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008 破った約束の代償

 ◇ ◆ ◇


 あれから数日が経過していた。


 あの日から、エリカは元気がない。

 予知能力も使っていなければ、ボランティア活動と称した人助けもしていない。


 そしてもうひとつ。最近、気になっていたことがあった。

 それはエリカと行動を共にするようになってからというもの、モンスターと遭遇した記憶がないことだ。

 エリカの中に入ってから、もうずいぶん経つにも拘らずだ。


((そういえば……おれは魔王を倒せたのだろうか? それにエリカ。どう見ても魔王の生まれ変わりとしか思えないのだが。おれは魔王と融合して生まれ変わってしまったのか? しかし、それにしては────))


 モンスターと遭遇しなくなったこと以外、ここはおれの知っている世界と変わらない。言葉も世界観も同じなのである。

 だから、よく聞くような異世界に転生してしまったとは思えないのだ。



「(おれが魔王を倒したことで、モンスターが世界から消えたのか?)」


 

 おれがお得意の考え事をしているなか、エリカは着替えを終えて母のもとへ向かう。


 この日、エリカは友達であるマーガレットと遊ぶ約束をしていた。

 きっとマーガレットも、どこか陰りができてしまったエリカのことを心配に思うに違いない。



 エリカは、母親にマーガレットのところに行くことを告げる。

「ちょっとマーガレットと遊んでくるね……」

「エリカ……」


 元気がなくなってしまったエリカに、どう言葉をかければいいのかわからなくなってしまった母は、結局ありきたりな言葉しかかけられなかった。

「……いってらっしゃい。気をつけるのよ」

「うん……」


 トボトボと玄関を出ていく我が子の背中を、心配そうに見つめながら送り出す母。

 だがエリカには、そんな母の気持ちに気づく余裕などない。


 ゆっくりと、静かに玄関の扉が閉まる。



 そして玄関を出てまもなく、エリカは青ざめた顔をして立ち止まった。


「……こ、これって…………」

 エリカは目を見開いて、ゴクリと唾を飲んだ。


 おれは思わずエリカに語りかける。

「(どうした、エリカ⁉)」


 直後、エリカの口から衝撃的な言葉が飛びだした。

「集中してないのに感じた……。ここの近くで……人が…………死ぬ……!」

「(な、なんだと……⁉)」


 おれが初めて知った事実──。

 まずエリカは集中することで予知を可能にしていたらしいこと。そして、もしかしたら近い場所で誰かが死ぬ場合、彼女は無意識にそれを感知してしまう可能性があること。


 震えるエリカ。

 独り言のようにつぶやく。

「ど、どうしよう……?」


 おれは聞こえないことがわかっていて、それでもエリカに呼びかける。

「(無視しろ! 今のおまえは精神が不安定すぎる! 人のことなど考えている場合じゃないだろ!)」


 だがエリカは、何かを決心したかのように目を閉じる。

 そして精神を集中し始めた。


「(……エリカ)」


 おれは自分の無力さを痛感しながら、エリカを見守っている。

 しばらくしてエリカは目を開けると、右前方にある大きな橋のほうへ全力で走っていった。


 おれはエリカの視界に映る景色の中から、死の対象を探す。


「(あれは……)」


 橋のまんなかあたり。

 ふざけ合っている少年たちが数人。

 

「(あの中の誰かが……?)」


 エリカはそのまま少年グループのもとまで駆け寄ると、大勢に囲まれていたひとりの手をとって、そのまま無言で橋から連れ出した。


「……っ!? え……えっ……? な、なに……?」


 エリカに手を引かれながら、困惑する少年。

 大人しそうな容姿をしている。

 服は汚れていて、いたるところに足跡がついていた。


((イジメか?))


 おれがエリカの中で状況を推理していると、ほかの少年たちもエリカを追って橋からついてきた。人数は6人。


 リーダー格らしき少年がエリカに向かって怒鳴った。

「おい……! なんだよ……てめぇ⁉」

 

 エリカは少したじろいだ。

 だがすぐに持ちなおして、勇敢にも声を荒げて少年たちに歯向かう。

「イジメっ……よくないよ!」


 だが、そんな言葉がいじめっ子どもに届くわけがない。

 エリカをあざ笑うかのように、からかい始める少年たち。


「『イジメっ……よくないよ!』……だってよぉ! ぎゃはははっ!」

「こわーい!」

「ひゃはははっ!」


 するとイジメっ子たちは対象を変えたのか、エリカの周囲をぐるりと取り囲んだ。


「……え?」

 おびえた顔に変わるエリカ。


 イジメっ子たちは、6人で一斉にエリカを攻撃し始めた。

 殴る蹴るの暴行。完全に卑劣極まりない行為である。

 頭を抱えて、亀のように丸くなり、少年たちの攻撃を凌ぐエリカ。


「痛い……痛いっ……!」


 エリカの目から涙がこぼれている。

 先ほどまでイジメられていた少年は、暴行現場のすぐ外で震えていたが、しばらくすると後退りして、そのまま走って逃げてしまった。


 それを見て、おれは思わず叫ぶ。

「(あの野郎……! 逃げやがった⁉)」

 そして続けざまに、エリカに諭すように語りかけた。

「(そら見ろよ……! ああいうヤツは、どうせ助けたって恩を仇で返してくるんだよ……! それでも、おまえは助けるのかよ……⁉)」


 おれの声はエリカに届かない。

 ただ、ひとり暴行に耐え、助けを求めるエリカ。


「いっ……痛い⁉ 誰か……誰かっ……!」


 だが、この周辺には人があまり歩いていなかった。

 たまに通りかかる人がいても、気づかずに通りすぎてしまう。


「てめぇのせいでアイツを逃がしちまったんだから、てめぇが代わりになるのは当然だよなぁ……⁉」

 そう言って少年たちの攻撃はエスカレートしていく。


 その時──


「何をしている君たち!」

 偶然とおりかかった、ひとりの警察官が叫んだ。



「やべぇ⁉ サツだ!」

「逃げろ!」


 少年たちは、一斉にその場から全速力で去っていった。


 警察官がエリカに声をかける。

「大丈夫かね……君?」

「うっ……うぅ……」

 身体を震わせながら、よつんばいで地面を見つめるエリカの目には、大粒の涙が溢れかえっていた。


 ◇ ◆ ◇


 パァン!


 痛々しい音が響きわたる。

 エリカが母親に頬を叩かれた音だ。


「いったいどうしちゃったの……エリカ⁉ あなた……マーガレットちゃんと遊びに行ったんじゃないの……⁉」


 母の質問に答えられないエリカ。

 無言でうつむき、ただ叱られている。


 結局、逃げた少年たちは警察に特定されたのだが、その事情聴取によって『最初にエリカが少年たちに手を出した』ということになってしまったのだ。

 助けたはずの少年は報復を恐れて雲隠れしてしまい、ほかに証言者はいない。

 6人のイジメっ子は口をそろえて『エリカが襲ってきたから、正当防衛で返り討ちにした』と証言したのだ。


 おれはエリカの中でつぶやく。

「(だから、言わんこっちゃない。ろくでもないヤツなんて助けるだけ無駄なんだよ……)」


 おれにとってはイジメていた6人も全員生きてる価値のないゴミだが、イジメられていたヤツも助けてもらっておきながらエリカを見捨てるようなカスでしかない。7人とも存在価値のない悪だ。悪はこの世に必要ない。それがおれの考え。


((どうしてエリカには、それがわからないのか))

 おれは心の中でつぶやく。

((もうエリカは子供じゃないんだ。3年前ならともかく、そろそろ善悪の判断くらい見極められるようにならなければ、傷つくのは自分だぞ……))


 見た目から考えれば、エリカは11歳か12歳くらいだろう。

 環境によっては悪の心に支配されやすいナイーブな年頃だ。


 おれが考え事をしているあいだに母親の説教は終わっていた。

 続けてマーガレットに謝罪の電話をするように母親から促されるエリカ。


 すでに時刻は夜の6時を回っており、マーガレットとの約束の時間はとっくに過ぎてしまっているのだ。


 エリカは母親の前でマーガレットに電話をかけた。

 だが、いくら鳴らしてもマーガレットが電話に出ることはなかった。


「どうしたの、エリカ?」

「……マーガレットが…………電話に出ない」


 すると母親は小さくため息をついてから、やさしくエリカに語りかける。

「きっとエリカが約束を破って、ほったらかしにしたから怒っちゃったのよ。また後日、謝りなさい。……ね?」

「わたしのせいじゃないもの……」

「エリカ!」

「……ご、ごめんなさい」


 トボトボと部屋に戻っていくエリカ。



 そして、翌日の朝────









 エリカは母親から、マーガレットが亡くなったという知らせを聞いた。

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