私とスラちゃんと農場暮らし
少しでも楽しんでいただけますと幸いです。
「やっと着いた~」
ポカポカと温かい春の日差しを浴びて、私は大きく伸びをする。柔らかい風が髪とスカートを優しく揺らす。私の新しい生活はここから始まるのだ。
「気持ちいい風! 今日からここで暮らすんだね!」
これからの生活の拠点となる目の前に広がる寂れた農場を見渡しながら、私はおばあちゃんとの約束を思い出していた。
◇
「大丈夫? おばあちゃん」
「わたしゃあもうダメかもしれないねえ……」
少し前までは郊外の農場で働いており元気が有り余っていたおばあちゃんも、今ではもうすっかりよぼよぼになってしまった。体力の衰えを感じ始めて王都にある私の家で過ごしていたおばあちゃんだったが、最近は特に元気がない。
「そんなことないよ、おばあちゃん! 私もっとおばあちゃんと一緒に過ごしたい!」
「そんなこと言ってもねえ……」
そこまで口にするとおばあちゃんはまるで眠る時のようにベッドに体を横たえた。
「ああ……最後にもう一度私の農場が綺麗になっているところを見たかった……」
おばあちゃんはしばらく前に王都にある私の家に引っ越してきてそれからずっと一緒に暮らしている。
しかし、残してきた農場も心配だったのだろう。毎日のように私はおばあちゃんから農場での思い出を聞かされていた。
それを聞いて思い出したのは辺り一面の花畑。おばあちゃんは花を主に育てていたので小さい頃はそこでスラちゃんと一緒に駆けまわったりしたものだ。遠い日の記憶を思いながら私はおばあちゃんの手をギュッと握りしめる。
「大丈夫だよ、おばあちゃん! 私がおばあちゃんの代わりに農場をお花でいっぱいにするから! だから……まだ死なないで!」
「そうかい、アイリス……それじゃあ頼んだよ……」
こうして私はおばあちゃんの農場を再建することになったのだ。
◇
「おばあちゃん、ちゃんと見守っていてね……私、頑張るから!」
私が決意と共に拳を振り上げると、下の方からだるそうに語り掛けてくる声が一つ。
「いや、アイリスよお。マグノリアはまだピンピンしてるじゃねえか。そんなこと言ってたらマグノリアに怒られるぞ」
「こういうのは雰囲気が大事なんだよ、スラちゃん」
私は下を向いてやれやれと溜息を吐く。私の足元に鎮座おわしますのはファームスライムのスラちゃん。
元々はおばあちゃんが農場を経営していた時に連れていたスライムで、私のことも小さな頃から知っている。
やる気のなさそうな態度とぶっきらぼうな口調で誤解されがちだけど、気の良い奴で私の農場再建を手伝ってくれる相棒なのだ!
スラちゃんは私の考えていることが分かったのか、体をプルプルと震わせている。スラちゃんはたまにこうしてプルプル震えて感情表現をする。今のはきっとやれやれと肩を竦ませるのと同じような動作だろう。
「お前が一人で農場を立て直すって言うから、俺がお目付け役としてついて来てやったんじゃねえか……」
「心配してくれたんだねえ。ありがとねえ、スラちゃん。私の相棒!」
私が屈んでスラちゃんのぷにぷにしている頭を撫でると、スラちゃんはプルプルと小刻みに震え始める。
「やめろ、頭を撫でるな! しかも俺の名前はスラちゃんじゃねえ! スイレンだ! 相棒だと思うんならちゃんとした名前で呼んでくれ!」
「分かったってばスラちゃん。これからは一緒に頑張ろうねえ」
子供の頃からスラちゃんと呼んでいたので、私にとってスラちゃんはスラちゃんなのだ。
スラちゃんとの会話を終えた私は目の前の寂れた農場を見渡す。おばあちゃんから譲り受けたこの農場は私が再建していくのだ。
今はまだ何もないけど、見ててねおばあちゃん。私頑張るから!
とは言ったものの荒れ放題の現状を見るに何からやれば良いのだろうか……。
「ちらっ」
「……」
このままでは花や野菜を育てることもできない、一体どうしたらいいのだろうか……。
「ちらっ」
「…………」
私の夢はここで終わってしまうのだろうか。いやそんなはずはない。私はおばあちゃんと約束したのだ。おばあちゃんの農場を再建して見せると!
「ちらっ」
「分かったからそのチラチラ見てくるのをやめろ! 鬱陶しいんだよ!」
スラちゃんの方を先ほどからチラチラと見ていたのが功を奏したようだ。スラちゃんは何と言ってもファームスライム。農場仕事のエキスパート(のはずだ)。彼(彼女?)と一緒なら何も心配はいらないだろう。
「それで、スラちゃん。まずは何をすればいいのかな?」
「行き当たりばったり過ぎるだろ、お前……まあいい、まずは放置されて荒れ果てた農場を整地するところから始めないとな」
「せいち?」
「お前良くそんな状態で農場を再建できると思えたな……整地って言うのは岩とか木を取り除いて、畑を使える状態にすることだ」
「なあんだ! それなら魔法でちょちょいのちょいだよ!」
私は腰に差してあった魔法の杖を手に取ると、スラちゃんに見せつけるように左右にフリフリ動かしてみる。
「こう見えても私、魔法学校では優秀な成績だったんだから!」
「……なんだか嫌な予感がしてきたぞ」
「まあ、見ててスラちゃん! 私の魔法の力をね!」
私がスラちゃんに向けてウインクをすると、スラちゃんは酷く不安な顔で私の方を見てくる。大丈夫だって、学校の賢者と呼ばれた私の力を見せてあげるんだから!
キラキラッ☆(魔法の杖が光る音)
モリモリモリモリ!(木が急成長する音)
バキバキバキ!(急な突風により柵が壊れる音)
ドガンドガンドガン!(どこからともなく飛んできた岩が農場に突き刺さる音)
コォーン☆(飛んできた小さな石ころがアイリスの頭に直撃した音)
「びえええええ! どぼじてこうなるのおおお!!!!」
スラちゃんに向けて思い切り啖呵を切った数分後、私の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。しかし、それ以上に問題なのは農場が私の魔法のせいで、来た時以上に滅茶苦茶な状態となってしまったことだ。
農場を綺麗にしたいと祈りを込めて魔法を使ったのに、木を切ろうとしたところ、勝手に木が成長し、岩を風でどかそうとしたところ、逆にどこからともなく岩が飛んできてしまったのだ。ついでに柵も壊れて一瞬で農場は荒れ果ててしまった。
「あーあ、言わんこっちゃない。お前ちゃんと地脈を読んで魔法を使ったのか?」
スラちゃんが呆れた声を出してそんなことを言い始めた。しかし、私は地脈という言葉など知らない。魔法に何か関係あるのだろうか。
「地脈、何それ?」
涙を拭いて鼻をすすりながら私が聞き返すと、スラちゃんは絶句する。
「おま、お前! そんなことも知らないで魔法を使ってたのか!?」
「だって授業じゃそんなことやらなかったし……」
「それは授業で使う魔法のレベルが低かったからだ! だから、ちゃんとした学校に通えって言われてたのに……」
失礼な。私が通っていた聖デンドロビウム魔法学校はれっきとした魔法学校である。確かに魔法の勉強をするよりも友達と遊んでいた記憶の方が多く残っているが、それでも十二歳で学校を卒業するまでの六年間、魔法の勉強はしっかりとしてきたつもりだ。
私は八つ当たり気味にスラちゃんをペシペシと叩く。
「だって、こんなことになるなんて思わなかったんだもん!」
私がプンプンと頬を膨らませるとスラちゃんはプルプルと震える。この惨状には流石のスラちゃんもご立腹のようだ。溜息を吐いたスラちゃんは私の方を見上げると、残酷な言葉を告げる。
「お前、しばらく魔法禁止な」
「そんな~~!!!!!」
私は茫然として目の前の農場を見る。草はぼーぼーに生い茂り、木は成長してまるで森のようになっている。転がっている岩は私の細腕では壊すことも出来なさそうだ。
「何とかならないの? スラちゃん……」
「どうにもならないな……」
「そんなあ!」
私は地面に膝をつき、スラちゃんに跪く。傍から見れば可愛い女の子がスライムに懇願している滑稽な絵面かもしれないが、これでも私は必死なのだ。何とか魔法を許可して貰わないとこんな重労働やってられない。
「お願いスラちゃん! 魔法使わせてよお!」
「だ! め! だ! 元はと言えばお前がちゃんと魔法を使えないのが悪いんだろうが! お前の魔法のせいで……見ろ、農場が滅茶苦茶だ!」
「わ、分かったよお……だからそんなに怒らないでよお……」
おばあちゃんと一緒に農場の仕事をしてきたスラちゃんには今の惨状はとても許容できないのだろう。とりあえず今はスラちゃんを宥めつつ農場をどうするか考える必要がありそうだ。
「それでどうするんだ? 手作業で整地するにしても道具が全然ないぞ?」
「そうなんだよねえ。魔法でちょちょいのちょいだと思ってたから全然道具も用意してないんだよねえ」
「お前、人生舐めすぎだろ……」
スライムに人生について説教されてしまうという珍しい体験をしてしまった私だが、道具がなければ今できることは何もない。
「とりあえず今日は家に帰って、明日から考えようか。魔法使って疲れちゃったし」
「ええ……」
スラちゃんのダメな子を見る視線を躱しながら、私達は農場の近くにあるおばあちゃんの家に向かう。とは言っても、おばあちゃんは王都にある私の実家にいるので、今は誰もいない家だが。
「ただいま~」
帰宅の挨拶をかけるが返事をしてくれる家の主はここにはいない。
少し寂しい気持ちになりながらも中に入ると、以前と変わらないおばあちゃんの家がそこにはあった。どうやら劣化を抑える魔法が家全体にかけられているおかげで、家はそこまで傷んでいないようだ。
「懐かしいなあ。小さい頃はよくおばあちゃんに会いに来てたっけ……」
「ああ、俺もずっとこの家で暮らしてたからな……マグノリアと一緒に農場をしていた頃が懐かしいぜ……」
そんな風に感傷に浸っていると、スラちゃんも久しぶりの実家で嬉しいのかぴょんぴょんと飛び跳ねて辺りを見回っている。ちなみに先ほどからスラちゃんが言っているマグノリアと言うのは私のおばあちゃんの名前だ。
「それにしても、これからはこの家で生活するんだね……何だか不思議な気分」
懐かしさから私とスラちゃんが一緒に家の中を見て回っていると、コンコンとドアの方からノックの音が聞こえる。誰かが訪ねてきたのだろうか。
「はーい! 今開けまーす!」
私はドアのノックに返事をしながらタタタと音を立てて玄関へ駆け寄る。ガチャリと音を立てて開いた扉の先には壮年の眼鏡をかけた男性が立っていた。
「どうも、アイリスさん。お久しぶりです、ローレルです」
「ローレル……?」
私は記憶の底からローレルという名前を引っ張り出そうとするが上手く思い出せない。そんな私を見かねたのか、スラちゃんが横から教えてくれた。
「この町の町長、ローレルさんだよ。アイリスも小さい頃お世話になっただろ?」
「あ、ローレルさん! お久しぶりです!」
そう言われて思い出した。まだ私が小さい頃、町に遊びに行った時に何度かお世話になった人だ。少し老けていたのでパッと見では分からなかったようだ。
「ははは。スイレンさんも元気そうで何よりです」
ローレルさんは私が忘れていたことも気にせずに笑い飛ばすと、スラちゃんにも挨拶をする。
「今日はどうしたんですか、ローレルさん。何か御用でしょうか?」
私が首を傾げるとそれまでの笑顔とは一変して、ローレルさんは申し訳なさそうに視線を下に向ける。もしかして何か悪い知らせだろうか。私がこれから出てくる言葉に対して身構えているとローレルさんは重い口を開いた。
「……まずは確認になります。この農場はアイリスさんがマグノリアさんから譲り受けたということでよろしいでしょうか?」
「え? はい! おばあちゃんに代わって私がこの農場を再建することになりました!」
身構えていた割には拍子抜けな質問だった。私が胸を張ってそう答えるとローレルさんは猶更悲痛な表情を浮かべる。
「そうですか……実はこの家を維持するためにマグノリアさんは借金をしていまして、その返済が完了していないのです」
「え?」
そう言えばやけに綺麗だったこの家。劣化を抑える魔法がかかっているのは分かっていたが、もしかしてそのお金がまだ払い終わっていなかったのだろうか。私は続く言葉に嫌な予感を感じ、背筋に冷や汗が流れる。
「つきましてはその代金を支払っていただくようにお願いしに来た次第でございます」
「ええ~~!!」
ローレルさんの話によると、どうやら私は農場生活初日から借金を背負うことになったらしい。
そう言うことは先に言っといてよ、おばあちゃん!
心の中で祖母に対する文句を言うがそれは誰にも届かない。スラちゃんもどうやら知らなかったようで私の足元でプルプルと震えている。
「そ、それで一体いくらくらい払えばいいのでしょう……?」
ゴクリと息を呑みながら私がローレルさんに質問すると、彼は借金の額を教えてくれた。
「ざっと五百万リーフになります」
「ご、ごひゃくまん~~!?」
普通の人が一年に稼ぐことが出来るお金が大体百万リーフくらいなので、私がその金額を稼ごうと思うのなら大体五年は働かなくてはならない。
「でもそのくらいなら何とか……」
しかし、逆を言えば五年働けば返すことが出来るのだ。そう自分を慰めてホッと胸を撫でおろしていると、黙って話を聞いていたスラちゃんが恐る恐るといった様子でローレルさんに向かって問いかける。
「……ちなみにそれの返済期限は決まっているのか?」
「はい。その……一年以内です……」
「ええええ!!!!」
あまりの衝撃に私は意識を失って床へと倒れ込んだ。
◇
「はっ!!」
私が飛び起きるとベッドの横ではローレルさんとスラちゃんがこちらに心配そうな目線を向けている。キョロキョロと辺りを見回すと、ここがおばあちゃんの家の二階にある寝室であることに気が付いた。
「大丈夫ですか、アイリスさん」
「はい、大丈夫です。何だかとても怖い夢を見た気がするんですけど、あまり覚えていないんです……」
私は記憶を探ってみるが、どうにも農場に到着してからの記憶がない。
確かここに到着した私は農場を魔法で綺麗にして、おばあちゃんの家でこれからのことを祝してスラちゃんと一緒に遊んでいたような……。
「う~~ん……」
私が頭を抱えているとスラちゃんがプルプル震えながら何があったのか教えてくれる。
「いいか。気をしっかり持つんだぞ、アイリス! お前は今日からマグノリアの農場を再建することになった! しかし、お前の魔法で農場はボロボロ! その上、新たに五百万の借金があることが判明した! しかも、返済期限は一年だ!」
「ぎゃあああ!!!」
怒涛の如く紡ぎ出されるスラちゃんの言葉を聞いて、私は今日何があったのか全てを思い出した。私の魔法でボロボロになっていく農場。記憶と変わらない綺麗なおばあちゃんの家。そこにかけられた魔法の代金。五百万リーフを一年で返済しなくてはならない……。
魔法で綺麗になった農場なんてなかったし、借金を背負ってしまったのだ。私は現実逃避気味に頭を抱えてブツブツと呟く。
「あ、ああ……これはきっと夢なんだ……朝起きたらいつものようにお父さんとお母さんがいて、私はスラちゃんやおばあちゃんと遊んで楽しく暮らしているんだ……」
私はあまりの出来事に再び意識が遠のいていくのを感じるが、スラちゃんがそれを許してくれない。
「おい、現実逃避するな! アイリス!」
スラちゃんはそのまんまるボディで私の上に飛び乗ると、ドスンドスンと何度も跳ね回る。
「ぐええ! 起きる! 起きるから!」
トランポリンのような気持ちを味わった私は観念してスラちゃんをどかす。それにしても引っ越し初日でこんなことになるなんて思いもしなかったよ……。
「はあ……スラちゃんったら乱暴なんだから……」
「お前が現実逃避してるのが悪いんだ!」
私が溜息を吐くと、そんな状況に同情してくれているのかローレルさんも苦笑いをしている。
「申し訳ありません、私の力不足で……とりあえず今より借金が増えることはないのでご安心ください」
「いえ、ローレルさんのせいではありませんのでお気になさらず……」
とは言っても流石に気が重い。おばあちゃんを恨むわけにもいかないので、とにもかくにも借金を返済するために働き始めなければ……。
「よし! そうと決まれば、スラちゃん! 私は何をすればいいかな?」
「そうだな……お前が寝込んでたせいでもう夜だから夕食でも食べようぜ」
「え!? もう夜なの!?」
確かに窓の外を見ると外はもう真っ暗だった。そんな時間までローレルさんを拘束してしまったのは申し訳なかったな。折角なので何か夕食をご馳走したいところだが、今日から住み始めたこの家に食材があるとは思えない。
私は少し考えた結果、ローレルさんと一緒に町で食事をすることにした。
「あの、ローレルさん……もし良ければ町で夕食をご一緒しませんか?」
「ええ、良いですよ。元々今日はアイリスさんの案内をしようと思って来ていたんです。その前に借金のことを伝えたらアイリスさんが倒れてしまったんですけど……」
「本当に申し訳ありませんでした!」
「いえいえ。急にあのようなことを言われれば、誰だってショックを受けますよ。さて、それじゃあ私は下で待っていますので、準備が出来たら声をかけて下さい」
ローレルさんはペコリと礼をすると寝室から出ていく。今日一日私に付き合わせてしまった上に気を遣わせてしまった。せめて夕食の代金くらいは私が出すことにしよう。そんなことを考えながらベッドから出ると、スラちゃんがプルプルと震えながら話しかけてくる。
「なあ、アイリス。これから先どうするんだ? 借金があるとは言えお前のせいじゃないんだ。マグノリアに相談した方が良いんじゃないのか?」
スラちゃんは心配そうな表情で私を労わるように言葉をかけてくれた。私はその言葉を聞いて少し考える。ここでおばあちゃんに頼ることは簡単だ、すぐにも解決できるかも知れない。しかし、私は首を横に振る。
「いや、相談しないことにしたよ。これ以上おばあちゃんに心配かけたくないし、早く綺麗になった農場をおばあちゃんに見せてあげたいからね。それに私が無理を言っておばあちゃんの農場を譲ってもらったんだから、できる限り自分で頑張ってみたいんだ!」
「……そうか。そこまで言うなら俺もこれ以上は何も言わない」
私の覚悟が伝わったのかスラちゃんもこの件についてはそれ以上何かを言うことはなかった。
本音を言えば最初から借金を背負うことになるとは思っていなかった。今にも泣き出したい気持ちだ。
しかし、私はおばあちゃんに綺麗になった農場を見せると約束したのだ。それに比べれば借金なんてどうってことはない。だって私には頼りになる相棒がいるのだから!
「スラちゃん、これからは一緒に頑張ろうね!」
「仕方ねえな! アイリス一人じゃ絶対に無理だろうから俺も手伝ってやるよ!」
「ありがとう! スラちゃん!」
スラちゃんからの心強い言葉を聞いた私は、頼りになる相棒をむぎゅっと抱きしめ新しい一歩を踏み出した。
「お待たせしました! ローレルさん!」
「それでは町に行きましょうか、アイリスさん、スイレンさん」
寝汗でびっしょりになっていた服を着替えた私は、一階に降りるとリビングで待機していたローレルさんと合流して町へと出かける。
「それにしても町かあ……おばあちゃんに連れられて来たのを思い出すなあ……」
私はスラちゃんを両手で抱えてテクテクと町に向かって歩いている。スラちゃん一人だと移動に時間がかかるので、長距離移動する場合にはこうやって持ち運んだりするのが楽なのだ。
「きっとアイリスさんも気に入ってくれると思いますよ」
「どう変わったのか楽しみです!」
「ほら、もう到着しました。ここが町の入口です」
ローレルさんの言う通り私達の目の前には町の名前が書かれた看板が立っている。これからは私もこの町の一員として頑張っていくのだ。そう考えると借金のことも忘れてやる気がモリモリ湧いて来る。
「ようこそ、花の町ウィスタリアへ。我々はアイリスさんを歓迎します」
「はい! これからよろしくお願いします!」
ローレルさんの言葉に笑顔で返すと、ローレルさんは満足そうに頷いて夕食をとるための店へと歩みを進めていく。
「さあ、到着しました。今日の夕食はここで食べましょう」
「え? でも、ここって……」
私の目の前に立っている建物は見るからに民家だ。食事処といった感じではないように見えるが、この町ではそういう物なのだろうか。私が首を傾げていると、扉を開いて中から少女が顔を出す。
「あ、お父さん! お帰りなさい!」
「ああ、ただいま。ライラ」
私と同い年くらいのライラと呼ばれた少女がニコリと笑いながらこちらに向かって挨拶をしてくる。
「久しぶりね、アイリス! 私のこと、覚えてるかしら?」
「えーっと……」
少々情報が多くて混乱してきたが、要するに目の前の建物は食事処ではなくローレルさんの家で、この少女はローレルさんの娘だ。
そう言えば彼女とは小さい頃に遊んだ記憶があることを思い出してきた。どこか面影のある少女の顔を見ていると子供の頃の記憶が段々と蘇って来る。
「思い出した! 久しぶりだね、ライラ!」
「あなたがマグノリアさんの代わりに農場に来るって聞いて、とても楽しみにしてたのよ! さあ、上がって上がって!」
グイグイと引っ張られるままにローレルさんの家に入ると、テーブルの上には既に料理が用意されていた。
「待ってたわアイリスちゃん。まあまあ随分可愛くなっちゃって……」
「えへへ……お邪魔します、プリムさん」
先ほど蘇って来た子供時代の記憶によると、目の前にいる優しそうな女性はライラの母親であるプリムさんだ。ライラと遊ぶ時にはいつも見守ってくれていたのを思い出していると、ライラに席に座るようにせっつかれる。
「ほら、早く早く! 今日はアイリスの歓迎パーティなんだから!」
「え!? でも悪いよ! 今日はローレルさんに一日付き添ってもらってたみたいだし……」
私が気絶していたせいで既にローレルさんには迷惑をかけている。その上食事まで用意されてしまってはローレルさんには頭が上がらない。そう思った私が慌てて手を横に振ると、ライラは頬をぷくっと膨らませながら私を睨みつける。
「もう! そんなこと気にしないでいいんだよ! 私だってアイリスに久しぶりに会えて嬉しいし、お父さんだって別に構わないでしょ?」
「もちろんだとも。それに倒れてしまったのは私の伝え方が悪かったのもあるからね」
席に着いたローレルさんはそう言うとにこやかに笑う。そこまで皆に言われるのであれば私も断り続けるわけにはいかない。
「……分かりました。それではお言葉に甘えて、ご一緒させていただきます!」
私は観念して食卓に座ると、手に持ったスラちゃんを下ろした。そして、私の言葉を聞いたライラは嬉しそうに両手をパチンと合わせる。
「やったあ! それじゃあアイリス、王都ではどんな暮らしをしてたのか教えて!」
「それよりライラ、ご飯が先でしょ。アイリスちゃんとはこれからも話す機会はあるんだから、冷めないうちに食べちゃいなさい」
「はーい!」
ローレルさんの家族に囲まれていると王都で暮らしている家族にとても会いたくなってくる。ダメだ、ダメだ。まだ町に来て一日も経っていないのに早くもホームシックになってしまった私はスラちゃんを抱きしめて寂しさを紛らわせる。
「ぐええ……く、苦しい……」
ローレルさんの好意に甘えて私達は楽しく食事を終えた。プリムさんの作った食事はとても美味しく、皆で囲む食卓はとても賑やかだった。
「――ということで学校を卒業した私はおばあちゃんから農場を譲り受けたわけだよ!」
食事中に私の王都での暮らしぶりを聞いたライラは食事が終わった今でもキラキラと目を輝かせていた。
「いいな~。王都の魔法学校、私も通ってみたいなあ……!」
「まあそんな大した学校じゃないんだけどね」
私が胸を張りつつ謙遜していると横にいたスラちゃんが「本当に大した学校じゃなかったな」と横やりを入れてきたので、軽くはたくとスラちゃんの体がぷるんと揺れる。事実だとしても言っていいことと悪いことがあるのだ。
「そうだ! もし良ければアイリスが私に魔法を教えてくれない!?」
「え……?」
ライラが良いことを思いついたというように両手をパチンと合わせる。ライラはその勢いのまま私にキラキラした目を向けて言葉を続ける。
「そうすれば私も魔法で町の手伝いができるもの! ね、良いでしょ!?」
「えーっと……」
少し前までは私も魔法に自信があったのだが、先ほどの農場荒らし事件のせいで私の魔法に対する自信は地の底まで落ちてしまった。どうしようかと考えながらスラちゃんの方を見ると、「やめておけ」と言わんばかりに鋭い視線をこちらに向けてくる。
しかし、私も魔法使いの端くれ。彼女のキラキラと輝く瞳に射抜かれては何とも断りづらい。そんなことを考えていると、見かねたローレルさんが助け船を出してくれた。
「ライラ、あまり無茶なことは言わないように。アイリスさんも農場の仕事で来たんだからそこまで余裕はないだろう?」
「! はい、そうなんです! 教えたいのは山々なんですが、何分農場の仕事をしなくてはいけないので……」
私はローレルさんの出した助け船に全力で乗る。これでライラを傷つけずに魔法の教師を断ることが出来る。良かった、良かった。
「それなら私がアイリスの農場を手伝う! それなら良いでしょ?」
そう思っていたのもつかの間、ライラはまだ諦めていないようで、輝く瞳を私に向け続けている。
「え!? う~~~ん……どうしようかなあ……」
ライラの素直な気持ちが胸に刺さる。教えたくないわけではないのだが、あの惨状を引き起こしてしまった以上、まずはそちらを直すために魔法の勉強をしたいのも事実なのだ。
「あ!」
そこまで考えて私は閃いた。私も勉強するならそれをライラにも教えてあげればいいのだ。急に素っ頓狂な声を上げた私に対してスラちゃんは胡乱な目を向けているが、気にしないことにする。
「分かった! 仕事を手伝ってくれるならたまに魔法を教えてあげるよ!」
「本当!? ありがとう、アイリス~!」
ライラは今にも飛び跳ねそうな程喜んでいる。そこまで喜んでくれるなら私も教える甲斐があるってものだ。満足した私がうむうむと頷いていると、スラちゃんが冷ややかな目を私に向けてくる。
(お前、魔法なんて教えられるのか?)
(大丈夫だよ。魔法学校では成績優秀だったんだから!)
(その魔法学校で教わった魔法のせいで、農場が滅茶苦茶になったんだけどな……)
(それに私も魔法を勉強し直そうと思ってたから丁度いいと思って……)
(そこまで言うなら許可するが、ほどほどにしておくんだぞ……)
スラちゃんとコソコソと話をしているとローレルさんからの声がかかる。
「ありがとうございます、アイリスさん。しかし、ライラに魔法を教えるなんて、アイリスさんの負担になるのではないでしょうか……」
「そこまで負担ではないので大丈夫です!」
確かに負担にはなるだろうが、私も魔法の勉強は急務なのでついでに勉強を見ると思えばそこまでの負担ではないとは思う。
それはそれとして、出来るのであれば手っ取り早くお金を稼ぎたいところだが……。そう思った私はローレルさんに質問してみることにした。
「その……もし良ければ少しでもお金を稼げる仕事を紹介してもらいたいと思うのですが……」
「そうですね……それでしたら花を育てて売るのが良いと思いますよ」
「花ですか?」
「ええ、何しろここは花の町ですからね。色々な種類の花を育てればそれだけお金は稼げます」
確かにおばあちゃんは農場いっぱいの花を育てていた。あれはおばあちゃんの趣味だと思っていたのだが、それ以外にもこの町で売りやすいという理由もあったのだろう。
「本当ですか!? それなら一年で五百万リーフ稼ぐのも夢じゃないかも……」
私が目を輝かせてその話に食いつくと、ローレルさんは苦笑をこぼす。
「そこまで稼げるかは分かりませんが、魔法が使えるのなら可能かもしれませんね」
そうと決まればやはり魔法の勉強をしなくては始まらない。私はスラちゃんをひっつかむとローレルさん一家に暇を告げる。
「今日は色々とありがとうございました、ローレルさん! 私、頑張って農場を立派な花畑にしますね!」
「ああ、頑張って。私もできることは協力するからね」
「体には気を付けてね、アイリスちゃん。あとこれ少ないけど食材入れておいたから持って帰りなさい」
「今度農場まで手伝いに行くからその時は魔法教えてね!」
三者三様の挨拶を背中に受け、私は袋に入れてもらった食材を背負ってローレルさんの家を後にする。
「ようし! スラちゃん! とりあえずの目標は花を育てることだね!」
「それも大事だけどまずは魔法を勉強し直さないとな」
先は長いがスラちゃんと一緒なら何とかなりそうだ。当面の目標を決めた私とスラちゃんは意気揚々と農場へ帰るのだった。
◇
私は夢を見た。まだ小さかったころの夢だ。
私はテーブルの上に置かれていたクッキーを指差しておばあちゃんの方を見る。
「おばあちゃん、これたべてもいい?」
「あら、アイリスは食いしん坊ね。よく噛んで食べるのよ」
「うん!」
おばあちゃんは私の方を見ると優しく目を細めながらクスクスと笑う。おばあちゃんが笑ってくれるのが楽しくて私はその後もたまにつまみ食いをしていた。
そんなある日、事件が起こった。
「おばあちゃん、これたべてもいい?」
その頃にはつまみ食いが癖になっていた私は、おばあちゃんに確認をしつつそのお菓子をさっと口に入れる。
「! ……!」
テーブルの上に置かれていた青いおまんじゅうのようなプルプルしたお菓子を口に入れてあむあむと咀嚼する。しかし、中々噛み切れずにおばあちゃんの元へ駆けて行く。
「あら、アイリス。またつまみ食いしてたの? ダメよ、夕ご飯が食べられなくなっちゃうでしょ?」
「おはあひゃん、ほれはみひれない」(おばあちゃん、これ噛み切れない)
私が口を開けておまんじゅう(仮)をおばあちゃんに見せると、少し前までにこにこしていたおばあちゃんは顔を真っ青にする。
「アイリス! それはスライムという魔物よ! 早くペッしなさい!」
「はもも?」(まもの?)
「いいから! 早く! 出しなさい!」
私は背中をおばあちゃんにべしべしと叩かれ、口の中からスライムがポンと飛び出てくる。
「あーもう、大丈夫だったかい? アイリス」
「あんまりおいしくなかった……」
「当たり前でしょ! あなたは何でも口に入れるんだから……しばらくはお菓子禁止よ」
「え~~!!」
私が頬を膨らませて抗議してもおばあちゃんは聞く耳を持たない。それよりもおばあちゃんは私に食べられそうになっていたスライムのことを心配している。
「あなたも大丈夫だったかい?」
「……!」
「そうかい、それは良かった。うちの孫が悪いことをしたね……」
おばあちゃんが優しく撫でるとスライムはふるふると体を揺らす。その姿はとても嬉しそうで、それからスライム……スラちゃんはおばあちゃんと一緒に暮らすようになったのだ。
◇
「おい! 起きろって! アイリス!」
「もがもが……」
何故そんな昔の夢を見たのかというと、目が覚めた私の口の中にスラちゃんが入って来ていたのだ。私は慌ててスラちゃんを口から取り出すと、スラちゃんに対して注意する。
「スラちゃん! 勝手に私の口の中に入ってこないで! 危うく食べちゃうところだったでしょ!」
「お前が寝ぼけて俺のことを食べようとしてきたんだ!!! なんで俺が怒られないといけないんだ!」
そう言われるとそうかも知れない。どうやら私のつまみ食いする癖は子供の頃から治ってはいなかったらしい。
それはともかく、スラちゃんのせいで目覚めは最悪だ。時計をチラリと見て早朝であることを確認した私はもう一度眠ることにした。
「もう! スラちゃんのせいでちゃんと眠れなかったでしょ! 私はもう一回寝るからね!」
「怒りたいのは俺の方なんだが……」
そんなやり取りを経て二度寝を敢行した私は日が昇る頃に改めて目を覚ます。今度はスラちゃんも口の中に入って来ていないので、スッキリとした目覚めを迎えることが出来た。
「う~ん! 気持ちいい朝だね、スラちゃん!」
ベッドから飛び降りた私はカーテンを開けると、爽やかな朝の日差しを体いっぱいに浴びる。
「俺は朝から食べられかけて最悪な気分だけどな」
「もう、まだそんなこと言ってるの? いつまでもぐちぐち言うなんて男らしくないよ!」
「それをお前から言われるのは腑に落ちないんだが、まあいい。それより今日はどうするんだ?」
「とりあえず朝ごはんにしよっか!」
私達は一階に降りると、昨日プリムさんに貰った果物とパンを食べることにした。食べながら私はスラちゃんと今後について話し合う。
「まずは何からやればいいのかな?」
「そうだな……最終的には花で農場をいっぱいにしたいが、それは魔法をちゃんと使えるようになってからだな……」
「ええ~~……」
「しょうがないだろ、お前の魔法じゃ農場の片付けできないんだから」
スラちゃんの言うことはもっともなので、私はスラちゃんの話に耳を傾ける。
「まずやらないといけないのは道具の確認だな」
「じょうろとか?」
「まあそうだな。マグノリアの残していった道具があるはずだから、今日はそれが使えるかの確認からしていくか」
「は~い」
魔法が使えればちょちょいのちょいだと思っていた農場再建も、魔法が使えないとなると一気に大変になりそうだ。早いうちに魔法で農場を片付けないと借金を返すなんて夢のまた夢だろう。
軽めの朝食を終えた私達は農場の倉庫へとやって来ていた。そこにはおばあちゃんが現役の時代に使っていた道具や花の種、何に使うのかよく分からない器具などが転がっていた。
「うわ! スラちゃん、これ錆びてるよお……」
「あ~こっちもダメだな。こりゃ道具を揃えるところから始めないとダメだろうな……」
一通り確認して回ったが、道具はほとんどが錆びて使い物にならない状態だった。倉庫にも劣化を抑える魔法がかかっていれば良かったのだが、そう上手くはいかないようだ。
「とりあえず町で道具を買えばいいのかな?」
「今はそうするしかないだろうな。そうと決まれば早速町に行くとするか」
「あ、待ってよ~」
ぴょんぴょんと跳ねながらスラちゃんが倉庫から出て行ってしまったので、私も慌てて後を追う。
町に到着した私達は早速道具屋へと向かうことにした。私がスラちゃん持ち運びスタイルで町に入ると、道行く人は不思議な物を見る目でこちらを見てくる。
そんな目線も特に気にせず、私はスラちゃんに話しかける。
「スラちゃんは道具屋さんの場所知ってるの?」
「ああ、マグノリアに連れられて何回も来たからな。確かこっちだったはず……」
「あ! アイリス! おはよう!」
歩いている私達に向かって声をかけて来たのはライラだ。ニコニコとこちらに向かって来るライラを見て私も挨拶を返す。
「おはよう、ライラ! 昨日はありがとうね!」
「また来てくれってお父さんも言ってたよ。それよりも今日はこんなところで何してるの? 農場の仕事があるんじゃないの?」
「おばあちゃんの使ってた道具が使えなくなってたから、スラちゃんに案内して貰って今から道具屋さんに行くところなんだ」
「そうなんだ! 暇だから私もついて行っていい?」
「もちろん! それじゃあ一緒に行こう!」
「おー!」
そんな会話を交わしてライラを仲間に加えた私達一行は道具屋へと歩き始めた。ライラに案内されて町を歩くと、昔と所々店が変わっていることに気が付く。
「それじゃあ、あのお菓子屋さんなくなっちゃったの?」
「うん。店長さんが引退しちゃったからね。最近は世代交代してる店もちょこちょこあるんだよ」
「そっかあ……あそこのお菓子好きだったんだけどなあ」
おばあちゃんがたまに用意してくれたお菓子のお店が今はもうないことに寂しさを覚えていると、ライラも一瞬寂しそうな顔をする。しかし、ライラは気持ちを切り替えたようですぐに笑顔を浮かべる。
「でも、そこのお孫さんがいま王都の方に修行に行ってるみたいだから、そのうち新しいお菓子屋さんができる予定なの!」
「それなら安心だね! 私も楽しみになってきた!」
新しくできる予定のお菓子屋さんに思いを馳せていると道具屋へと到着した。
「ここが道具屋だよ!」
「花鳥風月?」
そこには道具屋「花鳥風月」という店名が達筆で書かれた看板がかかっており、見た目以上の風格がある。
私が看板に気圧されていると、ライラはそんなことも気にせず扉を開けて店の中へと入っていく。それにつられるようにして、私も慌てて店の中へと入ることにした。
店内には色々な道具が飾られており、剣や盾、鍬に槌、じょうろに鞄など様々な種類の道具がある。私が物珍しさからキョロキョロと店内を見回していると、ライラはカウンターにいる少年へと声をかける。
「こんにちは~!」
「おう! いらっしゃい! 今日は何の用だ?」
「今日は新しいお客さんを連れて来たんだよ、アッシュ!」
「お前の後ろにいる子か?」
「そう! マグノリアさんの農場に新しく引っ越してきた子だよ! マグノリアさんのお孫さんなの!」
私が慌てて店の中に入ると、アッシュと呼ばれた少年がこちらをジロジロと見回してくる。
「こ、こんにちは……」
「ふーん……」
何か変なところがあっただろうか。私は抱えたスラちゃんをギュッと抱きしめる。少しすると満足したのかアッシュは私の顔に視線を合わせた。
「まあいいや、俺はアッシュ。よろしくな」
「アイリスです。よろしくお願いします」
「ライラの友達なんだろ? もっと気楽な感じで良いよ」
「あ、うん。よろしくね、アッシュ」
少し丁寧に話していたが、そこまで気負う必要もなさそうだ。胸を撫でおろしつつ私はアッシュに今日来た目的を伝える。
「今日は道具を買いに来たんだけど置いてるかな?」
「あるにはあるが……アイリスは農場に来たばかりなんだろう? 農業をするのは初めてか?」
「うん、そうだよ。おばあちゃんが残してくれた道具が全部錆びてて使えなくなってたの」
「それなら初心者用が良いと思うけど、あいにく今は品切れなんだ……」
「初心者用?」
道具に初心者や上級者が関係あるのだろうか。私が首を傾げるとアッシュは笑いながら説明をしてくれる。
「ああ。上級者用は特殊な鉱石が必要になるから普通の売り物じゃないんだ」
「そうなの?」
「注文してから作るのが上級者用だな。普段なら初心者用の道具は置いてるんだけど、今は材料がなくて作れてないんだ。もうしばらくすれば材料も手に入るんだけど……どうする?」
そう言ってアッシュは困った顔をする。確かに材料がなければ道具を作ることも売ることもできないだろう。急いだほうがいいのか私だけでは判断に困るので、スラちゃんにも聞いてみることにする。
「スラちゃん、どう思う?」
「早く作るのに越したことはないだろう。まずは道具を揃えないことには始まらないからな」
「うわ! スライムが喋った!」
私がスラちゃんと話しているとアッシュが驚いた声をあげる。そこまで変なことだろうかと私が首を傾げるとライラがクスクスと笑う。
「ごめんね、アイリス。アッシュは町をあまり出ないから話す魔物を見るのが初めてなの」
「へえ~そうなんだ。私はずっとスラちゃんを見てたから普通だと思ってたよ」
別に話す魔物自体は珍しくない。人と一緒に暮らしていると少しずつ話せるようになっていくのだ。スラちゃんもおばあちゃんと暮らし始めて一年くらいすると話せるようになっていた。
王都でも魔物をペットとして連れ歩いている人は結構いるので、この町では私の感覚が少し特殊なのかもしれない。
「それじゃあアッシュ、改めましてスライムのスラちゃんだよ! よろしくね!」
「スラちゃんじゃない、スイレンだ! まあお前もよろしくな」
「よ、よろしく……」
アッシュはまだ少し慣れないようで、スラちゃんをジロジロと見ている。先ほど私が見られたのもきっとスラちゃんがいたからなのだろうと納得する。
「それでどうするんだ? すぐに使いたいなら素材を自分で用意してくれれば、無料で作ってやってもいいぞ」
「本当!? 無料で良いの?」
「ああ、必要なのは草原に生えてる『ファラスの木』だ。必要なら俺がついて行ってもいい」
「ええ……なんか怪しい……」
そこまで至れり尽くせりだと何か裏があるのではないかと疑ってしまう。私がじっとりとした目線をアッシュに向けると、彼はポリポリと頬を掻いて視線を逸らす。
「ああ! やっぱりやましいことがあるから目を逸らしたんだ!」
「違うって! さっきも言ったけど材料が足りてないから取りに行こうと思ってたんだ! それに……」
そこまで言うとアッシュは私の腰の辺りに視線を移す。そこには学校時代から使い続けている私の杖があった。
「アイリスの腰の杖、魔法が使えるんだろ? それなら俺が一人で行くよりも楽だと思ったんだ」
「う……」
「アイリスも無料の方が嬉しいだろ? 俺を助けると思って一緒に行ってくれないか?」
「うう……」
とは言っても私は魔法を使うことをスラちゃんから禁止されている。チラリとスラちゃんの方を見ると、スラちゃんは仕方ないというようにプルプル震える。
「……使っていいのは学校で習った魔法だけだぞ」
「いいの!?」
「まだ農場ではダメだ。草原ならまあ大丈夫だろう」
「ありがとう、スラちゃん!」
スラちゃんからの許可もしっかりもらえたので、私はアッシュのお願いを聞くことにした。
「私に任せて、アッシュ! 木を切るのなんて朝飯前なんだから!」
「ありがとう、アイリス! 助かるよ!」
アッシュのお礼の言葉をうけた私は早速アッシュと一緒に草原へと向かうことにした。ライラとは町の入口で一旦お別れだ。
「気を付けてね、アイリス! アッシュ!」
「行ってきまーす!」
草原に到着するまでは暇なのでアッシュと話をしながらテクテクと歩き始める。アッシュは木を切るための斧を背中に背負っている。
「アッシュは何歳なの? 私は十二歳」
「十三歳だ。アイリスよりも一つ年上だな」
アッシュはそう言いながら鼻で笑う。その態度にカチンと来た私は胸を逸らしてアッシュに言い返す。
「でも私の方がお姉さんっぽいよね? 魔法も使えるし!」
「魔法は関係ないだろ、俺の方がしっかりしてる。道具屋でちゃんと仕事もしてるしな」
まだ農場での仕事が始まっていない私としては、そう言われると返す言葉がない。何だか悔しくなった私は唸りながらアッシュを睨みつける。
「うう~~!!」
「そうやってムキになるところは子供っぽいな、アイリス」
最後はスラちゃんにそう言われてしまったので、私は抱えていたスラちゃんを地面に投げつけるようにして落とすと、前方に向かって走り出す。
「先に木まで到着した方が偉いんだから~~!!」
「あいつは子供か……アッシュ、追いかけるぞ」
「え? ああ!」
そうして二人を置いてしばらく走っていると短い草が辺り一面に広がっている平野へと到着していた。
「ふう、ふう……ここが草原……?」
息を整えながら後ろを振り向くと、随分と遠くの方にアッシュとスラちゃんを置き去りにしてしまったことに気が付いた。少し大人げなかったかもしれない。
「まあ二人には後で謝っておこう」
そんなことを考えながら辺りを見回すと、広々とした草原を優しい風が吹き抜けていく。サワサワという草の揺れる音を聞いて気持ちを落ち着けていると、前方に何か丸い物が見える。
「あれ? 何だろう?」
恐る恐る近づいてみると、その丸い物の正体が分かった。毛玉のような胴体に短い前足、耳が長くてぴょんぴょんと跳ねるそれは魔物だった。しかし、魔物とは言えスライムのように無害な場合もある。
私が慎重に距離をとって魔物の様子を見ていると、魔物は短い前足で顔をクルクルと洗いながら声を出して鳴き始める。
「きゅ~」
「わあ! 何この子、可愛い~!」
ピンクの毛皮から覗くつぶらな瞳が可愛さを倍増させている。私はもっと近くで見ようと思い少しずつ近づいていく。
「きゅきゅ?」
「ほら、こっちおいで~」
私が手を差し出して魔物を呼ぶと、ぴょんぴょんと跳ねながらこちらに魔物が近づいてくる。
「きゅ~!」
そのまま私の差し出した手に魔物が前足を乗せる。そのあまりの可愛さに私が魔物を抱きしめようとすると、後ろの方から声が聞こえて来た。
「……! ……!」
「何だろう、良く聞こえないな……」
「……ぶない! ……ろ!」
「? ほら、怖くないですからね~」
アッシュが何か叫んでいるようだが、遠すぎてよく聞き取れない。私は後ろで叫んでいる声を無視して目の前の魔物を抱きしめた。フワフワとした触り心地で抱きしめていると温かい。スラちゃんとは大違いだ。
「よしよし~」
「きゅ~!」
どうにかしてこの子をうちに連れ帰れないかと考えながら撫でまわしていると、腕に鋭い痛みが走る。
ガブッ
「へ?」
私が恐る恐る魔物の方を見ると、魔物が私の腕に噛みついている。先ほどまで可愛いと思っていたつぶらな瞳はいつの間にか凶悪な鋭い目つきに変わっていた。
「いたたたたた!! いたい! 離して!」
「ぎゅ~!!」
あまりの痛みに腕を振るが魔物は中々離れてくれない。こうなったら魔法を使うしかないと思い無事な手で杖を取ろうとしていると、遠くの方から何かが飛んでくる。
「うおおおお!!」
「ぎゅー!」
スラちゃんは飛んできた勢いのまま魔物を弾き飛ばすと、私と魔物の間に立ち塞がる。
「大丈夫か、アイリス!」
「スラちゃん!」
遠くから飛んできたのはスラちゃんだった。どうやらアッシュに投げてもらってここまで来たようだ。スラちゃんと睨み合った魔物は分が悪いと思ったのかさっさと逃げてしまう。それを追いかける間もなく後ろからアッシュが追い付いて来た。
「おい、大丈夫か!? アイリス!」
「大丈夫じゃないよお……噛まれちゃったよお……」
「あ~あ、言わんこっちゃない。危ないから離れろって言ったのに近付いていくんだもんなあ」
アッシュが傷口を見ながら眉を寄せる。スラちゃんも同様に心配そうな表情でこちらを見つめてくる。
「これに懲りたら一人で行動しないことだな。どれ傷口を見せてみな」
「うう……痛いよお……」
私が泣きそうになりながら歯型のついた傷口を見せると、スラちゃんの体の色が緑色に変わり、口から謎の液体を傷口に向けてぴゅっと吐き出す。
ぴしゃっと傷口に液体がかかったのを見て、私はそれを振り払おうとする。
「うわ、何これスラちゃん……なんかばっちい……」
「いいから黙って見てろ」
スラちゃんに言われた通り謎の液体をかけられた傷口をじっと見つめる。
痛いと思った通り結構深いところまで魔物の歯が刺さっていたようだ。跡が残ったら嫌だなあと思っていると、液体がかかった場所の傷口がみるみるうちに塞がっていく。
そのまましばらく見ていると傷口は完全に塞がり、どこが怪我していたのか分からない程のつるつるお肌になっていた。
「え!? 凄い! スラちゃんこんなこともできたの!?」
「あまり多くは使えないが、薬草の成分を抽出したものを吹きかけたんだ。とりあえずはこれで大丈夫だろう」
「うん! ありがとう、スラちゃん!」
「魔物は攻撃してくる奴もたくさんいるんだ。今後は気を付けるんだな」
「はーい」
私がスラちゃんをぎゅーっと抱きしめていると、アッシュも気を取り直したようで私に話しかけてくる。
「それにしても傷が治って良かったな、アイリス」
「うん! スラちゃんのおかげだよ~」
「おい! こら! やめろ~!」
私がスラちゃんをムニムニといじって遊んでいると、アッシュも笑みをこぼす。
「さっきの魔物はラピっていうんだ。見た目は可愛いんだけど、近づくと噛みつかれるから今後は気を付けてくれ」
「うん。さっきは置いて行ったりしてごめんね、アッシュ」
「本当だよ……俺のせいでアイリスが怪我したってバレたらライラに怒られちまう……」
「ううん! アッシュのせいじゃないよ! 私からもライラには言っておくから大丈夫だよ!」
怪我は治ったが危ない目に遭ったのは事実だ。二人にも迷惑をかけてしまったし、今後は町の近くでも魔物には近づかないように気を付けよう。
そんなことをアッシュと話していると、草原に来た目的を思い出す。
「そう言えば木を切りに来たんだったね。どこにあるの?」
「あそこに生えてる木だよ」
そう言ってアッシュが指を差した先には大きな一本の木が立っていた。確かにこれを切り倒すのは魔法がなければ大変そうだ。
「あれを切り倒せばいいの?」
「出来ればな……無理なら俺がやるからいいぞ」
「いいよ、いいよ! 今日は迷惑もかけちゃったし私がやるから!」
私は目標に向けて杖を構える。農場では何故か魔法が滅茶苦茶になってしまったが、学校ではちゃんとできてたんだからできるはず!
「ええーい!」
私は自分を信じて魔法の杖を横に振り抜く。瞬間、風の刃が杖から飛び出し、スパンと小気味のいい音が響いたと思うと、目の前の大木がメキメキと音を立てて倒れ始めた。
「わあああ! 二人共逃げてええ!」
ズズウンと大木が地面に倒れて辺りが土煙に塗れる。勢い良く倒れて来た木からは何とか逃げることが出来たが、思い切り土煙を吸い込んでしまった。
「ケホッ! ケホッ!」
「大丈夫か、アイリス」
「ケホッ! うん、大丈夫だよ。スラちゃん。アッシュは大丈夫~!?」
近くに見当たらないアッシュに声をかけると遠くの方から「大丈夫だ~」と声が返ってくる。彼もどうやら無事なようで、私はホッと胸を撫でおろす。
もうもうと立ち込める土煙が晴れてくると、アッシュがこちらに向かって走って来るのが見える。
「おーい! 凄いな! これが魔法か!」
「どう? 私だってやればできるんだから!」
私は胸を張ってアッシュに自慢する。今なら農場を綺麗にする魔法も使えそうな気がする。
「ようし! 自信もついたし次は農場だ! 畑を作るよ!」
「……やめといたほうが良いと思うけどな」
「とりあえずこの木を町まで運ばないといけないな……アイリス、これを運べる大きさに切ることはできるか?」
「もちろん! 大魔法使いの私に任せて!」
自信を取り戻した私が大きな木に向かって杖を何度か振るとスパスパと木が切れていく。
「アイリス! もういい! これ以上切ったら小さくなりすぎる!」
何だか包丁で料理しているようで、段々と楽しくなってきた頃にアッシュからもう切らなくていいと止められてしまった。少し残念だが、これ以上は農場に戻ってからにしよう。そう考えなおして私は切った木に向かって杖を振る。
振った杖に追従するように切りそろえられた木材がふわりと浮き上がる。浮かんだ木材をひとまとめにすると、私は杖を構えたままアッシュに声をかける。
「それじゃあ帰ろうか、アッシュ!」
「ああ、うん。魔法って凄いんだな……俺も覚えたくなってきたよ……」
茫然とした様子のアッシュを連れて町に帰ると、道行く人が不思議な物を見るような目で私のことを見てくる。今朝とは違う視線を感じながら道具屋まで戻ると、裏手の工房まで木を浮かべたまま向かう。
そのまま浮かべた木材を工房の隅に並べて置いたら今日の仕事は終わりだ。私は額に浮き出た汗を拭うと、アッシュの方へ向き直る。
「どう? これで道具は作れそう?」
「ああ、十分だ! というかこんなに働いてもらったら、逆にお金を渡さないといけないくらいなんだけど……」
それを聞いても私はいまいちピンと来ない。ただ魔法を使って木を切って運んだだけなのにお金を受け取っても良いのだろうか。
「それは流石に悪いよ! 今日だってラピのことで、アッシュには迷惑かけちゃったし……」
ほとんど苦労はしてない上に迷惑をかけてしまったので、なんだか申し訳ない気持ちがあり、私はアッシュの提案に首を横に振り続けた。
私が報酬を受け取らないと気付いてくれたのか、少し悩んでからアッシュは口を開く。
「それなら道具を作る時に少し融通してやる。それでどうだ?」
「う~ん。それなら良いよ!」
あまり友達との間に貸し借りは作りたくないのだが、それでアッシュの気が済むならそれでもいい。今後も道具はお願いすることになると思うので、悪い提案ではないだろう。
「それじゃあ道具の方よろしくね!」
「おう、任せとけ! しっかりと作ってやるから待ってろ!」
道具作りをアッシュにお願いした私はスラちゃんを連れて農場へと戻っていく。
「これで分かったでしょ、スラちゃん! 私の魔法は凄いんだよ!」
「それはそうかもしれないが農場で使うのはダメだ!」
「ええ~なんでなんで!? ちゃんと使えるって分かったでしょ!?」
「それでも地脈が読めないんだから同じ結果になるに決まってるだろ!」
「スラちゃんは私に魔法を使わせたくないから、適当なこと言ってるんだよ! 一回だけで良いから! 一回やってダメだったらちゃんと勉強するから!」
「本当か? ちゃんと約束できるか?」
「もちろん! 私の宝物、マンドラゴラの球根を賭けても良いよ!」
そんなことを話しながら私達は農場へと戻って来た。最終的に私がマンドラゴラの球根を賭けることで、一度だけ農場に魔法を使う挑戦権を得ることが出来た。
「それじゃあ今から魔法を使うからね! 驚いたって知らないんだから!」
「ああ、どうぞ。好きにやってくれ……」
スラちゃんは半ば投げやりになっているが、今の私はやる気に満ちている。さっきだって成功したし、きっと今度も成功するはずだ。私は農場が綺麗になるよう願いを込めて杖を振る。
「いっけ~~!!」
キラキラッ☆(魔法の杖が光る音)
モリモリモリモリ!(木が急成長する音)
バキバキバキ!(急な突風により柵が壊れる音)
ドガンドガンドガン!(どこからともなく飛んできた岩が農場に突き刺さる音)
コォーン☆(飛んできた小さな石ころがアイリスの頭に直撃した音)
「びえええええ! どぼじてこうなるのおおお!!!!」
「あーあ、やっぱりこうなった……だからやめとけって言ったのに……」
またしても滅茶苦茶になってしまった農場を見て私は涙を流す。大人しくスラちゃんの言うことを聞いておけば良かったと後悔するももう遅い。
スラちゃんは柔らかい体をぷるぷると震わせながら、私に向かって無慈悲な通告をしてくる。
「賭けは俺の勝ちだ。悪いがお前のマンドラゴラの球根は貰っていくからな」
「待って! 勉強はちゃんとするからそれだけは勘弁して~~~!!」
私の泣き声が響く中、滅茶苦茶になった農場を前にしておばあちゃんとの約束を果たすためにも、もっと勉強をしようと誓った春の日だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
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