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009 悪意のない悪意

 ◇ ◆ ◇


 マーガレットの死を知ったエリカは、ずいぶんとショックを受けてしまい、彼女のお通夜とお葬式に出席した後、部屋に引きこもるようになってしまった。


 次第に母親にすら顔を見せなくなってしまったエリカ。

 ゆいいつエリカの中にいるおれだけが、彼女の様子を把握している。


「(エリカ……。あれはおまえのせいじゃない。もうそんなに自分を責めるな……)」

 そうおれが言っても、その言葉がエリカに届くことはない。


 あの日からエリカは、自責の念に囚われている。

 最初のころは、死んだような目で「わたしがマーガレットを殺した」と何度もつぶやいていた。


 エリカに予知能力があって『本来、発生するはずだった他人の死を回避していたこと』は、おそらく事実だろう。

 だが、それによって『別の誰かが代わりに死んでいたかもしれない』ということについて、おれは確証が持てなかった。

 おそらくエリカも同じだと思う。


 しかし過去の例から考えると、今回もたらされたマーガレットの死というのは、エリカにとって『自分が助けたあの少年の死と引き換えにもたらされた悲劇』だと、思わざるを得なかったのだ。そのくらい最悪なタイミングだった。



 そんなある日──


 エリカが何日かぶりに外出する決心をしたのだ。

 お出かけ用の服に着替えて部屋を出るエリカ。


 心配していた母親が駆け寄ってきて、エリカに声をかけた。

「エ、エリカ……⁉ ねぇ……。マーガレットちゃんは気の毒だったけど……エリカまで、そんなになっちゃったら……おかあさん────」


 だが母親の声を無視するように、フラフラと玄関へ向かうエリカ。


「ねぇ、エリカ! お願いだから、またまえのような元気なエリカに戻って……!」


 何度も訴え、呼びかける母の声に答えることなく、エリカは家をあとにした。


「(もしかして……このまえ行ったあの広い草原に行こうとしているのか?)」


 おれは道を覚えるのが得意なため、このまえエリカがあの草原に行ったときの道を記憶している。

 あの場所はエリカにとって特別な場所なのかもしれない。


 おれは、しみじみとつぶやく。

「(きっと、ひとりになりたいときに行っているんだな)」


 すると、その道中──


「……あ! 君! シスカさん家の娘さんじゃない? ちょうどいいところで会ったね!」


 声をかけてきたのは、この街の警察官だ。

 おれも長いことエリカの中にいるため、いい加減にコイツの顔も覚えてしまった。


「このまえのメモ……。あれ、君なんでしょ?」


 警官は笑顔でエリカに近づいてきた。

 思わず一歩後退りして、怯えたような顔になるエリカ。


 おれも警戒心をあらわにする。

「(なんでこいつが、そんなことを知っている……?)」


 だが警官は、さらに近づきながらエリカに話しかける。

「はは。そう警戒しなくても大丈夫だよ。別に君を逮捕するってわけじゃないから」

 話を続ける警官。

「もちろん先日の少年たちにケンカを仕掛けたのは看過できないけど、むしろメモの件についてはお礼をしたいくらいだよ」


 この警官の話では、あの日メモを残すためにエリカが発出所に忍び込んだところを、目撃していた者がいたというのだ。

 どうやらその目撃者が警察にチクったらしい。


「ところで──。あのメモに〝友人〟……って書いてあったけど、あれ……本当に君の友人?」


 みるみるエリカの顔が青ざめていく。

 突然、取り調べのような質問を受けたのだ。無理もあるまい。


 すると警官は悪びれる様子もなく、笑いながら謝罪した。

「……おっと。はは、すまんね。仕事柄、失礼な質問をしちゃったかな?」


 どうやらエリカがメモに『友人』と書いた人物は、前科のある中年男性だったということだ。

 さすがにそれがエリカの友人というのは無理があるというか……疑いたくもなるのもわかる気はする。


 ただ、この警官がエリカに話しかけてきた理由は、そこではなかった。


 まず──

 エリカは、おれの知ってるあのメモ以外にも、過去に何度か発出所にメモを残したことがあったらしい。どおりで手際がよかったわけだ。


 おそらく子供ひとりじゃどうにもならない死の未来が見えてしまった場合に、そうやって警察を頼っていたのだろう。

 最初の数回は警察もイタズラと思って無視したようだったが、そのたびに的中させてきたエリカの予知メモを、いつの間にか信じるようになったらしい。


 その筆跡から、これまでのメモがすべて同一人物の仕業だということがわかっていたため、今回の通報によって『メモの人物=エリカ』だと警察にバレてしまったわけだ。


 警官はやさしい顔でエリカに語りかける。

「これまで君が残してくれたメモは、犯罪を最小限の被害で阻止するために非常に役にたったよ。ここは感謝をするところだね」


 だが一転──

 警官は怖い顔に変わり、トーンを落とした声で質問してきた。

「……だけど、あれらのメモを残せるのは、犯行にかかわっていたか、それとも()()()()()()()()()()()()()()()か────そのどちらかだけだと思うんだがね……」


 少しだけ沈黙を挟んでから警官が言った。


「…………君は、どっちかね?」


 エリカの心臓の音が聞こえる。

 おれはエリカの中で叫んだ。

「(適当に『実は知り合いに予知能力者がいるんです』とでも言っておけ、エリカ! その知り合いのことは『裏切ることはできないのでチクれません』って言っておけば誤魔化せる! 本当のことなど言ったら、悪の権力に利用されてしまうぞ⁉)」


 だがいくら叫んでも、やはりおれの言葉が届くことはない。

 結局エリカは本当のことを言ってしまった。


「……わ、わたし……予知のほう、です…………」


 しばらく警官は無言でエリカの目を見つけたあと、コロッと態度を変えて笑顔で答えた。

「そうか。やっぱり予知だったのか。本当にあるんだねぇ……予知能力。教えてくれて、ありがとう!」

「…………いえ」

 エリカは曇った顔で、小さく答えた。


 すると次の瞬間、この警官がエリカに要求したのは予知による捜査協力だった。


「それで、さっそくなんだけど……。実は先日、毒ガスによるテロの予告状が警察に届いてね。予告状には『この街のどこかに仕掛ける』とだけ書いてあったんだよ。今日の12時という時間指定はあったんだけど、場所が書いてなくてねぇ……。お手上げだったんだ」

 警官の話が続く。

「だから、こうしてパトロールに回っていたんだけど。君が予知でちょちょいと場所を調べてくれたら、誰も死なずに済むんだけどねぇ」


 おれはエリカの中で怒りをあらわにして叫んだ。

「(それがエリカに近づいてきた目的か! くそ……何が『ちょちょいと』だ! エリカが予知能力があることを知ったら、急に眼の色を変えて平気で利用しにきやがった……!)」


 警官がエリカを脅すように言う。

「……ねえ、わかるかな? 君が予知してくれないと、大勢が毒ガスで苦しむことになるんだよ」

「わ……わたし…………」


 震えて首を横に振りながら後退るエリカ。

 だがエリカが離れても、また警官が距離を詰める。


「それとも君は自分に無関係の人間がいくら死のうが、どうでもいいとでも言うのかい?」

「そっ……⁉ そんなことっ──────」


 そんなことはない──と言いたげにエリカは慌てて声を荒げた。


 視線をそらすエリカの目を、じーっと凝視するように見つめながら警官が脅すように言う。

「……だったら早く予知しなさい」



「…………はい」



 とうとう観念したエリカは承諾してしまった。


「(くそ……! これじゃ、ほとんど脅迫じゃないか⁉ 今のエリカに予知なんかさせて、もし何かあったら────。エリカ! やっちゃだめだ!)」

 おれは届かない声で必死に叫んだ。



 だが、おれの願いとは裏腹に、そっと目を閉じるエリカ。

 そして彼女は犯行現場を予知して、その詳細を警官に告げる。


「……北区にある地下鉄。11時53分にレッドフィールドの駅……。そこに止まる電車の3両目……。そして発車して7分後に────」

 話しながらエリカの顔が苦しそうにゆがんだ。


 同時に警官の口もとには笑みが浮かび、醜くゆがむ。

「よし! これでギリギリ私が阻止すれば……そうすれば私が英雄だ! ふははは! ありがとう、君!」


 黙り込んで不安そうな顔をするエリカ。

 だが警官はエリカの気持ちなど知らずに、楽しそうに語りかけた。


「どうした? そんな顔するなって! 君のおかげで大勢の人が助かるんだぞ⁉ うれしくないのか?」

「う……うれしい…………です」


 そうエリカに無理やり答えさせると、警官は満面の笑みを浮かべて言った。

「また次も頼むよ!」


 そう言い残して、警官はエリカの予知したレッドフィールド駅へと走っていった。

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