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014 魔王の最後

 ◇ ◆ ◇


 気づいたら、おれは魔王ガーベラと対峙していた場所へと戻っていた。


 ここがおれの生まれた時代。

 魔王ガーベラが誕生してから700年後の世界だ。



 おれの手には血まみれになった聖剣イフェイオンが握られていた。


 そのイフェイオンの剣身を、先端に向かって目で追っていった先にはガーベラの肉体が──。


 おれはうろたえながら彼女に謝罪する。


「ああ……あああっ……⁉ ご、ごめんっ……エリカ!」


 おれは思わずイフェイオンから両手を離した。


 イフェイオンはガーベラの心臓付近に突き刺さったまま、彼女の肉体に支えられて倒れずにとどまっている。


 おれの両手は震え、思うように動かない。

 彼女の鮮血で真っ赤になった自分の手を見て、さらに手が強く震えだす。

 手だけではない。足も、口も、いたるところが震えて止まらない。


 青ざめた顔で謝るおれを見て、ガーベラが怪訝な顔で語りかけてきた。


「な……なぜ、おまえが……その、名……を……知っているの、だ……?」


 ガーベラは言葉を続ける。

「それに……どうして、いまさら……わたし、に……謝る……? まるで……さっきまで、とは……別人のよう、だ……ぞ」



 おれはどうしていい分からずに、イフェイオンが刺さったままのガーベラの身体を抱きかかえながら言った。


「ま、魔王になるまえのおまえの過去を……今さっき体験してきた……」

「な……なんだ、と……?」


 ガーベラも意外そうな顔をしている。

 どうやら彼女の仕業ではなさそうだ。


 なぜおれが突然ガーベラの過去を体験することになったのか、その原因はわからない。

 だが少なくとも、おれが魔王城に乗り込んで逃げ惑うモンスターたちを大量虐殺し、ガーベラをなぶり殺しながら酷いことをしたことだけは間違いない。


 何も知らなかったとはいえ、ここまで自分にがっかりしたのは初めてだ。



 ふと顔を横に向けると、壁の鏡に映った血まみれの自分の姿が目に入った。


(な……なんだ、これ……? これが、おれ……? おれが……勇者……?)


 目の前のガーベラへと視線を戻す。

 ガーベラの前身ともいえるエリカとともに、さっきまで彼女の過去を過ごしてきた記憶が脳裏に浮かぶ。

 自ら悪になることを決意して、人知れず世界を護っていたガーベラ。


(これまで、おれは──いったい何をしてきたんだ……?)


 おれが殺そうとしていたのは700年ものあいだ人々を救い続けてきた人物。

 だが同時に世界中を恐怖に陥れてきた人物でもある。


 世界を救ったわけではないかもしれない。

 それでも彼女が大勢の命を救ってきたことに変わりはないのだ。



 いっぽう、おれは恩着せがましくモンスターを退治してやるなどと言って、実際には無害だったモンスターを惨殺し、その見返りとして金品などを要求していただけだ。

 何もない貧しい者に対しても、不可能な量の金品を用意して出直してくるように追い返したりもした。


 自分は魔王を倒すため、ただひとり立ち上がった勇敢な者。

 人類にとっての希望なのだと勝手に思い上がっていたのだ。




 おれは──


 とんでもない過ちを犯した。




 慌ててガーベラに語りかける。

「な、なぁ……! どうやったら助かる……? おれ、何でもするから!」

「もう……無理、だ……。わたしは……助から、ぬ……」

「そ、そんな……! な、何か方法ないのか……⁉ なあ……エリカ!」


 するとガーベラは消えそうな笑顔を浮かべて答えた。

「ふふ……。まさか、最後に……その名、で……呼ばれる……ことに、なる……とは、な……」

「さ、最後なんて言うなよ……⁉ おれを最低なヤツにしないでくれ……! なぁ、エリカ……頼むよ……」

「もう、わたしは……エリカでは、ない……」


 おれは無我夢中でガーベラに話しかける。

「ああ……知ってるよ! 世界樹だろ⁉ おまえの命……! エリカの──」

「そ、そんなこと……まで、知っている……のか」

「お、おまえがっ……! 母とマーガレットのことに責任を感じていたことも……! 悪として人々を救うことを決意した日のこともっ……! おれは──全部知ってるっ……!」


 するとガーベラは幸せそうな笑顔を浮かべて言った。

「わた、し……が、世界に……残し、た爪痕……。最後に……誰か、に……知ってもらえて、よ……よかっ……た」

「ああ……ああっ! 知ってる……知ってるとも! おれが知ってる……!」


 ガーベラの瞳を光がまとい、それは涙となって彼女の頬に一筋の道を作った。


「て……手、を……」


 おれはガーベラの右手をやさしく包み込むように、それでいて力強く握りしめた。


 あたたかい。


 なぜおれは彼女を殺してしまったのだろう。


 おれの目には信じられないほどの涙があふれていた。

 頬を伝い、支えを失って顎から離れたおれの涙は、小さなビー玉のようになってガーベラの右手の上に落ちる。

 それはまるで降りやまない雨のしずくのようでもあった。


 ガーベラは無理に笑顔を使って、おれに語りかける。

「さい……ご。死ぬ……その時まで……。わたし、の……昔話を、して……。わた、し……が、生きてき……た、あか……し」


 おれは彼女の手を握りながら必死で語った。

 彼女の過去──

 エリカとともに体験してきた記憶。

 そしてガーベラとなってからの彼女。


 エリカのおかげで、おれは自分の傲慢さに気づいたこと。

 おれはエリカにたくさんのことを教えられたこと。


 危なっかしかったエリカ。

 何もできなかったおれ。


 いろいろ話した。



 だが──

 時間が足りない。


「まだまだ、おまえとは話したいこと……いっぱいあるんだよ……」

「ふふ……。勇者が……そんなこと、言っ……て、いいの、か……?」

「勇者なんて……もう、どうだっていい……。おれには勇者としての資格がなかった。そして……おまえは魔王でありながら人々を助けていた。それだけのことだ……」


 するとガーベラは動かなくなった左手を一生懸命に持ち上げて、おれの頬に流れていた涙を拭いながら言った。


「だいじょう、ぶ……。おまえは……ただ……正義に、一生懸命すぎて……他人の本質、が……見えていなかった、だけ……だ」

「ああ……そうさ……。おれは他人の価値観に対して分かり合おうとすらせず、一方的な思い込みで自分の価値観を押しつけて、自分と考えの違う他人を断罪して──いい気になっていただけだ……」



 おれに笑顔を向けるガーベラ。


 おれは唇を噛みしめて言葉を絞り出す。


「そ、それを……教えてくれたのは、おまえなのに……」



「そう、か……。わたし、は……勇者さえも救────」


 ガーベラは笑顔でそう言いかけたまま息を引きとった。



「エリカ……? エリカ⁉ お、おい! 返事しろよ……!」


 おれは動かなくなったガーベラに必死で呼びかけた。



 そして最後にありったけの声で魔王の名を叫んだ。


「死ぬな、ガーベラぁああああああああああああっ!」




 おれはガーベラの手を握りながら天を仰ぐ。


 しばらくのあいだ、おれはガーベラのために泣いた。

 涙が枯れるまで泣き続けた。



 数時間が経過したあたりで、おれは背後に気配を感じて振り返った。

 そこには1匹の年老いた魔物が立っていた。

 まるで紳士のような服装に身を包んだ人型のモンスターだ。


「……おまえは?」


 泣き腫らした真っ赤な目で、おれは質問した。


「ワタシの名はキザリス。ガーベラ様の執事をしておりました」


 杖を左手に構え、シルクハットを脱ぎながらお辞儀をするキザリス。

 彼の右目は眼帯で見えないが、その左目には透き通るような青い瞳を覗かせていた。


「いつから、そこにいたんだ?」

「たった今……でございます」



 ガーベラの執事──

 つまりガーベラの配下だ。



 おれは知ってしまった。

 ガーベラが配下のモンスターたちを大切に想っていたこと。

 配下のモンスターたちがガーベラを慕っていたこと。


 そして──

 それを壊したのが、このおれ。



 おれは彼に謝罪せねばならない。

 正直に言うのが、おれに与えられた責務だ。


 これまで偉そうに上から人を見下して生きてきたおれにとって、これほど怖い瞬間はなかった。



「キザリス……。す……すまない」


 おれは震えた声で、そう謝罪した。


「……何がでございますか?」



 当然これだけではキザリスに伝わるわけがない。

 おれは覚悟を決めて吐き出すように告白した。


「お、おれが……! おれがガーベラを殺した……! 本当に……すまない……」


 おれは今できる最大の謝罪の気持ちを込めてキザリスに頭を下げた。


 すると彼は少し寂しげな笑顔を浮かべて答えた。


「……承知しておりますよ。勇者殿」

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