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09 新生アトラズ一家

 数日後、アレクとミナは、フレデリクの屋敷に来ていた。

 屋敷の中でも最も広い部屋だった。集められた人々は一家での階級に応じて規則正しく列を作り、フレデリクの話を聞いている。


 アトラズ一家の幹部全員が、ここに集められていた。この規模の集まりの時に何があるか、ある程度経歴の長いヤクザは知っている。抗争、あるいは頭領の代替わり等に匹敵する大事を話し合う時だ。それだけに皆、緊張の面持ちでいる。


 その緊張の原因はフレデリクの隣に立っていた。

 アレクとミナは、ヤクザの突き刺すような視線を受け止めていた。騎士団の礼装に身を包んだ二人の姿は、この場では異物も甚だしい。果たして二人が一体何のためにいるのか、皆が答えを知りたがっていた。


「本日集まってもらった問題についてだが、その前に、皆が聞きたい事があるだろう。隠す事ではないので、率直に言おう。わしの息子、アレクサンドルは、王都の直轄領に所属する騎士団に所属し、カヒーナの治安回復の任についておる」


 ヤクザの面々に、緊張が走ったのが、アレクにも感じ取れた。フレデリクは無視し、そのまま話を続けていった。


「先日、息子は上官と共に現れ、わしにある提案をした。今回話したい事はそれについてだ。後は、息子に詳細を話してもらう事とする」


 そう言うと、フレデリクはアレクの方を見た。

 アレクはひどく落ち着かない気分だった。自分が言いだした事とはいえ、目の前にいる骨の髄までヤクザの海に漬かって生きてきた連中が、こちらの提案に対してどんな反応を示すか、考えるだけで胃が痛くなる。


 とん、と肩に軽く、暖かいものが触れた。見ると、ミナがいつも通りの強い瞳で見ながら、アレクの肩に手を置いていた。


(大丈夫です)


 そう言われた気がした。それだけで、気が軽くなったように感じた。

 ミナが何か言葉を発し、行動するだけで、周囲の人は彼女から自信と活力を送られる。彼女の持つ、天性の才能だった。


(やってみるか)


 今更緊張してもしょうがない。なるようになれ、と開き直った気持ちで、アレクは一歩前に出た。


「フレデリクの子、アレクサンドルだ。五年ぶりの帰郷の為、俺の事を知らない者もいるかもしれないが、まずは話を聞いてほしい。俺が今回このカヒーナに帰ってきたのは、父の話した通り、騎士団の一員としてカヒーナの治安を回復させる為だ」


 昨日時間をかけて、頭に叩き込んだ内容を、アレクは流れるように話していく。


「無論、カヒーナを仕切っているのは領主でも騎士団でもなく、ヤクザ・ギルドである事は承知している。ヤクザと騎士団は正直、いい関係と言えない事も分かっている。しかし、俺達騎士団も、カヒーナの為を想い、町から犯罪をなくし、民の安全の為に行動しているという事を分かってもらいたい」


 アトラズは元々任侠精神の強い一家である。弱きを助け、町に危機が迫れば自らを犠牲にして生きるべし。そういった考えが美徳とされている為、アレクはまずそこから説得を始めると決めていた。


「アトラズ一家と騎士団が争う。それは簡単な事だ。だがそうすれば、傷つくのはカヒーナだ。町は荒廃し、一家も騎士団も衰える。そして、最後に笑うのは他の一家となるだろう。おれは、そうはしたくない。その為に、俺達騎士団と父フレデリクは、互いにどうあるべきか、長い間話し合った。父はおれの気持ちを理解し、俺達の出した案を受け入れてくれた!」


 フレデリクは果たしてどんな気持ちで聞いているのだろう、とアレクは少し思った。

 実際のところは、隊長のミナ、ひいては王国宰相に喧嘩を売るのを恐れて萎縮してしまったわけだが、アレク達は彼の面子を立てて、アレクが頼み込んだのをフレデリクが許した、という形にしたのだ。


 これで、上手くいかなければアレクのせい、上手くいけばフレデリクの度量の広さが評価される事となるだろう。


「その結果、アトラズ一家とエルヴィン騎士団第十二連隊は、手を組む事で双方同意した!」


 ヤクザの間に、先程よりも大きなどよめきが上がった。


「お互いに協力し合う事で、カヒーナ領内の治安回復を目指す! その代わり、騎士団はアトラズ一家に対し便宜を図る。これによって、今後増加が見込まれている、鉱石採掘などに関しても優先的に関われるようになる。これは大きなシノギとなるだろう!」


 騎士団とヤクザの協力体制。アレクがフレデリクと話した際に上がったこの提案は、確かに魅力的な内容だった。

 町に流れる裏社会の案件をヤクザが監視し探り当て、騎士団が罪人を法の下に裁く。この体制を取る事ができれば、カヒーナの治安は著しく回復する事だろう。


 しかし、フレデリクの提案通りにやった場合、それはヤクザの勢力図が入れ替わるだけになってしまう。だからアレクはミナとフレデリクを交えて、三日間にわたって交渉を行ったのだ。


「ただし、そうやってアトラズに儲けを出させる以上、騎士団の要求も受け入れてもらう! 一つ、みかじめ料の廃止! 現在みかじめ料を取っている店とは、正式に契約をかわす事! 二つ、領内での不要不急の暴力行為の禁止! 緊急の案件を除き、町中での暴力行為は騎士団が厳罰に処す! 三つ……」

「ちょ、ちょっと待ってくだせえ、若!」


 幹部の一人が、戸惑うような声を上げた。


「若はやめろ。なんだ?」

「そんな、若の話を聞いてたら、まるで俺達に真面目に働けって言ってるようなもんじゃないですか!」

「その通り、暴力で脅しをかけずに真面目に働けって言ってるんだよ! あと若はやめろ!」

「無茶ですよ、若! 俺達にカタギになれって言ってるようなもんじゃないですか!」

「だから、カタギになれって言ってるんだよ! だから若はやめろ!」

「そんな!」

「ふざけんなぁ!」


 当分の間、屋敷の中を悲鳴と怒号が飛び交うのだった。


───・───


 会合を終え、屋敷を出た後で、アレクは大きく溜息をついた。肉体的な疲労と違う、心地よさのない精神的な疲労が全身を包んでいた。


「お疲れ様です、アレク」


 ミナが苦笑しながら、ねぎらいの言葉をかけた。

 ひとまず会合は終了し、アレクはなんとかして幹部連中を説得させた。フレデリクも騎士団側につき、説得に協力してくれたおかげである。

 フレデリクとしても、ここで拗れて騎士団と対立するわけにはいかないのだ。アレク達との協力体制を取れば、アレクが言ったようにこれから大金を稼ぐ目も出てくる。アトラズ一家を保つ為に、フレデリクも全力を尽くしてくれた。


「まさか、お前がこんな子に育つとはな」


 屋敷を出る際に、フレデリクは呆れ半分、嬉しさ半分と言った感じでアレクにそう言った。


「まあ、やれるとこまでやってみろ。言っとくが、上手くいかんなら息子だろうと捨てるぞ」


 果たしてその言葉はどこまで本気なのかはともかく、予想していた内容だった。アレクはただ一言、


「分かってるよ」


 とだけ返すのだった。


「ひとまず形はできましたが、問題はこれからですね」

「ええ。これからカヒーナは大きく動く事になります」


 アレクは言った。

 恐らくは今後、カヒーナのヤクザ業界は揺れ動く事になるだろう。ヤクザを続ける為にアトラズ一家を抜け、他のヤクザ・ギルドの傘下に入る者、騎士団とアトラズの協力を好まない者、それとは逆に、金の臭いをかぎつけて、騎士団とアトラズに接触を図る者もいるかもしれない。


 ミナの登場で、カヒーナは嵐に包まれる事となった。これからのカヒーナがどうなるか、それを正確に読む事は誰にもできない。

 だが、自分のできる限りの力で、アトラズと、ミナを守っていこう。アトラズの家と同様に、ミナも自身の命をかけるに値する、大切な人なのだから。

 隣を歩くミナに視線を向けながら、アレクはそう思った。


「アニキ、俺達これからどうすりゃいいんですか?」


 通りの向こうから聞こえた声に、アレクは目を向けた。そこにはカヒーナに帰ってきた初日に遭遇した、借金取りの二人がいた。見れば小男は完全に弱り切った感じで、金髪男に尋ねている。


「アトラズがカタギになるって話ですけど、俺達どうすりゃいいんすか? ヤクザ以外の仕事なんて、オレできませんよ!」

「細かい事は気にすんな。どうせ俺達のやる事は変わらねえよ! 気に入らねえ奴はぶちのめして、肩で風切って歩きゃいいんだ!」

「さすがアニキ!」


 金髪男の適当な言葉に、小男は眼を輝かせている。


「……まずは、構成員の意識改革から始めなきゃだめか……」


 大変なのはこれからだ。アレクはさらに肩が重くなるのを感じるのだった。

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