076.流星
Wordle 296 5/6
⬛⬜⬛⬛⬛
⚪⬛⬜⬛⬛
⬛⬛⬛⬛⬛
⚪⬛⚪⬛⬜
⚪⚪⚪⚪⚪
流星群が降るという。
オリオン座。砂時計のオリオン座。
「シマ、お前も見にいかね? 珍しいじゃん、流星群なんて」
夕暮れの下校路、原の詰め襟から汗の臭いが立ち上った。俺はヒクヒクと震える鼻の頭をどうにか押さえるようにわざとらしく欠伸をした。
「いいよ、オレ」
「またかよー、お前、最近付き合いわりいぞ」
原が俺の学生鞄をズンと突いた。足早に信号を渡る。
「なあ……おい、シマ」
駆け足で追いついた原は息を切らせて手を挙げた。厚ぼったい学ランの袖が聞き取れないほど小さく、低く、ガザリ、鳴った。
「勿体ないって。流星群だぜ、流星群」
「見とかなきゃ損、ね」
「そーうそう、わかってんじゃん」
「わかってねえよ」
その言葉は嫌いだった。したいから、じゃなくて、しなきゃ損だから。そんな理由で、毎日したくもないことをし続けている。誰だってそうさ。……そんなことないって? そうそう。そんなことないって自分に言い聞かせながら。
やっておかなきゃ損かもと勉強して、
見ておかなきゃ損かもとSNSを見て、
聴いておかなきゃ損かもと売れているバンドを聴いて、
知っておかなきゃ損かもと身の上話に花を咲かせている。
──そうだ。
したくもないことをしているわけじゃない。俺だってそうさ。
したいことなんてないから、皆、そうやって。
「おおい、いいな? 夜の十時に生坂裏に集合だかんな。ユースケとハルマも来るかんな」
「いいって……やめとく。明日感想聞かせてくれよ」
「んなこと言って、どうせ見たくなんだろ。別にお前んちのベランダからでもいいからさ」
◆
わかったよと応えた手前、こうして十時を過ぎて窓を開けるのは癪だった。微睡みから覚めて、一人ベッドの上。腕に絡みついたタオルケットを乱暴に剥ぎ取って足先へと押しやる。うっすらと露の着いたクレセントを一息に下ろして窓を引く。
冬の空気だ。遠い遠い冬の夜鳴が頭の裏のずっと上の方で響いていた。
吐く息は白くもなく、黒くもなく、強いて言えば灰色に、無感動に溶けていく。したくもなくない、日々のように溶けていく。
「…………」
窓から乗り出そうとした体を部屋の中にしまう。お望みの流星群が見られなかったから、じゃなくて。
小指一本分だけ開け放した窓。そのずっと向こうの夜空を思い浮かべる。
関東の夜空は寂しい。ずっと昔に遊びに行ったじいちゃんの家から、俺は今、夜を見上げた。
これは思い出じゃない。となりにじいちゃんがいるわけじゃなし、小さな体の俺がいるわけじゃなし。それに夜っていうのはきっと、もっと本当は散らかっているはずじゃないか。
光が廃れるように、物が落ち々ち落ち着くように。
だから夜は、きっと今俺の頭の中にあるように綺麗じゃない。
それでいいと思った。
それがいいと思った。
消極的な現実よりもずっとずっと、それは誇らしいのだ。
一筋。
俺の瞼の裏の流星。
光ったとか、流れたとかというのよりも、それにふさわしい言葉がある気がしていた。
それを探したいと──思った。
「あッ、流星群だよ」
俺がゆっくり目を開けて、しばらくして、やっとそんな声が窓の外から聞こえた。
SQUAD




