婚約破棄宣言されても
賑やかな会場に煌びやかなシャンデリア。上級生のための貴族との交流会である。食事や飲み物、流行の話で盛り上がっているところで、大声が響く。
「ミャリーナ・グラヴィル!貴様との婚約を破棄する!」
婚約破棄を宣言したのはナディコーナ国の第1王子。相手を睨みつけ、踏ん反り返っている。
破棄を言い渡されたミャリーナは動揺も感情が表に出ていない。
「はぁ?どちらさまですか?」
「な!この国の第1王子だ!貴様と婚約してただろ!」
目を閉じ考え、王子をジロジロと見る。物怖じなくく、凛としている。
「ああー第1王子…殿下でしたか。気づきませんでしたわ」
そう言ってても表情は変わらない。ただ王子をみすえている。会場も2人の様子を見届けてるのか静かだ。
「で、なんでしたかしら」
「婚約破棄だ!婚約したにもかかわらず、会うこともない!会っても無表情、愛想笑いもない!女らしくない!」
はぁ…ため息をした。「ひとつめ」とつぶやく。
「殿下、勘違いしてますが、そもそも婚約してないですよ。わたくしたち」
「はぁ!?そんなわけないだろ!」
「はぁ…殿下、いつ婚約をしたんですか?陛下から言われたんですか?我が家から承諾のお手紙来ました?」
まくしたてるように質問攻め。王子は思いだそうとしているのか、目が泳いでいる。
「ところで、『グラヴィル』の名はご存知ですか?」
突拍子もない質問で、戸惑うが…
「き、貴様の家名だろ!」
「殿下ともあろう方が知らないとは…会場のみなさん!貴族の方!『グラヴィル』をご存知の方は?」
会場内はどよめく。「まさか」「え!?」と声が聞こえるが、誰一人答える人はいない。また小さく「ふたつめ」と呟く。
「はぁ、知らないとは…この国の教育はどうなってるんでしょうね」
「わが国を侮辱するのか!不敬ではすまんぞ!」
「皆さんでは話になりませんね」
呪文を唱え指を鳴らすと床に魔法陣が浮かび上がり、1人現れた。転移魔法、高度な魔法であり。使えるものは少ない。
現れた人にミャリーナは一礼する。
「急なお呼び出し失礼しました」
転移魔法で現れたのはこの国の王であった。
「ミャリーナ嬢、久しいな交流会は楽しんでおるか?」
「いえ、それが…」
事の顛末を説明した。話を聞いている内に国王は目を丸くし青ざめる。体、手足が震えている。
「済まなかった!愚息のしでかしたこと!どうか許してほしい!」
会場がさらにどよめいた。1人の令嬢が高度な魔法を使い、王を呼び、その王が頭を下げている。異常な出来事だ。
「父上!なぜその者に頭を下げるのです!不敬なのはそいつです!」
「だまれ!」
自分の父親に睨まれ、動揺の色が隠せない。まして状況を理解できていない。
ミャリーナは「ふふふ」と笑う。国王はその笑みに安堵するがすぐ青ざめる。
「契約は契約です。それを履行するまで」
国王は青かった顔が赤くなり、王子に掴みかかる。勢いで倒れた王子の顔を感情のままに殴る。
「ミャリーナ嬢!愚息は廃嫡する!いや望むなら処刑しても構わない!」
「は!?」
また「ふふふ」と笑うと、今度は氷のような表情を国王に向ける。
「『グラヴィル』の契約は魔法契約。私が破れば命にかかわる。そちらも同じでしょ?契約は絶対です」
会場を一瞥する。
「まず、婚約したと王子の嘘言。してもいないのに婚約破棄、私を貶める言葉。王子ならびに会場の貴族その他の方々の『グラヴィル』に関して無知であること、これを侮辱とし契約に則り、履行いたします」
「そうそう、無知な皆さんにスクールでも教えてくれないことを今!わたくし!『グラヴィル』が教えて差し上げます」
この世界は生活のほとんどを魔法に頼っていた。田畑の管理から料理や日常生活に必要なものすべて。その魔法を使用するには魔力による恩恵が必要になり、その恩恵は各国にある浮島より受けていた。浮島は魔力そのもの。魔法は浮島の魔力を使っているということ。この浮島に住み管理を行っているのが『グラヴィル』家。
恩恵を受ける際に各国で契約する。
1、他国への武力に使わない。
2、『グラヴィル』を政治的利用しない。
3、『グラヴィル』を貶める、侮辱しない。
…他
契約を違えた場合、その恩恵と共に浮島は消滅する。
「と、いうわけですので、あと3日もすれば浮島はなくなり、魔法が使えなくなります」
混乱する者、「どうする」と大声で喚く者、ただ呆然としてる者さまざま。ミャリーナにも王族にも怒鳴る者もいる。
「キチンと教育しないと、こんな事態になるんですよ」
事態が分かったのか王子は目を見開き、青ざめてる。
国王は床に伏している。
「そうそう。『グラヴィル』家は婚約はしません。自分の魔力と相性がよい方を伴侶にします」
にこやかに語るが、国王と王子には冷たい表情。
「これも契約にありましたよね。無知は国を滅ぼしますよ。殿下、」
会場をあとにしようと歩き出し、「あっ」と思い出し足を止めて振り返る。
「1つお願いがあります。これを承諾してくだされば恩恵はすぐには無くならいですよ?どうします?」
1年前ミャリーナは伴侶を探すため、各国に訪問したり夜会にも参加したが、なかなか見つからなかった。自分の魔力と相性がよい者というのがなかなか厄介だった。『グラヴィル』は魔力が強すぎるあまり結婚相手の命を脅かしてしまう。相性とは強い魔力と同じ波長に合う者。『グラヴィル』の魔力に耐えうるということ。
そんな時ナディコーナ国の王城庭園で巡り会った。第6王子クロム。庭園から迷いに迷って、王城から随分と離れた別邸の庭で。
クロムは警戒もなく、別邸へ案内してくれた。使用人たちの様子を見ても虐げられていることはすぐに分かった。訪問した際にクロム以外の王子、王女にあったが、クロムは隠したい存在なのだろう。それでもクロムは王族の風格がある。12才ながらも大人びた目つき、幼くても紳士的な立ち振る舞い。そして、魔力の相性がよかった。
ミャリーナの心を鷲掴んだ。それからクロムに会うために王城へ通った。
使用人にちょちょっと魔法でクロムのことを教えてもらった。クロムは国王と使用人の子供で、その使用人は国王をそそのかした罪で国外に追い出されたこと、不義の子というものの、目や髪色が王族の色だったため無視はできなかったのだということ。
しかしクロムに会うために王城に通っていたことが、第1王子と婚約したと勘違いされるとは、ミャリーナは知らなかった。
クロムをどうやって国王に説得しようか悩んでいる時に交流会に参加させられ、そしてこの【婚約破棄】騒動である。国王へのお願いはクロムを伴侶にするため、政治的利用させないためにクロムを廃嫡すること。この提案を受ければ必要最低限の恩恵を受けれる。しかしそれは期限付きであること。
不義でお荷物の第6王子を追い出せて恩恵を受け続けるのであれば万々歳である!と、国王は思っているだろう。
この契約は本当に最低限の魔力の恩恵が受けれるというだけのもの。明かりをつけたり、かまどに火をつけるくらいだ。しかも、期限付きで。
あの国王は期限が終われば恩恵を取り戻せる、と思いこんでいる。しかし、この期限は消滅するまでの残り期間という意味だ。期限が終われば恩恵も終わる。契約は契約、変えることはできない。
「国王、クロムはもう『グラヴィル』の者です。今後貶めたり侮辱しませんよう、お願いしますね」
魔法が使えなくなれば、この国は衰退するだろう。
(不義とはいえ、我が子を虐げ、恩恵の為に差し出すとはすでにこの国は終わっている)
クロムを迎えに行くため魔法で別邸まで移動する。「ミャリーナ嬢、お待ちしておりました」
お辞儀をし、顔を上げ目が合うと目を細め微笑む。
「クロム!万事うまく事が運んだよ。バカ王子のおかげだ」
砕けた口調は本来のミャリーナである。会場での冷ややかな表情はなくなり、目も口元もゆるむ。
「今回は兄に感謝しなくちゃ」
あの王子への感謝はこれきり、これからは互いに感謝し合える仲になりたい。思い切りクロムを抱きしめ、抱える。愛しさと嬉しさがあふれる。ミャリーナもクロムも頬を赤らめ、愛おしい瞳で見つめる。
「あっ、もう私の伴侶なんだから【嬢】はなしだ」
「はい、ミャリーナ」
名前を呼ばれさらに愛おしくなった。頬にキスをする。クロムもお返しと、キスをした。
「さぁ行こう!我が家の浮島『グラヴィル』へ!」
クロムは物心ついた時には、大人びていた。自分の立場、置かれてる状況、周りからの扱い。すぐに理解し、父親なのになかなか会えないところをなんとか会い、他の兄弟に申し訳ないこと、王位継承権もいらないこと、自分は異端だから離れて暮らしたいと説得、別邸で暮らすことに成功した。使用人はあえて2人だけにした。
スクールへは行かず、本で学び、のんびりと暮らして行けばいいと思っていた。気まぐれで兄弟からの呼び出されて剣の稽古だといい、ボコボコにされる。そんな日々が続く。
12才を迎えたころ、令嬢が迷い込んできた。一目見ただけの令嬢が、『グラヴィル』であると理解したのが不思議だった。
その日からミャリーナ嬢が頻繁にクロムの元に通うようになった。ミャリーナ嬢にスクールの勉強を教えて貰うようにもなった。魔法に関すること魔法の使い方学ぶことが楽しかった。
ある日、ミャリーナ嬢から魔力の相性がよいこと、伴侶になってほしいと告げられた。無理強いはしたくないと、相性だけで愛がないのは悲しいと言った。クロムはその頃には、いや最初に会ったときにはミャリーナ嬢に惹かれていた。迷うことなくクロムも愛を伝え伴侶の返事をした。
このことを他兄弟に知られればなにか妨害するだろうとわかっていた。
城での噂を耳にすることがあった。ミャリーナ嬢が頻繁に通っているのは、第1王子と婚約したのではないか。しかしこの城の人達は『グラヴィル』を全く知らない。あの兄も。その兄は婚約者はミャリーナ嬢と思い込んで、さらに不満ももらしていた。【噂】を使い大勢の前での婚約破棄をするよう誘導した。そしてあの交流会での騒動。
クロムはこの国のことはどうでもよかった。兄弟の暴力、使用人たちの差別、自分のことしか考えない父親。母は誑かしたのではない、無理やりだったのだ。子だけ産ませ、ゴミ同然に捨てる。それが国王だ。
クロムは愛するミャリーナと『グラヴィル』で暮らす。最高の幸せを感じて。