幼馴染視点から見た未来視の令嬢
王都の貴族区にあるかなり大きな屋敷の部屋で、ウォルフは頭を悩ませていた。
机の上にはいくつもの手紙が束になって置かれている。
それらの内容はどれも誕生日会やお茶会の招待などといった、所謂「うちの娘を是非婚約者に!」といった内容がほとんどである。
お披露目会に参加してから一年ほどは全てに応じていたが、あまりにも数が多い上に同じ家から何度も呼ばれることに、若干の嫌気がさしてくる頃合いだった。
アーサーは王族なので一緒に来てくれというのは論外だし、ジークフリートはつい最近婚約者が出来たからこういうのが減ったという話は耳にする。それでも送られてくるあたりは流石は公爵嫡男というべきか。いや、この場合感服するのは令嬢方の方だろう。
気分転換も兼ねて体を動かそうと思い席を立つ。
自室の扉を開いて部屋の外に出ると、丁度姉であるクラリスが通りかかるところだった。
「これからルークス殿のところですか?」
クラリスは普段より少々着飾っており、若干早足で移動していたので茶化すように尋ねると、「なっ……」と動揺し、少し頬を赤らめた後にウォルフを睨む。
特段姉のことが大好きな弟というわけではないが、ツリ目をキッと顰めてこちらを睨む姉は、なるほど確かにクール系の美少女であるのは間違いはないのだろう。
もっとも、枕詞に「黙っていれば」が付随してくるのではあるが。
「そうよ。婚約者に会いに行くのがおかしい?」
「まさか。そんなことは思ってないですよ」
「わかった、ウォロも行きたいんでしょ」
ああ、確かにそれもいいかもしれない。
姉であるクラリスの婚約者であるルークスがいるアルバート侯爵家とは、父同士の交友があることもあり、ウォルフも幼い頃から付き合いがある。
ルークスには妹がおり、妹君とは五歳のお披露目会からの付き合いであり、幼馴染と言っても過言ではない関係ではあるだろう。
彼女……ステラレイン・アルバートはつい最近婚約者が出来たことは社交界でも有名なことだ。
婚約者のいる女性と二人で会うというのは、かなり不健全に感じるが、今更なにかあるというわけでもあるまい。
というか最近、彼女からは弟を見るような目で見られている気がするし。
「それもいいかもしれないですね」
「……本気で言ってる?」
本気も本気、大真面目だ。
「姉上の邪魔をする気はないですよ」
「それは当然そうしてもらうけど。そうじゃなくて、ステラのこと! 聞いてないの?」
聞いてるも何も、ジークフリートのプロポーズ会場にステラレインを誘導したのは、他ならぬウォルフだ。
聞けば近々エヴェンテ公爵領へと帰るジークに同行するらしい。まあ彼女のことだ、領民へのアピールとかそういうことは一切考えずに、ただ食事を楽しみにしているだけだろうけど。
「ええ、存じていますよ。なにせ協力を頼まれた身ですからね」
「……」
唖然、絶句。
そういった単語が合致するであろう表情をしている自らの姉が少し面白可笑しく感じる。
この人も大概、取り繕うのが苦手だ。その辺りは本当に彼女と似ていると思う。
「まあいいわ……。着いたらルークとステラに聞いてみる。もし断られたら帰るのよ」
「ありがとうございます姉上」
打算もありきだが、彼女なら断ることはないだろう。今は本音で話せる少女に胸の内を吐露してスッキリしたいのだ。
♢♢♢♢
「それでうちに来たの?」
「うん。本音で話せる相手ってのも少ないからね」
「まあいいけど」
そう言って彼女は視線を本に戻す。
聞いてやるから勝手に話せということだろう。
アルバート侯爵家に着いた後に姉に確認をしてもらったところ、ステラがガゼボにいる間なら居座ってもいいということで、お言葉に甘えることにした。
ステラレイン・アルバート侯爵令嬢
付き合いは二年ほどしかないが、互いの兄・姉が婚約者の関係であるのに加え、お披露目会でずっと一緒にいた経緯から、成り行きで幼馴染と呼べるような関係になった少女。
貴族令嬢らしからぬ思考を持っており、ウォロが気を緩めることが出来る相手の一人だ。
まあ、今はウォロではない男性の婚約者であるため、別の意味で気を付けなければならないが。
「いやあ実はね、そろそろ僕も決めないといけないかなぁと思っててさ」
「……それ私に言うことではないんじゃないかしら」
視線を本から上げてこちらを一瞥する。
宝石のような輝きを持つアクアマリンの瞳は、彼女のとある魔法を行使する際に虹色に輝くことを知っているのは、アルバート侯爵家の人間以外ではウォロだけだろう。
尤も、近いうちにジークフリートも知ることになるのではないだろうか。
「そろそろね、うんざりしてきたんだよ」
「あら、ウォロの口からそんな言葉が飛び出すなんて。明日は雨でも降るんじゃない?」
「君が思ってるほどの人間じゃないよ、僕は」
不思議な人だと思う。
例えば幼馴染がステラではなく、他の令嬢だった場合はこうも内心を吐露していないような気もする。
隣にいて気を使わなくていいし、ここまでは言ってもいいだろうというラインが他の令嬢と比べて無意識的に下がっている。
包容力、というわけではないだろう。
もっと本質的なところ、彼女は他の令嬢に対する感情より、アートやジークといる時に抱く感情に近いものがある。
言うなれば、親近感だろうか。
外見は王国の同年代で一、二を争うくらいにはレベルが高いし、礼儀や立ち振る舞いから、数多の子息たちの間では気になる令嬢として名が上がることも多い。
あまり社交に出てこないこともあって、深窓の令嬢と噂もされている。
これの評価に関しては、茶会や夜会が面倒だからとことごとくを蹴っている彼女にも原因があるので、甘んじて受け入れてもらいたい。
「まあいいわよ。減るのは私の魔力くらいだしね」
「待って、そこまでしてもらうつもりはないんだ」
ウォロとステラの会話で主語が消えることは結構ある。
今回は、ウォロがこの話を持ち込んだことで、ステラが魔法を使おうとして、ウォロが止めたという構図だ。
ステラの魔法、「天眼」は彼女の母君であるローザマリー侯爵夫人も使える魔法ではあるが、どうやらその出力が違うらしい。
本来の物事を見通すという効果に加えて、限定的ではあるが未来まで見ることが出来る。
未来視を持っている者なんて、例えば教会であれば聖者や聖女として囲うだろうし、国で見ても国家や軍事の運用で大いに役に立つ。
発覚したら、間違いなくハルフィーリア王は黙っていないだろうな。
「いくら知ってる相手だからって、部外者のために使うものじゃないよ」
「そう? 困ってる幼馴染を助けるのは普通じゃない?」
こういうことをサラッと言ってのけるから、この少女は本当にタチが悪い。
自分は慣れたものだが、これを初見で喰らったら並の子息たちはイチコロだろう。おそらく、令嬢方でも同じことが起こるような気がする。
ステラという少女は、他者のために自らに降りかかるリスクを度外視する傾向がある。
未来視というのは、何もこの国だけじゃなく、もし発覚したら最悪、世界を巻き込んでの戦争に発展する可能性があるレベルのものだということは理解しているのだろうか。
――――してないだろうな。
「自分のために使いなよ。折角ステラだけが使える魔法なんだからさ」
「……わかった」
そもそも、ここに来てステラと話している時点で大方の目的は達成されている。
あとは、自分自身が誰を選ぶかといった話に落ち着くだけだ。
「でも、本当に困ったらいつでも相談しに来るのよ?」
「わかったよ。その時は頭を下げに来るさ」
さっきのカラっとした雰囲気はどこへ行ったのか。心配そうな表情でこちらを見つめる幼馴染を、悲しませるわけにはいかないなと、そう思った。