表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侯爵令嬢の災難  作者: 千夜
後悔先に立たず、識るのは迅速に
19/20

覚悟を以て

「たったそれだけの理由ではあるが、私は貴女に手を貸そうと思っている。それは貴女も視たのだろう?」

「ええ。私自身、全てをこの眼に任せる気はありませんが、この眼に映ったリスクには備えるべきだと考えています」

「なら貴女の話を受けようと思う。尤も、金は必要ない」

「そうはいきません。正式にアルバート家に護衛として雇わせていただきます」

「しかし……」

「きっちりと然るべき給金をお渡しします。これはアルバート家の沽券にも関わりますので。それに、私に協力してくださるのでしょう?」

「む……」


 困らせる気は毛頭ないが、こればっかりは私も譲ることができない。

 労働には対価が与えられるものだ。雇用者と被雇用者の関係ならば被雇用者は労働を提供することで、雇用者は金銭を支払うといったように。

 特殊な条件下では必ずしもそうとは限らないが、私とユウさんの関係はその特殊な条件下ではないので、私の護衛をしてくれるのならば、それに応じた金銭を支払うのは当然のことだ。

 本人がそれを望んでいなかったとしても、外から見れば「アルバート家の令嬢は護衛を無銭で雇っている」ようにしか見えない。

 ただでさえウォロやアートとの関係や、ジークとの婚約で令嬢間で悪目立ちしているのに、これ以上目立ってたまるか。


「……わかった。貴女に従おう」

「ありがとうございます」


 渋々といった感じだが了承は貰えた。


「ではこの後お時間はありますか? お父様にこのことをご相談しに、アルバート家へお招きしたいのですが」

「予定は特にない。時間も気にしていないから、貴女の好きにするといい」


 当事者間で解決したとはいえ私は未成年なので、こういうものには保護者の許可が必要だ。

 給金を出すのは当主であるお父様なので、お父様の許可が得られなければこの話はなかったことになる。

 故にお父様の説得が一番重要なのだが……これに関しても私は算段をつけてあるので問題ない。

 何にでも言えることだが、実績以上の説得力があるものってのはなかなかないからね。


「わかりました。では」

「お待ちくださいお嬢様」


 行きましょうと言おうとしたところでカタリナに遮られる。

 そういえばカタリナとソフィーを置き去りにして話を進めてしまった。お父様に報告する前に二人にはしっかりと伝えておかないといけないだろう。


「話の内容から大まかなことはわかりました。ですが、お嬢様からしっかりと説明してはいただけませんか」

「ごめんなさい、失念していたわ。全部話すから安心して」


 それから二人には、ユウさんと会った時に見た未来視の話をする。

 カタリナもソフィーもやはりある程度は察していたようで、すぐに理解を得ることができた。


「そうですねぇ~、お嬢様にはあの一件もありますし、私は信じていいんじゃないかと思います~」

「……わかりました」


 カタリナはそれだけ言うと、ソフィーと共にこちらに背を向けて話し始めた。

 何を言っているのかは聞こえないが、何を話しているのかは大体わかる。警戒を怠るなとかそういうことだろう。

 実際、ユウさんはかなり怪しいしね。そんな人を天眼だけで信用してる私も私なんだけど。


「いい従者を持ったな」

「え?」

「もし今後何かが起きたとして、彼女たちの手を貴女から振り払わないようにな」

「ええ。肝に銘じておきます」


 きっとなにかしらを見たんだろう。彼女は本質を見抜くと言っていた。

 私も二人のことは信用しているし、今起きている話し合いも私の身を案じてのことだということは理解している。

 何かがあるとは思いたくないが、もしそうなった時は二人の味方をしよう。





♢♢♢♢


 カフェを出て貴族区に入る。

 貴族区はその名の通り、爵位が与えられている者が王都に構えている居住区のことだ。ここをずっと奥に行けば王城へと辿り着く。

 門から近いほど爵位は必然と下の家格になる。私の家は侯爵なので、王城から二番目に近い区画に邸があることになる。

 といっても、爵位が上がればそれぞれの所有地が広くなっていくので、実際には侯爵艇へは貴族区入口から城門まで中間から少し行ったところで到着することにはなるのだが。


 本日はお父様もいらっしゃるようで、帰宅して確認したところすぐに対応してくださるそうだ。

 算段というにはいささか穴のある理論だが、何とかなるだろう。最悪はアルバート侯爵令嬢流の泣き落としを使うのもやぶさかではない。

 コンコンコン、とお父様の執務室の扉をノックする。


「ステラレインです」

「入れ」

「失礼いたします」


 ユウさんとカタリナを伴って部屋に入ると、概要は聞いたのか難しい表情をしたお父様が手を組んでいた。


「お父様、本日はお願いがあって参りました」

「詳細を聞こうか」

「では単刀直入に。私が狼のような魔物に襲われ、こちらのユウさんが私を守るように立っている未来を見ました。つきましては、ユウさんを護衛として雇っていただきたいのです」


 お父様の視線がより鋭くなる。

 こうも威圧感のある目線をお父様に向けられるのは、生まれてはじめてかもしれない。しかしこの交渉について、ユウさんの雇用主はお父様になるし、娘が自分の身を守るための護衛を自分で連れてきて雇えと言っている状況に、お父様も最大限計らってくれているように思う。


「ユウさんといったかな。ここに至るまでの経緯を教えてもらえないだろうか」


 私に向けられていたものよりもいくらか和らいだ視線でお父様がユウさんに問いかける。


「この国の言葉で言えば、極東出身の元兵士だ。今は亡き友人の遺言のため、冒険者として日銭を稼ぎながら旅をしていたところ、ステラレイン嬢と巡り合った」


 そう言ってなにかカードのようなものを取り出してお父様に見せる。

 冒険者の身分証のようなものだろうか。


「なるほど。この国には冒険者はいないが、他国にはそういったものがあるとは耳にしている。採集から討伐など様々なことをやっている公的な傭兵集団と認識しているが、間違いはないかね?」

「ああ」

「ある程度はそこのカタリナから聞いている。なんでも、ユウさんの友人とステラは同じ眼を持っているとか、貴方の眼は本質を見抜くとかね」

「その認識で間違いはない」


 ユウさんの素性について納得した様子のお父様は、再び私の方に視線を戻す。


「さてステラ、再度聞こうか。どうして彼女を雇いたいのかを」


 重ねて問われるこの状況に、恐らくだが、お父様は私の覚悟をこの交渉で測るつもりなのだろうということが理解できた。


「私の未来視にすべての判断を委ねるわけではありません。ですが、自らに降り注ぐ危機の可能性を見てしまった以上、その備えはしておくべきだと思います」

「彼女が何か目的を持って動いている可能性は?」

「完全にないと否定はできません」

「危険だとは思わなかったのか?」

「不明瞭な危機より、明確な脅威の方が優先すべきと判断しました。以前私は天眼で見た事象を事前に食い止めたことがあります。信憑性は高いかと」


 机に肘をついて手を組んでいたお父様はそれをほどき、椅子に背を預けた。

 その表情はどこか憂いを帯びている気がする。


「わかった。だが、ユウさんの雇用に関することは、ステラが全部やるのが条件だ」


 思ってもみなかったことを言われる。つまりは私がユウさんの雇用主になれということだろう。

 …………それはそれで困るんだが。貴族令嬢って言っても齢七つの少女だぞ。


「なにも一から十までやれと突き放して言っているわけじゃないさ。まずは全部自分で考えてやってみて、わからなければ前例を調べて、それでも不明ならば相談をする。そういう経験を積みなさいと言っているんだ」

「わかりました」


 なるほど、それなら余程のことがない限りは問題ないだろう。

 そうと決まれば善は急げ。早速ユウさんと雇用条件をすり合わせる必要があるだろう。


「ありがとうございますお父様。それでは、これからその件についてお話をしたいと思いますのでこちらで失礼します」


 そう言って一礼をし、お父様の執務室をユウさんとカタリナと共に後にする。




「……ステラにしては、珍しくお願いしてくるのかと思ったら、まさか交渉をしてくるとは。聡いと思っていたけど、時々彼女が別人に見えてくるのは気のせいだろうか」


 ステラが出ていった扉を見ながらのそんなつぶやきは、執務室から漏れることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ