発憤興起、気持ちは決戦前
クー様とお友達になってから一年半ほどが経過した。
特段何事もなく時間は過ぎ去っていき、平和な日々を過ごせている。
まあ、邸から出ることもなかったので何かあるわけでもないんだが。
毎年の建国祭で、お父様から力を貸すようにお願いされており、微力ながら警備のシフトを組むのを手伝ったりもしていた。
去年は不穏な気配とかは読み取れなかったし、当日も何事もなかったようで何よりだ。
あれからクー様とはちょくちょくお茶させていただいている。
とても感情豊かで、ころころと表情が変わるクー様は見ていて飽きない。
私のアドバイスを受けて時たまお兄様にアタックを仕掛けているようだが、あまり進展は良くないと思ってるようだ。
毎回と言っていいほど、少々悲しそうな顔をして訪ねてくるのでわかりやすい。
ただ、お兄様も会話にクー様の話が混じることも増えてきたので、もうあと一押しだと思う。
クー様が義姉様になったら私としても嬉しいしね。
そしてこの度、私ことステラレイン・アルバートも無事に五歳を迎えることが出来ました!
ただ、一つだけ心残りというか、覚悟はしていたけどショックな事がありまして……
それは、本格的に魔法講義も始まり、属性魔法について学び始めた矢先のことでした。
やっぱり属性魔法が使えなかったんです!
いえ、厳密には属性魔法全般が使えなかったわけじゃないんですけど。
攻撃という形での属性魔法が行使出来ませんでした。
イメージは問題ないと思うけど、いざ発動しようとしても一切魔力が動きません。
三歳児にちらっと試した時と全く同じ結果に多少落胆したものです。
防御魔法や治癒魔法、補助魔法は魔力が動いて発動したので、攻撃魔法だけが行使出来なかったということですね。
魔法講義の先生にはイメージがまだ上手く出来ていないのが原因だろうから、時間が経てば出来るようになるだろうという励ましをいただきましたが、多分未来視が出来る代わりに攻撃魔法が使えないとかそういうパターンだと思います。
ちなみにアルバート侯爵家のみんなには共有済です。
変な形で目立ってしまうかも、とお父様は頭を抱えていましたが……
お母様はいつも通りでした。
さて、五歳になったということで恐れていたイベントが間近に迫ってきてしまいました。
そう、国王主催のパーティであるお披露目です。
「ステラ、いるかい?」
サロンの扉をお父様がノックされる。どうぞ、と声を掛けるとお父様が入室してこられた。
「おはようございます、お父様」
「おはよう。今日は何故私が来たかわかっているね?」
「はい。来月に迫った国王主催のパーティの件ですよね?」
「そうだ。衣装の仕立てや装飾品の調達など目まぐるしくすぎる日々が続くことになる。途中十分な休息を取って、体調には気を付けるようにね。マリー、頼んだよ」
「ええ、任せて」
内心苦虫を嚙み潰したような気持ちになる。
初の社交の場ということで、どの家も気合いを入れて準備してくる。それはこのアルバート侯爵家も例外ではない。
となれば準備段階から、かなり気力も体力も消耗する日々を繰り返すことになるだろう。
「アルバート侯爵家として、他の令嬢に見劣りしないような仕上がりにしないと。張り切って準備しないといけないわね」
「はぁ」
「なにもステラ一人でやる訳ではないの。これはアルバート侯爵家としての一大イベントだもの」
「……それほどまでのものなんですか?」
「諸侯の集う場にて、同年代の子息令嬢が一同に介することなどあまりないからね。交誼を結ぶ場としての側面もあるんだ」
「交誼を……」
まあそうだよね。それってつまりは――
「将来の伴侶候補を探す場でもあるということなの」
ですよねぇ。
私としては頭が痛くなるイベントだ。
お兄様やクー様の話でわかっていたことではあるが、五歳の子供の婚約者探し。
貴族社会とは世知辛いものだ。
特段婚約者というものに対して忌避感というのはないんだけど、それでもなぁ。
前世の感覚がまだ残っているので、いくらなんでも早すぎるだろと思わずにはいられない。
仮にお兄様が跡を継いで、当主となった時に伴侶の方もこの家に招かれていることだろう。その状態でいつまでも居座り続けるのは外聞が悪すぎる。
お兄様はその辺気にしなさそうではあるが、こういうのは当事者達だけの問題でもないので、やはりいつかはどこかの家に嫁がなければいけない。
もしくは、領地に引きこもるかだな。
……いや待てよ?
十歳であるお兄様も未だ婚約者はいないし、クー様も七歳だがこちらも婚約者はいない。
別に候補探しってだけで絶対に婚約者を作らなければいけないというわけでもないのか?
まあそのうち、お兄様とクー様は婚約結びそうな気はしてるけど。
よし、クー様の援護を兼ねてお兄様を弄ってやろう。
「お兄様はまだ婚約者の方っていらっしゃいませんでしたよね?」
「うん、僕の婚約者はまだ決まってないね」
「では、お披露目では必ずしも婚約をする必要はないんですか?」
「あくまで候補を探す場だからね。見つけないといけない、という訳でもないんだよ」
「そうなんですね。教えていただきありがとうございます。ところで話は変わるんですけど、クー様とは最近どうですか?」
「なっ……!?」
脈ありでしょこんなん。
突然クー様の事を話に出されて少しだけ赤面したお兄様は、取り繕おうとしているけど、動揺が表に出すぎている。
頑張れクー様……!
「ええと、まあ仲良くはさせてもらってるかな。クーと話をするのは楽しいからね」
「ふ~ん」
「ステラ……この一年で随分といい性格になってきたね……!」
恐縮ですわ。
それにしても、お兄様って案外ピュアなのかな。
愛称呼び捨てだし、雰囲気的に、もう婚約を申し込んでいてもおかしくはないかなと思うんだけど。
「顔に出ているよ」
「あら、それは失礼しました」
「否定はしないんだね……」
私のことわかりやすいってよく言われるけれど、お兄様も大概だと思う。
おや?お兄様が私に近付いて、顔の前に手を持ってきて……
「ほ、ほにいひゃま、ひゃめ、ひゃめてくらひゃい!」
むすー、といったような擬音が鳴らんばかりのお兄様に頬をグリグリと揉まれる。
可愛らしいお兄様も悪いと思います!だって弄りやすいんですもの!
「反省した?」
「うぅ……酷いです……」
「僕だって色々と考えているんだよ。あまりそのことについては弄らないで欲しいかな」
「はい……ごめんなさい」
頭を撫でるお兄様にされるがままにする。
真剣な人を茶化すのは、確かに配慮が足りていなかったな。お兄様の優しさに甘えてその辺りの礼儀をおざなりにしていたようだ。
それにしても、なんだか最近言動が幼くなってきている自覚がある。
このままだと、ふとした拍子に表に出そうだから気を引き締めないとな。
◇◇◇◇
早朝から入浴や、髪と肌のお手入れ、ドレスの着付けと怒涛の準備に追われた私は、ワイズライン侯爵が来客された時以上に入念な身支度をされた鏡に映る自分の姿を見る。
ぴったりと上半身にフィットする青白磁のハイウエストドレスを身に纏い、純白のレースソックスに、ドレスと同じ色のローヒールパンプス。
ドレスのスカート部分はプリンセスラインのようにゆったりと外に広がっており、所々に金の刺繍が入っている。
袖の部分はパフスリーブで、腰にホワイトピンクのサッシュベルトで締めている。
顔立ちは成長と共にどんどんとお母様と似てきているので、外面だけならば子供ながら、女神のような美しさをしているだろう。
生憎と、中身が伴っていないので、本日会う子息の方々はどうか落胆しないでいただきたいところだ。
「わぁ、お嬢様!とってもお美しいです~」
「ええ。きめ細かな白い肌は透き通っておりますし、プラチナブロンドの髪はまるで絹糸のようです」
「ですよねぇ、まるで妖精のようです~」
ソフィーとカタリナも絶賛してくれる。
自画自賛ではあるが、これであればアルバート侯爵家として恥はかかないだろう。
「本日はどう結ばれますかぁ?」
「ハーフアップが一番いいわよね。出来れば編み込んでくれると嬉しいわ」
「わかりましたぁ」
髪のトップ部分を分けとり、基本のハーフアップの形で結んだかと思うと、手際よくサイドをロープ状に編み込んでいき、編み込んだ毛束の結び目を引き出す。
今日の為に拵えた髪飾りを編み込まれた箇所に差し込まれて完成だ。
左右を向いて確認してみる。
これは、ピンクパールだろうか。左右に止められた髪飾りは角度によっては、カチューシャにも見えなくない。
装飾も相まってまるでティアラのよう。
「完成ですぅ」
「お嬢様、そろそろサロンへと向かいましょう。旦那様がお待ちです」
「ええ、わかったわ。ソフィーもありがとう」
「いえいえ〜」
装飾の関係上、ちょっとばかし動き辛いが、気合いでなんとかしないとまたカタリナの教育が始まる。
ぎこちない体に鞭を打ちサロンへと向かった。
「ステラ、まるで女神のようだね。綺麗だよ」
「ええ、とても美しいわ。何処に出しても恥ずかしくないくらいの自慢の娘ね」
「ありがとうございますお父様、お母様」
サロンに入るなり、お父様とお母様が手放しで賛辞してくれる。
私はそれにカタリナ仕込みのカーテシーで応えた。
「いいかいステラ、今日のパーティーで君は衆目に晒されることになる。先日言った通りこのパーティーはお披露目の他に交誼を結ぶ場でもあるんだ。その可憐さは数多の子息の目を惹くことだろう。口説かれることもあるがろうが、応える必要は必ずしもないからね」
「はい、お父様」
クー様から聞いた話だと口説かれる令嬢は口説かれることもあるみたいだ。
正直五歳児に男女の恋愛のあれこれなんてまだ早いと思うんだが、この辺りだけはいつまで経っても慣れない。
「遅れるわけにもいかないからね。そろそろ王宮へと出発しようか。ルークス、留守を頼むよ」
「お任せください」
サロンから出て、恐らく玄関に来ているであろう馬車へと向かおうとすると、お兄様に呼び止められた。
「ステラ」
「お兄様?どうされました?」
「決して父上と母上の近くから離れないようにね」
「……?はい、もちろんそのつもりです」
「そっか、なら良かった」
私の言葉を聞いたら安心したのか、抱き寄せて頬にキス落とす。
お兄様は時々、私への愛情が深すぎると感じる事があるが、これもその一環だろう。
これからは私を見る目も増える。お兄様はそれが心配なんだろうな。
馬車へと乗り込むと、お兄様や使用人たちに見送られながら、私とお父様とお母様は王宮へと向かうのであった。
いざ戦場へ……!