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侯爵令嬢の災難  作者: 千夜
生誕と成長と婚約と
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虻蜂取らず、捧げたものは如何に

 そのままの事実を伝えても、アルバート侯爵家のみんなは信じてくれるとは思うが、あれが白昼夢でたまたま未来と一致した可能性がある。

 一度検証する必要があるだろう。


 というわけでやって参りました、我が家の修練場です。

 魔法の練習をしたいと申し出たら、監視の元かつ修練場であれば問題ないとの言葉を頂いたのでお言葉に甘えて色々と試してみよう。


 普段はお兄様がお父様に、毎日ここで午前中は実戦さながらに訓練を受けている。お父様もお爺様も同様にここで訓練に明け暮れていたそうだ。

 俺自身は本邸の外に併設しているこの修練場に、初めて踏み入ることになる。

 ドーム状に建てられた修練場は周囲が石壁で囲まれており、高度な属性防御魔法が展開されているそうだ。

 長時間の展開なんて魔力消費が激しいし、なにより誰がそれを行使しているんだろう?と最初疑問だったが、どうやら魔法陣を描くことで恒常的な魔法の展開が可能なそう。

 そして修練場の隅にはトレーニング用の木人や的も設置されており、属性魔法の練習に使うことも出来るらしい。


 監視にはお母様とお母様の侍女であるクレア、そして私の侍女であるカタリナの三名が立ち会ってくれる。

 属性魔法による攻撃ではないので、本格的な訓練施設を使う必要はないんじゃないかと思ったが、一度暴走しているので、魔法の発動が完全に安定したことを確認できるまでは、修練場での監視は必須とのこと。

 これに関しては、妥当というか当然だな。


「ここでならある程度は好きにやっても構わないわ。けれど、イメージを持つことと魔力のコントロールは必ず意識してね」

「はい!」


 お母様の許可も得られたので早速試してみよう。

 イメージはどうしようか。

 本当に未来視が出来る場合、どこまでの未来が見れるのか確かめておく必要がある。天眼で見られる範囲は、暴走した時の情報でしかないが、ある程度の範囲を俯瞰することが出来るのはわかっている。


 ――――そういえばそろそろ建国祭の時期だったな。


 建国祭は年に一度、ハルフィ―リア王国の建国記念日付近で実施される、その年で最大の祭りだ。

 建国記念日前後三日の計七日に渡って行われ、城下町では屋台の出店や大道芸などの催しが多く開催される。

 俺はまだ五歳のお披露目を迎えていないということで、城下町に繰り出したことがないから実際には見たことはないが、町へ繰り出す許可を得られたら是非とも行ってみたい。

 貴族の子女が食べ歩きってするものなのかな……?


 建国祭は二週間後だ。

 当日は大々的に実施されるのもあって、犯罪が増えるらしい。

 そのため、警備のための巡回ローテーションや巡回行路、建国祭の準備などに国王直属の騎士団や魔術師団も駆り出され、この時期は非常に忙しい。

 お父様も魔術師団の部隊長を務めていることもあり、午後からはそちらの仕事のために家を空けていることも多いのだ。


 よし、建国祭について想像してみよう。

 もしこれが明確なビジョンとして光景が浮かび上がってきた場合、未来視が出来ることの裏付けになるし、何より未来視の時間の範囲をある程度見積もることが出来るだろう。


 目を瞑り意識を集中させて魔力のコントロールを行う。

 イメージするのは二週間後の建国祭、城下町で実施される屋台で出させる食べ物についてだ。

 

 天眼を起動すると、城下町の光景が見えてくる。

 今は出店準備で人々が忙しなく動いているだけだが、二週間後には屋台から登る香ばしい匂いと、人々の往来で非常に活気溢れる光景になるはずだ。

 俯瞰視点で未来に思いを馳せていると、段々とその光景が早送りになっていくのがわかる。

 屋台の組み立てや設置が進み、騎士団の出店の確認が入る。また更に時間が進んでいくと、建国祭準備は完全に完了し、遂に国王が高らかに建国祭の開始を宣言した。

 大通りは徐々に通行人が増えていき、屋台に並ぶ人々も多くなってくる。

 その中の屋台の一つに視点をフォーカスしてみよう。


 これは、串焼きだろうか?

 木で作られた串に青白い筒状の野菜とブロック状に切り出された肉が交互に刺され後、タレを塗られて金網の上に乗せられる。

 すんすんと匂いを嗅いでみるが、感じられたのは修練場の土の匂いだけだった。

 周囲から音も特には聞こえないし、嗅覚と聴覚は同期していないと。

 同期していたら香ばしい匂いと、じゅうじゅうと焼ける音を感じられただろうに残念だ。


 焼き上がった串焼きの持ち手の部分を厚紙に巻き、子連れの親子に渡すと、家族分受け取って支払いをして笑顔を浮かべ歩いていく。

 ……いいなぁ、俺も串焼き食べ歩きしたいなぁ。

 よし、建国祭に参加できるようになったら絶対にあの串焼きの店に行こう。

 

 ――――ん?今視界の端に何か見えたような……

 時間は巻き戻せるだろうかと考えていると、イメージがそのまま反映されたようで、ビデオのように光景が巻き戻っていく。

 便利だなこれ。


 違和感を感じた部分に巻き戻し、一時停止をする。

 どこだ、なにに違和感を感じた?

 走りだした子供が盛大にこけた……これは違う。

 別の屋台でおじさんが店員さんに何かを言っている……これも違う。

 騎士団の人だろうか、屈強な男性が周囲に目を光らせている……これも違う。

 路地に黒髪の少女が入っていった……これだ。


 注視してみると、綺麗な黒髪をハーフアップで纏め、ターコイズブルーの瞳を持った五歳くらいの可憐な少女が、辺りを不安そうに頻りにきょろきょろと見回しながら歩いていく。

 ……迷子だな。

 ある程度誤魔化しているが、佇まいや仕草から高貴な雰囲気は隠せていない。どこかの貴族令嬢だろう。

 ただでさえ人の往来が激しいのだ、注意していても一度はぐれてしまえば簡単には見つけ出せないだろう。

 それこそ天眼のような視界を広げる魔法でもなければ。


 しばらく観察していると、少女はどんどん先へと進んでいる。

 こういった場合、動かないのが見つけてもらう定石だが、貴族令嬢とはいえ幼い少女。はぐれた不安と恐怖から気を紛らわすため、動かざるを得ないというのもわからなくもないのだ。

 

 少女が路地の曲がり角を曲がった時、それは起こった。

 何かしら魔力が動いた気配がすると、少女が眠そうに眼を擦り始める。

 その後すぐに、少女の周りに三人ほどの男が囲うように現れ、うとうとしていた少女が麻袋に詰められ、男たちが走り出す。

 

 ……誘拐、か。

 いや、前世でも誘拐はあったんだ。監視カメラのないこの世界で誘拐は割と起きていてもおかしくない。

 更に言えばこの時は建国祭、犯罪を起こすのには絶好の機会ではあるのだろう。


 男たちの次の目的地を探ろうとしたが、前頭葉にズキリとした痛みが走る。

 しまった、使いすぎたか。一度未来視を中断しよう。




 今の未来視でわかったことが三つある。

 一つは、やはり今見た光景は二週間後に起きる建国祭の風景で間違いないだろう。

 俺の天眼は起きる未来を観測することが出来るとみていい。


 二つ目は、未来視展開の限界時間の凡その把握。

 距離や詳細まで見た場合はまた変わってくるだろうが、あの程度のざっくりとした範囲なら二週間後の光景は長時間展開しなければ問題なく見れる。

 前頭葉に痛みが走ったのは展開時間が迫ったことだと思う。


 そして三つ目。これが意外だったのだが、魔力の動きを観測することが出来た。

 屋台で串を焼いていたのは生活魔法だと思うが、魔力が少しばかり動くのを感じ取ることが出来た。

 その時は何も気にしなかったのだが、少女が魔法をかけられたと思しきタイミングでは、生活魔法が行使された時以上に明確に魔力の動きがハッキリと眼に映ったのだ。




 ……全部報告しなければならないか。

 見てしまったから、というわけではないが、少女が誘拐される未来が見えていて無視することなんてできない。

 自分一人ではどうすることもできない。外出許可も出てないしね。

 幸いお父様は魔術師団だし、当日も警備じゃなかったとしても何かしらの仕事をしている可能性は高い。

 戻ってくるのは夜だろうし、夕食でこの話を切り出しましょうか。


 しかし誘拐か。

 俺にもあり得ない話ではないだろうなぁこれ。

 お母様の天眼があれば見つけていただくことは簡単だろうが、何かしらで掻い潜ってくることもないとは断言できない。

 自己防衛手段は早めに確保しておきたいところだ。

 属性魔法の使用や練習を現時点で行った場合、お父様やお母様に怒られてしまうでしょうから、イメージトレーニングを実施してみましょう。

 

 とはいえ好き好んで傷付けたくはないので、風魔法がいいだろう。

 囲まれた場合、悪漢を吹き飛ばす程度の魔法。

 自分が逃げるための時間を稼げればいいのです。


「――――え?」


 思わず声が出てしまった。

 魔法を発動するイメージと、発動直前の魔力操作だけしようと思ったのだが、魔力が動かない。

 天眼や生活魔法を使用した時には問題なく動かすことが出来ていたのに、属性魔法だけは何度イメージしても魔力が全くと言っていいほど反応しないのだ。

 

 ――――まさか、属性魔法が使えない……?適性があるのか?

 そんな話は聞いたことがないが、まだ教えていただいてないだけの可能性はある。


 天眼は通常は自身の周囲を見ることが出来るだけとも言っていた。

 俺は未来視が出来る代わりに、属性魔法の適性が一切ないということもあり得る……


 マジかぁ、魔法使い、憧れてたんだけどなぁ。

 シンプルに今は使えないだけの可能性もあるんだけど、使えないかもしれないっていう不安が……


 今は考えないようにしよう。魔法講義が始まることで耐えられると思っていた淑女教育が耐えられなくなる。

 積極的に他人を害したい訳ではないけれど、それでもなぁ……後ろ髪を引かれる思いが拭えないんだよなぁ。


 パンパンと自分の頬を叩く。

 よし切り替えた。属性魔法は二年後まで考えない!

 意を決してお母様達の方を振り向くと、お母様もクレアもカタリナも驚いた表情を浮かべていた。


 あ、急に頬を叩いたからか。


「……ええと、何かあったの?大丈夫かしら」

「すみませんおかあさま、ちょっとショックなことがありまして……」

「何があったか話してくれる?」


 こくりと頷き、属性魔法の事については伏せて話す。


 未来視のこと。

 魔力の動きを観測出来ること。

 そして、建国祭で起きる誘拐のこと。


 全て話すと、三者三様、さっきとは違う表情になられた。

 まあ、信じられないだろうなぁ。


「そう……それは辛いものを見たわね……」


 近付いてきたお母様が俺を包むように抱いてくださる。

 それを受けて俺もお母様に抱きつく。

 お母様を騙しているようで申し訳ないが、この優しさに甘えたい。


「そのことは、一度ジンとルークも交えて話し合いしましょう。未来視もそうだけれど、その誘拐されるかもしれない令嬢についてはジンに伝えておく必要があるもの」


 お母様は信じてくれるみたいだ。

 正直眉唾な話であるのは自分でも重々承知している。

 人によっては得体の知れない存在に映っても仕方はないだろう。

 だから、こうやってすんなり信じてくださったのは少々驚いたが、同時に感謝の念に堪えません。


「わかりました。わたしもそのひつようがあると、かんじておりましたから」

「ええ、打ち明けてくれてありがとうステラ」


 また俺の頭を撫でてくださる。

 お母様にこうして撫でられるのは好きだ。無条件に安心することが出来る。


 今後の天眼についての扱いについてもそうだし、未来視が出来ることが知れ渡れば、不都合が生じるのは明らかだろう。

 だがきっと、お母様といれば問題ないのかもしれないと、根拠もないのにそう思うのだった。

ステラの思考が多くなる回はどうしても地の分が多くなってしまいますね……


完全に書くタイミングを逃してしまったのですけど、

お母様のフルネームはローザマリー・アルバートです。

ユージンお父様がマリーと呼んでいるのは愛称ですね。

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