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エピソード 3ー2

「えっ、そうだったんですか?」


 設定的にはあり得そうな話だけど、前回教えてくれなかったから違うと思ってた。そう口にすると「話がややこしくなるから後回しにしていたのよ」という答えが返ってきた。


「もしかして、わりと私に隠していること、ありますか?」

「貴方には適宜、教えていくつもりよ」

「……はぁい」


 それがベストだと言われたら反論できないけど……と、少しだけ拗ねてみせる。それを見た紫月お姉様は「知りたければ、知らないフリをする演技力を身に付けなさい」と笑った。


「この世界の元となる原作乙女ゲームの設定なんて、私には調べようがありませんよ」

「じゃあ、諦めるのね。それより、悪役令嬢の取り巻きの話に戻すわよ。彼女達は財閥のお嬢様ではあるけれど、無理をして財閥特待生になったのが現状よ。だから、権力のある悪役令嬢の取り巻きになる予定……だったんだけど」

「私が敵対行動を取って展開が変わった、という訳ですね。……どうしましょう?」


 敵対行動と言っても、乃々歌ちゃんに突っかかっていたのを咎めただけだ。庇護を求めているのなら、少しフォローして味方に引き込むことは可能だろう。


「そうね……シナリオにどうしても必要という訳じゃないの。それに彼女達は品行方正と言い難いから、予想外の悪事に走って足を引っ張ってくる可能性もあるわ」

「取り込まなくていい、という意味ですか?」

「いまのところは、ね」


 彼女達のことは様子見で、想定外の事態が発生しないように気を付けるという方向で話は纏まった。その上で、紫月お姉様は今日の一件に対しても調整が必要だと口にした。


「調整、ですか?」

「そう、調整。貴方の機転で、ひとまず大きく原作から外れることにはならなかった。だけど原作通りでもない。どんな歪みが生じるか分からないから、なにかあれば連絡しなさい」

「分かりました」


 ひとまずは様子見。

 紫月お姉様は「それから……」とスマフォを操作すると、私のスマフォに入っているアプリが更新され、雪月花のメンバーになれというミッションに詳細が表示された。


 それによると、中間試験の直後に、生徒会の役員を選ぶ選挙と、雪月花のメンバー入りを審査する話し合いがおこなわれるようだ。


「雪月花と生徒会は別なんですか?」

「雪月花は社交界のようなものだからね。そもそも、生徒の数は一般生の方が多いのに、財閥特待生がみんなの代表なんて言っても、一般生が納得しないでしょう?」

「へぇ、思ったよりも一般生のことを考えているんですね」


 意外に思って呟くと、紫月お姉様はふっと笑った。


「……なんですか?」

「よく考えてみなさい。雪月花が生徒会を兼ねていたとして、生徒達が財閥特待生にしか使えない施設の開放を望んだらどうなると思う? 一般生の方が人数は多いのよ?」

「民主主義で要望が通ってしまう?」

「その可能性が高いでしょうね。そうして財閥特待生の権利が失われれば、高い学費を支払う生徒はいなくなる。結果的に、蒼生学園は運営がままならなくなるわ」

「そっか。それを阻止するために、最初から組織を分けているんですね」


 財閥特待生の権利は雪月花に。生徒会が介入できるのはそれ以外の権利。最初から分けておけば、一般生徒が財閥特待生の権利を脅かすことはない。


「そういう訳で、生徒会と雪月花は対立しているの。貴女が雪月花のメンバー入りを果たす裏側で、陸が生徒会に加入すると言うのがシナリオよ」

「そこでも、なにかイベントが発生するんですか?」

「乃々歌が陸を手伝うというイベントはあるけど、悪役令嬢の貴女は関わらないわ。雪月花のメンバーになるのも、問題を起こさなければ大丈夫。原作乙女ゲームの展開通りなら、これといった問題は起きないはずだけど……」

「歪みによって、想定外の状況になる可能性がある、という訳ですね」


 原作通りに行くなんて甘い考えは捨てた方がいいだろう。なにか問題が発生することを前提に、今後の展開に備えておく。そう覚悟して、私は再度スマフォに視線を落とした。


「じゃあ最後はファッション誌のモデルですね」

「ええ。最終的な目的は、乃々歌のファッションセンスの向上よ」

「制服なら、あんまり関係なさそうですよね」

「ここは財閥御用達の学園よ。パーティーはドレスだし、課外学習では私服を着るの。なのに、乃々歌のセンスはとても庶民っぽいのよ」

「……なるほど」


 雪城財閥の当主夫人に相応しいファッションセンスが必要、ということ。


「とにかく、貴女がファッション誌のモデルをするのは、彼女がファッションに興味を持つ切っ掛けになるわ。そのために、一月後に撮影の予約を入れておいたわ」

「……え? 一月後、ですか?」

「ええ、一月後」


 私は視線を彷徨わせた。

 一月あれば余裕でしょ――なんて考える人は紫月お姉様のことを分かっていない。ただ、ファッション誌のモデル撮影をして終わりなんて、絶対にあり得ない。


「その一月でなにをすれば?」

「あらゆる準備よ」

「……あらゆる準備」


 既に無茶振りをされている気しかしない。

 そんな私の懸念を嘲笑うかのように、紫月お姉様は更なる問題をぶちまけた。


「まずモデルの件だけど、桜坂グループのブランドのモデルで、本当はわたくしに依頼が来たの。でも、権力を使って貴女を代役に立てた。相手のカメラマンは有能だけど気難しくて、自分が使いたいモデルしか使わない。だから、貴女の写真が使われるかは貴女次第」


 既に詰んでいる気がするのは私の気のせいだろうか?

 家庭教師からレッスンを受け、多少の立ち居振る舞いには自信がついた。だけど、写真の被写体になるレッスンを受けた訳じゃない。

 そんな素人の私を、カメラマンが気に入るはずがない。それに気難しい相手なら、隠し口座に送金という紫月お姉様の必殺技も使えないはずだ。


「私にどうしろと?」

「だから準備よ。既にこの業界で最高の先生、それにスタイリストを用意したわ」

「いえ、あの、他のモデルだって、そう言った努力はしていますよね?」


 同じ素人の中では頭一つ抜け出す手段になるかもしれないけれど、プロから見れば付け焼き刃にしか見えない。そんな小細工が通用すると思えない。


「言ったでしょ、最高の人材を集めたって」

「……なるほど」


 他のモデルよりも優秀な先生を付ける。ようするに、私の足りない部分をお金で補うつもりのようだ。ただ、それでも、最終的には私の努力次第、ってことだよね。

 雫の命が掛かっているから全力でがんばるつもりだけど……と、そんな私の不安を見透かしたかのように、紫月お姉様が厳しい口調で言い放った。


「澪、これは悪役令嬢としてのお仕事よ」

「――だからこそ、成功率の高い他の方法を探したいんですが」


 即座に切り返すと、紫月お姉様は目を見張った。それからクスクスと笑う。


「言うようになったわね。でもダメ。ファッション誌の件は今後も関わってくるイベントだから、なにがなんでも成功させなさい」

「はぁい……」


 どうやら覚悟を決めるしかないようだ。

 それからすぐに、私は写真撮影に向けたレッスンを受けた。とはいえ、成績は絶対に落とせない――どころか、中間試験に向けて上げなくてはいけない。

 写真撮影に向けたレッスンを必死に受け、なおかつ勉学の予習も怠らない。だからって、目の下にクマをつくったら怒られるので、夜は早く寝て、休憩時間はエステを受ける。


 そんな日々を過ごし、ついに一学期の初日がやってきた。私は蒼生学園の制服に着替えて身だしなみをチェック、リムジンに乗り込んで学園へと向かう。


「……数ヶ月まえの私に、こんな生活をすることになるって言っても絶対信じないよね」


 窓の外を流れる景色を眺めながら独りごちる。それを聞いていたシャノンが「ですが、ずいぶんと馴染んでいらっしゃいますよ」と答えた。


「まぁ、さすがにね。でも、レッスン料は気になるかな」


 この数日間で掛かったレッスン料や、エステなんかの費用を計算すると恐ろしい金額になるはずだ。それを負担してもらっていると考えると、さすがに申し訳ない気分になる。


「それだけ、澪お嬢様の役割が重要だとお考えください」

「それは、分かってるけど……」

「澪お嬢様が役割を果たせなければ、多くの命と桜坂グループの命運が尽きることになります。それでもなお、数十万、数百万を惜しんで成功率を下げることが正解だと思いますか?」

「それ、は……」


 自分の両肩にどれだけの物が乗っているのかを指摘されて息を呑んだ。


「申し訳ありません。紫月お嬢様からは、あまりプレッシャーになるような言葉は掛けないようにと言われていたのですが……」

「うぅん、教えてくれてありがとう。私に掛かる費用については気にしないことにするよ」


 これは目的を達成するために必要な投資。なら、私が出来るのは、全力で目的が達成できるように努力することだけだ。そう判断して、費用については考えることをやめた。


 ほどなく、学園に到着する。学園にある送迎用のスペースに車を止めてもらい、私は車から降り立つ。そうして少し歩いてから、私はおもむろに振り返った。


「今更なんだけど、どうしてシャノンが高校生をやり直してるの?」

「この学園はお付きの同行を認めていませんから」

「……ええと。それはつまり、お付きとして過ごすために、高校に入り直したと? シャノンってたしか、アメリカの大学を卒業してるのよね?」

「ご安心を。飛び級で卒業しているので、そこまで年齢は離れていません」


 いや、二十四歳は十分離れてる――とは口が裂けても言わない。

 もっとも、シャノンは肌が綺麗なので、実年齢ほど無理があるようには見えない。大人びた高校生と言い張れば、なんとか誤魔化すことは可能だろう。

 それに――


「紫月お姉様が決めたことなら、私が言っても無駄だよね」


 そう割り切って、私は昇降口へと向かった。そこでクラス割りを確認すると、原作乙女ゲームと同じで、私は琉煌さんや乃々歌ちゃんと同じクラスだった。

 ついでに言えば、シャノンも同じクラスである。


「こんな偶然ってあるんだね」

「いえ、紫月お姉様が寄付をなさった結果です」

「……うん、そうだと思った」


 紫月お姉様は脳金だと思う。

 なんでもお金で解決しようとする辺りが。


「それより、澪お嬢様。そろそろ切り替えてください」

「っと、そうだった。――それじゃ、お仕事の時間よ」


 自分は悪役令嬢だと気持ちを切り替えて、口調や態度を変えて教室へと向かう。なお、シャノンは当面他人のフリをすることになった。その方がなにかと動きやすいからだ。

 そうして教室に入り、出席番号順で席に着く。

 ほどなくしてホームルームが始まり、続いて自己紹介が始まった。


 財閥特待生が三分の一程度で、残りは一般生と数名の特待生だ。

 原作乙女ゲームのシナリオ関係者は、雪城 琉煌と、柊木 乃々歌。それに悪役令嬢の取り巻きになるはずだった二人が同じクラスのようだ。

 ちなみに、乃々歌ちゃんは柊木 乃々歌として――つまり、名倉財閥の会長の孫娘としてではなく、一般生としてここにいる。これも、原作乙女ゲームの設定通りである。


 その他、個人的に気になったのは、雪城 六花りっかというお嬢様がいたことだ。どうやら、雪城財閥の関係者、琉煌さんの従姉に当たる人物らしい。

 彼女のことは聞いてないけど、原作ストーリーには関わってこないのかな?


 余談だけど、蒼生学園は同じ苗字の人が同じクラスにいることが多い。同じ苗字はクラスを分けるのが一般的だけど、財閥関係者は同じ苗字が多いのでどうしても被ってしまうらしい。

 そんな訳で、基本的には名前で呼び合うのがこの学園での習わしだと先生が言っていた。


 とまぁ、そんな感じで自己紹介が終わる。

 私も桜坂家の娘として無難に自己紹介をしておいた。原作乙女ゲームの関係者にはともかく、他の人にまで悪女っぽく見られたくないからね。


 とにもかくにもホームルームが終わり、すぐに授業が始まった。中間試験で成績を落とす訳にはいかないので、私は必死に授業を受けていく。


 ちなみに、休み時間に予習復習をするという真似は出来ない。いや、出来なくはないのだけど、悪役令嬢としてあまり真面目な姿を乃々歌ちゃん達に見せる訳にはいかない。

 そんな訳で、休み時間はのんびりしている振りをしつつ、教養を得るための読書に時間を費やす。そうして黙々と読書をしていると、ふと視線を感じて顔を上げた。

 振り返ると、乃々歌ちゃんが視線を逸らすところだった。


 ……睨まれてたのかな?

 先日あんなに突き放したし、嫌われてたとしても無理はないけど……まぁ、気にしてもしょうがないか。そんな結論に至って本に視線を落とすと、ほどなくしてまた視線を感じた。

 さっと振り返ると、今度は六花さんがそっぽを向くところだった。


 ……なんだろう?

 乃々歌ちゃんはともかく、六花さんは心当たりがまったくない。まさか、琉煌さんのときみたいに、知らないあいだに関わり合いになってた――なんてことはないよね?

 いや、ない。ないはずだ。というか、知らないあいだにフラグを立てちゃった、みたいな偶然がそうそうあってたまるか。そんな偶然は琉煌さんの件だけで十分だよ。


 取り敢えず、私は勉強しなくちゃいけない。相手がアプローチを掛けてくるまでは気にしないでおこう――と、私は本に視線を落とした。



 こうして、学校では黙々と授業を受け、家に帰ったら予習復習、それに写真撮影に向けたレッスンを受けるという日々が続く。

 そうして一月が過ぎ、写真撮影の当日。私はシャノンが用意してくれたお嬢様風のコーディネートに身を包み、リムジンに乗って家を出る。

 少し早めに出たのは、久しぶりに雫のお見舞いをするためだ。

 病院の前でリムジンを降りて、エレベーターで雫の病室がある上階へ。シャノンにはロビーで待っていて欲しいとお願いして、私は雫が入院している病室の扉をノックする。返事を聞いて中に入ると、可愛らしいパジャマ姿の雫がベッドに座ってファッション誌を眺めていた。


「雫、久しぶりだね」

「うん、久しぶりだね。ええっと……お姉ちゃん?」


 顔を上げた雫は首をコテリと傾げた。


「どうして疑問形なの?」

「え、いや、だって……」


 雫の視線が私の頭の天辺からつま先まで向けられる。私のファッションがいままでと違いすぎて驚いているのだろう。でもその反応は予想通りなので、言い訳も考えてある。


「ああ、この服? 実はバイトのお金で買ったんだ」


 桜坂財閥のお嬢様を助けたおかげで、雫の入院先や、入院費の面倒を見てもらえることになったという事実。その中に、それで浮いたバイト代で服を買ったという嘘を混ぜる。

 私はもう無理なんてしていない。それどころか青春を満喫している、というアピールである。なのに、なぜか雫の目がすがめられた。


「……お姉ちゃん、怪しいバイトとかしてないよね?」

「し――てないよ?」


 言い淀みそうになるのを強引に言い切った。

 疑いの眼差しを向けられるけど、私はそれを真正面から受け止めた。この数ヶ月で私の演技力は大きく上達している。雫にそれを見抜くことが出来ないだろう。胸を張って堂々と、なにか気になることでもあるのかと問えば、雫はファッション誌に目を落とした。


「……雫?」


 問い掛けると雫は再び顔を上げ「なんでもない」と視線を外した。よく分からないけど、追及するとやぶ蛇になりそうだと口を閉ざす。


「そうだ、今日はケーキも買ってあるよ」

「ケーキっ!」


 シャノンに用意してもらったお見舞い品を掲げると、雫が見事に食い付いた。私はそれを更に取り分け、用意した紅茶と一緒にサイドテーブルの上に置く。

 久しぶりに直に会ってのおしゃべりをする。そうして色々聞いた感じ、雫は病院を移ってから小康状態を保っているようだ。私としゃべる表情も以前より明るい。紫月お姉様が手を差し伸べてくれたことに感謝しながら、私は久しぶりに姉妹の時間を満喫した。

 それからほどなく、時計を確認した私は席を立つ。


「――と、そろそろ行くね。この後、バイトなんだ」

「……お姉ちゃん。怪しいバイトとか、ほんとにしてないよね?」

「だからしてないって。夜に電話するから」


 そう言って病室を後にする。

 シャノンと合流して、私は再びリムジンへと乗り込んだ。そうして向かうのは写真撮影のスタジオだ。車に揺られることしばし――といっても、リムジンはほとんど揺れないんだけど。

 それはともかく、私はスタジオの前で車を降りた。


 シャノンをお付きとして連れて、正面玄関からスタジオに入る。受付の案内に従って廊下を進むと、扉が開いた控え室から言い争うような声が聞こえてきた。


「――それはつまり、アタシにコネで選ばれた小娘を使えってことでしょう?」

「いえ、ですから、それは上の指示で――」


 怒りを滲ませた中性的な声と、困り果てた男性の声。

 怒っている方は小鳥遊たかなし 裕弥ゆうや。年齢は三十代半ばで男性。実力だけで成り上がり、様々な一流ファッション誌で撮影してきた天才カメラマンだ。

 対して困り果てている男性はスタッフかなにかだろう。さきほどから小鳥遊先生を必死に宥めているのだけど、先生の怒りは収まりそうにない。


「それがコネだって言ってんのよ。このアタシを呼びつけておいて、そんなつまんない仕事をさせようなんて、舐めんじゃないわよっ」


 荒れてるなぁ……

 まあ、自分の腕だけで天辺に上り詰めたプロなわけだし、その誇りあるお仕事につまらないしがらみを押し付けられて怒り狂う気持ちは分かる。

 でも、ここで怖じ気づく訳にはいかない。


 さあ、悪役令嬢のお仕事を始めましょう。


 自分は悪役令嬢だと意識を切り替えて、片手を胸の下で組んだまま、もう片方の手でコンコン――と、空いたままの扉をノックする。

 小鳥遊先生の意識が私に向けられる。その瞬間に口を開く。


「お取り込み中に悪いわね」

「悪いと思っているのに邪魔をするなんていい度胸ね。いったい何処の小娘かしら」

「わたくしは桜坂 澪。貴方の言うところのコネで選ばれた小娘よ」

「へえ……貴女が」


 怒りの矛先を見つけたと言わんばかりに、私のところへ詰め寄ってくる。そうしてたっぷり十秒ほど、私の頭の天辺からつま先まで眺めた。


「……貴女、自分を偽っているわね?」


 本質を突いた指摘――だけど、ここで動揺する訳にはいかない。それに、紫月お姉様から小鳥遊先生がどういう人物かは教えられている。

 ここで、私の演技が見破られるのは想像の範疇で、だからこそ答えも用意してある。


「いまのわたくしはお仕事中だもの」

「ふぅん? つまり、コンセプトに合わせる演技力がある、と? でも、残念。アタシを唸らせるほどの演技力ではないようね」

「そうね、わたくしはまだまだ未熟よ。だから――」


 パチンと指を鳴らせば、シャノンが小鳥遊先生に手紙を手渡した。紫月お姉様が必要になれば小鳥遊先生に渡せと、用意してくれた奥の手だ。


「手紙? 一体何処の誰が……あら、紫月ちゃんじゃない」


 小鳥遊先生が手紙を読み始める。

 小鳥遊先生と紫月お姉様に面識があることを私は知らなかった。それどころか、手紙になにが書かれているのかも聞かされていない。

 どう転ぶのか、動向を見守っていると、ほどなくして小鳥遊先生が手紙を破り捨てた。


「貴方、下がりなさい」


 小鳥遊先生が冷たく言い放つ。

 それは私に向けられた言葉ではなく、男性スタッフに向けた言葉だった。


「……え? いえ、ですが……っ」


 ワンテンポ遅れて動揺した男性スタッフは、私と小鳥遊先生を見比べた。それを見た小鳥遊先生は額に手を添えて、これ見よがしに嘆きの溜め息を吐いた。


「この子をモデルに使って欲しいんでしょ? 話をするから、貴方は下がりなさい」

「――分かりました!」


 モデルに使ってもらえるなら問題はない。厄介事はごめんだとばかりに去っていく。そんな男性スタッフを見届けもせず、小鳥遊先生は踵を返して部屋の奥にあるテーブルに腰掛けた。


「なにしてるの? 貴方達は早く中に入って扉を閉めなさい」


 言われて部屋の中に足を踏み入れ、シャノンに扉を閉めさせた。……というか、どういう状況? 手紙を破ったの、気分を害したからじゃないの?

 そんな私の不安を他所に、小鳥遊先生は言い放った。


「貴女の事情を聞いたわ」――と。


「……事情? 悪役令嬢のこと――かしら?」


 予想外すぎる言葉に思わず素で答えそうになって、慌てて令嬢っぽく取り繕った。


「悪役令嬢?」

「あ、いえ、それは……」

「なるほど、それが貴方のコンセプトって訳ね。でも、その話は知らないわ。アタシが聞いたのは、貴方が妹のために養子になったってことの方よ」

「な――っ」


 あり得ない。

 私が養女なのは公然とされた事実である。だけどそこに嘘を混ぜ、私の先代当主の兄の孫娘という設定になっている。そこに妹のためになんていう設定は存在しない。

 なのに、紫月お姉様は、どうしてそんな嘘が破綻するようなことを……


「安心なさい。こう見えてもアタシ、口は堅い方なのよ。だから、貴方の素性についても口外するつもりはないわ。ただ、一つだけ聞かせてくれるかしら」

「……なに、かしら?」


 ややもすれば擦れそうになる声を必死に絞り出し、悪役令嬢という体裁を必死に保つ。だけど、そんな私の努力を嘲笑うかのように、小鳥遊先生は質問を口にした。


「貴女、妹のためにずいぶんと苦労しているようだけど、辛いとは思わないのかしら?」

「……は?」

「だーかーらー、妹のこと、負担に、迷惑に思ってないのかって聞いてんのよ」

「妹のことを負担に感じたり、迷惑だって思ったことは一度もないわ」

「妹のために、こんな大変な思いをしているのに?」


 どうして、こんな風に追及されなくちゃいけないんだろう? 

 そう考えると段々と腹が立ってきた。たしかに大変だと思ったことはある。だけど、妹のことを負担に感じたり、妹の存在を迷惑に思ったことは一度だってない。


「この程度の苦労、なんてことないわ。いつか破滅するのだとしてもかまわない。あの子の姉だって名乗れなくなったことも気にしない。だって、あの子を救う為だもの!」


 胸の前でぎゅっと拳を握り締めって訴えかける。瞬間、シャッター音が鳴り響いた。びくっとして我に返ると、小鳥遊先生が私を撮影していた。

 

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