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05 大ギルド、エルグリーズ

 アトラズの屋敷を出て、アレクは一息ついた。家族との再会はもっとゆっくりと行う予定だったのだが、初日からずいぶんと急な展開になってしまった。


 アレクは振り返り、改めて実家を眺めた。周囲を囲う高い塀の上に、煉瓦造りの壁と、黒い瓦が覗いている。広い庭に植えられた観賞用の木々がいくつか姿を見せて、風に揺れてさやさやと音を立てていた。


 幼い頃、アレクにとって世界の半分はこの屋敷の中にあった。


『ええか、アレク。誰が何と言おうがな、この町を守っとるのは俺達なんだ』


 父は幼い息子に、よくそう言って聞かせた。屋敷は町を守る英雄達の集まる要塞であり、庭はアレクが英雄になる為の訓練場であり、先輩たちと語らう憩いの場だった。周囲の誰よりも立派な屋敷に住んでいる事に、疑問を抱く事すらなかった。


 成長して家を出て、様々な事を経験し、そして帰ってきた時、父が言って聞かせた幻想は消えていた。外見は長い歴史を持った立派な屋敷だ。しかしこの家は、人が汗水垂らして産み出したものを奪ってきた結晶なのだ。


 そんなところで親の言う通りの人生を送るより、どうせなら人に誇れることをして生きていきたい。そう思ったからこそ、アレクはこの家を出たのだった。


「すみません、アレク」


 ミナの言葉に、アレクは我に返った。


「お父上との久しぶりの再会でしょうし、もっと穏便に話し合いたかったでしょう。私がつい熱くなってしまったせいで、あなたにも影響が出てしまいました」

「いや、気にしないでください。親父は昔からあんな感じですから、結局似たような流れになってましたよ」


 笑って言い返すが、言葉の端に寂しさが出ていたようで、ミナは真剣な顔つきになった。


「私にできる事があったら、何でも言ってください。あなたはちゃんとご両親に育てられてるんですから、大事にしないと駄目ですよ?」

「そうします。当分はいつでも会いにこれますからね。また機会を見計らいますよ」


 それでなくても、先にやらねばならない仕事が山積みなのだ。私的な事は一旦忘れて、仕事に戻らなくてはいけなかった。


「でも驚きました。まさかあなたにこのような過去があったとは」

「ろくな過去じゃありませんよ。ここは悪党が大手を振って通りを歩ける町で、その中でも一番の悪党の息子が俺、ってだけです」

「でも、それを嫌って外の世界に飛び出して、立身出世を成し遂げたわけです。立派なものですよ」


 ミナの言葉にはおべっかを使うような気配がない。真に本心から言っているのだが、そこがミナの特筆すべき魅力の一つだと言えた。


「今後もよろしくおねがいしますね、アレク。あなたの力が、今の我々には必要です」

「もちろんです、隊長」


 こちらも本心からアレクは返答した。騎士団に志願し、兵卒あがりからここまで出世できたのは、ミナと知り合い、目をかけてくれたからこそだ。

 彼女の為なら命をかけてもいい。任務や彼女の家柄など関係なく、アレクはそう思っていた。


 兵舎に向かって二人で歩きだそうとした時に、アレクは前方を歩く男に気が付いた。

 地味な服装をした数人の男に囲まれて、一人異彩を放つ男がいた。


 歳はアレクより十は上だろう。黒髪を後ろで束ね、ブルーのマントを羽織った出で立ちは中々洒落ている。しかし、その顔には目尻から頬、首元までかけて、蛇を模した刺青が入っていた。細く鋭い目に薄い唇と相まって、異相と呼ぶにふさわしい顔をしていた。


「おやぁ? そこにいるのは、ひょっとしてアトラズの子かぁ?」


 異相の男が声をかけた。声の調子で、目の前の人物が誰か、アレクの記憶から該当者が浮かび上がってきた。


「確か、エルグリーズの……ヘクトール若頭、ですね。お久しぶりです」

「おぉう、ちゃんと覚えてたか。感心だ」


 ヘクトールは口元に薄く笑みの形を作ったが、その目は笑っていなかった。


「五年ぶりか? お前が帰ってきたなら、アトラズの奴らも安心するだろうな。なんせ跡継ぎが皆行方をくらましちまってたんだからな。良かった良かった」

「ありがとうございます。いずれエルグリーズにも挨拶はさせていただきますので、その時はよろしくお願いします」

「おう」


 横柄な口調でヘクトールは頷いた。


「隊長、こちらの方はエルグリーズの若頭で、ヘクトールさんです」

「エルグリーズ……確か、ヤクザ・ギルドの一つですね」

「ええ。ヘクトールさん、こちらはうちの上司で、バードラさん」

「初めまして。ヴィルヘルミナ・バードラと申します」


 ミナが頭を下げる。ヘクトールは妙なものを見たように、顔をしかめた。


「ほう……そういやその格好、アレク、お前騎士団に入ったのか?」

「ええ。実を言うとそうなんです。今回カヒーナに戻ってきたのも、その仕事の都合で」

「ヤクザの子が騎士団入りか。こりゃ会合の時に、話のタネになりそうだな」


 くくく、と喉の奥で笑う。その笑い方は妙に不気味だった。


「ま、頑張りな。お前もヤクザの子なら、ここでやっちゃいけない事の区別くらいはついてるだろうからよ」


 軽く手を挙げて、ヘクトールは歩き去った。


(ん?)


 何の気なしに見送ると、ヘクトール達はアトラズの屋敷へと向かっていった。フレデリクと交渉か何かがあるのかもしれない。


「アレク、あの方は大丈夫なのですか?」


 ヘクトール達が屋敷に入っていくのを見てから、ミナが尋ねた。


「ひどく危険な雰囲気をまとっていました。あなたが騎士団の一員だと気付いてから、酷く目付きも悪くなっていましたし」

「そこは仕方ありません。騎士団に限らず、役人はここじゃ嫌われ者ですから。それに、エルグリーズはヤクザ・ギルドの中でもトップクラスの武闘派ですんで、危険に見えるのも仕方ありません」


 カヒーナ領は広大であり、地域によって様々なヤクザ・ギルドが存在する。その中でも小規模なギルドを傘下に収めている、大ギルドと呼ばれる組織が複数存在した。アトラズとエルグリーズは、その内の一つである。


 エルグリーズはアトラズと隣接した地域を支配しているが、彼らの攻撃性は、アトラズでも度々話題となっていた。敵と見なせば容赦はせず、その暴力は相手が屈服するまで止まる事はない。


(あいつらが騎士団を敵と認識したら、厄介な事になるな)


 アトラズはまだアレクがいるから、何か事件が起きても、どうにでも交渉の場を作る事ができるだろう。しかしエルグリーズは、顔を合わせる前に殴りかかってくる可能性すらある連中だ。気を付けるに越したことはなかった。


 気を引き締めなくては、そう思った時、ミナがアレクに声をかけた。


「それとですね、アレク。この後仕事が終わりましたら、少し町を見て回ろうと思うのですが。いいですか?」

「ええ? 危険ですよ?」


 アレクは困惑の表情を作るが、ミナは気にもしない。


「日が沈む前には戻ってきます。護衛もちゃんとつけますよ」

「しかしですね……」


「気にしないでください。私に何かあっても、ただでやられるつもりはありません」

「そりゃあ、ただの喧嘩で隊長がやられるとは思いませんが」


 ミナは既にヤクザに喧嘩を売った身だ。さすがに初日から襲ってくる事はそうそうないと思うが、安全をとった方がいいのは間違いない。

 そんなアレクの心配をよそに、ミナは自信満々だ。


「それに、何かあったらあなたが助けてくれるでしょう?」


 そう言われると弱かった。ミナの無茶をアレクがフォローするのは、出会った時から変わらないのだった。

 結局、アレクはミナに「日没までには帰るように」と条件をつけるだけで、外出を許可する事になった。

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