要領の良さと飲み込みの速さ(直接的)は必ずしも一致しない
「おとうさま。おとうさまは、どうしておかあさまと、ごけっこんなさったのですか?」
本邸の庭でお父様と二人で散歩していた際、兼ねてより気になっていたことを尋ねる。
産まれた際に気がかりだった年端もいかない少女相手に二人も産ませた事については、やはりというか俺の勘違いだったようだ。
お母様は俺を産んだ時は二十五歳だったという。
ある時を境に身体はあまり成長しなくなり、成人を迎えてもそのお姿は可憐な少女のままであると。そう聞いたのはいつの話だったか。
政略結婚ばかりだろうと思っていた貴族の婚姻も、どうやら必ずしもそうという訳でもないらしい。なんでも、お父様とお母様は恋愛結婚だったそうだ。
それについてはもう三年もラブラブな夫婦を見てきているので、十分理解している。
俺ことステラレイン・アルバートは先日めでたく三歳を迎えることが出来ました。
一歳を迎える前には既に歩くこともでき、会話も二歳くらいからゆっくりではあるが出来るようになった。
確か赤ん坊の一人歩きは一歳半、会話については三歳を過ぎたころからしっかりとした問答が出来るようになるのが平均だった気がする。
これについてはまあ前世の記憶というか、使い方を元々知ってたことが大きいだろう。
平均より早い成長に、お母様付きの侍女達が手放しで褒めていたのを思い出す。
すみません、ちょっとズルしてるんです……
これが正しい成長の形じゃないんです……
だから神童になるかもとか、お嬢様は賢いとかそういった類の誉め言葉はやめて!
閑話休題、話を戻そう。
どうも話を聞くとお母様の実家であるハインリヒ伯爵家のお婆様も、どうやらお母様同様の体型だったらしい。
これに関してはもう完全に遺伝だろう。
お母様に似てるとよく言われている身としては、体格だけは遺伝しないと思うほど楽観的な考えは持てないので、やはり十数年後から俺の体型は変わらなくなるはずだ。
「おや、どうしてそんなことを?」
「おとうさまと、おかあさまは、とてもなかがよろしいので、きになってしまいました」
とてとて、とそんな音がなっているような歩きでお父様に近付いた俺はそのまま抱き上げられる。
事情を知らない人からすれば、お父様とお母様は並び立つと親子か兄妹だと思われてもおかしくない。
だってお父様とっても大きいんですもの!
そんな体格差故に、きっと当時は色々と苦労したはずだ。
「ふむ、そうだね。私とマリーが婚約したのは私達が八歳の時の私の誕生日パーティの時だ。元々実家の仲がよかったのもあるが、彼女の優しさといつくしさに私は惚れたんだ。幸い、彼女も私の事を好きだと言ってくれてね。そこから婚姻を結ぶまではとんとん拍子だったよ」
違ったようです。
しかしなるほど、お母様は外見だけ見ると十五歳くらいなのだが、八歳から惚れていたということはほんの少しだけ有り得るかもしれないと疑っていた、お父様のロリコン気質は完全に誤解だったということだ。
ごめんなさいお父様。
「それは、とてもすてきですね!」
「そうだろう?そう言ってくれると私も嬉しいよ」
頬に口づけをされる。
生まれてから度々行われてきたため、もう慣れたものではあるが、最初の頃は前世と文化圏が違うのもあり、恥ずかしくなっていたものだ。
「ステラにもいつかそういう出会いがきっとある。…………いや、天使のようなステラをどこの馬の骨とも知れぬ男にくれてやるわけにはいかんな」
後半は聞こえないよう呟くようにおっしゃったが、申し訳ございません、如何せん距離が近いので全部聞こえてますお父様……
とまあこのように、お父様はかなり俺の事を溺愛してくださっているようで。口には出していないが、どうもどこかに嫁がせる気はあまりなさそう。
ハインリヒ伯爵家のお爺様も似たような感じだったと、お婆様からおうかがいしたことがあるので、そんなお爺様からお母様をいただいてるお父様もきっと同じ道を辿ることになるだろう。
俺もアルバート侯爵家の令嬢なのだ。そのようなことを言っていてもいつかはその時期が来てしまう。
それに何故元男の俺より俺の婚約について否定的なんでしょうかお父様。
そういえばなんとなしに考えていたが、不思議と婚約についての忌避感はほとんどない。
いつかはどこかの殿方に嫁ぐ必要があるだろうけど、そのことについて「そういうものだろう」といった感情しか湧かないのは何故だろうか。
ただ全く無いというわけではないので、出来れば誠実な方がいいなぁなどという漠然とした思いがある。
……今考えるようなことでもないか。
物心ついたらと言うと少し語弊があるが、会話が出来るようになった二歳頃から淑女教育が始まった。
「こんな時期からもう教育が始まんの!?まだ赤ちゃん言葉を卒業したばっかだぞ!?」と驚愕し、もう少し楽をしていたいという甘えからか、イヤイヤして泣き出して駄々を捏ねたのは記憶に新しい。
成人男性だったという記憶がある身からすると、後から思い出して物凄く恥ずかしい思いになったのだが、いい加減その辺りの認識を改めないといつかどこかでボロが出そうだな……
とまあ、そういった経緯で始まった淑女教育についてだが、俺は驚くほど飲み込みが早いそうだ。
そういえば前世にて要領の良さと高い適応力を持っており、とても器用な方だった。
……どこの誰であったかというところは今現在も何も思い出せていないのは確かだが。
そうだ、教育といえば魔法!
どうやらこの世界には魔法があるらしい。
大きく分けると【基礎魔法】【属性魔法】【無属性魔法】があり、細かいところまで分けると四大元素とかの話になってきてしまうので、今は割愛するが、確実に魔力と魔法というものが存在している。
しかも【基礎魔法】に関して言えば、【生活魔法】と呼ばれたりもしているため、この世界における魔法はかなり身近なものみたいだ。
五歳になれば魔法講義も行われるとのことで、その時が今から楽しみで仕方がない。
非常に辛い淑女教育も、魔法講義を受けるための試練であると考えたら、なんだか耐えられそうな気がする。
近い将来に訪れる未来に心を馳せながら、お父様の腕に抱かれお母様とお兄様のいるガゼボへと向かっている最中に、それは何の前触れもなく俺を襲ってきた。
ズキンと前頭葉に痛みが走り、顔を顰めてしまう。
痛みに耐えながらも薄っすらと目を開けた先に見えたものに俺は驚愕する。
「――――え?」
口に出していないと思っていたが、お父様がどうしたステラ?と覗き込んできたことで、どうやらそうではなかったらしい。
お父様に返答しなければならないが、最早それどころではない。
この両目には確かに庭の風景とガゼボで待っているお母様とお兄様が遠目に映っており、近くにはお父様がいるのを認識できる。
だが、問題はそこではない。
目を開けた瞬間に凄まじいほどの視覚的情報量が脳裏に叩きつけられ、それは今なお続いている。
ガゼボにいる二人のお顔はさることながら、庭の風景をまるで空から覗いているような、これではまるで、本邸の全てを見通しているかのようで。
洪水のように流れ込む情報は、本邸を通り越して王国の貴族街、下町、城壁の外と止め処なくその範囲を広げていく。
これはまずい。このままだとこの幼い体の発達途中の脳は処理しきれずにパンクしてしまう。
「――――――ゴホッ」
「ステラ!?」
情報の処理が追いつかなかった俺は、お父様の腕の中で吐血してしまった。
鼻の辺りになにか温かいものを感じるので、鼻血も出しているのだろう。
お父様が焦った表情で俺の名前を連呼するのがわかる。幸いにも、処理しきれなかった情報に脳の自己防衛が働き、強制的なシャットダウンを行うようだ。意識が遠くなっていくのがわかる。
その間にも頭上でステラ!ステラ!と焦って俺を呼ぶ声がするのを最後に、意識を手放した。
『ごめんなさいお父様、素敵なお召し物を汚してしまって』
そんな場違いの謝罪を心の中でしながら。
すみません、地の文が多くなってしまいました。
次話はなるべく早く投稿するように努めます……!