泰然自若、凪いだ心は水面のように
「おぉ~……」
天眼によって遠くから俯瞰したことはあるが、委細に致るまで眺めたことはなく、肉眼で見る王城は壮厳の一言に尽きる。
堅牢な城壁に囲まれた白亜の城は、厳かな佇まいの中に絢爛さが混じっている。
庭園に取り囲まれるように建っている城は、ロマネスク様式で造られている。
ゴシックとルネサンスの要素も含まれており、青いとんがり屋根に白い壁は、いつか御伽噺で見た城そのものだ。
手入れの行き届いた幾何学式庭園は、侯爵家と比べものにならないくらい大きい。
壁門から城門までのおおよそ中間地点には噴水があり、周りを様々な色彩の花が所狭しと彩っている。
本日のパーティーはビュッフェスタイルのようで、この時点で登城している方々も予想よりも多く、方々でグラスを傾けながら歓談している様子も見て取れる。
「おや、君たちも丁度着いたところのようだね。タイミングが良かったようで何より」
後ろから声がかかり、振り返るとワイズライン侯爵が声を掛けてくれたようだ。
隣にはふわっとしたブラウンの髪に、目元がクー様を思わせるターコイズブルーの瞳を持つ若い女性と、こちらもまた短いブラウンの髪を整え、どこかワイズライン侯爵の面影がある少年がいる。
ワイズライン夫人と、クー様の二つ下の弟であるウォルフ様だな。
「久方ぶりです夫人。相も変わらず、まるで天使のような美貌だ。ステラレイン嬢も、より一層美しくなられましたな。お母上によく似てきている」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「恐縮です」
親子揃ってカーテシーで優雅に挨拶をすると、お母様の手を取ったワイズライン侯爵が口づけを落とす。
続いて私にも同じように手の甲に同じようにされる。
「クラリスから話は聞いているかもしれないが、うちの嫡男のウォルフだ。ほら、挨拶しなさい」
ワイズライン侯爵に促され、後ろに控えていたウォルフ様が前に出てボウ・アンド・スクレープを取る。
「初めまして。紹介に預かりました、ワイズライン侯爵家が嫡男、ウォルフ・ワイズラインと申します。お会い出来て光栄です」
「アルバート侯爵家、妻のローザマリー・アルバートですわ。こちらこそお目にかかれて光栄です」
「長女のステラレイン・アルバートです。よろしくお願いしますわ」
こちらもカーテシーでそれに応える。
この挨拶を実施するのは、まだ片手で数えるくらいしか実施していないが、カタリナの指導もあり、それなりに形になっている……と思う。
「姉からお話は伺っております。天使のような美貌と、聖女のような慈愛を兼ねている方だと」
「あら、クラリス様がそのようなことを。恐縮ですわね」
天使のようなのはクー様の方じゃないかなぁって思うんだけど。
だってあんなにも喜怒哀楽をわかりやすく表現して色んなことに一喜一憂する純粋な子だよ?天使じゃなければなんだっていうんだ。
「出来ることならば、もう少しお話しさせていただきたいですね」
そう言って、ワイズライン侯爵の方を見やる。侯爵はそれに首肯なされた。
まあ無為にする必要もないし、クー様の弟君というならば仲良くしておいて損はないだろう。
私もお母様に目配せすると、エスコートのために差し出されたウォルフ様の手を取ることにした。
「ステラレイン嬢は今まで社交に出て来られませんでしたから。ちょっとした噂になってるんです」
「ステラで大丈夫ですよ。言葉遣いも崩していただいて構いません。それで、噂というのは?」
「僕の事もウォロでいいよ。聡明で柔和な女神のようだとか、そんな感じの噂が多いね」
「えぇ……」
「だからたくさん声をかけられると思うけど頑張って」
マジ?
というかやっぱここが初披露の場じゃないんだな。薄々気付いてたけどさあ。クー様も気を使って言わないでおいてくれたんだろう。
初のお披露目とか、五歳から社交に触れるとかっていうのも嘘ではない。ただ、公式的なって話であって、お家間の付き合いとかで触れ合うことはあるだろうし。
それを言えば、私とクー様のお茶会も広義的には社交といえば社交になるんだろう。
どう考えても恋愛相談の場になってただけだが。
「安心して。僕も傍にいるから。姉上からも「私は行くことが出来ないから、ステラの事はお願いね。絶対に守るのよ!」とも言われてるからね」
「ああ、なるほど」
牽制だろうな。
私についての情報源は、私の友人がクー様しかいないから、必然的にワイズライン侯爵家から出る。
父同士が元々仲がいいというのもあるし、家族ぐるみの付き合いであることはわかる。
そんな情報だけがわかっている状態で、初のお披露目の場であるここで、ウォロ様と一緒にいれば対外的には既に婚約をしているようにも見えるってことか。
それでも私を狙う子息達はいそうではある。
「それに、僕としてもステラ嬢とは仲良くなりたいからね」
「そう思っていただき光栄ですわ。私もウォロ様とは仲良くさせていただきたいですもの」
「僕に対しても言葉は崩してくれていいよ。そっちの方が自然だろうし」
ふむ?
まあ不都合はないだろうし、そうした方がいいならそうしよう。
家格も同じだし、若干アバウトでも大丈夫なのかも。
そうこうしていると、段々と人が増え始めてきたのがわかる。
それに伴い、こちらに向けられる視線がなんともまあ多いことか。
多分だけど、夜会とかに出席させなかったのは、ひとえに私が未来視という特異な魔法を使えることに起因しているだろう。
下手に外に漏れては問題があるだろうし、その辺はお父様の判断が正しいと思う。
でもそれって、傍から見たら家から出されない箱入り娘だよな。
溺愛されている、と思われるだけならいいけれど、何かあるんじゃないかって勘ぐる人は絶対にいるものだ。
今だって、あちらのご夫人方がこちらを見てひそひそと話しているのはきっと気のせいではないんだろう。
周りと違うことをするっていうのは、そういったリスクも含まれることを承知で実行しなければいけないんだよな。私は特に気にならないけど。
「やあウォロ、早いね」
唐突に声をかけられ、思わずそちらを振り向く。
そこには、シルバーブロンドの髪にレッドスピネルの瞳を携え、貴公子然とした少年が気軽そうに手を挙げ、こちらへと近づいてきていた。
「そういうジークも随分と早く会場入りしてたじゃないか」
「美しい花々が僕を離してくれなくてね」
「よく言うよ」
誰だろう?
ウォロ様と仲がいいということはわかるんだけど、生憎と社交を知らない身だ。他家の子息など把握していない。
「それで?隣にいるのは君の婚約者かい?」
「そうだ、って言ったら君は信じるのか?」
「いや?ただ、君からエスコートしてるのは珍しいと思ってね」
「じゃあ、君の想像通りの人物だよ」
ほう、と今度はこちらへと視線を向ける。
しっかしイケメンだな〜。動作の一挙一動が画になる。
お兄様やウォロ様が可愛い系のイケメンだとしたら、こっちは正統派イケメンみたいな。
「初めまして、天女のように大変美しい方。僕はジークフリート・エヴァンテ。エヴァンテ公爵の嫡男です」
公爵!しかも嫡男ということは未来の重鎮か。
さっき花々がどうとか言ってたのは輿入れ希望の令嬢達に言い寄られてたからとか、そんな感じなのだろう。
わかってはいたけど嫌だなぁ、五歳児でドロドロした戦いするの。
まあ私には関係ないし、やりたい人でやってくれと流すのが一番楽か。
「アルバート侯爵が長女、ステラレイン・アルバートです」
「アルバート侯爵……ああ、君があの噂のご令嬢か」
「ウォロ様からお伺いしました。そんなに私の事は噂になってしまっているのでしょうか」
「それはもう。曰く侯爵が外に出したくないから囲ってるーとか、生まれつき体が弱くて外に出たくても出れないーとかかな」
まあ、それくらいなら全然。
それに侯爵家を貶めるような事なんて滅多なことでもないと言う訳にもいかないだろうし。
「僕も貴女とは一度お話してみたかったんだ。今日はお会いできてよかった」
「こちらこそ、お会いできて光栄ですわ」
なんか今日こればっか言ってる気がする。
会う人会う人が目上の人ばっかりだから、そこは許して欲しい。それに、初めましての人がほとんどだしね。
上位貴族には話し掛けられるまで、自分から話に行くのがマナーみたいなルールがあるせいで、この空間に割り込もうとするのが、それこそジークフリート様みたいな公爵家の出か、王族しか有り得ないんだよな。
私から話し掛けに行くこともないだろうし。
「もっとじっくり談笑したかったところだが、そろそろ時間のようだ。今度、僕の茶会に招待するから、是非とも来てくれ」
「ええ、その時は謹んでお受けさせていただきますわ」
行けたら行くの術は今世では使えないので、実際に私宛に招待が届いたら行かざるを得ないだろう。
というか今まではどうしてたんだろう。なんだかんだ公式に社交デビューしていなかったから、なあなあでも許されていたんだろうか。
笑顔で手を振りながら歩いて行ったジークフリート様は、また新たなご令嬢の集団へと挨拶周りへと向かった。
「全く……嫌だったら断っても大丈夫だからね」
「え?なんで?」
呆れた顔をされたんだが。解せぬ。
「……なんだか妙に親しみやすい雰囲気だなって思ってたんだけど、今理由がわかったよ」
「なにかしら?」
「ステラもジークも、ベクトルは違うけど似てるんだよ。周りを気にしないというかなんというか……」
「それはウォロもでしょ。私と一緒にいて変に噂になったら困るのに、こうして私を守るために隣にいてくれてるじゃない」
「あー、いやそれは……まあいいか……」
歯切れが悪いな。
別にはっきり言ってくれて構わないぞ。そっちの方が互いのコミュニケーションが円滑になることもあるだろうし。
「ステラ、君顔に出やすいって言われない?」
「あら、よくわかったわね。お兄様によく言われてる」
「直せるなら直した方がいいと思うよ、それ」
「善処するわ」
やれやれ、と呆れたように首を左右に振るウォロを視界に、ジークフリート様の方を見やる。
すると、こちらの視線に気づいたのか、ウィンクを飛ばしてきた。
――――なんだか、これから激動の日々が始まる、そんな予感を感じながら、国王主宰のパーティーは幕を開ける。