049.無為
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「おい……おい、きみ」
「はい。なんでしょう」
「そのカバン、バットかね。君は西高の野球部じゃあるまいか」
「は。その通りです」
「やはりな。いやはや、このあたりで野球と言ったら西高だものな」
「ええ、その通りですね」
「ああ、すまん。私は西高のOBでね。どうも昔が懐かしく思いだされたもので」
「は。そうでしたか」
「君は何年生かね」
「二年です」
「夏の大会は出られそうかね。……懐かしいな。私の最後の大会が終わったあともこんな夕暮れだった。……決勝で負けてしまってね」
「夏の大会は高校野球の集大成。甲子園への挑戦状。自分も全力で頑張っています」
「そのようだね、この時間まで残るなんて……いやいや、私の頃はもっと遅くまで残ることもあったがね」
「先輩は、何年にご卒業されたんですか」
「え、ああ……んん、確か、いや、十年ほどまえだったかな」
「十年前ですか! となると……田原監督の頃でしたか?」
「んん、ああ……そうだっ、た、い、ん……ああ。いや、私の頃には田原という先生はいらっしゃらなかったよ。川辺監督の間違いじゃないかね」
「は、川辺監督ですか……」
「そうとも。あの人はシゴキがキツくてね……今の時代じゃ考えられない指導をさんざ受けたもんだ」
「大変だったんですね」
「お前も人のこと考えとる場合じゃないぞ。いくらキツくても愛の鞭だ。今の若者はちょっと痛い目をみるとやれ体罰だやれ訴えると騒ぐがね」
「チームメイトがそうです」
「ほらな。お前さんはどうだ」
「自分は先輩と同じ考えです。監督からの叱咤激励を受けとめ、日々邁進しています」
「おお、良い心がけだな」
「先輩は当時ポジションはどこでしたか」
「サードだ。ピンチのときにはピッチャーもやったりしてたな」
「サードでピッチャー! すごい方なんですね。なかなかできることじゃない」
「そうだろう、そうだろう。セカンドとライトやショートとバッターくらいならまだしもね」
「自分もサードなんです」
「おお、そうか! こりゃまたすごい巡り合わせだ」
「周りをよく見ている、と監督から褒めていただきまして」
「うむうむ、私のときもそうだった。サードは気配りの出来るヤツじゃなきゃ務まらんからな」
「是非ご指導をお願いしたくて」
「うむうむ、勿論構わないよ。何で困ってるのかね」
「どうも自分は肩が弱くって」
「うむ」
「三塁から一塁に投げるとき、どうしても球がワンバウンドしてしまうんです」
「ほう、ワンバウンドね」
「これは一体どうしたら」
「問題ないよ」
「はい?」
「問題ないと言っているんだ。送球の時にワンバウンドツーバウンドは問題ない。知らないかね」
「初耳です」
「勉強不足だな。私の現役時代にはそうやっている名門校がいくつもあったものだよ」
「そうなんですね……名門、ワンバウンド、川辺監督……」
「うん?」
「そうか、思いだしました! うちが二十年ぶりに甲子園に行ったっていう、あの川辺監督の時代でしたか!」
「…………ああ、その通りだよ。そうそう。そんな有名な監督を忘れているなんて、気が入っていないんじゃないか」
「は、すみません」
「全く甲子園に…………うん、そうだな。そろそろ帰るよ。練習頑張りたまえよ」
「はい。お時間とっていただきありがとうございました! またいつでも練習ご覧になってください!」
「はっは、またな」
「はい!」
◇
「……いやいや、焦ったよ。ちょっと高校の制服で野球部然とした少年がいたもんで、声をかけてみたんだ。西校のOBふうにね。勿論向こうも無下にはできないってんで、礼儀正しく接してくれるわけだよ。シュミ悪いって? おいおい、別になんの罪にもなんねえよ。しかも今回は焦ったぜ、当時の監督のことなんて聞かれてもよ……」
◇
「それで適当に『はい』ーとか、『何々監督ですか』ーとか言ったら答えるんだか悩むんだか、なんで話しかけてきたんだよって感じでさ。え? いや東だよ。今日はたまたま西高の友達んとこ行っててさ。おう。ほんとだよ。ふざけるのにもちょっとは調べてからやってほしいってもんだよな。三十年も前に西高なんてねえっての。ああ。あ、これ? バレたかー……、ほれ、特大チョコバット、誕生日おめでとさん」
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