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エピソード 2ー4

 紫月お姉様は知っていた。全部知った上で、私が打ち明けるかどうか試していたのだ。もし隠していたら、その時点で見放されていたかもしれない。

 あ、危なかったよぉ……


「そんな顔しないの。貴女なら打ち明けるって信じてたわ」

「でも、打ち明けなかったら、相応の対応をしていたんですよね……?」

「でも打ち明けたでしょう?」


 否定してくれない。やっぱり、打ち明けなければ危ないところだったみたい。ほんとに気を付けよう。私が目指すのはただの悪役令嬢じゃなく、紫月お姉様にだけは従順な悪役令嬢だ。


「話を戻すわね。貴女には、乃々歌と陸が出会うように誘導してもらう。その上で、乃々歌の邪魔をして、陸とダンスを踊ってもらうわ。詳細はアプリを確認なさい」


 言われて確認すると、詳細欄に原作の内容とおぼしきやりとりが書かれていた。

 陸さんが乃々歌ちゃんをダンスに誘おうとすると悪役令嬢が割って入り、『家の未来を考えれば、どうするのが正解か分かるでしょ?』と圧力を掛け、自分と踊ることを強制する。


 このやりとりを経て、陸はますます特権階級の連中に敵意を抱く。そして悪役令嬢と敵対することで、乃々歌ちゃんとの距離を縮めて行く――というのが、陸のストーリーのようだ。


「ここまででなにか質問はあるかしら?」

「……あります。悪役令嬢としての行動に、どのくらいの誤差は許されますか?」

「既に前提条件が崩れているから、作中のセリフを完璧に再現しろとは言わないわ。重要なのはイベントの要点を押さえ、ヒロインと攻略対象が仲良くなるように導くことよ」

「分かりました」


 アプリのメモ欄を開いて、二人が仲良くなるように誘導して、陸さんの特権階級に対する敵意を抱かせると書き込む。そこでふとした疑問が浮かび上がった。


「ここにある特権階級ってなんのことですか? 陸さんも財閥の子息ですよね?」

「あぁ、それは蒼生学園における特権階級、財閥特待生のことよ」

「財閥特待生……ですか?」


 聞き慣れない言葉に小首をかしげると、紫月お姉様がスマフォを操作する。その直後、私のスマフォに入っているアプリのデータが更新された。

 NEWのマークがついた用語説明の欄を開くと、『一般生』『特待生』『財閥特待生』『雪月花』という四つの単語が追加されていた。私はそれを一つずつ確認していく。


 一般生と特待生は私がよく知っている言葉の意味そのままだ。

 それから聞き慣れない単語の方。財閥特待生は、蒼生学園におけるあらゆる設備の使用に対する優先権が与えられる生徒達のことらしい。

 雪月花は日本三大財閥の雪城家、桜坂家、月ノ宮家の名前から命名されたグループの名前。

 財閥特待生の中でも厳しい条件を満たす者だけで構成されるグループで、財閥特待生よりも上位の優先権を持ち、自分達にしか使えない施設も学園内に所有しているらしい。


「なんですか、これ。むちゃくちゃじゃないですか」

「むちゃくちゃって、何処が?」


 紫月お姉様がコテリと首を傾けた。


「だって、あらゆる設備に対する優先権って……差別ですよね?」

「いいえ、区別よ。たしかに、雪月花や財閥特待生は優遇されているけど、支払う学費は一般生徒と比べて文字通り桁が違うわ。だからこその優遇処置なのよ」

「……なるほど」


 サブスクリプションに、スタンダードコースとプレミアムコースがあるような感じ。支払い額によって、受けられるサービスの質が違うというのは、まぁ、理解はできる。

 だけど――


「なんというか、すごく差別意識が増長されそうな制度ですね」

「まぁそうね。実際、その問題がストーリーにも関わってくるわよ」


 あぁやっぱりそうなんだ。乃々歌ちゃんが試験会場で庶民と見下されていたのも、その辺のテーマと無関係ではないんだろう。


「もしかして、キャラクター同士が対立したりするんですか?」

「そうね。恭介兄さんは中立。月ノ宮 陸は平等よりで、雪城 琉煌はわたくしに近い考え。詳細はアプリに送信しておくから、必要になったら確認しておきなさい」

「分かりました。……ちなみに、私はどうなるんですか?」

「もちろん差別する側よ。ということで、貴方には雪月花に入ってもらうわ」


 いや、そんな、ちょっと部活に入ってもらう、みたいなノリでいわれてもと泡を食う。


「雪月花のメンバーになれるのは、財閥特待生の中でも選ばれた人間だけなんですよね?」

「ええ。選ばれるのは一学期が始まってから。家柄はもちろん、成績や素行のよさも必要になってくるけど、一番重要なのは理事会で認められるかどうかよ」

「……理事会がメンバーを決めるんですか?」

「色々とあるのよ。将来的に未来を担う財閥の子息子女の集まりだからね。そんな訳で、養子であることを理由に難癖を付ける理事がいたけど、私が黙らせておいたから安心なさい。後は、貴方が学園で上手く立ち回れば、雪月花のメンバーに選ばれるはずよ」

「分かりました……って、黙らせたって、まさか札束で頬を引っぱたいたんですか?」


 冗談半分、でも紫月お姉様ならやりそうだと思って口にする。でも、彼女は「なに馬鹿なことを言っているのよ?」と呆れた顔をした。

 さすがに露骨な賄賂はなかった――


「いまどき、現金を手渡しなんてアナログなことをするはずないでしょ。隠し口座に振り込んでおしまいよ。そもそも、持ち歩けるような金額じゃないしね」

「……そうですか」


 色々、想像を超えていた。もうなにも突っ込まない。

 こうして、私は学園での最初のミッションクリアを目指しつつ、足りていないステータスを伸ばすために、家庭教師の先生から様々なことを学ぶ日々を続ける。

 そんなある日、私の元に合格の通知が届けられた。


 でも、私にそれを喜んでいる余裕はない。私の目標は立派な悪役令嬢になり、務めを果たして日本を金融危機から救い、その見返りに妹を助けてもらうこと。

 私の試練はまだ始まったばかりだ。

 合格通知をもらった後も、入学に向けて努力を続ける日々が続く。私の成績――ステータス表記で数値が低い項目を集中的に底上げをしつつ、ダンスの練習も忘れずに受ける。


 そのあいだにも、雫や産みの親とは電話で連絡を取り合っている。

 両親は色々と心配していたけれど、お小遣いが月に百万であることを教えると、呆れつつも、里親から可愛がられていると安心したみたいだった。


 それから、私が実家にいると思っている雫は、そのことを疑っている様子はない。私がお見舞いに行けなくなったのは、病院が遠くなったからだと思っているようだ。

 ただ、寂しがってはいたので、もらったクレジットカードでパソコンなんかを注文した。機材が届いたら、雫とネット回線を使ったライブチャットでおしゃべりするつもりだ。


 そうして少しだけ月日は流れ、ついに入学式の当日となった。まずは一般的な学校と変わらない入学式がおこなわれ、その続きで新入生の歓迎パーティーが開催される。


 ちなみに、新入生の代表は琉煌さんだったらしい。

 らしいというのは、私の席からはちゃんと顔が見られなかったからだ。もちろん攻略対象の写真は見せてもらっているけれど、遠目に見ただけじゃ分からない。


 それより、彼が中等部から上がったメンバーであるにもかかわらず、成績の高い受験組を抑えての首席だという事実に驚いた。

 さすが筆頭攻略対象というだけ合ってハイスペックだ。そんな彼に釣り合うように努力をしなくちゃいけない乃々歌ちゃんは大変だね。

 ……なんて、その彼女の踏み台になる私も他人事じゃないんだけどね。


 なにはともあれ、入学式は無事に終わった。

 午後からはいよいよ、新入生の歓迎パーティーが始まる。それに先駆け、私は財閥特待生にのみ使用が許される一室を貸し切って着替えをおこなう。

 身に付けるのは背中が大きく開いた真っ赤なドレス。原作乙女ゲームで悪役令嬢が身に付けているドレスを、私に似合うように紫月お姉様がアレンジしたそうだ。

 そんな悪役令嬢の戦闘服を身に纏い、私はパーティーに挑む。


 目的は二つ。乃々歌ちゃんと陸さんの関係を焚きつけつつ、私が権力を振りかざして、陸さんの財閥特待生に対する敵愾心を煽りたてること。

 ついに、私の悪役令嬢としてのお仕事が本格的に始まる。


「おかしなところはないかしら?」

「もちろんです。悪役令嬢に相応しいお姿ですよ」


 会場の入り口前で、シャノンを相手に最終確認をおこなう。

 シャノンは私と同じようにドレスを纏っている。アメリカの大学を飛び級で卒業しているはずなのだけど、紫月お姉様の手足として蒼生学園に入学することになったらしい。

 実年齢については……まあ、深くは追及しない。


 とにもかくにも、身だしなみを整えた私はシャノンと共に会場に入ろうとする。

 そこに恭介さんが現れた。彼は一つ上の学年だけど、歓迎する側としてパーティーには参加するようだ。白を基調としたビシッとした礼服を身に着けている。


「恭介さん、ご無沙汰しております」


 これから頻繁に顔を合わすのか……なんて辟易した内心はおくびにも出さずに微笑んで、腰は曲げず、相手の目を見たままカーテシーをおこなった。

 いまだ百点にはほど遠いけど、以前の私とは雲泥の差があるはずだ。そんな私の挨拶をまえに、恭介さんは「少しは見られるようになったな」と呟く。


「……これからも精進いたしますわ。紫月お姉様に迷惑は掛けられませんもの」

「そうか、ならばあらためて釘を刺すまでもなかったな」

「釘、ですか?」

「そうだ。新入生の歓迎パーティーで問題を起こすなと、釘を刺すつもりだった」


 私は目を――逸らさなかった。でも、私は紫月お姉様の意思で、攻略対象とヒロインのお邪魔虫をする。問題を起こさないという約束が出来るかと言うと……少し苦しい。

 そんな内心が態度に表れてしまったのか、恭介さんが眉を寄せる。


「言っておくが、紫月の顔に泥を塗るつもりなら、俺は決しておまえを許さない」

「――恭介さん。わたくしが紫月お姉様の意思に反するなどあり得ませんわ」


 泥を塗るなという恭介さんに、お姉様の意思に反することはないと応じた。同じことを言っているようでその実、少しだけニュアンスが違っている。


 恭介さんはその差異に――気付いたのだろうか?

 少し考えるような素振りをして、私に向かって腕を差し出してきた。意味が分からなくて、だけど悪役令嬢らしく、どういうことかしら? と首を傾げる。


「会場までエスコートしてやろう」

「……光栄ですわ」


 口ではそう言いながら『胃が痛くなるので止めてください』と心の中で呻いた。でも断ることも出来なくて、私は彼の腕を取って会場入りを果たす。

 煌びやかな会場。

 シャンデリアのキラキラとした光が降り注ぐ会場を進めば、私達の行く先に道が出来る。私達――おそらくは恭介さんを見た人達が左右に寄って道を空けた。


 これが財界でも有力な家に生まれた者の力。私もまた、それに次ぐ力を手にしている。今更ながら、この力を使って悪役令嬢になることに恐怖を覚えた。

 だけど、私はこの力を使って立派な悪役令嬢にならなくてはいけない。


 そのためにも、この権力を使いこなさなくてはいけない。

 いまの私は悪役令嬢。自分が特別な存在だと思い上がっている高飛車な女の子。周囲の人間が、私に道を空けるのが当然だと振る舞わなくてはいけない。

 胸を張って、恭介さんのエスコートで会場の中を進む。


「ところで、おまえはこれからどうするつもりだ?」

「それは……」


 紫月お姉様から与えられたミッションに挑む――なんて言えるはずがない。だけど、目的がないと言って、このままエスコートされるとミッションに挑めない。

 どう答えようと迷っていると、恭介さんが小さく笑った。


「なるほど、紫月がおまえを義妹にしたのには、それなりの理由があるようだな」

「なんのことでしょう?」


 とっさにとぼけるけれど、恭介さんは笑って「誤魔化すのなら、考えるときに視線を斜め上に泳がせるのはやめることだな」と言って立ち去っていった。

 ……視線で気付くとか、怖い。

 でも、ミッションのまえに自分のクセに気付けてよかったと思うべきだろう。私は気を取り直し、ヒロインはどこだろう――と視線を巡らせた。

 煌びやかな会場に、財界の子息子女が揃っている。私よりもずっと上品に振る舞う人もいれば、受験組とおぼしき普通の子供達もいる。


 私が探すのは、受験組の中に紛れているであろう訳ありの女の子。

 両親を事故で失い、親戚の家でお世話になっていた苦労人。財閥の理事長である祖父の目に留まり、一夜にして華麗なる転身を遂げたシンデレラ。周囲を注意よく見回すけれど見つからない。どこにいるんだろうと周囲を見回していると、シャノンが私の袖を引いた。


「……どうしたの、シャノン」

「ゆっくりと、右後方をご覧ください。並んでいるテーブルの右側手前です」


 私は何気ない仕草で振り返り、指定された辺りに視線を向ける。そこには、私の探し求めていた女の子、乃々歌ちゃんの姿があった。

 ただ、なんというか……


「澪お嬢様、彼女もこちらを見ているようなのですが……?」

「き、気のせいじゃないかしら?」

「でも、お嬢様に手を振っていませんか?」

「……き、きっと、近くに虫がいるのよ」


 必死に否定するが、シャノンの冷めた視線の追及には耐えきれなかった。


「ちゃんと突き放したはずなんだけどなぁ……」

「どう見ても、再会を喜ばれていますよ。あ、こっちに来ました」


 言葉通り、乃々歌ちゃんが嬉しそうに駆け寄ってくる。

 それを見た私は思わず目眩を覚えた。新入生歓迎パーティーでヒロインが接触するのは、攻略対象である陸さんだけだ。いきなり、その展開から外れてしまった。


 ……いや、落ち着こう。

 もっとも望ましい展開は、原作乙女ゲームのストーリー通りに話を進めることだ。でもそれが出来なければ即アウトという訳じゃない。要点さえ押さえれば役目は果たせる。

 可能な限り、ここから軌道修正を果たそう。そのためには、私がヒロインの側にいた方がいいと前向きに考え、駆け寄ってくる乃々歌ちゃんを出迎えた。


「入試以来ですね。たしか……柊木さんでしたね」

「嬉しいです。覚えていてくださったんですね、桜坂さん」

「……ええ、もちろんです」


 しまった、忘れている振りをした方がよかったかもしれない。でも、名字を呼んでしまったものは仕方がない。私は乃々歌ちゃんとの話を続ける。


「わたくし、貴女にキツいことを言ったはずなのだけど?」

「それは私のため、ですよね?」


 かなりきつめのことを言ったのだけど、彼女にとってはそれが助言に聞こえたらしい。そうして、帰ってすぐに礼儀作法を学んだとのこと。


 さすがヒロイン、ポジティブな性格だ。

 ……そういえば、以前よりも少しだけ所作が綺麗になっているね。私が必死に学んでいるあいだ、彼女も同じように学んでいたのかもしれない。

 そう思うと親しみを覚えてしまうけれど、ここで優しい言葉を掛ける訳にはいけない。


「少しは努力なさったようですけど、まだまだ未熟と言わざるを得ませんわね。その程度の立ち居振る舞いで、他の方々に認めてもらえると思ったら大間違いですわよ」

「はい。桜坂さんを目標にがんばります!」


 打たれ強い。……というか、すっかり慕われてしまっている。でも、私を目標に成長してくれるのなら、目的を考えると問題ない……のかなぁ?

 ひとまず、彼女と陸さんを引き合わせ、陸さんと踊り、財閥特待生に対する敵愾心を煽るというミッションの達成に集中しよう。

 そう覚悟を決めた直後、男の子がやってきた。黒髪だけど、光に当たるとわずかに緑がかって見える髪の持ち主。シャノンが、彼が月ノ宮 陸だと耳打ちしてくれる。

 言われるまで気付かなかった。

 写真で確認したはずだけど、やっぱり直で見ると感じが違うね。

 そんな風に感心しながら、彼のプロフィールを思い返す。彼は大財閥の序列第二位、月ノ宮財閥の分家、日本で有数の電機メーカーの御曹司である。


 あっちからやってくるなんて、原作シナリオの強制力だったりするのかな? なんにしてもラッキーだ。ここから上手く原作通りに状況を軌道修正しよう。

 そう思って、彼が近付いてくるあいだに情報を思い返す。


 庶民から見れば大財閥のご子息だけど、月ノ宮財閥の中では末席に位置している。身分差を笠に着て無茶な要求を重ねる親戚に辟易している彼は、特権階級に敵愾心を抱いている。

 それゆえ、彼は財閥特待生としてではなく、一般生としてこの学園に通っている。だから、特権階級の権利を気ままに振りかざす悪役令嬢とは相性が最悪だ。


 そういう事情もあって、権力を笠に着た悪役令嬢がヒロインにイジワルをすると、積極的にヒロインにフォローを入れてくれる。

 それを利用して、二人が仲良くなるように仕向けるというのが最初の展開である。


「初めまして、僕は月ノ宮家の陸だ。実はキミと話したいと思っていたんだ」


 はあ? と喉元まで込み上げた言葉は必死に飲み込んだ。彼が声を掛けた相手が乃々歌ちゃんではなく、なぜか悪役令嬢の私だったからだ。

 動揺する内心を押し殺し「わたくしと貴方は初対面のはずだけど?」と返す。


「実は試験会場でキミ達のことを見かけてね」


 キミ達という言葉に息を呑んだ。試験会場において、私と乃々歌ちゃんが一緒だったシーンはあの一瞬しか存在しない。すなわち、乃々歌ちゃんが虐められていた現場だ。


「あぁ、誤解してる訳じゃないよ。キミがそっちの子を助けたことは知ってる。僕も意味もなく身分を振りかざすような連中が嫌いでね。キミ達となら仲良くなれそうな気がしたんだ」


 むしろ誤解して欲しかったと心の中で呻く。私が身分差を笠に着て、乃々歌ちゃんを虐めていると思ってくれていたらミッションは達成されたといっても過言じゃない。

 なのに、私が乃々歌ちゃんを庇ったと思われているなんて……最悪だよ。


「それと、そっちのキミも初めましてだ」

「初めまして。私は柊木 乃々歌って言います」

「これはご丁寧に。僕は月ノ宮 陸だよ、よろしくね。乃々歌さん。それと、そっちのお嬢さんの名前も教えてもらえるかな?」

「彼女は桜坂 澪さんです。私にアドバイスをくれた優しい人なんですよ」


 私が動揺しているあいだに優しい人にされてしまった。

 というか、ヒロインの社交能力が高い。


 このままでは、私も彼ら仲良しグループに入れられそうな雰囲気だ。

 ……いや、まだ挽回は効くはずだよ。ここで家名を前面に押し出して、一般生を見下すような発言をすれば乃々歌ちゃんは打ちひしがれ、陸さんは幻滅してくれるだろう。

 そうすれば、私が悪役令嬢として進む方向に軌道修正が出来る。


「たしかに、わたくしは桜坂家の澪だけど――」

「――そうか、おまえは桜坂家のご令嬢だったのか」


 唐突に、背後から男の子の声が響いた。今度はなによ! と、振り返った私は目を見張った。そこにいたのは、いつかの桜花百貨店で、妹をお姫様抱っこして去っていった少年。

 どうして彼がここに……と困惑する私の横で、シャノンが破滅の言葉を呟いた。


「彼は雪城 琉煌ですよ。……まさか、知り合いなのですか?」


 頭が真っ白になった。

 聞かされたのはメイン攻略対象の名前。つまり、ヒロインとくっつけなくてはいけない相手。そして妹と仲良くするというイベントをこなすまで、塩対応で素っ気ないはずの相手。

 それが、どうして……


「どうした、そんなに驚いた顔をして。次に会ったときにお礼をすると言っただろ? そうそう、妹がおまえのことをいたく気に入ったみたいでな。また会いたいと言っていたぞ?」


 私は声にならない悲鳴を上げながら、必死になんでもない風を装った。

 でも、だけど……待って!

 メイン攻略対象の琉煌さんは、病弱な妹を大切にしている。だから、妹に気に入られないと、彼のルートに入ることは出来ない。妹に、気に入られないと――


 ああぁぁぁあぁぁっ! 妹って瑠璃ちゃんのこと!?


「再会を祝して、一曲お相手願えるか?」


 琉煌さんが優雅に手を差し出してきた。紛うことなきダンスのお誘いである。――って言うか、再会を祝してってダンスに誘うのは、陸さんが乃々歌ちゃんに言うセリフでしょ!

 それを、琉煌さんが悪役令嬢の私に言ってどうするのよ!


 声にならない悲鳴を上げて硬直する。それを拒絶と受け取ったのか、陸さんが私の前に立って「僕達の会話に割り込んで、いきなりダンスに誘うとはどういう了見だ?」と私を庇った。

 続いて――


「そうです、桜坂さんとは私達が話していたところなんですよ!」


 乃々歌ちゃんまで私を庇う始末である。って言うか、そうじゃないよ。そこは権力を振りかざす私をまえに、陸さんが乃々歌ちゃんを庇うところでしょ!

 私、権力をかざす方! 庇われるのはそっち!


「なるほど、話に割って入ったことは謝罪しよう。ただ、俺にとって彼女は恩人でね」

「……恩人だと?」

「ああ。妹が世話になったんだ。このお礼は次に会ったときにすると彼女と約束していた」


 琉煌さんの言葉の真意を問うように、陸さんと乃々歌ちゃんの視線が私に向けられる。

 たしかにそう言われたけど、私は二度と会わないつもりだった。というか、この状況でどう答えるのが正解なの? 私がどう答えれば、原作ストーリーに軌道修正できる?


 答えを出せずに沈黙する。後から考えれば、これが最大の失策だった。でも、私は答える言葉を持たず、沈黙した隙に琉煌さんが新たな言葉を付け加えた。


「雪城財閥の跡取りとして、受けた恩は必ず返さなくてはならない。仮にも月ノ宮の末席に名を連ねる者なら、俺の事情も理解してくれるだろう?」


 三大財閥の序列第一位、雪城財閥理事長の御曹司。その自分が恩を返そうとしているのだから、月ノ宮の、それも末席にしか過ぎない者が邪魔をするな――と、そう言っている。

 その言葉を聞いた瞬間、陸さんの目がすがめられた。


「権力を笠に人を従わせる。それがキミのやり方なのか?」

「どうとでも受け取るがいい。俺の目的は彼女への借りを返すことだ」

「キミは違うと思っていたけど、どうやら僕の買いかぶりだったようだね」


 特権階級と、それを嫌う陸さんの対立が始まった。

 あれ、もしかして、軌道修正できた? ……なんて、うん、冗談だよ。これでミッションは達成してますよね? なんて言ったら、間違いなく紫月お姉様に怒られる。

 というか、権力を使ってダンスに誘うのは悪役令嬢である私の役目である。


 もうむちゃくちゃだよ! なんか、色々と役目が入れ替わってるし……一体どうすれば、ここから軌道修正が出来るの?

 ……無理だ。ここから、軌道修正なんて、どうやっても不可能だ。


 ――いや、諦めちゃダメだ。

 いまの私は桜坂の娘。この程度で取り乱すことなんて許されない。それに、悪役令嬢となって妹を救うためには、この状況を乗り切って軌道修正するしか道はない。

 私の行動に妹の命が掛かっていることを忘れてはならない。


 大丈夫、落ち着けば大丈夫。

 私が乃々歌ちゃんの壁になって成長を促し、陸さんの特権階級への敵愾心を煽って乃々歌ちゃんとの結束を促し、その上で琉煌さんと乃々歌ちゃんが仲良くなるように軌道修正する。

 そんな奇跡の一手がきっと見つかる……見つかる、はず、だよ……っ!

 

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