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プロペラを取り出そうとすると、後ろから声を掛けられる。
「葉山さん、調子良いっすね〜。プロペラ見せて下さいよ〜」
「お前はまだ見てもわからんやろう。とりあえず見てみるか?」
新人の頃は、見て学ぶのが仕事とはいえ、プロペラのピッチやカップの話は聞いたり見てもよくわからないだろう。もはや経験がモノをいう感覚勝負みたいなものだ。
「ありがとうございます」
「わかった?」
プロペラを蛍光灯に照らし、上から見たり、下から見たりしている。
「バッチリっす」
そう言いながら、後輩の福田は親指を立てて笑顔を見せる。
「ははは、絶対わかってない。分かってる感の雰囲気は出てたよ」
こういうやりとりがレースに向かう緊張感をほぐしていく。
「福田、お前明日レース後何か用事ある?」
自分の問いかけに食いつき気味に答えてくる。
「何もないっす」
「じゃあ明日メシでも行くか」
「先輩の優勝祝い、あざっす!!」
どちらかというと、プロペラが見たいんじゃなくて、飲みに連れて行ってもらいたいのがメインのように感じるようなやり取りになった。
かわいい後輩とメシに行くのは楽しみだ。
レース場に一週間缶詰状態で、アルコールなしの緊張状態で過ごした後の、最初の一杯目は格別だ。
優勝すれば、なおさら最高な時間となる。
負けて新幹線の中で地元に帰りながら急いで飲むビールも悪くはないが、やはり勝って店でわいわい飲みたい。
プロペラを持って、モーターへと急ぐ。
天気は相変わらず快晴で、波も気になるほどではない。
こんな日には、沖合に見える釣り人が羨ましくも感じる。
貸しボートに、カップ麺、操縦者以外はビール、気の合う仲間と最高の休日だろうな。
レースの時間になれば、怒られない範囲でレース場に近づいて沖合からレースを見る。
引退したら、そんなゆったりした日常を過ごしたいな、と思いつつ、モーターを始動させる。