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侯爵令嬢の災難  作者: 千夜
生誕と成長と婚約と
2/20

誕生と、家族と

 ――――気が付くと、そこは真っ暗闇の中だった。


 見渡す限りの闇。

 電気がついていないのかと思ったが、どうやらそういう訳ではなさそうだ。状況を探ろうと体を動かすと、周りにあるものが波打ったのがわかる。

 

 風呂にでも入っているのだろうか。

 思い出そうと記憶を探るが、靄がかかったようになにも思い出せない。

 昨日俺は何をしていたんだっけ……?


 途端に恐怖と不安が己を支配する。此処がどこなのかも、何故ここにいるのかもわからない。

 そもそも、俺は誰だ……?

 そんな感情に支配されていた時だった。



 急な息苦しさを感じる。

 何かに体を圧迫されている。それは理解したが、何故、がわからない。

 ぎゅうぎゅうと音が鳴るくらいの締め付けに耐えながら、状況が変化するのを待つ。




「おめでとうございます!お嬢様でございます!」


 暗闇から急に明るいところへ出たことによって、目に入り込んできた眩い光に思わず瞼を閉じる。息を吸えば、空気が肺の中に取り込まれるのを感じ、一息つくことが出来た。


 辺りを見渡してみる。

 明暗は認識できるが、形や詳細な色についてはぼやけているのがわかる。いや、明暗の境目で大まかな形については認識することが出来る。この症状、どこかで聞いたことがある気がするんだが、なんだっけ……。




 ――――思い出した!

 確か生まれたての赤ちゃんの目ってそういう風に認識してなかっただろうか。ということは今の俺の目は赤ちゃんの目と同じということだ。いやー、思い出せて一安心だ。



 そういえばさっきお嬢様って誰かが言ったような。

 俺の身に何が起こったんだ……?



 自分がどうなっているか理解が出来ないことに酷く不安を覚え、またあの苦しい暗闇から解放された安堵から、俺は盛大に泣き出してしまった。






◇◇◇◇


 あの後軽く眠ってしまったようだ。

 泣き疲れて眠ってしまうなんてまるで赤ん坊のみたいだが、実際そうなんだろうと思う。


 自分の姿は確認できておらず、なにもかもぼやけてる視界から得られた情報でしかないが、自身の手足を動かしてみると、確かに小さい輪郭が視界の端に映るのがわかる。

 また、首が据わってないようで、自分の意志で首を動かすことができない。更に言うと口から言葉を発することもできない。せいぜいが母音を伸ばした音が鳴るくらいだ。

 何から何まで赤ん坊の特徴。


 現状と言っていいかはわからないが、今自分がどういう状態なのかは把握できた。

 それに気になることもある。今世はどこかの貴族の令嬢として生を受けたのだろう。だが、俺の中にあるこの意識とでも言うのだろうか。成人男性として過ごしていた記憶が明確にある。

 

 が、俺がどこの誰で何をしていたのかがさっぱり思い出せない。

 何度頭を捻っても答えは得られそうにない。


 それならば仕方がないと、思い出せない過去のことよりも今の状況に対応するべきだろう。産後処理を着々と進められた後に産着を着せられ、温かく柔らかな胸に預けられたのを認識する。

 抱き寄せられた華奢な体に、何故だか安心することができた。


「私の娘、なんて愛おしいのでしょうか」


 どこかあどけなさを残しつつも、透き通った声が響いてくる。

 この女性が赤ん坊の、ひいては俺の母親なのだろう。声質から察するに恐らく十代、それも半ばなのではないだろうか。

 まだ幼いと言ってもいい年ごろの少女が、一児の母になるとは父親はどんな鬼畜なんだ?と思わずにはいられないが、どうもいいとこの令嬢として生を受けているらしい今世ではそれが当たり前なのかもしれない。

 年齢からしても第一子ではあるだろう。貴族については詳しくはないが、跡取りは嫡男が務めるものだと思う。そう考えると、女児として産まれたことに若干の負い目を感じつつも、男児として産まれさせてくれなかった運命を少しばかり恨む。

 記憶が成人男性と訴えているのだ、貴族社会については置いておくとしても、嫡男として産まれた方が色々と楽だっただろうに。


 とまあ、これについてはどうしようもない。

 そもそも母親に「どうして男として産んでくれなかったんだ」なんて口が裂けても言えないだろう。貴族令嬢ならなおのこと。


「あら、この子随分と大人しいわね」

「お泣きにもなりませんし、落ち着いてらっしゃいますね」

「ふふ、そうね。ルークスの時よりゆったりできそうかしら」



 ――――え?



 ルークス、ルークス……

 恐らくは男性の名前だろう。ということは母親は少なくとも俺含めて二人は産んでいる。

 未だ輪郭しか認識は出来ないが、やはり彼女がとても子を成すような年齢の女性とは思えない。つまりはまだ年端も行かない少女相手に二人も産ませたということだ。なんという鬼畜の所業。

 どういうつもりかは知らないが、そんなロリコンが父親なんて今から先が思いやられる。


 どうしたものかと考えても、赤ん坊の自分では成せることは何一つないだろう。

 決して父の性愛がこちらに向かないことを祈るばかりだ。……向かないよね?


 まだ会ったこともない父に対して、娘とは思えないような感情を向けていると、大きな音を鳴らして扉が勢いよく開かれた。


「マリー!」


 もっと成長していたらそんなことはなかったのだろうが、大きな音を立てて開かれた扉と続く声に年甲斐もなくびっくりしてしまった。

 ああいや、赤ん坊の体なんだから急に大きな音を立てられたらびっくりもするのか。


「ユージン、そんな大きな声をなさらないで。娘がびっくりしてしまうでしょう」

「あ、ああ、すまない。この娘がそうか」

「ほら、ルークスも」


 マリーと呼ばれたのが母親なのだろう。彼女が手招きした先には子供がいる。

 ルークス、ということは彼が俺の兄にあたる人物になるはずだ。

 こんな目だと正確には認識できないが、あの大きさは五歳くらいだろうか。

 つまり五年前、いや妊娠期間を含めるとおおよそ六年前には母は子を授かっていたのだろう。もはやロリコンを通り越している。


 そして近寄ってきたユージンと呼ばれた彼が、ロリコンの変態父親ということだ。

 父は俺の姿を認識すると、まるで割れ物を扱うかのように慎重かつ丁寧に母から受け取る。


「ん?随分としかめ面をしている。いけないよ、綺麗な顔に皺が出来てしまう」


 そう告げると、俺の額に口づけをする。

 顔に出てしまっていたのだろうか。


「絹のようなプラチナブロンドの髪に、宝石のようなアクアマリンの瞳。髪は君のもので、瞳は私のものか。それに、君によく似ている」


 しかし不思議と口づけに対する嫌悪感は一切なかった。腐っても彼は俺の父親ということだろう。

 うーん、変な雰囲気ではないし、もしかしたら何か事情があるのか?

 よく知りもしない人を少ない情報だけで決めつけるものでもないか。喋れるようになったら聞いてみよう。


「マリー、出産ご苦労様。娘を産んでくれてありがとう。ゆっくり休んでくれ」


 口づけを交わすと、恐る恐るといった様子で近付いた兄の方を見た。


「ほら、ルークスおいで。お前の妹だよ」

「僕の、妹……?」

「ああ、お前のたった一人の妹だ」


 物珍しそうに差し出された指を反射的に掴んでしまい、兄を驚かせてしまった。

 こういうところは赤ん坊なんだろうなぁ、どこか他人事のように思ってしまう。


「この子の名前はなんでしょうか?」

「もちろん決めてあるさ。ステラレイン、それが彼女の名だ」

「まあ素敵ね」


 ステラ、と母が俺の名を呼び優しく撫でる。なんだろう、とても安心する。

 

「ステラ……僕の名前はルークスって言うんだ。これからよろしくね、僕の可愛い妹」


 掴んでいた手をそっと優しく包まれる。

 兄もまだ幼いはずだが、この赤子の身では彼の手がとても大きく温かいと感じる。

 ああ、母も兄も優しい人なんだろう。恐らく、父である彼もまた家族を愛しているのだと。

 俺はきっと、とても幸せな家庭に産まれたのだろう。


 安心したらまた眠くなってきてしまった。

 襲い来る睡魔と戦っていたが、この体では長くは持たないだろう。色々と考えることはあるだろうが、今はただこの睡魔に負けてしまった方がいいかもしれない。

 大きく欠伸をすると、父の服を握り締めながら微睡の中へと落ちていく。

次話からは少し成長したステラレインをお見せできると思います。

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