009.思い出ひとかけら
Wordle 229 5/6
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「陶片追放って知ってる? ハルちゃん」
私のすぐ隣に座るハルちゃんの手が止まったのがわかる。から、と指が升にあたる音が部室に響いた。突然おりた沈黙に、校庭から体育のかけ声だけが微かに聞こえてくる。お昼過ぎの部室にいるのはハルちゃんと私だけだった。──ていうか、そもそも部員がハルちゃんと私だけなんだけどね。
歳の数の豆を食べながら、ハルちゃんは思案げに私を見つめているらしかった。あるいは、思い出そうとしてるのかも?
手慰みに一枚二枚とタロットをめくって遊んでいると(んー……『星』! ……口には出さないけどさ)、ハルちゃんはようやく口を開いた。
「うん。世界史の授業でやったかも。嫌われ者選挙、だよね」
その通りと応えて、私は最後の一粒をポリと噛んだ。
「流石だね。どこに出しても恥ずかしくない、優等生さんだ」
「……もう。ソメちゃんだって、世界史の授業でやったのを覚えてたんでしょ? からかわないでよ」
ハルちゃんのいる方から小気味良い音が鳴る──トトト──部室に用意してある電気ケトルでお茶を煎れてくれているらしい。やってきた湯気にほっぺの産毛がうっすらと湿る。窓から入りこむ残寒の風が──ヒュウ──暖まったほっぺをからかうように通りぬけていく。ん、一句思いついたよ。
「べべん、ここで一句」
「ちょっと」
雄虎も 沈む密漁 利権の端
「どうかな」
「どうかなって……」
「感想を聞かせてよ」
「…………オストラシズムってことね」
「ねぇーそれ感想じゃなーい」
ハルちゃんから受け取ったお茶をすすって、「ダメかなあー」と伸びをして机に突っ伏す。パイプ椅子に会議テーブルは、節分にも一句にもお茶にも全然合ってなかった。私がうーうーとうなっているとハルちゃんは気まずそうに口を開く。
「ええとそれで、なんで急にそんな話? 陶片追放って」
「おーう、そうだったそうだった」
うっかりした風を装って私は大げさに頭を掻く。急に起き上がったからハルちゃんもびっくりしたみたいで──ゴィン──机の角に湯飲みをぶつけていた。
「かく言う私も、陶片追放で選ばれた内乱者なのですよ。これがまた」
「……何かのゲームとか?」
ハルちゃんは眉を顰めて(こんなの、見なくたって絶対わかるね。ハルちゃんて実は声に出るタチだから)──コト──湯飲みを机の上へと置き直す。
「ゲームだね。今思えば、小学生でいう飲み会みたいなものだよね」
「飲み会? ……そもそも、私たちもまだ未成年だけど」
「勿論例え話。私は飲み会なんてゼッタイ行かないし。できる飲み会ったらお茶くらい。そのお茶も、杯を割っちゃあ形無しだ」
「今日は絶好調だね」
「すっかり春が近づいてきているからね」
「……まだまだ寒いと思うよ?」
ハルちゃんは野暮なことを言って一口お茶をすすった。私もそれに倣う。湯飲みを置いて、私は懐からお手製のタロットカードを取りだした。今日のためにわざわざ作ってきたんだ。
「まあいいのさ。問題はその陶片追放」
「なんか無理矢理話そうとしてない?」
「そんなことないよ。丁度あれがこんな春めきだした冬の日だったなって、思ってさ」
◇
「私って、実は生まれつきも目が悪くってさ。そもそもの視力が悪いってのもあるんだけど、色を見分けるのが特に苦手でね。サインペンの色を間違えたり──あ、そんなことって思ったでしょ。馬鹿にならないんだな、これが。ハルちゃんも昔はそうだったはず。「私緑色ー」って言って黄色いペンを持っていく同級生が、不気味じゃないわけがない。色弱色盲、そんなことは小学生にはわからないからね。
「多分そんなことが何回もあって──私は普通にしてるつもりだから、誰にどこで何回そんなことをしちゃってたのかわからないけどさ──ついに私に選挙の番が回ってきたってわけ。
「普通の選挙じゃない、嫌われ者選挙。
「それが今日みたいな日だった。二月初めの掃除の時間。
「教室の花瓶を割ったのを私のせいにされてさ、眼鏡も隠されて、どうも先生も弁護のしようがなかったみたい。その場にいなかったのに正しい判断を下すのなんて無理に決まってるもんね。
「実際には陶片じゃなくて百均の付箋が使われて、さあ、クラスにいない方がいい人投票が始まっちゃった。
「私も書いたよ。何色かわからないサインペンをもらって、そのまま白票を投じたよ。
「けどまあ、結果は私の大勝。クラスメイトの七割以上から得票しちゃったみたい。
「勿論義務教育。クラスから実際に追放されるなんてことはなかったけど、それまでも危うかった私の立場がいよいよなくなっちゃった。
「給食に変なソースをかけられる、上履きを変な色に──ほら、わからないからさ──塗り替えられる、突いて、蹴って、叩かれた。
「可愛いもんだって思う?
「そりゃあ普通の子たちの間だったらそんなにひどいことにはならないんだろうけど──これって、私が悪いのかな?──眼鏡を取られたとしても、階段を転げ落ちる子なんているわけないもんね。
「皆意外と落ちたりしないみたい。
「下手に落ちて下手をうった私はそれっきり。
「きっとほとんどの人が覚えてもいない。番外編のノドのコマ。
◇
「ときどき、誰だったのかなって思うんだ。ねえ」
私はハルちゃんに目を向ける。光の無い目を向ける。
「……何が?」
「わかるでしょ。あの花瓶を割ったのが誰だったのか」
「そんな。それよりも突き落とした子の方が」
「それだって同じことだよ。誰だったのかなあ。思うんだ」
一枚、二枚、三枚、タロットの山からカードを抜きとる。カードは上手く揃えて作ったから、触っただけじゃどれがどのカードかはわからない。
取った残りの山を逆さにして、さらに三枚取りだす。どちらにしても私からは見えないけど、ハルちゃんには私が何を取りだしたのかが見えたはずだ。
「ねえ、それって──「だから、占うことにしたんだ」
取りだしたカードはもう使わない。表にして机の端に置いておく。村山。小杉。大谷。残っているカードはシャッフルして、最初に抜きとった三枚を使って二つに選りわけていく。赤、白、赤、白。瞼の裏には確かにあの色が浮かんでいる。錦鯉の描かれた優美な花瓶。濁って紛れて見えない色々。続けて抜きとる。下村、前田、北山、芝崎。平川、小江戸、実方。佐藤、中田、青木、小岩、山口。
残った山札は二十五枚。ここからは簡単だ。山札を半分にして、一方を取り除く。半分にして、一方を取り除く。繰り返せば、たった三回で残るカードは四枚になる。
取り除いたカードを全て表にして見せると、ハルちゃんは急いでお茶を飲み干して──ゴトン──ぶっきらぼうに机に湯飲みを置く。
「……どうしたの? ハルちゃん」
「ごめん、私、帰るね」
「そう? もう少しなのに。残念だな」
「うん、ごめんね。また明日来るからさ」
笑顔も作れずに(ほら、ハルちゃんは声に出るタチだから)、ハルちゃんは部室の扉に手をかける。
私は笑顔で彼女を見送る。
「うん。じゃあ、また明日ね」
続
SHARD