心慌意乱、年相応の反応
国王――カーン・ハルフィーリア陛下が開催の挨拶をしたことで、此度のパーティーは正式に開始された。
招待者、つまり今年で五歳になる子を抱えた参加者は、続々と国王陛下、及び王妃陛下へと挨拶をしていく。
順番は爵位に準じるようで、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵といった順のようだ。
我がアルバート家は侯爵家のため、公爵子女方の挨拶が終わった後になる。
両陛下の隣に、少年が控えているのに気付いた。
そういえば、第二王子も御年五歳と聞いたことがある。
つまりこの場は貴族同士の交誼を結ぶ場だけでなく、第二王子の伴侶を探す意味合いも含まれているみたいだ。
王位継承権が二位というだけで、将来どうなっているかわからないのが王家の怖いところだ。もしそうなった場合のために、第二王子の伴侶も慎重に決めなくてはならない。
王妃というのは並大抵の者では務まらないからな。
そんなことを考えているうちに、陛下への挨拶は進んでいき、最後に男爵家子息が行ったところで、締めの挨拶がなされた。
この後は先ほどの庭園へと戻って立食パーティーの再開だ。
正直に言うと既に帰りたい気持ちでいっぱいだったりする。
だってさっき挨拶してるときから感じてたけど、夫人令嬢方の視線が凄い痛いの!
外面だけを見ると、今まで非公式の社交の場には一切出ず、ワイズライン侯爵家とだけ関わりを持ち、満を持してこの場に出てきたかと思えば、入場してからワイズライン侯爵嫡男のみとずっといるこの現状は確かに面白くないだろうけどさぁ……。
「どうしたの?」
「なんでもない……」
ウォロのせいだとは絶対に思いたくない。
クー様から話を聞いて、嫌な顔一つせずに付き添ってくれてるのは非常にありがたい。
それにウォロがいるから周りが牽制されているのか、あまり話しかけられないのも事実だ。
ジークフリート様は……多分あの様子だと、全令嬢に声掛けて回ってるんだろうけど。
それにしても教育とかの違いはあるんだろうけど、五歳児ってここまで聡明なもんなのかな。
ジークフリート様もウォロも、受け答えがしっかりして落ち着いているからこれが貴族子息の標準なのかもしれない。
この二人としかまだきちんと話してないからわかんないや。
「ステラ」
思考の海に沈んでいたら、ウォロの声に引き上げられた。
彼の方を見ると、視線は私じゃなくて、前の方に向けられている。その視線を辿ると、先ほど陛下に挨拶した際に隣にいらっしゃった第二王子がこちらに歩いてくるのが見えた。
思わず、崩れかけた表情を気合いで元に戻す。
ただでさえ変に目立っているんだ、これ以上面倒ごとに巻き込まないで欲しいが、相手が相手だ。
なんでこの貴族社会には拒否権がないんですか。
「やあウォルフ、息災のようだね」
「ご無沙汰しております」
片手を挙げてウォロに挨拶した殿下を改めて観察してみる。
ペールブルーの髪を綺麗に撫で付けており、瞳は私と同じアクアマリン。一見して優男な王子だが、目には少々疲れが浮かんでいるみたい。
しかし疲れを隠しているその眼光や表情は、やはり王位継承者というべきだろう。
「おっと、挨拶が遅れたね。ハルフィ―リア王国第二王子のアーサーだ。よろしくねステラレイン嬢」
「アルバート侯爵が長女、ステラレインです。お会いできて光栄ですわ殿下」
殿下の挨拶にカーテシーで返す。
目は口程に物を言うとはいうが、その言葉の意味を今きちんと理解した。
値踏みとも取れる殿下の視線は、内に秘めた想いをしっかりと表している。王位継承権が第二位であろうと関係ない、次期国王は自分だと言わんばかりだ。
優男とかいってすみません。
「貴女の噂を聞いた時から、一度会って談笑してみたかったんだ。才女と呼ばれてる貴女がどういう人柄か知りたくてね」
マジでどんな噂が流れてるんだよ、全部教えてくれないかな。教えてもらったの容姿についてだけだし。
自分のあずかり知らないところで変に持ち上げられてるのはなんか嫌だ。
それに多分、才女って言うほど優秀でもないぞ。だって私、攻撃魔法扱えないし。
というか値踏みしてたの隠しもしないんですね。
王妃候補に相応しいかどうか確かめに来たって言ってるようなもんだぞ。
「お言葉ですが殿下、ステラは此度が初の社交の場です。あまりプレッシャーをかけないようにしていただきたい」
「おっと、僕としたことが配慮が足りてなかった。申し訳ないステラレイン嬢」
「いえ、お気になさらず」
「……ぷっ、ふふふ」
え、何で笑ったの。ウォロも肩を震わせてそっぽ向いてるし。
「いや失礼、顔に「値踏みしに来たならそうとはっきり言え」って書いてあったから思わず……」
……マジ?
まずいなこれ不敬罪になるのか?
ウォロに気を付けろと言われたばかりだったのに、すぐにやってしまった。
しかも相手は第二王子だ、彼の一言で私に明日が来るかどうかが決まる。
「ふぅ……気にしなくていいよ。このくらいで不敬だなんて言うつもりはない。それに」
殿下は一度言葉を区切って、私の唇に人差し指を立て、耳元に近付いてくる。
「これから面白くなりそうで楽しみだよステラ」
バッと音が聞こえんばかりの速度で飛びのいた。
なななななにを、急になにをなさるんでございますかねこの王子様は!?
ダメだ、自分でも顔が熱いのがわかる。絶対これ赤面してるだろ。
なんでこういうとこだけ変にピュアな反応になるんだ私、しっかりしろ!
このままだと殿下のペースを乗せられる!助けてウォロ!
というか人で楽しもうとするのは性格が悪すぎる。そんなんじゃ女の子にモテませんよ!
「はぁ……アート、その辺にしておきなよ」
「いやあ、ついね。彼女、思った通りの反応でさ」
「ステラが表情や感情を隠すのが下手なのは同意するけど、公の場で王子が令嬢で遊ぶのは感心しないよ」
「でも、ウォロもちょっと弄ってみたいって思ってただろ?」
「……」
おいなんで目を背けるんだウォロ、こっちを見ろ。
「そうだステラ、僕の事もウォロみたいにアートって呼んでよ」
「周りの目もありますので、殿下からのお願いといえど致しかねます」
「公の場では殿下でいいからさ。プライベートな場だけでもお願いできないかな」
「……わかりました」
さっきのこともあるし、重ねてお願いされたら臣下であるこちらは拒否することはできない。
……まさかこれを見越してのさっきまでの会話だったりするのか?
考えすぎな気もしているが、第一印象とは違い、こうも飄々としていて掴みどころのない殿下を見ているとわからなくなる。
というか別に回りくどいことしなくても、拒否する選択はないんだから、最初からストレートに言ってくれたらいいのに。
こうでもしないといけない理由があるのか、はたまた単にからかわれているだけなのか……。
まあいいか、どうせ考えてもわからないし、聞いても答えてくれないだろう。
「ん?なにか僕の顔についているかい?」
「いえ、人とは見かけによらないものだと思っただけですので」
「あら、拗ねさせちゃったか」
拗ねてません―。
不意打ちくらって赤面した挙句ペース持ってかれたことに不服でもなんでもありませんー。
「僕、これらと今後付き合っていける気しないんだけど……」
ウォロのそんな呟きは風と共に消えていった。
◇◇◇◇
それからはつつがなく物事が進んでいった。
殿下はまだ挨拶周りをしていかないといけないらしく、すぐに離れていったが、私の方はお披露目が終わるまでは声を掛けられることは少なかったと言っていい。
公爵・侯爵家の子息令嬢との軽い世間話はあったが、大体は隣にいたウォロが喋ってくれたし、私自身は本当に挨拶をしたくらいだ。
まあ睨まれたり、言外に調子に乗るなよと言ってくる令嬢方は割といたが。
女の子の遠回しの罵倒ってこんなに心に痛いんだね、悲しくなっちゃった。
けれど、これから先はこういったことは自ずと増えていくことになるだろうから、気にするだけ無駄なんだけどね。
ジークフリート様とはあれからも結構目が合うことが多かった。
なんだか監視されてるような気になったが、悪意のある視線じゃなかったので、そのうち気にならなくなったのだが、あれは一体なんだったのだろう。
「大変だよね、社交ってのは」
「……そうね、思った以上に疲れたわ」
「おつかれさま。初めてがこんなに大規模だと尚更だろうし、今日はゆっくり休んでね」
「ええ、そうするわ」
なんだかんだ開始からほぼずっとウォロは傍にいてくれた。
優しいし可愛いし完璧か?ウォロの嫁さんは幸せだろうなぁ。
私も安心できたし、なにより気を使う必要がなかったのは大きい。彼がいなければどこかで絶対に音を上げていた。
その分ウォロには負担をかけただろうから、いつか何かでお返ししなければ。
「今日はありがとう。本当に助かったわ」
「全然、気にしないでよ。やりたくてやってたことだし」
「それでもよ。今度何かお返しさせて」
「……そうだね、じゃあルークス殿に取り計らってくれない?」
「お兄様に?それは構わないけど」
「ありがとう。その言葉だけでも今日の事を引き受けてよかったと思うよ。ステラと一緒にいれらて楽しかったのは、もちろんあるけどね」
お兄様に何か用事だろうか。
別にそれくらい先触れを出してから訪問してくれてばいいと思うんだけど。
「ルークス殿は僕の憧れなんだ。会ったことはないけどね」
私の目を見て、ふふっと笑ってからウォロは切り出した。
しまった、また顔に出ていたか。
「若くして才覚に溢れた彼の話を聞くたび、自分の中に焦りがあったんだ。同じ侯爵家の嫡男として、僕はルークス殿のようにいくだろうかと。もちろん、彼が積み重ねたものを軽視する気なんてものは殊更ない」
真剣な表情に思わず口を噤んでしまう。
私はこの話をきちんと聞かなければいけない、そんな気がする。
「だから一度会って話を聞いてみたかったんだ。彼がどういう風に学び研鑽してきたのか。彼の背を追うつもりはないけれど、参考になる部分は多くあるだろうから」
それに、と一度話を区切ってこちらを見る。
「近い将来、義兄となる可能性はあるからね」
「ああ、クー様の」
「そうそう、姉上のね」
今度はお互いに笑い合う。
なるほどそういうことか。クー様の話はワイズライン侯爵家でも話になってるはずだもんね。
「まあ、そんな優秀な人が恋愛には奥手なのがちょっと気になる部分もあるんだけど」
「わかる。見ていてじれったいのよね、あの二人」
「そうだよね!話聞いてるだけの僕がそう思うんだから、ステラからしたらもっともどかしいよね」
私とウォロは互いに早くくっつけよお前らって思っていたということか。
「なら、私とウォロは二人の行く末を見守り隊ね」
「そうだね、どう転ぶのかこの目で見ていたいんだ」
「すぐに招待を送るわ。もちろん、二人充てにね」
「助かるよ。ありがとう」
約束し別れの挨拶を済ませると、互いの両親の元へと向かう。
冬が去り、春の陽射しが強くなってきたこの頃の気候は温かい。
これが熱いものに変わるの時期が、もうそこまで迫ってきてるような気がするのは、きっと気のせいではないんだろう。