-高台団地の噂-
「幽霊?」
「そう!隣のクラスの高梨が言ってたんだよ!」
初夏と言ってもいい日が続く6月上旬、親友の柳遥子は変な噂話を私に聞かせてきた。
「ほら、ちょっと遠いけど昔の……なんていうの?団地?みたいなところあるじゃん?」
「ああ……なんかちょっと高台みたいになってるところに同じような宿舎がいっぱい並んでるところ?」
「そうそう!あそこでね、最近幽霊が出るんだって!」
「うわあ〜嘘くさ〜」
遥子は好奇心の塊のような子だ。
気になったらなんでも自分で調べなきゃ気が済まないような子だし、そんな彼女に私、茨木千聖はいつも振り回されている。
今回だって明らかに胡散臭い噂にも関わらず目を輝かせて私に話しかけてくる。
この分だときっと……。
「だからさ、千聖!私たちで調べてみようよ!」
やっぱり。
言い出したら聞かない彼女のことだ。
きっと嫌だと言っても無理矢理付き合わされるに決まってる。
「もうしょうがないなあ〜」
「やった!ありがと!」
「それで?どんなのが出るって?」
「そうそう、それなんだけどね……」
遥子が聞いた話はこうだ。
部活帰りで遅くなった生徒が例の団地の近くを通って帰っていた時、子供の泣き声のようなものが聞こえたらしい。
既に6時を過ぎていて、辺りもすぐに暗くなりそうだったから一応心配になって声の出どころを探ってみるとどうやらもう誰も住んでいないはずの団地の中から聞こえてきたらしい。
かくれんぼでもしていた子が一人だけ残されてしまったのかと思い、中に入り声の元へと向かってみるとその声は団地の片隅にある焼却炉の中から聞こえてきていた。
その時点で嫌な予感がしてその子は中を見ることなく引き返そうとしたのだが、その時後ろから聞こえてくる泣き声が大きくなり、何者かのジャリっという足音が聞こえたから振り返ることなく走って逃げてしまった。
という話だった。
「なんでも昔あの団地で男の子が失踪したっていう事件があったらしくて、その幽霊は失踪した男の子なんじゃないかっていう話らしいの!」
「なんだかありきたりな話ねえ……」
「えぇ〜!?そう!?面白そうじゃん!」
実際あの辺りはもう住んでる人が全然いないこともあり、日が沈むとほとんど暗くなってしまいなんとも言えないような雰囲気を持っている。
だからそのような噂ができてもおかしくない場所ではあると思う。
「それで?現地に調べに行くの?」
「うんうん!だから一緒に来てほしいなって!」
「流石に今日は無理だよ?」
「わかってるって!私のほうも準備したいから来週の土曜日ぐらいでどうかな?」
「うん、わかった。来週の土曜日ね」
「やった!ありがと千聖〜!大好き〜!!」
「はいはい、好き好きー」
「棒読みはひどいよー!」
プンスカと怒る遥子を適当にあしらって私は話を終わらせた。
なんとなく嫌な予感を抱きながら。
「おまたせ!ってアレ?」
「あ、きたきた。じゃあ行こっか」
「いやいや、待って待って!?なんで風見くんがいるの!?」
「ははっ……柳さんよろしく……」
土曜日の午後五時半。
集合場所には私と遥子のほかに、妙に青い顔をした男、風見大毅が居た。
「うんっ!よろしくね!……じゃなくて!」
「私が連れてきたのよ。女2人じゃ時間的に危ないかもしれないからね。図体だけは立派なんだから何かの役には立つでしょ」
「千聖ちゃんに連れて来られました……うう、ホラー苦手だって知ってるくせに」
「いい男が何言ってんのよ」
小さい頃から柔道に打ち込んでる大毅はその甲斐もあってか非常に体格の良い男だ。同年代の男どころかちょっとしたアスリート相手にだって引けを取らないであろう体格をしておきながらその実オカルトが滅法苦手な男でもある。
なんでも自分の肉体でどうこうできない存在が恐ろしいのだとか。
……まあわからなくもないけどそんな姿を見て育っている幼馴染としては男として意識することもなかった。
「あーなるほどね。確かに変質者とか居たら怖いもんね」
「そういうことよ。頼んだわよ大毅」
「ま、まかせて」
まあ実のところ大毅を読んだ理由はそれだけでは無いのだが。
問題の団地に向かう途中、遥子はこの一週間の調査結果を私たちに伝えてくれた。
「噂の出どころはどうも近くの女子校の子だったみたい」
彼女の調査能力は不思議なほど高い。
時にはどこから調べてきたのか理解できないほど詳細な事情を仕入れてきていたりするから驚きだ。
「じゃあその子から話は聞けたの?」
「うん。聞けはしたんだけどやっぱり噂以上のことは何も知らないみたい。それに怖いからあんまり思い出したくないみたいだったよ」
「そりゃあねえ……」
ただでさえ不気味な体験をしたのだ。
それをわざわざ思い出したくないものだろう。
「それにね。どうやら実際に7年ほど前に失踪した子が居たみたい」
「え……」
「結局見つからずそのままらしいよ。そりゃ変な噂がたってもおかしくないねえ」
「ふーん……」
大毅は最初から青くしていた顔をさらに青くさせなんならもはや真っ白になっているんじゃないかというぐらいだ。
ホラーが苦手な人は発想が豊かな人だと聞いたことがあるが、もしかしたら頭の中で色々想像してしまっているのかもしれない。
現地に着く前にこんなならもしかしたら使い物にならないかもなあ……なんて考えていると大毅が知ったら怒りそうだ。
のんびりと3人で歩きながら向かうと件の団地に着いたのは六時五分前だった。
「いい時間に着いたね」
「そうだねー!なんか出るかなあ?」
ワクワクが止まらないといった表情で遥子が辺りを見回していた。
錆びたフェンス、伸び放題の雑草、夕陽で長く伸びる建物の影。
噂なんて知らなくても何か出てもおかしくないような雰囲気をこの団地は纏っていた。
「うう……なんかちょっと肌寒くないかな……?」
大毅は自分の体を抱きながら身震いしながらそんなことを言った。
「えぇ〜?そうかな〜?まだちょっと暑さが残ってる気がするけど?」
これはビンゴかもしれない。
ここからは少し気を引き締めていかなければ。
「足元もよく見えないし、単独行動は危なそうだから三人まとまって動きましょ?」
「うん、そうだね!まあそもそもそも向かう先は例の焼却炉なんだけどねー」
「は、早く行って完全に暗くなる前に終わらせよう……?」
「そうね」
やはり事前に調べていたんだろう。
遥子は迷う素振りも見せず真っ直ぐ目的地へと案内してくれた。
粘着くような空気に気づくこともなく。
「着いた、ここだよ」
「泣き声は……聞こえないね」
「ここここここ、ここがれれれれれ例の?」
「そうみたい。……大毅、大丈夫?」
「はははは……今すぐでも逃げ出したいぐらい」
歯の根を震わせながらも冷や汗を垂らす大毅。
やはりここはホンモノだった。
「じゃあ……開けるね?」
そういって遥子が焼却炉の扉に手をかける。
私はそれを止めようともしなかった。
「うわあああああああああああああああ!!!!」
途中まで扉が開いたところで中から悲鳴を上げながら小さな何かが飛び出してきた。
その声に驚き、遥子と大毅は体を硬直させる。
ソレ飛び出す際に扉を強く押し開けてきたため、遥子が扉に押され後ろに転けてしまった。
「遥子!大丈夫?」
「千聖ちゃん、何とか僕が受け止めたから大丈夫だよ」
「そう、良かった」
「それで……千聖、その子は……?」
「中に居たみたいね」
私が抱えて頭を撫でて落ち着かせている時は小学校低学年ぐらいであろう男の子だった。
少々混乱しているようで、泣き止むまで時間がかかりそうだ。
「もしかして……噂の正体はその子の泣き声だったってことなのかな?」
「そうかもしれないわね」
男の子が落ち着くまで待って、簡単な事情を聞いてみることにした。
友達と団地内でかくれんぼをしていたが、なかなか見つけてもらえず気付けばみんなが帰ってしまったとのことだった。
あまりにも見つからないまま暗いとこにいたため居眠りしてしまっていたのだが、扉が開く音で目が覚め、目が覚めたとき周りが真っ暗だったため混乱して泣いてしまったとのことだった。
「前もここでかくれんぼしたことあるの?」
「ううん……僕はしたことないんだけど他の子がしたって言ってた。だから今日一緒にやろうって」
「そっか。でも怖かったでしょ?もうここで遊ばないようにしようね?」
「うん、わかった。ありがとうお姉ちゃん」
もう辺りも大分暗くなってしまったため、私たちは少年を家まで送って行ってあげることにした。
少年の親御さんも心配していたようで少年を叱った後、私たちに丁寧にお礼を言ってくれた。
晩御飯を食べていってはどうかとお誘いを頂いたけど私たちのほうも親が心配するのでと言ったら納得してさがってくれた。
「結局オカルトでもなんでもなかったねー」
「噂なんて所詮そんなもんよ。じゃあ私たちも帰ろっか?」
「うん!もうお腹ぺこぺこだよー!」
真相究明できたようでスッキリとした笑顔で手を振る遥子と駅で別れる。
この一件を彼女はどのように記録するんだろうか。
「……大毅、もう一度あそこに行くよ」
「わ、わかった……」
もう一度私はあの団地へと足を向ける。
あの子に着いていた分はなんとか祓ったが、大元の原因を対処せねば今後も同じような被害者が現れるだろう。
例の焼却炉に到着し、扉を開ける。
そこには全身の皮膚が爛れた少年の悪霊が存在していた。
「千聖ちゃん……やっぱりいるんだよね……?」
「ええ、ハッキリと見えるわ。大毅は見えなくて良かったね。ちょっと見た目はショッキングだから」
「うぅ……」
きっとこの子が失踪した子なのだろう。
実際は失踪ではなく、殺されたということだったのかもしれない。
もしかしたらこの焼却炉の中を探せばこの子の遺骨でも出てくるのだろうか。
「あなたは乗り移り先を探していたのね。コンピューターウイルスのように子どもから子どもへと自分の念を移していき、乗り移りやすい子を探していた。だからこんな場所で遊ぶ子が何人も出てくる。もしかしたら今日の子にでも乗り移るところだったのかしら?だとしたら間に合って良かったわ」
「アトスコシダッタノニ……コンドコドボクハジユウニ……」
「あなたの境遇には同情するわ。それでもあなたのやったことを許すわけにはいかないの」
家から持ってきたお札を男の子に貼り付ける。
「輪廻の輪に戻り、今度こそ幸せな一生を送らんことを……」
あああああああ……という叫びと共に悪霊の男の子は消えていった。
「彼だけが悪いわけじゃないんだけどね……」
「終わった?」
「うん」
スッカリ日が暮れた団地内で私は静かに夜空を見上げていた。
茨木千聖
霊能少女。両親共に霊能者。
自分から関わっていくつもりはないが親友が心配なため仕方なく付き合っている。関わってしまったことを放置することもできず、なんだかんだで祓ってしまうことも。
柳遥子
零能少女。霊感は全くない。
噂……というよりも真相究明するのが大好きで気になったものは調べないと気が済まない少女。
調べ物をすることに長けており、ありとあらゆる情報収集をすることが得意。
時には厄介なネタまで無自覚に拾ってくることも。
風見大毅
メインタンク。柔道有段者であり、体格は非常にガッシリしている。
千聖とは幼馴染で、お互いのことは知らないことの方が少ない模様。オカルトが大の苦手だが、霊視はできないものの霊感そのものは誰よりも強く、千聖が気づかないものにも反応することも。
オカルトが苦手な関係で千聖との恋愛的なアレコレは一切ない。
とある大好きな2作品の影響が強く出てるのでわかる人にはモデルがわかるんじゃないかなと思ってます。




