第1話「千年後の世界で」
「――なんだ、あのボロ切れを纏ってる奴?」
「はは、まじだ! あれで魔王軍と戦うつもりか!? はっ、死んだな、あいつ!」
私を指さし、冒険者らしき男たちが大声で笑っている。
仕方がない、実際身に纏っているのは、ボロ切れなのだから。
お金がなくて、こんなものしか手に入らなかった。
「静粛に!!」
ざわついていた広場が、号令によって一瞬で静まり返る。
壇上には、純白の鎧を纏った金髪の綺麗な女性が立っており、彼女が場を制したのだろう。
集まった冒険者たちを見回しながら、彼女は息を大きく吸う。
「冒険者の諸君、よく集まってくれた! 私は騎士団長のリリアン・フォン・シルヴィアンだ! 事前に通達していたように、我々の役目は勇者一行を魔王のもとへと――!」
高らかに演説していたシルヴィアンさんは、私と目が合うと言葉を止めてしまった。
そして、壇上から飛び降り、まっすぐと私を目指して歩き始める。
まずい……。
「其方、名は?」
「は、はい! ミリア・ラグイージです!」
「聞かぬ名だな……。まぁ、その恰好を見れば、名を馳せていないことはわかるが」
シルヴィアンさんはゴミでも見るかのように冷たい目で、私を頭から足先まで見てくる。
彼女から見たら、私は虫けら同然なのかもしれない。
……それにしても、王国の騎士団長でシルヴィアンさんと聞いたから、てっきり血筋だと思ったけど――あの子に全然似てないな。
まぁそれもそっか。
あれから千年も経っているらしいし。
ほんと、死にたい……。
「ふっ……まぁ、囮くらいにはなるだろう。歳は十八くらいか? 鎧を用意してやるから、せいぜい早死にしないようにな」
シルヴィアンさんは鼻で笑いながら、私に蔑むような目を向けてくる。
随分といい教育をされているらしい。
まぁ、偉そうにしてても仕方ないか。
この王国には四人しかいないというSランクなのだから。
他の三人は勇者パーティーの面々らしいし、彼女が飛び抜けた実力を持っていることは間違いない。
よく知らないけど、親切なおじさんが前にそう教えてくれた。
いいなぁ、Sランク。
私は届かなかったしなぁ。
というか、Sランクに届いたのってお姉様しかいなかったのに、今の子たちって凄い。
だって、今の勇者ってSSランクらしいもんね。
初めて聞いたよ、Sランクの上があるなんて。
それだけ今の子たちが凄くて、ランクも増やしたんだと思う。
「おい、聞いているのか?」
「は、はい!」
考えごとをしていると、シルヴィアンさんに睨まれてしまった。
見た目の年齢は、私より七つくらい上だろうか?
若いのに騎士団長なんて、凄い。
あと、怖い。
「さっさと鎧に着替えてこい。この者たちについて行け」
シルヴィアンさんは、二人の女性騎士を指さす。
雑用みたいなことをさせられるなんて、階級が下の人たちなんだろう。
見た目はよく似ているので、双子かもしれない。
それにしても、こんなボロ切れを着てる人間を追い出さないどころか、鎧を提供してくれるなんて、態度に似合わずいいところがある。
……でも、鎧かぁ。
鎧って重いから嫌いなんだよね……。
というか、魔法剣士の私にはいらないものだし。
だけど、着ないと連れて行ってもらえなさそうな雰囲気なんだよね……。
――ということで、騎士団の人に黙ってついて行き、渡された鎧を着た。
すると――。
「か、軽い……! 凄い、この時代ってここまで技術が発展してるんだ……!」
鎧っていうと、腕が持っていかれそうなくらい重たいイメージだったのに、まるで羽毛で出来ているかのように軽い。
これなら非力な私でも、自由に動き回れそうだ。
昔もこれがあったら、私も鎧を着て戦えたのになぁ。
「――軽い……? この鎧が……?」
「普通に重たいよね……?」
「えっ、何か言いました?」
鎧に感動していると、私の後ろで同じ鎧を身に纏っている女性騎士の二人が、何かブツブツ言っていた。
しかし私が話しかけると、二人とも顔をブンブンと横に振ってしまう。
どうしたんだろう?
まるで、得体の知れないものにでも声をかけられたかのような、必死さだ。
「――おい、いつまでかかっているんだ! さっさと来い! 置いて行くぞ!」
「あっ、すみません! 今行きます……!」
部屋の外から野太いおじさんの声に怒鳴られたので、私は慌てて部屋を出る。
まったく、今も昔も偉そうな人は変わらないなぁ……。
とはいえ、やっとこれで死ねる。
私がこの討伐隊に参加した理由――それは、冒険者である私の死に場所を、求めてだ。
魔王との戦いで死ぬのが、私には相応しい。
そうすれば、みんなも私のことを許してくれるだろう。
――こうして、魔王との戦いに参戦した私。
まさかこの戦いによって――私が英雄扱いされるようになるだなんて、この時は思いもしなかった。
◆
私は、今から千年前――とある戦いにより呪いを受け、解呪のために十年の眠りについた。
しかし――目を覚ますと、眠る前に入った棺桶の蓋を中から開けることができず、《テレポート》で外に出てみると、辺り一面荒野になっていた。
どうやら私が入っていた棺桶は、地中に埋まっていたらしい。
そして近くの街に飛んでみると――私の知らない建物や服、食べ物ばかりが目に入った。
話を聞くと、私がいた時代より千年が経っていたので、そりゃあ何もかも違うのは当たり前。
当然、私が持っていたお金なんて使えず、偽通貨と疑われ――散々な目に遭った。
ほんと、もう死にたい。
仲間なんてとっくに死んでるし、誰も知らないし、お金ないし。
絶望した私は、さっさと死にたかった。
だけど、冒険者の矜持と面目を考えて、自ら命を絶つわけにはいかない。
そんな時に入ってきた情報が、この魔王討伐隊の招集だった。
でも、こうして入ってみると――。
「私、なんで荷物番なの……?」
他の冒険者たちは、襲ってきた魔王軍の手下や魔物の集団との戦いに出たというのに、私は鎧を与えてくれた騎士団の女性二人と一緒に、荷物と馬車のおもりをさせられていた。
一応、他の馬車もそれぞれ騎士団と低ランク冒険者の人たちが守っているけど、暇で仕方がない。
「その……馬車を守るのも、大切なお仕事ですよ?」
案内をしてくれた片割れ――ミルクちゃんが、気を遣ったように笑みを浮かべた。
年齢は私より二つ年下――ではないのか。
私は十八に千プラスされちゃうし。
でも、見た目では私より少し幼いくらいだ。
騎士団の人って、偉そうなイメージがあったけど、下の子はそうでもないみたい。
いい子たちなので、移動している時にちょっと仲良くなった。
私のほうが年上っていうのもあり、タメ口で話している。
「というか、ミリアさん武器は……?」
もう片割れのクルミちゃんが、手ぶらの私を見て怪訝そうにする。
この二人は双子で、クルミちゃんのほうがお姉ちゃんらしい。
顔はうり二つなのだけど、目と髪型が違うので見分けはつく。
ミルクちゃんは真ん丸とした髪型で、クルミちゃんは両左右に髪を分けて結んでいる。
そして、ミルクちゃんは左目が白くて右目が黒いのに対し、クルミちゃんは右目が白くて左目が黒い。
髪色は二人とも白だけど、女の私から見ても凄くかわいかった。
この二人だけは、私の命がある限り守ろうと思う。
だって、かわいいから。
「いらないの、私拳闘士だから」
本当は、武器は昔の仲間に預けていたから今ないのと、武器を新たに手に入れられなかった――というか、買えなかったからだ。
そんなこと言ったら、今すぐ帰らされそうだから、拳闘士と答えた。
しかし――。
「えっ、ケントウシってなんでしょうか……?」
今の子たちには通じないらしい。
まじかぁ……。
「拳で戦うんだけど……」
「拳!? 魔物に瞬殺されちゃいますよ!?」
「ミルク、信じちゃ駄目よ。ミリアさんのジョークなんだから」
ごめん、ジョークじゃなくて本当なんだけど……。
うん、この様子だと、信じてもらえないな。
本当に、肉体をスキルで強化して戦う拳闘士はいたんだけど……。
「もうミリアさん、騙すなんて酷いです……!」
「あはは、ごめんごめん」
騙してないのに~。
訂正しても信じてもらえなさそうだから、いいけどさ。
「それはそうと、なんで馬車移動なの……?」
ちょっと拗ねた私は、話題を変えることにした。
これだけの冒険者が乗れる数の馬車を用意したのはさすがだと思うけど、冒険者が沢山いるということは、魔法使いも結構いるはず。
昔なら、一パーティに一人は魔法使いか魔法剣士がいた。
今もそう変わっていないと思う。
魔王使いがこれだけいるなら、全員、《テレポート》で移動できそうなのに。
「馬車でなら、数日なので……」
「歩いて行くわけにはいかないですよ? いくら招集場所を、魔王軍の進行を防ぐ最前線の砦となっている街にしたとは言いましても、馬車ですら魔王城へは数日かかるのですから」
私の疑問に対し、ミルクちゃんとクルミちゃんが丁寧に答えてくれた。
いや、《テレポート》なら一瞬だけど……あっ、そっか。
魔王城周辺に行ったことがある冒険者が少ないのかもしれない。
行った場所か、最寄りの街にしか《テレポート》は飛べないもんね。
ちなみに、名前がわからなくても場所さえわかれば、行ったことがある場所には飛べる。
招集場所を聞いた時も、知らない町の名前だったからどうしようかと思ったけど、地図を見せてもらうと行ったことがある場所だったから、私も《テレポート》で飛んでこられたのだ。
「――やばい、一部部隊がやられた!! 魔物が攻めてくるぞ!!」
暇なので雑談をしていると、急に切羽詰まった声が聞こえてきた。
大きな足音がするほうを見れば、ニ十匹ほどの大型な魔物が突撃してきている。
その魔物の姿に見覚えがあった私は、ホッと胸を撫でおろす。
――なんだ、ミノタウロスの群れか。
「嘘、ミノタウロスよ!? なんでこんなところにいるの!?」
「お姉ちゃんどうしよ、私たちじゃ勝てないよ……!!」
「えっ……?」
私と二人の反応が違い、つい戸惑ってしまう。
ミノタウロスって確か……Dランクの魔物だったはず。
彼女たちのランクはDだって言ってたし、他に残ってる人たちもDランクばかりって聞いた。
ランクが同格とはいえ、魔物と冒険者ではランクの意味が変わってくる。
冒険者は強さだけど、魔物につけられるランクは、冒険者が狩れるランクだ。
つまり、Dランクのモンスターなら、Dランクの冒険者が倒すことができる。
いくら数がいると言っても、こっちにも人数がいるから負けないと思うけど――そっか、千年の月日を経て魔物も強くなっているんだ。
うんうん、よく見れば私の時代と少し見た目も違うかも。
彼女たちの怯えよう的に、Cランクくらいの力をつけてるのかもしれないね。
とか言ってる間に、ミノタウロスの群れが私たちに近付いてくる。
しかも、よりにもよって先頭の一匹が、私に向かって勢いよく突っ込んできていた。
多分、武器を持っていないから狙われたのだろう。
「剣……」
さすがにBランクの私も、素手でCランクの魔物をこの数相手にするのはきつい。
しかし、剣が今手元になく、躱そうにもミルクちゃん、クルミちゃんが危ない。
何より、ミノタウロスは一度標的を決めたら、仕留めるまで追いかけまわすわけで――
――えぇい、もうどうにでもなれ!
元々死ぬ気で戦場に来た私は、ここで死んでも仕方ないと思いながら、拳を思いっきり前に突き出した。
すると――。
「ぶぉおおおおお!」
先頭の一匹が、後ろに続いていた四匹を巻き込みながら、吹っ飛んでいった。
そして、血しぶきをあげて、バラバラになってしまう。
「「「「「…………えっ?」」」」」
最初の一匹だったということもあり、皆の視線は私に集まっていて――全員が、私を見ながら口をあんぐりと開ける。
何が起きたのか、理解できなかったんだろう。
いや、私自身、何が起きたのかわからない。
「あれ……?」
ミノタウロス、だよね……?
なんで、簡単に吹き飛んだの……?