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侯爵令嬢の災難  作者: 千夜
生誕と成長と婚約と
15/20

安全よりも安心を選ぶ

 かあっと顔が熱くなったのを感じる。

 鼓動はドクンドクンと早鐘を打つように動き、空いている左手をらしくもなく口に当ててしまう。

 こういった事は両家を通すのが筋だろうという冷静な自分と、生娘のように嬉しさと恥ずかしさが混ざった感情をしている自分が同居しており、感情がぐちゃぐちゃだ。


 どうするべきか、言いあぐねて考え少々もじもじとしていると、恥ずかしくて声が出ないと解釈したのか、ジークフリート様は言葉を続いて紡ぐ。


「初めて貴女を目にした時から、ずっと気になっていた。言い寄ってくる他の令嬢とも違う、どこか冷めた目で夜会を眺めていた貴女を。それからは貴女の事を見かける度に、自然と目で追ってしまっていた」


 ――――ん?


 今おおよそプロポーズの言葉とは思えないような、捉え方によっては罵倒しているかのような言葉が聞こえたような気がするが気のせいだろうか。

 そのせいか、先ほどまでの鼓動や感情は驚くほどのスピードで収まり落ち着いていく。


 加えて顔に出てしまっていたのだろう。彼の貴公子然とした表情がふっと微笑む。

 普通の御令嬢であれば、彼のその表情にイチコロだっただろうに。

 生憎と普通の令嬢からはかけ離れていることは十分理解しているし、今も冷静な自分がそこにいる。


「ふふっ、やはり貴女は面白い方だ。一層のこと手に入れたくなった」


 先ほど彼も言ったように他の令嬢と比べて逸脱している部分が、琴線に触れたということなのだろうか。


「ステラレイン嬢……僕と婚約して欲しい」


 生憎と非常に冷静な状態ではあるが、これに対して私の口から断ることは出来ないのだ。

 悪い人ではないとはわかっているんだけれどね。


「わかりました。ジークフリート様のお気持ちはお受けいたします。しかし、しっかりと両家を通して正式に婚姻を申し出るようにお願い致します」


 淡々と、事務的に告げる。

 そもそも婚約に関してこちらの意志が介在することはないという事は理解している。

 お父様とお母様がどのように考え、どういった結論を出すかはわからないが、少なくとも破棄されることはないんだろうなぁ。

 どこか諦観したようなそんな感情に浸りながら、嬉しそうな表情を浮かべるジークフリート様を見る。


「本当かい!?嬉しいよ。もちろん、父上にも母上にもこのことを話したうえで、後日正式にアルバート侯爵家へと申し出るつもりだ」


 体裁を保つために平静を装ってはいるが、まだ七歳の子供だ。

 自分がいなくなったら小躍りでもしそうなくらいには嬉しさを隠せておらず、なんだかこちらも気が緩みそうになる。


 いや待てよ。

 そういえば私の将来についてはお父様もお母様も一任されていた。

 私の意思で断る事は出来る気がするが、これはむしろいい機会なのかもしれない。


 今後こういった求婚が増えてくる可能性は大いに有り得る。

 その都度侯爵家を通してお断りするのは非常に面倒くさい。

 ジークフリート・エヴァンテの婚約者であればそういった類の事は自ずと避けられるだろう。


 ……ジークフリート様にアピールしていた令嬢方からの妬み嫉みの視線は増えるだろうな。

 ただでさえ社交において、ウォロと一緒の時はウォロを独占しているようなものなのだ。それについて既に何度か釘を刺されている。

 尻軽女とか言われるんだろうか。


「誕生日会の開催まではまだ少し時間があるし、ここでゆっくりしていて。僕は父上に報告してくる」

「お気遣いいただきありがとうございます。そのようにさせていただきますね」

「それと、僕もステラって呼んでもいいかな?」

「構いませんよ。お好きにお呼びください」


 打算ありきとはいえ、既に婚約を受領するつもりでいるし、そもそも愛称なんて友人間でも呼ぶだろう。

 ウォロもアートもステラ呼びだし今更だ。


「なら僕もジークと呼んで気軽に話して欲しい。ウォロやアートにもしているようにね」

「殿下に対しては衆目のない場のみです」

「でもプライベートだとそう呼んでるんでしょ?それに、二人がそう呼ばれてるのに僕だけジークフリート様だなんて、なんだか距離を感じるし」

「……わかったわ。だからそんな悲しい顔をしないでくださいな」


 可愛いな、まるで犬みたいな人だ。

 公爵子息に犬なんて不敬極まりないが、事実犬みたいに可愛いんだよジーク。


 普段社交で振りまいている貴公子然とした雰囲気は今はなく、コロコロと表情が変わる今のジークは年相応でとても可愛らしい。

 こっちが本来の姿なんだろう。


「ありがとうステラ!」


 感極まったのか抱きつかれてしまった。

 今は誰もいないからいいけど、正式に婚約を結んでいるわけじゃないし、公衆の面前であまりそういうことやるもんじゃないよ?


 しばらく抱き着かれたあと、嬉しさを隠しきれない様子でジークはサロンを出て行った。

 誕生日会が始まるまでここに居座ったが、この部屋に数人いる使用人の方の微笑ましい視線はなんとも恥ずかしい気持ちになったのだった。




◇◇◇◇


 正式な決定ではないとはいえ、互いの雰囲気からどうも察した子息令嬢はいたみたいで、夜会の最中は少々大変だった。

 あれから二日ほど経ち、私は今お父様とお母様に呼び出され、お父様の執務室に来ている。


「エヴァンテ公爵家から訪問の先触れが届いている。本日訪問されるそうだ。ステラから聞いた通りの内容だったな」

「正式な婚約の申し込みでしょうか」

「ああ。だが正式な申し入れが後回しにされるなど、あいつは何を考えているんだ」

「私は気にしてないですよ?」

「そこは色々とあるんだ。しかしよりによってエヴァンテか……」

「何か問題が?」

「そういう訳ではないんだが、まあ会ってみればわかる」


 お父様が苦い顔をされるのは珍しい、苦手な人なんだろうか。


「あら、エヴァンテ公爵は素敵な方よ。見ていて気持ちがいいもの」


 ぐりんと音が鳴るくらいの速度でお母様の方を向かないでくださいお父様、怖いです。

 そしてお母様もわかっていてお父様をからかわないでください。


「お母様、その辺りにしておいてあげてください。お父様が泣かれてしまわれます」

「ふふっ、ごめんなさい、つい」

「ステラ……性格までマリーに似てきたね……イリアもいつかこうなるんだろうか……」


 遠い目をし始めたお父様を、私とお母様は放置することにする。


「ステラはジークフリート様との婚約はどうするつもりなのかしら」

「お受けするつもりです。そもそも私に拒否権はないのでは?」

「エヴァンテ公爵は意志を重んじる方だから、断っても受け入れてくれると思うわ」

「お母様はどうするべきだと思いますか?」

「貴女の将来だもの、貴女が決めなさい。私はその選択に寄り添うだけですもの」


 私の選択か。

 ジークの人となりが全部わかったわけではないし、将来公爵家へと嫁ぐことで不幸になるかもしれない。

 それにジークの婚約者というだけで、今後社交界で向けられる視線も更に鋭くなるだろう。


「では先ほども言った通り、お受けするつもりですわ」


 だがなんとなくではあるが、この婚約は受けるべきだと、そう思っているのもまた事実だ。

 お母様は私の答えに満足した様子で微笑まれている。

 全部見透かされてる気がするなぁ……。


「失礼します。エヴァンテ公爵がお見えになられました」

「わかった。サロンに通してくれ」


 マシューがエヴァンテ公爵家の面々の到着を伝えに来てくれる。

 お父様が苦い顔をされるエヴァンテ公爵はどういった方なのだろうか。

 少しの期待と不安が混ざった感情を持った私は、両親と一緒にサロンへと向かう。




「すまんジン!愚息が先走った!」


 切り揃えられたシルバーブロンドの髪にレッドスピネルの瞳を持った偉丈夫が、サロンに入るなり開口一番頭を下げて謝罪をした。


「頭を上げろヴィクター。互いに知った仲とはいえ、挨拶から入るべきだろう」

「おお、すまん。確かにそうだな、礼節を欠いていた」


 居住まいを正したヴィクターと呼ばれた方は改めて向き直り、ボウ・アンド・スクレープをとる。


「エヴァンテ公爵家当主のヴィクトール・エヴァンテだ。本日は息子との婚約の為の話し合いの場を設けて頂き感謝する」

「妻のスカーレットですわ」

「嫡男のジークフリートです。本日は私のために時間を割いて頂き誠にありがとうございます」


 続いて流線を描くかのような美しいワインレッドの髪を持った見目麗しい女性とジークが挨拶する。

 返すようにこちらもカーテシーを行う。


「重ねて謝罪する。ステラレイン嬢、此度は我が息子であるジークフリートの浅慮な行動で貴殿を混乱させた」

「申し訳ない」

「わ、私は全然気にしておりません!ですので、頭を上げてくださいませ!」


 そんな何回も謝罪されても困るって!

 本当に気にしていないし、頭を下げたままでいられるとこちらがいたたまれなくなるので、やめていただきたい。


「アルバート家としても謝罪は受け取った。この件に関してこれ以上の追求はなしにしよう。話が進まんのでな」


 お父様から助け舟が出された。ありがとうお父様!

 エヴァンテ公爵、随分と豪快な方なんだな……


「そうしよう。それで早速本題に入ってもいいか?」

「ああ、構わない」

「先触れにも出した通り、今日尋ねたのは他でもない。息子のジークフリートとステラレイン嬢の婚約のことだ」

「その事について、ステラの返答に全て委ねると書いてあったが」

「ああ、ステラレイン嬢の一存で決めてもらって構わない。そもそも一方的に言い寄ったのはジークフリートだ。決める権利はステラレイン嬢にある」


 そんなこと書いてあったのか。お母様の仰った通りだな。

 どうしよう、既にエヴァンテ公爵が嫌いじゃないぞ。言動が真っ直ぐで気持ちいいんだよなこの人。


「だそうだが、ステラはどうしたい?」

「私はお受けしたいと考えております」


 私の言葉を聞いた途端、ジークの沈んでいた表情がぱあっと明るくなる。

 何がとは言わんがそういうところだぞ。


「本当か!」

「はい。元よりそのつもりでした」

「ありがとうステラ!」


 またジークに抱きつかれてしまった。

 公の場で宣言したから、もう取り消すことは出来ない。

 けれど、これで間違っていないはずだ。

 外聞的な話ではなく、私自身がジークなら安心できるとそう思う。

 ウォロは……なんか近すぎて兄弟くらいの感覚だしね。

 ちなみに私が姉だ。


「あらあらジークったら、よっぽどステラレイン様がお好きなのね。ステラレイン様、ジークフリートをよろしくお願いしますわ」

「こちらこそよろしくお願いします」


 抱きつかれていて頭を下げられないので、首だけ動かして返答する。


 これから先、色々と厄介なことが起きそうではあるが、ジークが隣にいてくれたらなんとかなるような気がしながら、抱き着いてきたジークの頭を撫でるのだった。

プロローグ回収&序章終了


一章からは結構話が動きますので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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