005 予知能力
その後──
エリカは母親に話していた友達とやらに会っていた。
「ごめーん、マーガレットー! 待ったー⁉」
「もぉー! エリカ遅刻ー!」
「えへへ。ごめんごめん」
「ごめんじゃないよぉ。いつもエリカはそうなんだからー!」
「ほんとにごめーん! ちょっと外せない用事が出来ちゃったの!」
マーガレット。
これがエリカの友達か。
だが──
彼女がエリカの友達なのだとすれば、さっき警察のところに置いてきたメモに書いた〝友達〟っていうのは、いったい誰のことなのか。
メモには『彼』と書いてあったが、マーガレットは女性だ。
単純に、おれの知らないエリカの友達がいっぱいいて、そのひとりというだけのことかもしれないが──。
おれがひとり考え事をしていることなどお構いなしに、エリカは勝手気ままにマーガレットといろいろなお店をまわって歩いている。
洋服を眺めたり、本を見てまわったり、アイスを食べたり。
「(こうしていると、普通の女の子にしか思えないんだがな……)」
メモに書かれていたエリカの友達というのも気になるが、それ以上に先ほどの黄色いワンピースの女性──
彼女との一連のやりとりのあと、エリカが見せた笑顔と言葉のほうがおれは気になっていた。
「(『事故に遭わなくてよかったね』って……たしかに、そう言ったよな)」
あの言葉──
どう考えてもおかしい。
あれは間違いなく、あの黄色いワンピースの女性に向けられた言葉だった。
だがあの女性は事故になど遭っていないのだから、わざわざそれを言う必要などないはずだろう。
そもそも何も起こってないときに『事故に遭わなくてよかったね』などという言葉が出てくること自体が不自然なのだ。
ただひとつ、気になっていることはある。
あの時でっかいトラクターが一台、近くを横切っていった。
やや暴走気味の危険な運転だ。
突然エリカが女性への絡みを辞めたのも、あのトラクターが通り過ぎたタイミングだった。
あれは最初から知っていたからこその行動だったと考えればさまざまなことに説明がつく。
もし──
あのままエリカが、あの女性を足止めしてなかったらどうなっていたのか。
おれはマーガレットと楽しむエリカの中で、ひとり物思いに耽っていた。
さらに、まえのタイミングまで思考を戻す。
たしか──
エリカは家を出てすぐ、不自然に立ち止まって目を閉じていた。
そして目を開けた直後に、わけのわからないことを口走り始めたのだ。
もしエリカに、おれが思っているような能力があるのだとすれば、あのタイミングで何らかの予知をしていた可能性がある。
それに、あの意味不明だったメモ。
もしエリカに予知能力があるのなら、あのメモを警察に置いてきた理由も説明がつく。まだ起こっていない、誰も知らない犯行の回避。
そうだ──
エリカには、きっと予知能力があるのだ。
「(……すごいぞ! まえもって犯罪などの発生が予知できるなら、被害が発生するまえに悪人を裁くことができるじゃないか……!)」
おれは興奮しすぎて、不細工な笑みを浮かべながら続きを口にした。
「(エリカは……! おれ以上の勇者になれる素質があるぞ……!)」
だがおれの言葉がエリカに届かないのが非常に口惜しい。
もしおれがエリカと意思疎通を図れたら、彼女を正しい道へと導いて完璧な勇者へと育ててやることができるのに──。
まだエリカは若い。
今はまだ正義のために動いているようだが、いずれ道を踏み外すことがないように、おれのような有能な指導者が導いてやらなければならないのだ。
なにが正義で、なにが悪なのか。
まずはエリカに、それを徹底的に教え込む。
わずかでも悪に手を染めてしまえば、もはやその時点で生きる価値がないゴミに成り下がるのだということも、教えてやらなければならない。
そうしなければ助けてやる必要のないゴミまで助けてしまう可能性があるからな。
そして──
この世から悪を根絶やしにするべく、このおれの力となって、共に戦ってくれるように成長すれば完璧だ。
エリカをおれの仲間にして、モンスターという悪を皆殺しにする手伝いもさせるのだ。そうすれば人々から感謝もされるし、うまくいけば豪華な報酬も要求できる。
エリカの予知があれば、被害が発生するまえに先回りできるのは大きい。
もちろん人が襲われるまえに、モンスターを殺してしまったら意味がない。それでは助けてやったことがわからなくなってしまうからな。
あくまで最初はモンスターに襲わせて、殺されるまえに救いだすのだ。
死んでは元も子もないが、ギリギリで助けることを心がければ、よりこのおれに恩を感じるようになるわけだ。
モンスターから人々を救う──
人助けの好きなエリカにとっては、願ってもないことだろう。
その見返りに、莫大な金品も要求できる。
おれたちのような崇高で正しい心の持主こそ、誰よりも富を手にするべきなのだ。正しいことをしているのだから当然の権利だと言っていい。
「(ふふ……。エリカを手に入れれば、おれの人生はバラ色だ。何とかしてエリカとコンタクトをとれる方法はないだろうか?)」
エリカがマーガレットと遊んでいるあいだ、おれはエリカをどうやって教育するかで頭がいっぱいになっていた。
「(……と、そのまえに。ここがどこなのかもわからないし、そもそも今おれはエリカの中にいるのだということを忘れていた。まずは元の身体に戻る方法を探さねば──)」
そんなことばかり考えているうちに、空は暗くなっていた。
エリカがマーガレットにお別れの挨拶をしている。
「それじゃあね、マーガレット!」
「うん! エリカも気をつけて帰ってね!」
エリカはマーガレットと別れると、そのまま何事もなく母の待つ家へと帰っていった。
「ただいまー!」
「おかえり、エリカ」
家に到着したエリカは、さっそく夕食の並ぶテーブルへと足を運んだ。
「(おおっ……⁉ 朝食のときとはまた違った、おいしそうな匂い……!)」
トマトで煮込んだ大きなロールキャベツ、それから朝食の時よりも豪華な緑黄色野菜のサラダ、そして白米のほか、冷奴、漬物、コンソメスープなどのちょっとしたものが数品、それぞれに適したサイズのお皿に盛りつけられ、テーブルの上を彩っていた。
「(エリカ! 早く食べよう……!)」
おれは聞こえてもいないエリカに言葉をかけて急かした。
エリカと母は朝食時と同じ位置の席について、食事に手をつける。
「おいしい!」
「ふふ。よかった」
そして、今日のボランティア活動の報告をするエリカ。
「今日はね。迷子になって困っていた女の人がいたから、道を教えてあげたの!」
「そう。偉いわね、エリカは」
母親は何も疑っておらず、エリカの話を楽しそうに聞いている。
だが──
「(この娘……嘘をついた? 迷子になっていた女性になんて遭遇してないだろ? 遭遇したのは何も困っていなかった黄色いワンピースの女性だけだ)」
この時、おれは初めてエリカに警戒心を示した。
しばらくして食事を終えたエリカは、あとかたづけをしてからお風呂に入る。
一瞬おれは鏡に映ったエリカの裸体を見て、思わず反射的に目を逸らそうとしたが、よく考えたらおれはロリコンじゃない。まだ幼い彼女に興奮することもないので、すぐに気を取りなおして、エリカが嘘をついた理由について考察し始めた。
「(まあ……予知のことを母親にバラしてないのなら、事故にも遭っていない女性を助けたなんて言うのも変だろうしな……)」
そして気づいたときには、エリカはお風呂から出てパジャマに着替えていた。
そのまま歯磨きを済ませて、母親におやすみの挨拶をする。
「おやすみなさい!」
「おやすみ、エリカ」
そしてエリカは、そのまま自分の部屋へと向かっていった。
「(……あのメモの話はしないのか? まあ予知のことを母親が知らないのであれば、さすがに事件になりかねないアレのことを話すのは難しいか)」
それに、あのメモに書かれていた犯行時刻は今日の23時36分。
まだ時間になってないから、仮にエリカの予知が的中するのだとしても、今はまだ厳密には確定していない犯罪である。
「(単純に確定した手柄だけ報告しているって可能性もあるか)」
そう考えれば、筋は通っている。
あくまでエリカは『人を助けた』という事実に誇りを持っているのだとすれば、まだ起こっていない不明確な予知による行動に対して、無責任に報告できないということもあるのかもしれないな。
たとえば、あのメモを見た警察官がいたずらだと思い込んで現場に向かわなかった場合、誰も犯行を止めてくれる人間はいなくなる。それは『誰も助けてない』も同然だ。ただメモを残しただけでしかない。
きっとエリカは、人をひとり救ったら1回分の嘘の報告、ふたり救ったら2回分の嘘の報告をしているのだ。
「(ふっ。嘘はよくないが、正義感も、責任感もある。いい子じゃないか)」
ただひとつ。おれの中ですっきりしないことがある。
それはエリカの母親が、おそらく彼女の予知能力を知らないことだ。
そして間違いなく母親は、エリカが嘘をついているとは思っていない。
母親に嘘をついてまで、能力を隠して人助けしている理由──
((……ただ、知られたくないだけか?))
これ以上考えたところで、他人のおれにわかるわけがない。
おれが妄想から現実に戻ると、すでにエリカは布団の中でぐっすり眠りについていた。