水面下のキャットファイト……?
「ワイズライン侯爵家が当主、レオナルド・ワイズラインだ。この度はご子息に我が娘を見つけてもらい、感謝の念に堪えない」
エントランスでお待ちしていると、オニキスのような漆黒の髪をオールバックに撫で付けた二十代の若い男性と、未来視で見たブラックダイヤモンドの髪を俺と同じくハーフアップで纏め、ターコイズブルーの瞳を持った少女が上がるなり、男性がボウ・アンド・スクレープを取る。
「気にするなレオ。クラリス嬢に大事が無くてよかったよ」
「そうもいかないだろうジン、夫人もルークス殿も恩人だからね。ほら、クラリス挨拶しなさい」
促されて前へ出たクラリス様は、レディの挨拶であるカーテシーを行う。
「初めまして。レオナルド・ワイズライン侯爵が長女、クラリス・ワイズラインと申します。以後お見知りおきを」
「妻は身重でね、伺えなかった無礼を許してくれ」
あら、それは大変だ。
もしクラリス嬢が誘拐されていたら気が気でなく、新しく産まれてくる赤ちゃんにも影響があったかもしれない。
思いがけず行ったことが、色々といい方向へと向かっていたみたいだ。
なんだかこういうのは嬉しくなるな。
「構わないさ。さてルークスとステラレインも」
お父様に促され、俺とお兄様も前に出る。
「ユージン・アルバート侯爵が嫡男、ルークス・アルバートです」
「ちょうじょの、ステラレイン・アルバートです」
カタリナのスパルタ教育で身に着けたカーテシーを俺も行う。
ちらりとカタリナの方を見ると、表情は険しくない。どうやら及第点は貰えたようだ。
「アルバート夫人、ルークス殿、改めて我が娘を発見、保護していただき感謝する」
「私はワイズライン家の方々を探しただけですから。見つけたのはルークスですもの」
「侯爵家嫡男として、当然のことをしたまでです」
再度頭を下げるワイズライン侯爵。
鋭い目つきと風貌から、ちょっと怖いなぁと思ってたけど、優しい声音をしているし、穏やかな紳士の方のようだ。
「そしてなるほど、この子がジンが溺愛している姫様か」
「おいレオ」
「ははっ、すまんすまん。しかし、母君と似て美しい娘さんだ」
「きょうしゅくですわ」
お父様、もしかしなくても外で娘自慢してますね?
出来れば恥ずかしいので、控えていただけると嬉しいです。
まあそんなことお父様に言えないですけどね。
ふと、何か鋭い視線を感じると思い、主を探してみる。
見つけた。
どうやらクラリス様がこちらをじーっと見ていたようだ。
何かあったかな?
あんまり見られると緊張するから、出来ればやめていただきたいんだけど。
蛇に睨まれた蛙のように動けずにいると、クラリス様はお兄様の方に視線を変える。助かった……
――ん?
なんだかクラリス様がお兄様を見る目が先ほどよりも真剣なような……
まるで熱を帯びた視線がお兄様に向かっている気がする。
でもまあ、わかるよクラリス様。お兄様美しいもんね。
かと思ったらまた俺の方に視線が戻った。
あのすみません、そのつり目でじっと見つめられると身動きが取れなくなるんです。
多分これ目つきだけが原因じゃない気がするけれども!
おや、クラリス様がワイズライン侯爵の袖をくいくいと引っ張ってる。
「……お父様」
「どうした?クラリス」
「わたくし、ステラレイン様とお話ししたいです」
――――!?
急に何言い出すんだこの子は!?三歳の幼児相手に話す事なんてなくね!?
単純に俺が今、他家の令嬢方と話したくないってのもある。
まだ社交に出てないから令嬢方がどのようは話をするのか全く知らないし、そもそも自分が特異すぎることは十分理解しているため、変なところから荒が出てしまう可能性は否定できない。
……いや待てよ、寧ろこれは好都合じゃないか?
五歳になって無知で社交の場に放り出される前に予行演習が出来る。
仮に多少荒が出ても俺は三歳児で相手は五歳。意味がわからないこととして流されるかもしれない……!
そうとわかれば、この提案を受けない理由はないな。そもそも、初対面の令嬢相手とお茶したくないって面と向かって言えるメンタルはないので、受けざるを得ない。外聞的にもよくないからね。
「そうか。ステラレイン嬢、大丈夫かな?」
「ええ、ぜひ。わたしもクラリスさまと、おはなしさせていただきたいです」
「ありがとう、娘と仲良くしてやってくれ」
「はい!」
クラリス様の元へと向かい、手を差し出す。
こういう時のエスコートの方法は知らないので、多少のマナー違反は許して欲しい。
男性が女性にするかのようなエスコートをするのもなんか違う気がする。
「せっかくですし、おちゃかいをしませんか?ソフィー、よういしてくれる?」
「お任せください~」
クラリス様が俺の差し出した手を取ってくれたので、二人で庭のガゼボに向かうことにする。
そういえばお兄様はどうするのだろう。
ちらりと振り返ると、俺の視線に気づいたお兄様が笑顔で小さく手を振ってくれた。
ついてこない、ということなのだろう。動く気配ないし。
クラリス様も俺をご指名だし、二人で簡易お茶会のようなものを実施するとしようか。
「……では父上、勉学に戻ります。ワイズライン侯爵、お先に失礼致します」
「ああ、わかった。しっかりな」
ステラが退席して一拍おいたあと、ルークスがそう言って立ち上がる。
ここから先は大人の話もあるだろう。いくらアルバート侯爵家嫡男とはいえ、自分がいては不都合なこともある。
かと言ってステラとクラリス嬢のご令嬢同士のお茶会に混ざるわけにもいかないので、素直に自室に引っ込むのがいいだろう。
一礼し、その場から退席することにした。
「……話に聞いていた通り、随分としっかりしている」
「ルークか?ステラが生まれてからは、兄らしくと振舞っているみたいでな」
「微笑ましいものだろう。それに、弟や妹によく見られたいというのは兄である者ならば誰でも持っているものだ。ルークス殿もそうだが、俺が言っているのはステラレイン嬢のことだ」
「ステラが?」
「ああ、確か三歳だったか?あの歳であそこまで礼儀良くというのは珍しいものだ」
「そうか?女の子だからまた違うんじゃないのか」
「少なくともクラリスは……いや、なんでもない。忘れてくれ」
◇◇◇◇
手入れされた庭はいつ来ても心地が良い。邸の中でも俺が気に入っている場所の一つだ。
侯爵家の敷地内に、円形の平面幾何学式庭園があり、その一角に六角形のガゼボが設置されている。白の柱と青の半球状のドーム天蓋で構成されているパビリオンの一種であるそれの中でよく俺はイレブンジズを嗜んでいることが多い。
紅茶はまだ飲むのを許可されていないので、愛飲しているのはホットミルクではあるが、これに蜂蜜をたっぷり入れて飲むのがこれまた美味しいのである。
ガゼボにクラリス様を案内した後、俺もガゼボに設置されている椅子に着席する。
ソフィーがホットミルクを作成して淹れてくれた。いい匂いだ。
「はちみついりホットミルクです。どうぞ」
「ありがとうございます。いただきますわ」
クラリス様にホットミルクを勧めると、まず一口飲んでくれた。
俺と話がしたいとは言ってはいたが、一体何を言われるのだろうか。
「……ふぅ、ステラレイン様」
「ステラでいいですよ。なんでしょうか、クラリスさま」
「ならば私もクーと。一つお伺いしたいことがございます」
なんだろう?
そもそもクー様の方が、俺より年上だ。五歳であればお披露目にも出席しているだろうし、一般的なことではないはずだ。
であればアルバート侯爵家の事か?
でもそれもお父様やお兄様に聞いた方が得られる情報は多いだろうしなぁ。
「ステラ様、その、えっと」
言い澱んでもじもじしてる……
心なしか顔も赤いし、まさか体調不良?
それこそ俺に言われてもどうしようもないんだけど。
まあカタリナに言って対応してもらう他ないか。
やがて決心したのか、ずずいと俺の方に身を乗り出すと、ようやく内容を切り出した。
「……ルークス様に、婚約者はいらっしゃるのでしょうか!?」
「――――え?」
え?
……ああ!さっきのって切り出すのが恥ずかしかったからか!
お兄様に向けてた目線は見惚れてたんじゃなくて、シンプルに惚れてたからかぁ。
人の往来が激しいところで、家族や使用人とはぐれて不安だったところに、あの天使フェイスで微笑みかけられ、あまつさえ家族と引き合わせてくれたんだ。
惚れていたって言われても納得する。
「え、ええと……たしかいなかったとおもいます」
「それはよかった!であればルークス様の趣味やお好きなものをお教えいただけませんか!?あとは好きな女性のタイプとかも教えていただけますと嬉しいのですが!」
手を取られてまくし立てられるようにおっしゃられる。
待ってくれ、さっきまでの落ち着いた雰囲気はどこいった!?
もしかしてこれが本性なの!?
「お披露目の時、同年の男性方にはあまり惹かれるものもありませんでした。しかし、ルークス様のあの大人びた雰囲気、そして迷子になってしまったわたくしを気遣う物言い。あの優しさに惚れてしまったのです!」
酷い言われようで現五歳の貴族子息方には同情の念を禁じ得ない。
お兄様と五歳児を比較するのはあまりにも酷だと思うよ。
控えめに言ってお兄様は文武両道、才色兼備の完璧超人だからね。そんじょそこらの子息と一緒にしてもらったら困るというものです。
まあ、その子息方に会った事はないんですけど。
「クーさま、おちついてください」
「ああ、いけません、わたくしとしたことが……申し訳ございません、少々取り乱してしまいました」
うん、少々じゃなかったけどね。
普段キャラ作ってるかどうかは知らないけど、最初会った時の雰囲気とはかけ離れてしまってるからねクー様。
だが、俺を指名した理由は納得した。
お父様とお母様にには聞きづらいし、お兄様に直接お伺いするほどの勇気はない。そこで俺という情報を得るのに現状最適な相手を選んだということだ。
なんだかなぁ、お兄様に輿入れするための踏み台にされるのはなんか嫌だな。
それが目的なら、残念ながらノーと言いたい。
「わたくしはステラ様ともお友達になりたいと思っております。今言っても信じていただけないかもしれませんが……」
「い、いえ、そんなことありません。わたしも、クーさまとなかよくなりたいです」
「本当ですか!?光栄ですわ!」
うん、悪い人じゃないな。
そんなキラキラした目で心底嬉しそうな表情を向けられたら毒気も抜けてしまう。
「わたくしは、あまり会話が得意ではないのです。初対面の方とお話すると緊張してしまって……。おまけにこの目つきですから、今までお友達というものがいなかったんです」
そんなに言うほどかな?と思ったが、確かに幼い子息令嬢相手に初対面だとキツイ印象を受けるかもしれない。
その上言葉数が少なかったら自然とそうなってしまうのかも。
クール系美人の素養しかないけどね。
「ですが、ステラ様は初対面でも避けるような雰囲気はされませんでした。それに、ステラ様とお話していると不思議と緊張をしないのです」
それは俺がクー様より年下だからじゃないかなぁ。
ああ、でも受ける第一印象は変わったかも。
「ええと、それはよかったです」
とりあえずわかったことは、見た目とのギャップが凄いが、クー様は素直な方だということ。
こんな綺麗な目と無邪気な顔をしている人が悪い人な訳ない。
俺としても初めての友人だし、是非とも仲良くしたいところだ。
恋愛カテゴリなのに、八話にして初めての恋愛表現かつ、当事者が主人公じゃないという……