069.小説ではない世界に
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図書室は金曜日の色をしている。窓から差しこむ夕焼けと、それが映し出す細かで金色の塵、埃……それにツラツラと濡れたような小麦色の木目床とが混ざりあって、ずっと昔の、懐かしい気持ちを思いださせてくれる。
なんてね。言ってみただけ。
「あら三井さん。こんにちは」
「こんにちは! ……っと、お……これ、お願いします」
つい大声を上げてしまって、私はすぐ後ろを振りかえる。でも授業時間中の図書室にはクラスの子も、ましてや先生だっていやしないんだ。「気を付けてね」秋風より優しく吹く上橋センセの注意の声だけに「はあい」と返事をしてバーコードを通した本からカバンにしまっていく。
センセの皺の寄った手を眺める。私の渡した本を撫でて、背表紙から天からスピンから(えへ、センセに教えてもらったんだ)自分の子供みたいに微笑んでから──「妖怪アパートの優雅な日常、良いわね。私も好きよ、これ」──赤でスキャンしていく。その手から、腕へ。腕から垂れるどことなく外国風の羽織には丁寧に編まれた……えっと、フ。あっ、フリンジ。フリンジが何本も茂っている。
「結構難しい言葉使えるようになったのね、三井さん」
センセに笑顔を向けられて、声に出てしまっていたことに気付く。
「ちょっと、すぐ教えてよ」
「ええー? 良いと思うわよ。思ったことすぐ言える子って素敵。パンセ、賛成~」
いたずらっぽく笑うセンセ。(何言ってるかわからないけど)。他の先生とぜーんぜん違う。
私がどんな本読んでもうるさく言ってこないし、休み時間にこうやって図書室に来ても怒らないし。
あたし、上橋センセみたいになりたいんだ。
「あらほんと? 嬉しいわ」
…………また。
口をつんと尖らせると、センセは吹き出して、また笑う。
「ごめんごめん。あんまり可愛いから」
「むうーん。……良いよ。じゃ、あたし帰るね。また来週、センセ!」
「はーい、またね」
センセとはこうやって、図書室でだけ会う。
勿論この学校のセンセなんだから、きっと職員室に自分の机があって、他の先生たちと会議があったりするのかもしれないけれど、それでも、図書室以外で上橋センセと会うことはない。他の学校でも、図書室の先生ってそうなのかな?
バッテンの一杯入った手提げ袋の中身はセンセのおすすめと、私の好きなシリーズの最新刊と……今の私が欲しいもので一杯。
ずっと私も、だから、あの金曜日の中にいたいんだ。
悲しいこととか、乗り越えなきゃいけないこととか、そういうものは、丈夫なハードカバーとツルツルのフィルムに押し込めて。
私たちは、あの図書室に。
SHAWL




