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013 ガーベラの真実

 ◇ ◆ ◇


 エリカが魔王ガーベラとなってからも、しばらくおれは彼女と行動を共にしていた。

 これまでと変わったのは、外側から彼女を俯瞰できるようになったこと。


 彼女が最初にしたのは、魔王城の構築だった。

 のちに世界樹となるエリカの命が宿った世界の中心の地に立ち、ガーベラが何やら呪文のようなものを唱える。

 すると、そのはるか上空に突如として魔王城が出現した。


 次にガーベラがおこなったのが、存在のアピールだ。

 彼女は世界の中心からリアースに住む全人類へと向けて、次のようなメッセージを送った。

 

『聞こえるか人間どもよ。わたしは魔王。この惑星は、これよりわたしの支配下とする。いつ如何なるときもモンスターに襲われる恐怖と、死の不安に怯えながら生き永らえるがよい────』


 このアピールの目的は人類に恐怖を与えること。

 だが恐怖を与えるだけで、実際にガーベラが人々を殺すということはなかった。


 彼女は────

 おれが思っていたのとは違っていたのだ。



 ガーベラには、エリカだったころと同じ能力が備わっている。

 人の死を予知できる能力だ。


 彼女はこの予知を使って、人々を救済しようと考えてきた。


 エリカだった頃は、単純に発生するはずだった死そのものをなかったことにしようとしてきた。

 だがこの方法では、対象の死を回避しても別の死が発生してしまうという因果的な反応からは、どうあがいても逃れられないこと知った。

 これは死という不幸をなかったことにしておいて、何の代償もなく幸せだけを手に入れようとしたからいけなかったのだ。



 そこでガーベラが考えたのが、因果の法則を逆手にとった方法。

 不幸を回避して幸せを得ようとすれば、結局その分のシワ寄せがどこかに発生する──というのなら、その逆もあると彼女は考えた。


 ガーベラは、あえて死よりも小さいマイナス事象を故意的に発生させて、死という最大の不幸を回避しようとしたのだ。


 『魔王による支配』という不幸は、リアースという平和な世界に生きる住人に絶大なインパクトを与えた。

 この行動は本来のガーベラ自身が望んだ行為ではなく、知った未来に抗うため自ら悪となることを決意し、干渉した結果である。

 実際に魔王ガーベラが君臨してからは、世界中で不幸な死を遂げる事例が目に見えて減少していた。


 だがそんなガーベラの想いは人々に届くことはなく、ただ悪の象徴として畏怖されるだけだった。


 仮にこれから事故死する予定の者も、その瞬間までは自分の身にそんな不幸が起こるなどとは夢にも思っていないだろう。

 だからガーベラが代わりにその死を形成する不幸の一部を背負ったとしても、見知らぬ大勢に少しずつ分散したのだとしても、その者がそれを認識することはないのだ。


 厄介者だと疎まれはしても、感謝などされることなどない。

 ガーベラが選んだのは、そういう道である。


 自分が誰かのために行っている善行が誰にも知ってもらえない。

 人知れず世界中の人々を護った結果、その見返りは悪と罵られること。


 それでもガーベラは続けた。


 もちろん死なずとも辛いことはたくさんある。

 しかしガーベラは誰かの死が回避できるというのなら、ときとして人を物理的に傷つけることすら厭わなかった。


 死ななければ──

 生きてさえいれば──


 いつか良いことがある。

 きっと幸せが待っている。


 ガーベラはエリカだった頃から、そう願って生きてきた。

 彼女は世界の人々に、みんなで助け合って生きて欲しかったのだ。


 この方法は護るべき対象に気づかれないことで成立する。

 だからガーベラは全人類の敵として、自分が人々の恨みや怒りの矛先になる道を選んだのだ。


 ひとりが背負う代償としては、あまりにも大きすぎる因果である。



 しばらくすると1匹のモンスターがガーベラを手伝い始めた。

 それを皮切りに、配下のモンスターたちがガーベラの手伝いをするようになっていった。


 もともと人間だったガーベラ。

 もう人間の味方は、ひとりもいなくなってしまったガーベラ。


 感謝されないどころか、罵倒され続けながら、それでも人々を助け続けることを辞めないガーベラの姿が、いつしかモンスターたちの心を動かしたのだ。


 ガーベラはモンスターたちにもやさしく接した。

 魔王となったその日から、まるで家族同然のように接していたのだ。


 それは人間だった頃の記憶。

 マーガレットや母親への想いもあるのかもしれない。


 モンスターたちも初めての経験だったため、最初は戸惑っていたが悪い気はしていなかったようだ。

 そしていつの間にかモンスターたちにとってのガーベラは、ただ従うだけの対象から真に護るべきあるじへと変わっていったのだ。

 

 モンスターたちはガーベラを護りたかった。

 人間たちから疲弊したガーベラの心を護りたかったのだ。


 だがガーベラ自身は人々を護ることを辞めようとしなかった。

 だからモンスターたちは、自分たちがガーベラの代わりに人間たちの恨みを買う役を引き受けようとしたのだ。


 いつしかガーベラとモンスターたちの間には強い絆が生まれていた。


 ガーベラもモンスターたちの申し出に甘えて、人々を襲う役をお願いするようになっていった。

 あくまで命令ではなく、お願い。

 モンスターたちがガーベラを慕う理由のひとつでもある。


 モンスターたちが手伝ってくれるようになってからは、世界各地で同時的に発生する予定だった複数の死すらも回避することに成功した。



 こうして人々を救う方法を確立したガーベラは、予知した死を回避するために人々を襲うことが当たり前となっていったのだ。


 だがガーベラも、もとは人間である。

 それも人一倍やさしい少女だ。


 だから時折ガーベラは魔王城の下にある草原に立って、自らの痛みを吐き出すように空に向かって叫んでいたのだ。


 感謝されるためにやっていたわけではないとはいえ、助けた見返りに敵意を向けられ続ければ、いくらガーベラの心とてすり減っていくだろう。


 彼女の計り知れない悲しみは、想像しただけでも胸が痛くなる。

 おれみたいな自己顕示欲が強い承認欲求の塊には、とても耐えられるものではない。



 そんな日々がしばらく続き、いつの間にかエリカの草原には巨大な樹木が育っていた。


「(……これがいずれ、おれの知る世界樹になるのか)」


 まだまだおれの知っている世界樹と比べたら小さいが、おれはそんなエリカの木を見上げながら感傷にひたる。

 おれが生きていた時代になるまでには、もっともっと大きな樹に成長しているのだ。


 エリカが魔王となってから、すでに100年ほどが経過していたが、おれは精神体であるため歳をとるということもない。

 ただ永遠の時のなかでガーベラを見守り続けていた。



 ガーベラは小さな世界樹の隣に座って、いつものように空を見上げながら涙を流している。

 もはやガーベラにとって、ひとつのルーティンともなっているのだろう。


「おかあさん……マーガレット……。こんな方法でしか、みんなを助けられないわたしを許して」


 そう独り言をつぶやいてから涙を拭う。


「わたしは……たくさんの命を救う代わりに、勝手に大勢の人を不幸に陥れている……。本来は降りかかることのなかったはずの不幸をたくさんの人たちに与えて──」


 せっかく拭ったガーベラの頬を、またひと筋の涙が伝って落ちた。




 ガーベラはこの世界樹を訪れたとき、かならず叫ぶセリフがあった。


 少しだけ目を閉じて深呼吸をするガーベラ。

 そして目を開けると、その吸い込まれそうな黄色い瞳を夜空の星へ向けて叫んだ。


「わたしは魔王ガーベラ! 人間どもよ──恐れ、ひざまずけ! わたしこそが……この惑星を不幸に陥れる災厄! 悪の象徴! もっとも世界で忌み嫌われる悪の存在だ!」


 いつもガーベラは、泣きながらそう空に訴えていた。

 以前のようにテレパシー的なもので、人に語りかけていたわけではない。

 ただ人知れず、この地でひとり、そう叫んでいたのだ。



 ガーベラの心の痛みが伝わってくる。

 ガーベラが心を痛めると、おれの心も痛くなる。


 そう思った次の瞬間──











 おれの視界が光に包まれた。

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