特異点
「なに……?それは確かなのか?」
「はい。あのこうけいは、かくじつにおきるとおもいます」
あの後夕食の席で、お父様とお兄様にも打ち明けた。
最初は半信半疑のご様子だったが、俺が建国祭での少女誘拐の話をした際に、お父様の表情が変わった。
信じてもらえないだろうなぁ、とどこか感じていたから、お父様の反応もお兄様の反応も意外だった。
これについては、確証のようなものは全くと言っていいほどない。
あくまで観測した事象が確実に起きるだろう、という謎の自信でしかないのだ。
「黒髪にターコイズブルー、となると恐らくはクラリス・ワイズライン令嬢だろう。未来視に関しては、今は何とも言えんが、もし本当に誘拐が起きるのであれば大問題になる。建国祭中は誘拐が発生することを前提に立ち回ることにしよう」
「すみません、おしごと、ふやしてしまって……」
「いいんだ、この程度は大した手間でもないしね。クラリス嬢の安否の方が余程重要だ」
これでひとまずはそのクラリス嬢とやらが当日誘拐されることはなくなったと見ていいだろう。
たまたまだったとはいえ、建国祭を未来視してよかった。
「……だが同時に考えねばならん事も増えたな」
うっ……
そうですよねぇ、本当に未来視が出来るなら色々と別の問題も発生しますよねぇ……
「未来視については外では喋らない方がいい。この場で話した内容は、今後一切他言無用とする。これは当主としての緘口令だと思え」
「ええ」
「畏まりました」
「こういったことは多少漏れてしまうことはあるだろうが、それが未来視だと結びつけるのにはあまりにも突拍子もない。クレア、ステラの周りは口が固く信頼できる者を置くように」
「直ちに」
「ステラもそれでいいかい?」
「はい!」
心配しなくてもいいと、お父様がそっと頭を撫でてくれる。
腹を括ってくださったようだ。だったら、俺もそれに応えないといけない。
「しかし必要な事とはいえ、どう説明したものか……」
顎に手を当て思案するお父様。
なんだかこの前から負担をかけてばかりで申し訳ないな。
そんな俺の心情を読み取ったのか、こちらを見たお父様がふっと笑い、頬を撫でる。
「ステラ、気にしなくてもいいんだ。娘を守るのは父として当然のこと。君はまだ幼いのだから、私やマリー、ルークを存分に頼りなさい」
「はい……」
あ、ヤバい泣きそう。
罪悪感とか安堵とかいろんな感情が混ぜこぜになって泣きそう!
「父上、僕に任せていただけませんか」
お兄様が近付き、俺を抱っこしてそう答える。
綺麗なお顔が真剣な表情を作っているのだが、あまりにも美しいという場違いの感想を抱いてしまった。
将来モテるだろうなぁこれ。
「ルーク……しかしお前はまだ――」
「僕はアルバート侯爵家の嫡男です。確かに未だ若輩の身ではありますが、何れ当主として矢面に立たねばならないのも確かでしょう。それに……」
お兄様がこちらを見下ろし、ふっと笑う。
やだ……天使……
お父様の凛々しさと、お母様の可憐さの両面を併せ持つお兄様にこんな風に微笑みかけられたら、落ちない令嬢なんていないでしょ。
「ステラが困っているのです。力になりたいと思うのが兄というものでしょう?」
「ダメだ、これは魔導師団の仕事だ。お前は建国祭を楽しんで来い」
「嫌です」
真っ直ぐな目でお父様を見据えるお兄様。
対してお父様は納得がいかないとばかりに険しい表情を浮かべている。
緊迫した二人のその状況を破ったのは、お母様であった。
「ならこうしましょう。私もルークと一緒に行きます」
「母上!?」
「マリー!?」
あ、ハモった。
「ルーク一人で心配というのでしたら、保護者同伴であれば文句はありませんね?それに、私ならば天眼がありますから、ワイズライン侯爵と侯爵夫人を見つけることも容易でしょう」
「しかしマリー、ステラ一人を邸に残すつもりか?」
「そうです母上!いくらカタリナや護衛がいるとはいえステラを一人で残すわけにはいかないでしょう!」
「お黙りなさい二人とも」
ピシッと、有無を言わせぬ冷たい声音がお母様の口から放たれる。
こわ……しかも今思い過ごしじゃなければ温度下がったよね……?
「私もステラを一人で残したくはありません。ですが二人とも、こうするのが一番自然であるのも理解できない程の能無しではありませんね?」
「しかし……」
「しかしではありません。ステラから時間を教えてもらい、その時間だけ外出すればいいだけのこと。解決次第戻れば憂いは断てるでしょう。ステラが短時間のお留守番が出来ない訳ではないことは、十分に理解しているでしょうに」
まあはい、多分一日空けて貰っても留守番くらい普通に出来るよ……?
お母様の迫力が怖くて言い出せないけど。多分あれこっちに向けられてたら粗相をしていた気がする。
「……わかった、そうしよう。マリー、ルークとクラリス嬢を頼んだ」
「ええ、承りました」
「父上!」
「諦めろルーク、マリーはこうなったら絶対に折れない」
なんだろう、前から薄々と感じていたんだけれど、俺のことになると家族全員全く譲らなくなるんだよな。
意見が一致してる時はとても頼もしいんだけど、割れるとこうなるんだなぁ。
なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
「そういう訳ですからステラ、少しの時間お留守番できますね?」
「はい!おまかせください!」
「ふふ、いい子ですね。当日はカタリナ、頼みましたよ」
「畏まりました」
お母様の手が伸び、また優しく頭を撫でてくださる。
気持ちよさに目を細めてそれを受け入れていると、納得できないといった様子のお兄様の表情が視界に入った。
拗ねているのだろうか、随分と大人びている人だと思っていたが、こういうところが割り切れないのは、まだ子供っぽいんだなぁと妙な親近感が湧いた。
◇◇◇◇
あれから三週間ほど経った。
建国祭中は俺は外出が出来なかったが、お母様がほぼずっと近くにいてくださったので、寂しくはなかった。
まあ、精神的には成熟していると自分では思っているので、仮に一人でも問題なかっただろう。
といっても、この身は自衛する手段を持たない三歳児に他ならないので、言われるがままに従っていたが。
これといった問題は起きなかったと、お父様からお伺いした時はほっと胸を撫で下ろしたものだ。
お父様からは、ステラのお陰だというお褒めの言葉を頂きました。
やはりクラリス・ワイズライン様はご家族とはぐれていたらしい。
やけに真剣な表情をしていたお兄様が、早い段階で見つけたことで大事にはならなかったそう。
当日は俺も天眼で監視していたが、お兄様が偶然を装っていた仕草が少々不自然で一人で笑ってしまったところをカタリナに見られており、お父様とお母様に報告された。
案の定許可なく魔法を使わないようにとのお達しが下り、その時は少々拗ねてしまった。
……別に言わなくてもいいじゃんか。
本日は謝礼のためにワイズライン侯爵家が訪ねてくる日になっている。
事件から少し日程がズレたのは、ワイズライン侯爵もまた魔導師団員であり、建国祭中は多忙であったため、両家の当主の時間が丁度空くこの日になったらしい。
「お嬢様、本日はワイズライン侯爵がいらっしゃいますので、そのような表情はお控えくださいね」
来客、ということで一応社交に出てない俺も、しっかりと身なりを整える必要があるそうだ。
普段から整えていないわけではないが、外向けの装いをする必要がある。
貴族子女ってクッソめんどくせぇなぁと思うが、ここをしっかりしておかないということは、アルバート侯爵家に泥を塗る行為に等しい。
あれから一週間が経とうとしているが、俺はまだ不貞腐れている。
別に身を危険に晒してるわけじゃないんだしさぁ……ちょっとくらいいいじゃんか。
ちなみにそれを言ったら、カタリナから教育的指導が行われた。
曰く、未だ完全にコントロール出来ていると断言が出来ていないものを、個人の裁量で使うべきではないと。
特に一度暴走を起こしているのだから、使用に関しては慎重になるべきと、それはもう口を酸っぱくする程に言われた。
というわけで、絶賛遅れてやってきたイヤイヤ期に入っている。
カタリナは目つきが少々鋭い淡い青髪の長身美人だ。
聞くところによると、クレアの実の娘らしい。
クレアも教育の時は有無を言わせない気迫があるので、母親譲りなのだろう。
ちなみに俺の淑女教育もカタリナが主体となって実施している。
テキパキと俺の髪を梳って結ってくれるのは、俺のもう一人の侍女のソフィーだ。
ソフィーはクリーム色のふわふわとした髪を持っている天真爛漫な少女で、主に俺の身の回りの世話をしてくれている。
今日は外向けということで、長いプラチナブロンドの髪をハーフアップにされ、結んだ部分に大きめのリボンを付けられて完成。
最初の頃はリボンを着用するのにも若干抵抗があったのだが、ベビードレスやそれに合った靴を履いているうちにどうでもよくなってきた。
成長したらもっとひらひらしたドレスを着用するのだから、今から嫌がっていたら心が持たない。
「わぁ~お嬢様、とっても可愛らしいですよぉ~」
「ありがとソフィー」
「いいえ~」
仕上がった自分を鏡で見てみる。
プラチナブロンドの髪をハーフアップで纏め、アクアマリンの瞳はつぶらだ。
ドレスは三歳ということで、余り装飾は激しすぎないホワイトピンク基調のものを着用している。
止められたリボンもまた、ドレスと同じホワイトピンクだ。
全体的にお母様の面影を感じるなぁ。
成長したら、確実にお母様と瓜二つになっていくんだろう。
コンコンと、部屋の扉がノックされる。
どうぞ、と声を掛けると入ってきたのはお兄様だった。
「失礼するよ、っと、ステラ、とても綺麗だね」
「ありがとうございます。おにいさま」
「ふむ、母上に似て女神のようだね。これはお披露目をした時に貴族子息達が黙ってないかな……父上に釘を刺しておこうか」
おっと何か不穏な言葉が聞こえましたよお兄様。
それと女神なのはお母様ですよ。決して俺ではありません。
それはそうと、外向けにしっかりと身なりを整えたお兄様がイケメンすぎるんですけど。
貴族子息が俺に黙ってないよりも、貴族令嬢がお兄様に黙ってないと思います。
これで婚約者がいないというのだから、何かの冗談だろ。
「僕は大したことはないよ。その証拠に婚約者はまだいないからね」
「なにもいっておりません」
「顔に書いてあるよ。ステラはわかりやすいんだから」
「うぐ……じかくはしております……」
ニコニコとした表情は崩さないお兄様。
仕返しに何考えているか読んでやろうと思ったけど全く読めない!
そんな攻防をしていると、再び部屋の扉がノックされる。
執事のマシューが俺たちを呼びに来たようだ。
「失礼します。お嬢様、若様、ワイズライン侯爵がご到着なさいました」
「わかった、ありがとう。行こうかステラ」
「はい、おにいさま」
お兄様が俺の手を取ってエスコートしてくださる。
彼についていく形で、自室を出てエントランスの方へと向かう。
初めてのアルバート侯爵家以外の人との対面だ、家名に恥じないように振舞わなければな。