侯爵令嬢姉になる
ウォロに秘密を漏らすという失態をしたが、あれからも毎日充実して過ごしていた。
未だ軽くではあるが、体つくりも始めたし、未来視の検証も順調といっていい。
段々と魔力操作の効率がよくなってきたのか、私の総魔力量が増加しているのかはわからないけれど、わずかではあるがスタンバイ状態の時間が伸びてきている。
そもそもの魔力消費も少しずつのため、魔力切れが近くなると明確に体調が悪くなるから、急にぶっ倒れるということもないし。
そして、兼ねてより妊娠されていたお母様が産気づいた。
お父様とお兄様、そして私も部屋の前で待機している。
ただ、お父様はなんだかそわそわして落ち着いていないけれど。
「……マリーは大丈夫だろうか」
「これで三人目ですし、クレアもカタリナもいます。もしもの時の為に治癒術師も外部から呼んできたのは父上でしょう」
「ああ、そうだな。大丈夫だよな……」
それがわかってるなら座って待ってほしいんだけど。
あんまり言いたくはないが、目の前でうろうろされるのは割と目障りだったりする。
「……すまないステラ。だからそんな目で見るのはやめてほしい」
「何も言っておりませんが」
「いや、言外に『鬱陶しい』という視線が……」
「あら、お父様は直接言われるのがお好みですか?なら」
「待った、私が悪かった!大人しくしているから!」
ようやく私の隣に腰を下ろしたお父様は、それでも少し体を揺すっている。
全く、どっちが子供なんだか。
お兄様を見習ってください。お父様と違いこんなにも落ち着いていらっしゃるんですから。
そう思い、お兄様の方を見ると明後日の方を向き、指を組んで親指をすりすりと頻りに擦り合わせていた。
こっちもかよ!
お母様の事が心配な気持ちはよくわかる。
愛しているからこそ、無意識にこういう行動を取ってしまっているということも。
かくいう私も実は最初はあまり落ち着けていなかったが、お父様の様子を目の当たりにしてからはすぐに冷静になった。
実際今私たちにやれることはないので、大人しく待ってる他ない。
『奥様おめでとうございます!お嬢様でございます!』
声が聞こえた途端、お父様は凄い勢いで立ち上がる。
早く部屋の中へと入りたいと言わんばかりの様子で扉に手をかけ、開けるか迷っているようだ。
私が産まれた時ってどうだったっけ?
確か産声を上げたあと、ごく短い時間だけど寝ていた様な気がする。
ああそうだ、産後処理が終わってからお父様が入ってきたんだ。
あの時のお父様もこんな感じだったのだろうか。
「お父様」
「父上」
お兄様と声が被った。
目を合わせ、どうぞとお兄様にその先の言葉は譲ることにする。
「まだ入室の許可は降りておりません。諸々の産後処理も必要でしょう。クレアの許可が降りてから入るべきです」
「し、しかしだな……マリーと産まれてくる赤ん坊が心配で」
「何かあったのならば、それこそカタリナが呼びに来るでしょう。僕達は呼ばれるまで待ちましょう」
お兄様の言う通りだな。
当主としてどしっと構えて置いてくださいお父様。
お兄様に諭され、私の視線も受けたお父様は観念したかのように再び私の隣に座られる。
その間も部屋の中から大きな泣き声が響き渡っており、なんとなくではあるが、母娘共に無事だったんだろうなという気持ちになった。
それから一時間ほど経った後に部屋の扉が開かれ、カタリナが出てくる。
「当主様、若様、お嬢様、処置は済みましたので、入室されても大丈夫です」
「そうか、ありがとう」
カタリナの言葉を聞き、お父様は「マリー!」と声を上げて中に入ってしまわれた。
それ私の時にもやってお母様に怒られてましたよね?
ビックリしたのは覚えているので、もう二度とやらないで欲しい。
「心配なさらないでジン、私ももう三回目ですもの」
「だが、出産は母体に負担がかかるだろう……心配するなと言われてもそれは出来ん」
「ふふ、そうね。ありがとう」
「そして、この子がそうか。お嬢様と聞こえたが、二人目の女の子になるな」
「そうなるわね。ほら、ルークもステラもいらっしゃい」
お母様から手招きされ、私もお兄様もそちらへと寄る。
以前はお母様の胸から二人を見る形だったが、今はそこに今産まれたばかりの赤子が居座っている。
そっか、私は今日から姉になるんだ。
今までは末だったから色々と甘やかして貰ったが、妹が生まれたこと以上はこれまで通りともいかないだろう。
姉としてしっかりしないとな。
「父上、妹の名前は決まっているのでしょうか?」
「勿論決めてある。イリアノーラだ」
「素敵ね」
その当の妹はお母様の腕の中ですやすやと寝息を立てて胸を上下している。
泣き疲れて寝ちゃったのかな。
「ステラも今日からお姉ちゃんね」
「ええ、なんだか不思議な気持ちです。よろしくねイリア」
そう言いつつ、先んじて妹に触らせてもらおう。私は静かに待っていたので、そのご褒美を貰う権利があるはずです。
お母様や私と同じプラチナブロンドの髪を持つ彼女は、今は目を瞑っているので瞳の色は分からない。
だが、どちらにしても将来はお母様と同じくらいの美貌へと育つんだろうという、謎の確信があった。