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007 心の内側にあるもの

 ◇ ◆ ◇


 あれから数日。

 ある日目覚めたら、おれは現実の世界へと戻ってきていた。

 現実の世界と言っても、エリカの中だが──。


 あれはエリカの中にある記憶をおれが体験しただけなのか、それとも本当に時間を超越して過去のエリカに憑依したのかは不明だ。

 しかしおれがエリカの過去を体験してきたことだけは間違いない。



「(エリカ……。あんなことがあったとは…………)」


 あれは、おそらくエリカの過去の記憶。なぜなら彼女が今よりも幼かったように感じたからだ。


 相変わらずおれはエリカの中で身動きできないでいる。

 そして今エリカは布団の中でぐっすり眠っている。

 だからおれは天井を眺めながらお得意の考え事をしているのだ。


 それにしても──


((エリカがあのバスツアーを中止させた理由が、もし事故を阻止することだったとして……翌日に工場の爆発事故によって23人が死亡するっていうのは──))


 おれは右手を口もとに当てているつもりになって考え込む。


 自力で動けないためエリカ頼みだったが、過去を体験しているあいだに、うまいこと知ることができたことがある。

 それは、あのあとバスツアーに参加していた客は全部で21人で、運転手とバスガイドがひとりずつ。合わせて全部で23人だったということだ。


「(これは…………偶然なのか?)」


 先日エリカが例のメモによって阻止したかもしれないスミス一家惨殺事件。

 実際には起こっていないため、その真偽は定かではない。

 だが翌日、まったく関係ない宿が大火事に見舞われて、10人が死亡した。


 おそらく──

 エリカの予知が間違いなければ、スミス一家に強盗が入った場合、その一家全員が惨殺されることになっていたはずだ。スミス家は10人家族。



 これでエリカが、宿の大火を知って不安を感じた理由がわかった。

 しかも母親の友達が犠牲になっているのだ。他人事でもない。


 エリカは宿の大火が発覚したとき「やっぱり、わたしのせい」と言っていた。

 少なくともエリカは、あの5年前の事件によって、何かを感づいていたのかもしれない。同時に都合が悪いことを、考えないようにしていた可能性もある。


 逆に言えば、今回のうろたえっぷりから考えても、この3年間エリカは似たような例を体験していないはずだ。

 わざと大事故の予言だけ関わらずに避けてきたのか、偶然そういった大事故を予知することなく3年過ごしてきたのか、それとも阻止した結果なにが起こるわけでもなかったのか。


 どちらにしても、エリカが予言によってあのワンピースの女性を助けたことは事実である可能性が高い。

 ただエリカが助けなかった場合、あの女性は死亡していたのか、それとも死亡するほどの事故ではなかったのか。それも不明である。


 つまり──

 実際に起こらなかったことを証明することはできないということだ。


 おれの中で、ひとつの考えが浮上する。

「(もしかして……エリカの予知は『死』だけを感知するのか?)」



 そしてあのバスの一件から数日。少なくともエリカは、大勢が死ぬような事故にはあまり干渉していなかった。

 だがそれは、単純におれがいた数日のあいだに、そういう事故が起こる予定がなかっただけかもしれない。

 おれは数日後に現実に戻ってきてしまったため、あれから今にいたるまでのあいだ、エリカがどういう行動をとっていたのかはわからないのだ。


 ただひとつ──

 確かなのは、先日の火事による大事故の話を聞いて以降、エリカは予知の力をまったく使おうとしなくなってしまったことだ。


「(あの火事によって、人の死を無理やり回避することが、怖くなったのだろうか?)」


 仮に死を回避することで発生する因果のようなルールが存在するのだとしても、まだおれはそれをハッキリと認めたわけじゃない。エリカにもわかっていないのだろう。

 だから予言によって死を回避するという行為が許されるべきなのかどうか、まだおれの中で答えは出ていない。


((きっとエリカも、どうしていいのか分からずに迷っているのかもしれないな……))



 もうひとつ、おれの中で変化があったこと。

 それはエリカの記憶の中で、彼女の過去の行動を数日間体験したことがキッカケだった。


 エリカといっしょに行動してわかったのは、彼女は予知によって誰かの死を回避しようとしているほかにも、能力を必要としない一般的なボランティア活動のようなこともしていたことだ。

 たとえば積極的にゴミ拾いをしてみたり、たまたま困っている人を見かけたときに助けてみたり。


 エリカは人の救済において、何も見返りを求めていなかった。

 それこそ感謝すらもだ。


 それに比べて、おれは────


 いかに自分が意地汚い人間だったのかを思い知った。

 正義のためだとか、人助けだとか、口では綺麗ごとを言っておきながら、おれは自分に都合のいい解釈しかできていなかった。

 結局は自分のことしか考えていないのが、このおれだったのだ。


 おれが人を助けるときは、かならず自分がどれだけ利益を得られるかを常に考えていた。何の謝礼も出せない者は、うまく理由をつけて見捨てたこともあった。

 エリカを見ていて、いかにおれが自分中心の傲慢な考え方をしていたのかに気づいたのだ。


 ただ──

 正義と悪の価値観については、正直エリカが何を考えているのか、まだおれは理解できない。


 エリカは悪に手を染めた者にすら手を差し伸べていたが、おれはそれを認めることができないのだ。

 悪人は、どこまでいっても悪人でしかない。

 おれはそう思っている。



 いろいろなことに思考を巡らせていると、エリカが起床して食事に向かった。

 やはりエリカに元気はない。

 母親もエリカを心配そうに見ていたが、どう声をかけていいのかわからなかったように思う。


 エリカは朝食を終えると、遊びに行ってくると母に言って家を出た。


 やはり今日も予知は使わないようだ。

 立ち止まることもなく、どこかを目指してひたすら歩いている。


「(……もう知らない人間の死を回避してやることは諦めたのか?)」


 どちらにしろ、おれには見守ることしかできない。

 今のおれはエリカに従うしかないのだ。


 自分で行き先さえ選べないおれは、エリカがどこに向かっているのか眺めているだけだ。



 しばらく歩いたのちに、エリカがたどり着いたのは一面に広がる草原の中心────。

 

「(この場所……なんか知っているような……。気のせいか?)」



 エリカは草原のまんなかに、ひとりぽつんと座って物思いに耽っていた。少しぼーっとしてから、力のない声で独り言を口にする。 


「……わたしがしてきたことって、何だったんだろう?」


 それから誰もいない空を見つめて、エリカはひとり寂しそうに独り言をつぶやき始めた。


「わたしは誰かの命を救ってるって思っていた。でも……もしかしたら、わたしが誰かの命を救ったせいで、ほかの誰かが死んでいたのかもしれない……」


 エリカの言葉を聞いたおれも、彼女の中で言葉をつぶやく真似事をした。

「(やっぱり、おまえも何となくそう思っていたんだな……)」


 エリカは不安そうな顔で続きを口にした。

「気のせいかもしれないけど……もう…………能力、使うのやめようかな……」



 エリカの口から『能力』という言葉が出たことで、おれは自分の推測が正しかったのだと確信した。


 エリカには────

 間違いなく予知能力がある。



 そして誰かの死を回避することで発生する因果。

 確証はないが、エリカが引き起こした2つの大きな事例の結果からしても、その可能性は考慮しなければならない。


 エリカも工場の爆発事故の件によって、いやでもそれを意識せざるを得なくなったから、今ここで能力のことを口にしたのだろう。



 さらにエリカが言葉を続ける。

「わたしが強盗殺人を止めようとさえしなければ、おかあさんの友達は死ななかったかもしれない……」


 身近な人間の死が関与したことで、突然怖くなったのか、青ざめた顔になって震えだすエリカ。


「やっぱり……もう、能力使うのやめよう…………」

 弱々しい声でそう言ってから、ゆっくりと立ち上がるエリカ。


 気づけば、あたりは夕日で赤く染まっていた。

 もうじき陽が落ちて真っ暗になるだろう。



 おれはエリカを励ますように、聞こえない声で彼女に語りかけた。

「(大丈夫だ、エリカ。おまえのおかげで、おれも気づけたことがある。おまえのやってきたことは無駄じゃない。たとえ、これからおまえが他人の死を回避することがなくなっても、きっとおまえの正しい心は、この先も誰かを救い続けるから──)」


 おれの言葉はエリカには届かない。

 だがそれでも、おれは言いたかったのだ。


 エリカは右腕で涙を拭うような仕草をしてから、夕日が照らす道をひとりトボトボと歩いて、母の待つ家に帰っていった。

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