02 アレクの正体
「そもそも大の大人がよってたかって一人を嬲るとは、一体何のつもりですか!」
ミナの鋭い怒声が男達に突き刺さる。言われた側も一瞬で頭に血が上るのが、手に取るように分かった。
「何だてめえは!」
「てめえではありません!」
「人の仕事の邪魔すんじゃねえ!」
「こんなふざけた仕事がありますか!」
ミナと男達の騒ぎはどんどん大きくなり、周囲に人が集まっていく。
最早この状況で、男達が引き下がる事はできないだろう。簡単に下がれば彼らの沽券にかかわる。ヤクザの面子は時として金塊より重要なものだ。
(しかし、どう止めよう)
アレクが考えを巡らせている間にも、ミナの口は止まるところを知らない。
「一体なぜこのような事をしているのか、詳しく話しなさい。事と次第によってはただではすませませんよ!」
「なんだとコラァ!」
男達の中で小柄な方が、我を忘れて拳を振りかぶる。
もう考えている暇はなかった。
アレクはすっと前に出て、小男の手首を掴んだ。突然動きを止められて、小男が目を白黒させる。
「な、なんだてめえは!」
「この騒ぎを収めたいだけだ」
アレクの話を聞かず、小男は空いた左手で殴りかかる。アレクは軽く上体を反らして拳をかわし、掴んだ右腕を引っ張って背中に持っていった。そのまま関節を決めると、小男は情けない悲鳴を上げた。
「アレク!」
「もう……隊長、騒ぎに首を突っ込むのは後にしましょう」
「彼らが騒ぎを起こしたのですよ? 止めるのが我々の仕事です」
「ですけど、これはおそらく借金の取り立てという、彼らにとっては通常の業務で……」
この町の仕組みをまず理解させないと、この調子ではミナの命がいくつあっても足りそうにない。
(前途多難だな)
アレクは大きく溜息をついた。
「て、てめえそいつを離しやがれ!」
相方の金髪男がすごむが、アレクは金髪男の動きに合わせて、手元の小男がちょうど間にくるように動かし、近づけないようにする。
そうこうしている間にも、周囲には人が集まってきていた。騎士団の軍服を着ているアレク達は酷く目立つ。明日には町中に人相が知られてしまう事だろう。
ここから話をどう持って行くか考えていた時、酒場の奥から野太い声がした。
「なんだ、その有様は」
声に反応して、金髪男と小男の体が硬くなった。心なしか周囲の雰囲気も変わったようだった。
入口に男の影が現れると、その場にいた皆の視線がそちらに集まった。
「ゲオルグのカシラ!」
アレクに腕を掴まれた痛みも忘れて、小男が叫んだ。
巨大、という言葉がよく似合う男だった。岩を人の形に重ねたような肉体が、羽織の上からでも伝わってくる。
オールバックで決めたごつい顔には、額から鼻筋を通り、顎近くまで一本の刀傷が入っていた。
「まったく、カタギ相手にナメられてんじゃねえよ……」
「カ、カシラ。これは、その……」
「言い訳はいらねえ。女に説教されるところから、よく見せてもらったからな……」
男達は完全に委縮していた。兵士が勇猛な指揮官を畏怖するように、男達はゲオルグに心を握りしめられていた。
「やれやれ、しかし、ずいぶんと面倒な騒ぎを起こしてくれたね、あんたら……」
ゲオルグはアレク達をにらみつけた。気の弱い者ならば卒倒するような、敵意のこもった視線だ。しかしながら、ミナは逆にやる気を燃え上がらせているようだった。
ゲオルグは自分を恐れないミナを気に入ったのか、軽く口元を釣り上げた。続いてアレクの方に顔を向けると、妙なものを見たように顔をしかめた。
「あ、やば……」
アレクは思わずつぶやいていた。
「若?」
先程までとは打って変わった穏やかな口調で、ゲオルグが尋ねた。既に殺気は消え失せて、不思議そうな顔を浮かべるばかりだ。
「まさか、若じゃありませんか?」
「うん、ゲオルグ。久しぶり……」
「お帰りになられてたとは、どうして教えてくださらなかったんです! 水臭いですよ!」
「あー、うん、さっき着いたばっかりだったから……」
言葉を濁すアレクに、今度はミナが尋ねる。
「アレク? こちらの肩とお知り合いなのですか?」
「まあ、古い顔なじみというか、親父の知り合いというか……」
「ずいぶんと柄の悪い方と親交のあるお父様なのですね」
直球の物言いだった。金髪男が反応し、会話に割り込む。
「なんだとオラァ!? このお方はな、ここらを仕切るアトラズ一家の若頭だぞ! てめえら如きが対等に話せるお方じゃねえんだよ!」
「馬鹿野郎!」
ゲオルグが一喝した。雷のような怒声に、金髪男は思わずへたり込む。
「この方を誰だと思ってるんだ! オヤジの実の息子のアレクサンドルさんだ! アトラズ一家の跡を継がれるお方なんだぞ!」
広場一帯に大声で名を呼ばれ、周囲をどよめきが包んだ。
できるだけ問題を起こさない。その決意は半日と持たなかった。