急転
「誕生日会?」
「そう、今年も招待があってね。ステラも行くでしょ?」
「確かにそんなの来てたわね……」
七歳となる年の春、いつものようにウォロと一緒にお茶を飲んでいると、唐突にウォロがそう切り出した。
「去年は来てなかったから、忘れてるかと思ってさ」
「……待って、そもそも誰の誕生日会だっけ」
「え」
そんな鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔しないで欲しい。
そもそも社交自体あまり好きでは無いのだ。
二年の間に何度も招待され、そのうちの数回は応じたが、正直面白くはなかった。
最初の時点で誰に輿入れするか、そんな令嬢達のドロドロとした席の奪い合いの様相に嫌気が差し、以降断れるものに関しては断っている。
まあそれでも王家や公爵家主催のものはやむを得ない場合を除き断れないので、行かざるを得ないものに関しては徹底的に壁と一体化することを貫いてやり過ごしたが。
「ジークだよ。ジークフリート・エヴァンテ」
「ああ思い出した!ジークフリート様か」
「忘れないであげて欲しいな……」
確か去年は熱を出して急遽行けなくなったんだ。治った後にウォロから「ジークが残念がってた」って話を聞いたんだっけ。
ジークフリート様とは数回話しただけで、特段仲が良かった記憶はなかったんだけどな。
毎回同じ空間にいると、なんか監視されてるような気がするし。
「特段体調が悪いわけでもないし、そもそも公爵家からの招待というか招集でしょ?断れるものでもないし、ちゃんと行くわよ」
「ステラはほんと社交嫌いだよね」
「言葉の裏に隠された刃で牽制し合う場に、自分から進んで行きたくないもの」
ウォロとはもう二年近くの付き合いになるので、割と本音を吐露しやすい関係になりつつある。
これが幼馴染というやつなのだろうか。
「事実かもしれないけど、そんなこと言う令嬢他に見たことないよ」
「あら、今更私を他の令嬢と同じだと思ってはいないでしょ」
おい目を逸らすな。いいんだよ私はこれで。
「それに、お父様もお母様も私の好きなようにすればいいって仰られたもの」
「そうなんだ。なんだか珍しい気がするよ」
「私もそう思うわ」
余りにも何も言われないので、以前両親にその事について聞いたことがある。
そうしたら、ステラのペースでやればいい、どこにも嫁がず領地にいるのなら、それはそれでいいと仰られたのだ。
正直婚約者探しを急ぐように言外に言われるものかな?と思ったけれど、そんなことは無くて驚いたのは記憶に新しい。
そういえば、お兄様も婚約者が出来たのは一昨年の話なので、その辺りアルバート侯爵家は寛容なのかもしれない。
お兄様といえば、遂にクー様と婚約を結ばれました!
二年近くの長い道のりだったけど、クー様の恋が実って本当によかった。
当時それを知った時は、自分の事のように嬉しくなり、クー様やウォロと一緒に喜んだものだ。
「そういえば、ステラは好きな男性のタイプとかないの?」
「......考えたこと無かったわね」
ウォロに言われて気付いたが、確かに考えたことは無かった。
そもそも婚約しない可能性もあるわけだし、なんとなく昔から抱いていた、こういう人だといいなぁくらいのものしかない。
ああそっか、それを言えばいいのか。
「誠実で優しい人かしら。あとは出来れば私の事を変に縛り付けない人?」
顎に手を当て、しばし思案した後にそう伝えると、ウォロはなんだか納得したかのような表情をしていた。
「なら大丈夫そうだね」
「何の話?」
「ううん、こっちの話」
何か企んでるのか?
ウォロは私と違い、応じられる招待は全て応じてるみたいで、結構同年代の社交事情には詳しかったりする。
そこでなにか私について言及があったりしたのかな。
「多分すぐに分かると思うよ」
「目の前で隠し事されてるのはいい気分ではないのだけれど」
「ごめんね、こればっかりは僕の口から言うべきじゃないんだ」
まあ雰囲気的に私にプロポーズしたい人がいるってことなんだろうけど。
確かにそういう類は言伝ではなく本人の口から喋るべきだろう。
「そういうことなら分かったわ。ごめんなさいウォロ」
「大丈夫、僕の方こそごめんね」
互いに謝り合い、話は別の方向へとシフトしていく。
ウォロの言ってた事が起きたのは、それからすぐ後のことだった。
◇◇◇◇
ジークフリート・エヴァンテ公爵子息の誕生日会の招待を受領してから一週間後。
エヴァンテ公爵邸にて本日の誕生日会は執り行われるため、指定の時間より早く公爵邸へと向かう。
公爵家からの招待ということもあり、お披露目ほどではないがしっかりと着飾って望む。
今日は夕方から開催される夜会ということもあり、青白磁のアフタヌーンドレスではなく、紺を基調とした装飾が抑え目のイブニングドレスだ。
とはいえまだ私は七歳なのでそこまで肌の露出が多い訳ではなく、精々が腕や首、背中周りが少し出ている程度。腕には肘上まであるオペラグローブを着用。
靴も同じように紺のローヒールパンプスであり、お披露目の時と比べるとヒールは高くなった。
スカート部分は紺の生地の上に被さるように、膝上まで白いレースの生地が縫い合わせられており、スカート丈は踝までの伸びている。
髪はいつものようにハーフアップで纏められ、結び目には黒のリボンで結ばれている。
夜会用正装に身を包み、少しばかり化粧をした私は重い気持ちで馬車を開く。
公爵邸はやはりというか、侯爵邸より広い。
敷地全体もそうだが、そもそもの邸の大きさ、庭の広さも侯爵邸と比べたら一回りは大きいだろう。
「……ん?」
初めて訪れる公爵邸に、上位貴族というものの差を叩きつけられた私は、とある違和感に気付いた。
――人が少ない?
時間に遅れないよう少しばかり早く来たが、それにしては外部からの人が集まっている雰囲気では無い。
それに、ジークフリート様のお眼鏡に適いたい令嬢方であれば、もっと早く会場入りしているだろう。
であれば、私が時間を間違えた……?
時間を間違えてしまったのは非難されてしまうだろうが、来てしまった以上は仕方がない。
遅れるのは無論言語道断ではあるが、早すぎるのも相手の都合を考えられないと捉えられてもおかしくはない。
ジークフリート様、ひいてはエヴァンテ公爵家に謝罪をするしかないだろう。
「お待ちしておりました、ステラレイン・アルバート様」
私を迎えに来た初老のダンディズム溢れる執事の方の案内で屋敷へと通される。
案内されたそこは、恐らくエヴァンテ公爵邸のサロンだろうか。
こちらも外観同様侯爵邸より広く、パーティーに使用される部屋としては十分すぎる広さだ。
「若様をお呼びして参りますので、今しばらくお待ちくださいませ」
案内された後、ダンディな執事は退出していった。
ただやはり違和感がある。
部屋には私だけだし、パーティ用の食事や飲み物の用意が一切されていない。
数分もしないうちに、サロンの入口の扉が開かれ、ジークフリート様が中に入ってこられた。
立ち上がり、カーテシーを行う。
「本日はお招きくださいまして、ありがとうございます」
「こちらこそ、来てくれて嬉しいよステラレイン嬢。今日の貴女の姿もまるで天女のように素敵だ」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
社交辞令に対して社交辞令で返す。
聞かないとならない事は多々あるんだけど、いつどうやって切り出そうかな。
「人が少ない事に驚いたかい?」
「ええ、まあ。よくわかりましたわね」
「この時間に呼んだのは僕だしね。その事に疑問を覚えるのは当然だろう」
……時間?
そういえばなんか時間早いなとは思っていたけど、まさか私だけ早めに呼び出されたとかだったりする?
「想像ですが、私だけ招待された時間が早かったりしますでしょうか」
「その通りだよ。貴女と話す時間を作りたかったんだ」
そもそも私は社交にあまり行かないし、行ったとしても壁に徹する事が多い。
ジークフリート様も参加されている時はいつも周りにご令嬢方が多くいらっしゃる。
確かにこういう機会でも設けなければタイミングはないだろう。
「それならば、侯爵邸にいらっしゃっていただければよかったですのに。行くと仰られましたら私は断れませんわ」
「君にそんな不誠実な事はしたくなかったんだよ」
あら紳士的。
そういえばジークフリート様の悪い噂はあまり耳にしたことがない。
いつも周りにいる女性も侍らせてる訳ではなく、言い寄られているのも知っているし、ジークフリート様はそういったお方なのだろう。
だからモテるんだろうけど。
「うん、やっぱり貴女しか考えられない」
ボソッと何かを呟いたかと思うと、真剣な表情で居住まいを正し、こちらへと向き直られた。
なんだろう、今までの私の社交での態度について苦言を呈されるのだろうか。
自分でもあまり良いとは言える態度ではなかったと思っている。
配慮していただいて、私だけ先に呼び出される形を取られたのかもしれない。
「ステラレイン・アルバート令嬢、伝えたいことがございます」
私の手を取って裏返し、手のひらへとキスを落とす。
――――ん?手のひらへのキス?
待て待て待て待て、確か手のひらへのキスは、手の甲へのキスと意味が違う。
手の甲が敬愛などの意味を含む挨拶的なものを示すのに対して、手のひらは求愛――つまりプロポーズだ。
ということはつまり、私をパーティーの開始時間より早くここに呼んだのは苦言を呈する訳ではなく、求婚するためだったって事!?
「本当は去年に伝えたかったんだけどね」
なるほど、去年も多分早い時間で送られて来てたなこれ。
私が誕生日会に行けなかったのを残念に思われる訳だ。一年先送りにされてるってことだから、なんだか申し訳なくなるな。
いや、私が悪い訳じゃないとは思うんだけどね。
そんな言い訳を自分の中でしていると、意を決したのか、伝える言葉を決めたのかはわからないが、深呼吸をしたジークフリート様の口から改めて言葉で伝えられる。
「貴女のその美貌も声も、何もかもを独り占めしたいと、心からそう思う」