063.白眉六角の小学者へ
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……でしょう。……だろう。……することになっている。……でしょうか。……だろうか。……させてやる。……しましょうか。……したらよいでしょうか。きっと……する。……すべきである──
今日もほら、センセイたちは私を見て何か相談してる。
マイクセンセイ。ケイトセンセイ。アズマセンセイ。マユミセンセイ。トーゴセンセイ。スウェイドセンセイ。ゴウセンセイ。フィッツセンセイ。クロークセンセイ。フライドセンセイ。
アリカセンセイ。
アリカセンセイは、冷めている。
「アリカセンセイ」
夜の検査はセンセイの部屋で。
さらっとしたクリーム色の壁に、さらに部屋の明かりが黄色くおりる。センセイに向かいあうように据えられた丸椅子に腰掛けた私は、夕飯の後ということも相まってほんの少しの眠気におそわれる。
血糖値スパイク──。
センセイはいつものように着崩した白衣で、すぐ横のデスクに向かう。難しい顔で睨みつけるモニタは、しかし私のカルテではないようだった。いつも通り。もう一度呼ぶ。
「アリカセンセイ」
「なんだ」
「検査はいいんですか。それに、少し眠いんです」
他のセンセイなら跳び上がって驚くようなことでも、アリカセンセイは欠伸一つで答える。
「今日は休みだ。眠いなら戻って寝ていいぞ。シャル」
…………。
センセイは私のことをシャルと呼ぶ。
白眉六角の小学者。
私が何も言わずに椅子に座ったままいるとアリカセンセイは「なんだよ。どっちだよ」と少し不機嫌そうな顔で私に向き直った。
「それとも検査してほしいんか。いつも最高に嫌がってるって聞いてるがな」
「嫌がってません」
「じゃあするか」
「……結構です」
壁の高いところにかけられた時計に視線を投げる。二十時四十分。検査予定時間はまだまだ終わらない。
私は部屋に戻ってすることもなくて、相変わらず椅子に座ったままアリカセンセイの見つめるモニタを覗く。画面では、白と黒の丸が増えたり減ったりする。センセイはその増減に「あー」とか「しまったなあ」とか呟いて、その度に顔をしかめて考えこむ。
「……違う。その上」
虚をついて出た声に慌てて口を押さえる。けれどもう遅い。アリカセンセイは常夜灯みたいに眉を顰めてスクリーンの電源を落とす。
「……ごめんなさい。つい」
「碁ってんだ」
「ゴッテン……」
「碁」
「ゴ」
「そういう名前なんだよ。やったことあるか?」
「ううん」
でもルールはわかった──顔に出ちゃってたかな──アリカセンセイは眉をパッと上げると「一局どうだ、小学者」と手もみした。
今はこれにハマってるんだ。センセイ。
「いいよ」
目を閉じて、頭の中に盤を描く。瞼の闇に、椅子に深く腰掛けるセンセイの音が一雫滴る。
「俺から見て、左上から左下へ、1から19。左上から右上へAからS。碁はチェスと違うからな、線の交点に駒を置く」
「うん」
センセイは追加でいくつかルールを付け加えた。それはやっぱり、さっきの試合でほとんど知っていたことだったけれど、ジッと耳を澄ませて頭の中の盤にルールを読み込ませていく。キャスリングみたいな手の平返しがあるとまたコトだ。他のセンセイに負けるのならともかく、アリカセンセイにはもう負けたくないから。
「駒忘れは五点マイナスだ」
「百点でもいいよ」
暖かで強かな──不思議な──部屋の空気にアリカセンセイの最初の一手が置かれる。声に倣って、私もセンセイも頭の中で駒を置く。まずは黒の駒。
私はとりあえずさっきの試合の最初の手筋を予想して辿るように白の駒を告げる。センセイがふんと鼻で笑った。こっちこそふんだ。
センセイのふんは、少ししてはんになり、試合の後半には情けないああになった。
「ちょっとまて、まだ終わってないぞ。──忘れてた。特殊ルールがいくつかあってな」
「もう検査時間が終わりますから。また十日後に」
「天才ガキてめえ」
記憶力だけはずば抜けているアリカセンセイは、記憶力だけがずば抜けていた。
検査とは名ばかりの、そんな遊びの合間にセンセイに聞いてみたことがある。どうしてアリカセンセイは私にあれこれ言わないのか。私をどうこうしないのかって。センセイの答えはひどく単純で──「お前のことは別にどうでもいいからだよ」──ひどく酷い答えだった。
マユミセンセイから学んだ傷ついたフリを実践してみると、アリカセンセイはうははと笑った。
「うめえな。シラカワサンのマネか」
「……ほんとだもん」
「天才サマなんだから、嫌なことはすぐ忘れるこったね」
でもま。
センセイはバクギャモンの盤を考える頭で同時にうなりながら訥々とする。
「俺はお前のこと、何とも思っちゃいねえけど。だからって忘れたりしねえから。ま、それくらいで、いいだろ」
アリカセンセイは、冷めている。
けれどその醒めた眼差しが、私にとっては心地良い。
SHALL




