プロローグ
「わたくしの代わりに悪役令嬢になりなさい。そうしたら貴女の妹を助けてあげる」
破滅的な提案をしたのは桜坂財閥のご令嬢。そして提案された私はただの一般人。妹が難病を抱えて入院していることを除けば、ごく普通の女の子だと思っていた。
いや、彼女の提案を聞いた後でもそう思っていた。
「ここは、乙女ゲームをもとにした世界なの」
――彼女が驚くべき事実を打ち明けるまでは。
桜坂財閥のご令嬢、紫月さんの話は驚くべき内容だった。
とはいえ、私もすぐに彼女の話を鵜呑みにした訳じゃない。だけど、彼女は自身の言葉が真実である証拠を示し、私は彼女を信じて悪役令嬢になることを了承した。
そうして、彼女の代わりに悪役令嬢となって三年が過ぎた。
最初から上手くいった訳じゃない。
振り返ってみても、悪役令嬢らしく振る舞えたかどうかは分からない。でも、私は彼女の指示通りに攻略対象の雪城 琉煌と接点を持ち、物語と同じように――恋をした。
そして――
高層ビルの最上階にあるパーティーの会場。財閥の娘に相応しい煌びやかなパーティードレスを纏う私は、窓の外、遥か下界に広がる夜の街を見下ろしていた。
「澪、ここにいたのか」
背後から聞こえたのは、ここ数年ですっかり馴染みとなった琉煌の声。私は反射的にドレスの裾を握り締め、弱い自分を心の隅へと押しやった。
ここからはお仕事の時間だ。
私は拳をゆっくりと開き、この数年で身に付けた極上の笑みを浮かべて振り返る。予想通り、そこには琉煌と――原作ヒロインの乃々歌が並び立っていた。
紫月お姉様から聞かされた、ゲームのスチルそのままに。
「ご機嫌よう、琉煌、それに乃々歌。今夜は特別な夜になりそうね」
不遜に髪を掻き上げ、悪役令嬢らしく笑ってみせる。
「澪、最近のおまえはらしくないぞ」
「そうです。なにか悩みがあるなら話してください!」
「わたくしに悩みなんてないわ。それに、話すことがあるのは貴方達の方でしょう?」
今日はこの世界の元となる、原作乙女ゲームのターニングポイントだ。今日、この場で、琉煌は悪役令嬢である私を断罪し、ヒロインの乃々歌と結ばれる。
それが、原作乙女ゲームのハッピーエンドを迎える唯一無二の条件だ。
そして、ハッピーエンドと引き換えに悪役令嬢は破滅する。だけど、それこそが、やがて日本を襲う未曾有の金融恐慌を乗り越え、私の大切な妹を救うための鍵となる。
私の選択に多くの人命が掛かっている。
だから私はこの仕事に誇りを持って、悪役令嬢らしくみっともなく破滅しよう。
「さあ、悪役令嬢のお仕事を始めましょう」