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07 捕えられたミナ

 カヒーナ領南東部には、商家の持つ倉庫や蔵が並んでおり、交易で集められた商品や、資材が毎日のように運ばれてくる。

 どこも厳重に鍵がかけられ、夜にもなると、この辺りにはめったに人が入ってこない。


 だが今夜ここに人がいれば、ある倉庫の一角で、わずかに人工的な明かりが灯っているのが見えた事だろう。ひときわ大きな倉庫の扉がわずかに開いており、そこから中の明かりが漏れだしていた。


 闇夜に紛れて、数人の男が倉庫の中に入っていく。倉庫の中にいた男達が、入ってきた男達の、先頭にいる人物に頭を下げた。


「カシラ。お疲れ様です」

「ああ。よくやったな」


 先頭の男──ヘクトールは、大して感謝の気持ちもなさそうに声を返した。

 現在は使われていない倉庫らしく、中は空だった。部屋の隅にいくつかランタンが置かれており、中央には二人の女が地べたに腰を下ろしている。

 どちらもさるぐつわを噛まされ、両手を後手に縛られ、足首も同じ荒縄で固く結ばれている。ミナとその従者であるマリアンナだった。


「不用心だねぇ、隊長さん。ま、あんたの実力なら、それなりに自信があっての行動だったんだろうけどね」


 ヘクトールは皮肉げに顔を歪めると、見張りの一人に声をかけた。


「結局、何人がかりでこいつらを捕まえたんだ?」

「十二人です。八人ほどやられましたが、投網で動けなくして引きずってきました」


 こたえる男の顔面にも、見ている方が痛々しくなるような青あざが残っている。見れば、周囲の見張り全員、体のあちこちに怪我を負っているようだった。

 八人は重傷で動けず、残りが見張りをやっている、というのが正しいようだった。


「怖いねぇ。戦争の英雄だけあって、殴り合いや斬り合いには自信があったってわけだ。だが、俺達のやり方は勝手が違っただろ?」


 ヘクトールは腰を曲げ、ミナ達の顔を横から舐めるように眺めた。

 マリアンナは怯え、震えていた。まだ若く、実戦での経験も大してなさそうな少女は、ヘクトールの期待通りの反応を示している。

 しかし、ミナはまったくと言っていいほど反応を見せなかった。ただヘクトールに視線を向け、冷静に観察するばかりだった。


「チッ……。いらつくねぇ、その顔」


 ヘクトールは露骨に苛立ちを露わにした。


「王都の華やかな町で育ったお嬢さんには、俺達がどういう人間か理解できてないのかねぇ。こう見えても俺達は金と面子の為なら、戦争だの関係なしに、喜んで人を切り刻める変態の集まりなんだぜ?」


 脅しに対しても、ミナの反応は冷ややかだった。冷たい視線が心中を射貫こうとしているようで、ヘクトールは上体を起こした。


「まあいいさ。お前達がどんな末路を迎えるか、いずれ分かる事だろうよ。俺達カヒーナのヤクザは、その辺の貴族様じゃ太刀打ちできない存在だって事を、お前の体で騎士団中に教え込んでやる」


 そこまで言った時、ミナは初めて反応を示した。だがその反応も、ヘクトールが求めていたものとは違った。

 ミナは薄く目を閉じ、笑い話を聞いたように微笑んだのである。


「なんだぁ、テメェ……。何か言いたい事でもあるのか?」


 ヘクトールは手を伸ばし、乱暴にミナの猿ぐつわをほどく。解放されたミナの口は、いつもと同じ調子で言葉を紡いだ。


「あなたにh、それができるとは思えません」

「ほう? 何でそう思うんだぁ?」

「あなたはこれまで、暴力と恐怖で人を束ねてきた。それは、あなたの言動を見ればよく分かります。ですが、その粗暴な言動と思考から、私達を捕えるまでにあまりに雑な行動をしすぎた。それでは私の部下の目を逃れる事はできません」


「ほほぉ? つまり、あのアトラズの次男坊が、俺を追い詰めると言いたいわけだ?」


 くくく、とヘクトールが喉奥で笑う。目元が歪み、蛇の刺青すら笑っているように見えた。


「冗談きついねぇ、隊長さん。あいつはヤクザになりきれずに家を飛び出した半端者だよ」

「ヤクザとして半端者でも、私の部下として、騎士として、彼は一流の男です。あなた方に勝ち目はありません」


 直球の物言いに、思わずヘクトールは鼻白む。言い返そうとした時、部下の一人が声を上げた。


「カシラ。どうも外が騒がしいようですが」

「何ぃ?」


 ヘクトールの顔に不安の色がさした。ミナを捕まえてから、まだ数刻と経っていない。いくらアレクが兵を集めて探させても、こんな短時間で場所を暴き出すなど、できるはずがない……。


「まさか、そんなはずが……」


 次の瞬間、閉じられた倉庫の扉が、大きく開かれた。

 扉の外には無数の兵士たちが、完全武装で敵意をヘクトール達に向けている。

 そしてその先頭にいる男が、兵士の持つランタンの明かりに照らされながら、一歩前に出た。


「エルヴィン騎士団第十二連隊副長、アレク・アトラズだ! 全員神妙にしろ!」


 ミナ達が無事でいるのを確認して、アレクは緊張を切らさないようにしつつ、安堵の息を吐いた。この場所を突き止めるまでにミナ達がどうなっているか、正直気が気でなかったのだ。


 騎士団の兵を総動員し、町中で聞き取り調査を行うだけでは、ミナを見つけるのにはもっと時間がかかった事だろう。カヒーナの人間は基本的に公権力に対して当たりがきついのだ。

 フレデリクの鶴の一声で、アトラズ一家の人員とコネを使う事ができなければ、こんな短時間で見つける事は叶わなかった。


「て、てめえはアトラズの!?」


 ヘクトールがうろたえ、上ずった声を発した。


「エルグリーズの猪共、ここで降伏するか、ぶちのめされて捕まるか、今すぐ決めろ!」


 怒らせる為に言った言葉は、ヘクトールよりも早く護衛が反応した。

「んだと、このガキィ!」

「よぉし、降伏する気はないな! 突撃!」


 アレクの掛け声に応えて、兵達が倉庫内に一気に侵入する。兵とヤクザの怒号が倉庫内に反響し、耳がつんざくほどの騒音と化した。


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