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002 悪には断罪を

 そのピンク色の身体をした小さなモンスターは、目に大粒の涙を浮かべながらおれのことを睨んでいる。

 頭には1本の角を有しており、まるで小鬼のような姿をしているが、体格は人間でいうところの幼児に近い。


「ガ……ガーベラ様が、おまえら人間にいったい何をしたっていうんだよ……⁉」


 おれは足もとにいる小さなモンスターを見下ろしながら、吐き捨てるように言った。


「この城にいたモンスターは、すべて皆殺しにしたと思っていたんだがな…………」

「クフェア……! で、出てきちゃ……ダメって、言って……お、いた……でしょう……! に、逃げなさい…………」


 この小鬼のようなモンスターの名は、クフェアというらしい。

 おれは足にしがみついたクフェアを、壁に向かって思いっきり蹴り飛ばした。


 クフェアの身体が壁面へと激突する。

「うぎゃ⁉」

 強く身体を打った衝撃で意識を失い、その場でぐったりするクフェア。


「ク……クフェア……!」

小者こものの分際で邪魔をするからだ。そんなに死にたいのなら魔王より先に殺してやる……!」


 クフェアのもとへ向かおうとするおれの足を、ガーベラが震える手でつかみ阻止する。


「お、おまえは……そんなこと、して……ゆ、勇者とし……て、恥ずか……しく、ない……のか⁉」

「……恥ずかしい? 悪であるきさまと、その手下のガキを始末することがか?」


 おれは足を振ってガーベラの腕を引き剥がし、その足でガーベラの手を思いっきり踏みつけた。


「あぁあああああああああっ……⁉」

「待ってろ。きさまを殺すのは、あのガキを八つ裂きにしてからだ」

「そ、そん、な……⁉ お、お願い、だ……! ま、待って……く、れ……! わ、わたしはどうなってもいいから……クフェア……だけ、は……見逃し、て……!」 


 おれはガーベラの手を踏む足を回転させながら、さらに強く踏み込む。


「うぁあああっ……⁉ あぁあああああっ……!」

「悪ごときが生意気に被害者ぶって、同情を誘うようなことを口にするな! きさまらには生きる権利など、すでにないのだと理解しろ!」

「お、おまえ……の、目的は……わ、わた……し、の討……伐だろ、う……⁉ わたしを……殺せば、それ……で、済むはず、じゃ……ないのか!」


 おれはガーベラの手から足を退けると、今度はその手のひらの中心めがけてイフェイオンを思いっきり突き刺した。


「ぐがぁああああああああああっ……⁉」

「死ねばすべて清算できると思うなよ……? きさまのような、ろくでなしの命がそんなに重いわけないだろう」

「な……なに、をっ…………⁉」

「いいか? 人間であっても同じだ。人殺しはおろか、窃盗も! 詐欺も! 一度でも他人に危害を加えるような真似をした時点で、そいつはすでに悪だ。悪は存在する価値などない!」

「お、おまえは……その者たち、を……悪と、決めつ……け、て……いったい何が、したい……のだ?」

「悪と決めつけてるんじゃなくて、もうその時点ですでに道を踏み外した『悪』そのものなんだよ! きさまらも同様だ。ただ単に善か悪か──というだけの話。おれは正義。だから悪の存在など認めるに値しない。シンプルだろ?」


 おれはイフェイオンを引き抜き、もう一度ガーベラの手のひらに突き刺した。


「うぁあああっ……あぁあ……ああぁあああああっ……!」

「あまりでかい声を出すなよ。うるさいだろ?」


 すでにガーベラが横たわっている床は、彼女の鮮血で真っ赤に染まり、周囲にはガーベラの悲鳴と吐息だけが響きわたっている。

 しばらくして呼吸が整ったガーベラが、先ほどの続きを口にした。


「そ、その者たち……が、仮に……ざ、懺悔をし……わ、詫びを……入れ、代償を……支払うと、言っても……ゆ、許さぬと……いうの、か……お、おまえは……? 人間なの、に……」

「当然だ。窃盗? 詐欺? そんなことに手を染めた時点で、そいつはもう人間じゃない! 人殺しなど以ての外だ! チャンス? 与えてやるわけないだろう! そんなゴミのような輩どもに救いを与える必要などない!」


 ガーベラの目に涙が浮かんだ。

 悲しそうな、それでいて悔しそうな表情をしている。


「は……話を…………理由を……! き、聞いて……やろうと、は……思わ、ない……のか? お、おまえ……は、勇者じゃ……ないの、か……?」

「……勇者だからだ。一度でも悪に手を染めた人間の話など、聞く価値もない。理由など、たかが知れている。なぜならば悪は、どこまでいっても悪だからだ!」


 するとガーベラは力のない笑顔を浮かべて、おれに言った。


「お、おまえは……何も、わかって……ないのだな……。ご、誤算……だった、よ……」

「おれが何もわかってない? 誤算? 何を言ってるんだ、きさまは」

「ま、まさか……今回の、勇者が……おま、えのよう……な、者……だったとは、な……」

「おれの強さが、そんなに予想外だったか? これまでの勇者は、よほど弱かったんだな」


 すると次の瞬間、背後から叫び声が聞こえてきた。

 クフェアが破損した壁の残骸を手に、おれに突進してきたのだ。


「うわぁあああああああっ!」

「な……なにぃ……⁉」


 クフェアが持っていた壁の破片が、おれの足に突き刺さる。


「ぐあぁあああっ!」


 そのまま勢いで仰向けに転倒するクフェア。

 おれは痛みに耐え、クフェアのもとへと歩み寄る。


「このガキめ……! よくもこのおれの身体に、いらん傷を負わせてくれたな!」

「ひいっ……⁉」


 クフェアの顔が恐怖で歪む。

 おれは容赦なく、イフェイオンでクフェアの角を斬り落とした。

 切断されたクフェアの角の先端部は、弧を描いて王座の後方まで飛んでいった。


「あぁああっ……! うあぁあああああああんっ……!」

「ふはは! ざまぁないな──小僧!」


 あざ笑うおれの足もとで、頭を押さえながら床を転げまわり、泣きわめくクフェア。

 引きずるように少しだけ身を起こしてガーベラが叫ぶ。


「ク、クフェア……クフェア!」


 するとガーベラはおれを睨みつけ、その行為を非難してきた。


「な……なんて、ことを……するの、だ……! あ、あの角……が、クフェア、にとっ……て、ど……どれほ、ど大事な……もの、か……わかって──」

「そんなもの知る必要などない! ほかのやつらは騙せても、おれは騙せんぞ。いくら幼い子供の姿かたちをしていようと、そのガキが魔物であることに変わりはない! 魔物は悪! そして……それはきさまも同様だぞ──ガーベラ!」


 おれはガーベラの言葉をさえぎって、吐き捨てるように話を続ける。


「いくらきさまが綺麗ごとを並べようが、所詮は魔物! きさまらなど世界にとって必要のない存在なのだと、いい加減に気づけ! 都合のいいときだけ被害者面ひがいしゃづらして、同情を引こうとするな! きさまも! そのガキも! ──悪っ! それがすべて! ゴミの言い訳など聞くだけ時間の無駄だと何度も言わせるな!」


 すると今度はクフェアが、おれに盾突たてついてきた。


「なにが勇者だよ……! なにが正義だ! ガーベラ様のこと……なにも知らないくせにっ……! お、おまえなんか……おまえなんかっ……! 地獄に落ちちゃえよっ……!」

「ふぅ……。揃いもそろって世の中に迷惑でしかない害虫どもが……! この神聖なるおれに向かって地獄に落ちろとは……」


 おれはイフェイオンを高く振り上げてから、クフェアに向かって言い放った。


「まずは……このおれの聖剣によって魔王の息の根が止まるところを、そこで指をくわえて見ていろ……邪悪なガキめ!」

「え……!? や、やめてっ……! もうこれ以上、ガーベラ様に……痛いことしないでっ……!」


 クフェアは涙を流しながら、おれに懇願してくる。

 もうガーベラの意識も、ほとんどない。


「何度も言わせるな……! きさまらごときに意見する権利など、あるわけないだろう! ふははは! 死ねぇ……魔王! 世界の平和のために!」

「うわぁあああああん! ガーベラ様ぁああああああああっ!」



 そして────

 おれの聖剣イフェイオンが、ガーベラの心臓に突き刺さったその瞬間、おれの視界は光に包まれて真っ白になった。

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