「落ちる君と目合わせる僕幸せ」
僕は真夏の耐え難い暑さと裏腹に賑やかな商店街の喧騒を見るのが好きだ。道行く人々のどれも僕が見ているのを知らず、興味も持たないであろう。声かければ届く距離、知覚すればお互い認識できる空の下でどうして君はあの日。僕と知り合うことができたのであろう。
お昼過ぎのあの日、僕は非常階段の踊り場で冷え固まったおにぎりを食べていた。まだ塾に入ってばかりだった僕は、知り合いもいなく楽しくもない勉強を明け暮れる日々に少しの変化を期待して楽しんでいた。おかかの味は相変わらずぼんやりしているが、期待はしていない。それよりも5階の踊り場から見るこの風景は非日常的で僕の冒険心を十分に搔き立てた。いつもと違う地上からの高さ、いつもと違う空の近さ、いつもと違う風の豪快さはとても心躍るものだった。
だけどその中で唯一残念なのが家で散々嗅いだたばこのにおいだ。別に慣れてはいるから鬱陶しくは思わない。だけど、どこかしら鮮烈なにおいというか、濃かった。上の階段から降りてきた君の仕業だった。黒髪を肩まで伸ばしている君は姿勢端正で自信満々だがこれらの言葉とは裏腹に酷いクマが出来ていた。
「僕、ごめんね。タバコの火、ついてしまった。すぐ離れるからね。」
「いえ!大丈夫です!父さんがよく吸うので。」
「そうなの?じゃあ甘えていいかな?」
「はい。どうそ。」
短い幅三歩しかない踊り場で君は手すりの端にもたれた。
「少年よ~考えて生きてな~じゃないとこんなおばさんになっちゃうよ~」
「僕はちゃんと考えていますよ。将来のために、、、」
「い~や!君はなるね!僕みたいなブラックサラリーマンみたいに。」
「、、、」
「ははーん、納得してないね。じゃあゲームしようじゃないの。僕は少年が僕と同じリーマンなることに賭ける。少年はならないにかける。結果は7年後かな?」
僕は黙って階段を降りた。
「勉強頑張って来いよー」
やる気は元からない、だから背中押されてもやる気は出ない。そもそも勝敗が分かったときあの人は知る術もないだろう。適当なこと言う大人にはなりたくないとその時思った。
あの日からずっと、昼休憩は必ずあの踊り場で僕は食べていた。来る日も来る日も勉強の成果が芳しくなくとも、僕はあの踊り場にいた。
勝敗はついた、僕の勝ちだ。
いつもと違う地上からの近さ、
いつもと違う空の高さはとても静かなものだった。
浮ついている僕は君の瞳の中でどう映ったのかは知らない。
だけど、僕は幸せだ。