう言ってセレナの両腕を掴んだ。まるで体を支えるように優しく。大きな手に包まれて、強張っていた体と心が安心して力から力が抜けるのがわかった。


「どうして……」


 どうして、誰にも言っていない足のことをアンリが知っているのか。

 その思考の先につながる答えは一つしかなくて、セレナは「やっぱり」と内心で思った。


(知られたくなかったな……)


 そう思う一方で、アンリの顔を見てほっとしている自分もいて、胸中はすごく複雑だった。


「えっ、足って、カイルくん、怪我したのかい?」

「えっと……」


 驚いた顔のマルセルが横からこちらを覗き込んできて、気まずくなったセレナは思わず俯いてしまう。


「えっと……その、えっ、わっ、ええっ⁉」


 なんて言おうか考えていたら、突然体がふわっと浮いた。

 アンリがセレナのひざ下に腕を回し、軽々と抱き上げられてしまった。


 一体なにが起きているのか。


 セレナはパニックに陥って、行き場のない手をあてどもなく彷徨わせることしかできない。ハッとして周りを見れば、みんな口をあんぐりと開けて呆然としていて、とてつもない羞恥心に襲われた。湯気が上りそうなくらい、顔が熱くて足の痛みどころではない。


「あの、殿下、下ろしてください!」

「だめだ。まだ痛いんだろう。このまま学園に戻るからしっかり掴まっていろ」

「えぇっ」


 有無を言わさず歩き出したアンリ。その後ろをみんなが慌ててついてくる。


「あ、歩けますから!」

「……」


 アンリは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、無言で進行方向を見据えている。自分の言葉は聞き入れてもらえそうにないなとセレナは諦めた。


 背の高いアンリが早足で歩けば、あっという間に森を抜けて集合場所に着いた。待機していた先生とすでに課題を探し終えたグループの生徒たちが、アンリたちに気付いて視線が集中する。

 その全身に突き刺さるような視線に耐えられず、セレナはフードを目深に被り遮断した。


(情けなさすぎる……)


 結局アンリに助けられて迷惑をかけてしまったことが、不甲斐なくて嫌になった。せっかく順調にやれていたのに。最後の最後でへまをしてしまったのが悔やまれてならない。


「先生、デュカスが足を怪我したので先に学園に戻ります」

「大丈夫か、どの程度の怪我だ? 俺も多少なら治癒魔法使えるから見せてみろ」


 先生がセレナの足に手を伸ばすも、その手は空を切る。アンリが一歩下がってそれを阻止した。先生は目を点にしてアンリを見た。セレナも釣られるようにして顔をあげたが、アンリの端正な顔はピクリとも動かない。


「傷跡が残ってもよくないので、治癒魔法専門の先生に診てもらってきます。――では」


 言い終わらないうちにアンリは踵を返して歩き出した。後ろでは先生が「あっ、そ、そうだな、ちゃんと手当してもらえよ!」と声をかけてくれていたので、セレナはペコリと頭を下げておいた。


 結局、お姫さま抱っこのままあっという間に学園にたどり着き、正門から自分で歩くと訴えるもすげなく却下されて医務室まで向かう。その途中、他学年の生徒からも容赦なく好奇の目を向けられて、いたたまれない思いをする羽目になったのは言うまでもない。



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