047.The Truth of Showman
Wordle 267 4/6
⬛⬜⚪⬛⬛
⬜⬛⬛⬛⬛
⬛⚪⬛⬛⬛
⚪⚪⚪⚪⚪
わたし、サヤ! 十五歳!
今日も陽光管からの光で目を覚ます。
うー…………ん!
うん!
今日も良い気分。
わたしが五人くらい寝られるフワフワのベッドから体を起こす。わたしだけのベッドかって? 勿論そう。むにゃむにゃと寝ぼけたフリで、ヘッドボードににキスをした。
まずはお着替え。上をつっかえながら脱いで、ずれちゃった下着を直した。ズボンもスルっと脱いじゃう。どう? こんな感じかな。すぐそばのラックには今日のために用意された水色フリルのワンピースがかかっている。かわいい! 先週とは全く違うパッチワークの柄に思わずウットリ。
おっと、いけないいけない。早く準備を済ませなきゃ。
着替えが終わったら今度は歯磨き。虫歯になったら大変。皆に心配かけちゃうもんね。上の歯、下の歯、念入りに。アーッと口を開けて……がらがらーっペ。鏡にニッコリと笑いかけてみる。うん。今日もかわいいじゃん。わたし。
ウ。小さくお腹が鳴るけれど、でも待っててね、その前にちょっとやることがある。
わたしは洗面所から寝室を過ぎて、カメラマイクの前までやってくる。
すーっ、はーっ。
よし。
いくよ?
いくよ?
せーのっ!
「剣士のみんなーっ、おはよー!」
一流ショウマンの元気な挨拶。
まるでわたしが何かのボタンを押したみたいに、画面にあふれるようにコメントが流れだす。
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おはさーや!
起きれて偉い。
おはようございまさやC:。彡
さやおは
おはよう
さやかわいい
今日も頑張る!
癒やし
おはろこ
おはC:。彡
C:。彡
C:。彡C:。彡……
朝から元気
深呼吸助かる
おはさーやC:。彡
おはさ~や!
おはよす
今起きた
おはサーヤ
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「タコじゃないよっ! サヤだよー!」
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たこさや
おはっさや
博学定期
今日もカワイイ
てか服よくね
いつもすぐ起きられてえらい
博識さーや
ワンピース新作?最高。
さやかわいい蛸
おはC:。彡
C:。彡<ピッピ~~~!
C:。彡C:。彡C:。彡C:。彡
C:。彡☆C:。彡☆
おはたこ
C:。彡
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「もーう、違うったら! ……じゃ、サヤ朝ご飯食べてくるね! 配信はこのあと九時から。よろしくね~」
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いてら
てらっしゃい
いっぱい食べて
いってらっしゃい
俺も今からご飯
蛸さんウィンナー
タコさん
おはよう
鞘さんC:。彡☆
いってら
仕事行ってくるね
あー、ずっと配信見てー
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カメラマイクの電源を切って伸びをする。皆朝早く起きられて偉いなあ。
「んっ、んーっ、んあ」
って、危ない危ない。新しいワンピースが破れちゃったら大変だ。少しシワのよった辺りをクルクルと撫でるついでに、待ってましたと言わんばかりのグルグルお腹をなだめてあげる。
よーしよし、今からご飯だからね。
カメラマイクの『配信部屋』からさらにまっすぐ行くと食堂だ。うちにキッチンはない。包丁とか使って怪我しちゃったら大変だもんね。
食堂には熱々の朝ご飯が用意されていて……白いご飯に、お味噌汁。目玉焼きにタコさんウィンナー! ちょっとー!
「サヤはタコじゃないもーん!」
なんてね。
部屋の隅にさりげなくウィンクしてから席に座る。
「じゃ、いただきまーす」
大きくあーんして、ぱく。
◇
「うわーん! もう! ほんっと無理なんだけど! 助けて剣士たち~!」
コントローラを投げ出しそうになって、すんでのところで思いとどまる。見てる皆はずっとはげましてくれているけれど、このボスったら強すぎて(え! もう六時間経ってるの!? 嘘だ~……)どうやっても全然倒せないよー。
「どうして~」
机に突っ伏して、一、二、三秒。
「うーんっ、決めた! 今日はもう終わりにする!」
一瞬だけ不満げなコメントも流れたけど、「ごめんね?」の一言でコロッと流れは変わる。皆優しくて好き。
「皆優しい~。ありがとね」
キャラクターを近くの篝火までもどしてからゲームの電源を切る。明日こそ倒してやるんだから。
「それじゃー、今日の配信はこれまでにしよっかな。見てくれた皆、ありがとー。また明日も朝七時から配信開始! チェケラー!」
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おやさや
おやさや
おつさーや
ちぇけら助かる
おやたこ
またあとで
お疲れ様です! また明日も見ます!
ゲーム下手なサヤちゃんも可愛い♡
今日も一緒に寝ようね
おやたこC/。彡
良い夢見てね
おやさや
おやすみなさや
おつさや! 明日こそエデンの死者突破!
キャラコン上手くなってきてる!
おやさや~~
もっと回復薬使っていいよ
もう11時だ! おやたこスC/。彡
俺も寝る~。おやすみ!
おやすみなさや~C/。彡
グー( ˘ω˘ )
またねー
おやさや
さやおやおやおや
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配信画面を閉じて、ぎゅうっと目をつむる。
んーっ、ぱ。あ。
今日はもうお風呂いっか……明日のお昼にトクベツ配信ってことで……。
椅子から立ちあがって、しびれた太ももをさする。くるりと一回ターンして、またさすさす。ゆっくり。
ピン、通知音が鳴ったので、食堂の方へ向かう。皆からの差し入れかな?
ちらっと覗いた食堂の机の上にはわたしの大好物の羊羹!(それも柳やの松!) と、Doodlyのスポーツドリンクに。…………。……赤丸のお薬。柔らかな明かりに照らされて、銀色のシートの端々が黒っぽく影になる。それは黒いままキラリと光って、わたしの瞬きを遮った。
う
「っわ~! やった。今日は羊羹だ! 剣士の皆、ありがと~」
スカートが翻るように体を回して、机の上のそれらに飛びつく。ちょっとも待ちきれないって感じに。
「サヤの癒やしだよお」
拳大に切りわけられた羊羹を頬張って声を上げる。
「おいひ~! これなら明日も頑張れそう!」
大げさにガッツポーズ。
だってほら、プレゼントをあげたら喜んで欲しいでしょ?
羊羹を半分くらい食べて(「残りはまた明日にしよっと!」)から、机の上に置かれた赤丸のお薬を一錠、二錠、三錠口に含む。……残しちゃだめだもんね。よだれで溶けだしたお薬が、すぐにもうカアアアっと口の中で焼ける。熱くはないんだけど、どこか熱っぽく冷たくなって、明るく広く薄く伸びて、だらだらドンドンとよだれがどんどん出てくる。スポーツドリンクでそれを流しこんで、「ごちそうさまでした!」またスカートを翻す。
食堂から『配信部屋』へ、『配信部屋』から寝室へ。
向かう体は足取りは、お薬でカッカ。
寝室。ひらひらのワンピースをささっと脱いで、すぐそばに用意されてたタオルで体を拭く。カッカな体からは際限なく汗が出てくるみたいだった。ぐいぐいと体を拭いて洗濯かごに入れる。ワンピースも軽くたたんでその中に。
……洗濯なんてしないんだけど。
体さえ脱ぎ捨てるように下着のままお布団にダイブ。うう~っ。うー……。熱っぽい体。わたしの意識にしっかりとしがみついてくる。周りからわからないようにお布団に顔を埋めて、ちょっとだけ歯を食いしばる。うっ。うー、が、ああ……。
むずむずとおちつかない太もものあたりから目を背けるために電気を消して掛け布団にくるまる。シルクの手触りがほんの一瞬だけ熱を忘れさせてくれた。
でも一瞬。
…………。
体の内側から沸き起こってくる熱で、いつの間にかお布団をとっぱらってしまう。ふとももの辺りから何か汁っぽいものが染みだしてくる。熱々にしたシロップのように粘っこく滴る。振りはらうようにバタバタと力なく足を動かすけれど。お布団はそれを引き延ばすだけで、どこかへやってはくれない。──いつの間にか、意識は熱に呑まれていた。
わたしの右手が腰を伝って股のあたりに下っていくのを眺める。それは真っ暗なベッドの上でも、確かに感じられた。まるでその一ミクロンさえ手に取れる。
歯を食いしばる。
熱に浮かぶ頭だけが、この手の動きに反発したがった。
やだ。
や。
指先がそこに触れると、体に溜まっていた熱は一気に溶けだす。わたしの周りの空気が湿っぽく煙っていくのがわかる。水の飛沫のような溜息が宙空に漏れた。
「あ」
限りなく細切れにされた声が部屋の空気に溢れ出して、零れだして、控えめに消える。それが消えてしまう前に誰かが耳を澄ます。わたし以外の誰か。わたしじゃない。皆。
歯の一本一本がふわふわのマシュマロみたいに互いを感じられなくなっていく。いつの間にか口が開く、よだれが垂れる。姿勢を変えた。指先は股ぐらをまさぐる。わたしの手じゃない。
「……きも、ち」
漏れでる声はわたしの。可愛い声。切なげに布団にこすりつけられる声。息が荒くなるのを感じる。ジッと黙って、たまに湿っぽい声が溜まらず漏れる。
腰の奥で疼く熱を受けとめる。受けとめる。受けとめきれずに弾けるのを眺める。
一度、二度、大きく体が震えた。
「……は」
熱は、まだ引いてくれなかった。
◇
うらうらと震えるような音でわたしは目を覚ます。陽光管のない目覚めはいやに久しぶりで(……まだ夜?)、暗闇の中で前も後ろもわからなくなったわたしは回した腕をヘッドボードにぶつけてしまった。
あの熱はすっかり冷めていた。
たわんだ暗闇の中に、また震える音がなる。それはどうやら洗面所の方から鳴ってきていた。ことこと、かたかた。がたりとなって、最後にどすんと止まった。
わたしは息をひそめてお布団の中から洗面所の方を窺う。目はだんだんと夜の暗がりに慣れてきていたけど、壁の向こうまで目が届くわけじゃない。今度は耳に意識を集中する。けれど、じっと耳を澄ませていてもやってくるのはうんうんとうなるわたしの心臓の音だけだった。閉じた目の奥からチラチラと青白いノイズが湧きだしてくる。それから逃げるように目を開いた。
──ベッドから出てしまってもいいけど。そう思って動かそうとした腕は、足は、ひどく重たくて。
代わりにわたしは小声で影に向かって話しかけてみた。
「ねぇ……
ねえってば
…………そこに、誰かいるのね
あなたは誰……?
──心配しなくていいの。夜のカメラはわたしのいる部屋のしか回らないようになってるから、あなたは映らない
音声だって画面に動きがないと録らない設定なの。ほら、わたしはベッドでジッとしてるから大丈夫
恥ずかしい寝言とか、いくら皆にでも聴かせられないでしょ
ねぇ……
「サヤ、今日は助け出しに来たんだ。こんな場所から
「わ、やっぱりいたんだ
「…………
「こんばんは、妖精さん。どうやって入ってきたの?
「違う。妖精なんかじゃなくって
「じゃあそれでもいいの。わたしの放送、見てくれてるのね。剣士さん?
「……うん
「嬉しい。……けど、ダメだよ。こんなとこに入りこんだってバレたら配信を見てる剣士の皆が怒っちゃう
「いいんだ
「よくないよ。……わたし、みんなに楽しく配信見てほしいんだ。抜け駆けはダメ。ねえ、あなたいくつ?
「…………サヤと同じ
「え? そうなんだ。同い年の剣士さんかあ
「…………
「……ね、それならあと三年くらいしたらさ、ギルドメンバーに入ってくれれば
「違うんだ
「もうちょっとの辛抱だから
「違う
違うんだよ、サヤ
もうちょっとの辛抱じゃないよ。サヤ
君が、君が見られているのを、これ以上見てられないんだ。君が君を見るよりもずっと長い時間、見られている君を
こんなのってないよ
人間の仕事じゃない。こんなの
「…………わたしは見世者だもの
「そんなの、辞めちゃえばいいんだ。普通に生きて、隠し事も秘密も持っていいはずなんだ。君は普通の人間なんだよ
それなのに、君を見てる奴らはもう、君よりも君に詳しい。ねえ、サヤ、こんなのおかしい
食べるものも、することも、あいつらに言われるままなんて
さっきだって、あんなこと
あんなこと、誰彼構わず見せていいものじゃ
「わたしのオナニー見てたんだ
……いけないんだ。十八歳以上じゃないとギルドメンバーには
「そういうの、もういいんだ。一刻も早くこんな仕事止めるべきだ。それで、それで……逃げ出すんだ。こんな場所
こんな仕事……。君は幸せになる権利があるんだ
ねえ
サヤ
「…………もう止めてよ、剣士さん
わたしはこのお仕事、楽しいって思ってるんだから。剣士の皆に喜んでもらえて、わたしだって楽しい
ちょっと恥ずかしいこともあるけど、もう慣れたよ。いつも見てるでしょ? 起きたらちゅーの顔して、できるだけスカートがヒラヒラするように動き回るの
ちょっとわざとらしくっても、皆にとってはこれがわたしの等身大
わたしの配信を楽しみにしている人たちがたくさんいる
「そんな、そんなものより大切にしなきゃいけないものがあるんだよ。サヤ
ねえ、こんなところ
「わたしのワンピース、見てくれた?
「な、サヤ…………うん。見たよ。勿論
「可愛かったでしょ
「……うん
「わたしのために作ってくれたんだ。オリジナルデザインなの
「…………うん
「これから販売されることになると思う。同じデザインのものも、わたしが着た一点ものも
ねえ
ヒマラヤココアも縫製ジャンプのベッドスプリングもソウジヤのベッドメイキングもKosaiの隠しカメラも三津島の集音マイクもデンタースの歯ブラシも駿河織のタオルもRorroのシャワーヘッドもバスタブもマリナツのドライヤーも白沢鶏卵の有機卵もかいなりやの漆塗りお椀もお箸もミケのパジャマ、ハイファイのお洋服、アオサラの最新型陽光管も全部、わたしの配信でできてるの
皆、わたしの配信のために頑張ってくれてるの
そんな皆の生活より、大切にするものがあるっていうの? ねえ
剣士さん
皆の生活を奪うことがわたしのすべきこと?
「ちがう……違う
でもサヤ、君は
…………
サヤ
君だってわかってるだろ。もう長くないんだ
今、君は十五歳。視聴者たちは、若くて可愛い君を愛してくれるけれど、それだっていつまでもつかな
こんなの娼婦と同じだよ。君は自分の仕事の本質に『人を喜ばせる』とか『人の役に立つ』ってきれい事を貼り付けて見えなくしているだけ。やってるのは君の切り売りじゃないか。それも限りのある切り売りだ。長くたってあと十年。それで、君の生業はおしまい。
……それで君はどうなる?
今辞めてしまえば、まだ君には未来がある。こんな仕事、続ければ続けるだけ君の未来を食い潰すだけなんだよ
「わたしはそんなこと思わない
……でも、そうなんだ。剣士さん。あなたはわたしをそんなふうに見てたんだね
「サヤ
「……わかった。いいよ。ここから出て行ったげる
でもそれは、他の誰とも違う剣士さんがわたしのことを迎えに来てくれたとき。その剣の無二の鞘としてわたしを選んでくれたとき
だからほら、剣士さん
迎えに来てよ
「…………
「そんなとこに隠れてないで、出てきて
この部屋の全部のカメラに姿を映されるけど、出てきてよ
それからはこうやってひそひそ話もできない。それでも出てきて
きっと夜通しモニターに張りついてる、わたしのことが大好きな剣士さんたちに名前も住所も学校もすぐにバレちゃうと思うけど、一生ものの汚名がかかるけど、出てきてよ
助けたいって言うなら、助けてよ
「サヤ…………違うんだ。君が……
…………
君が自分で………………
……サヤ
「…………朝の四時になったらマネージャーさんとソウジヤさんが部屋をチェックしに来るの。そのときだけは三十分だけカメラもオフになる
きっと謝れば許してくれるよ
ここから出たら、またわたしの配信見てね。剣士さん」
◇
わたし、サヤ。十五歳。
今日も陽光管からの光で目を覚ます。
うん。
ヘッドボードのカメラからよく見えるように大きく欠伸をする。はだけたパジャマのエリを直さずに十秒だけ待つ。
ベッドから起き上がっても、なんでか着替える気になれなかった。最低限襟元をただして、ずれ落ちそうになったミケのパジャマズボンをきゅっと引き上げる。朝の歯磨きをするために(これだってほんとはしたくなかった)洗面所へと向かう。のろのろ。
そういえば。
剣士さんはどうなったろうか。
ほんのちょっと緊張しながら、洗面所の中を覗く。
誰もいなかった。
きっとマネージャーさんに連れて行かれたんだ。
あんまり酷いことされてないといいけど。
歯ブラシを口につっこむ。
デンタースの柔毛ブラシ。
…………。
この部屋には窓がない。
換気扇も拳大のものしかないし、扉だって一つだけ。
剣士さんはどうやって入ってきたんだろう。
がらがらー。
ペ。
渦を巻いて流れていくデンタースの歯磨き粉を眺める。
わたしは洗面所から寝室を過ぎて、カメラマイクの前までやってくる。
すーっ、はーっ。
頭の中では、昨日の色んな言葉が渦巻いていた。勿論、わたしはお仕事を辞める気なんてないけど。
画面の中で、剣士の皆が私の挨拶を待っている。キーボードに触れる指先を震わせながら。カメラマイクは私の顔も体も朝も夜も何もかもを撮る、あもいもうもえもあーっもあんもあっも全部録る。
わたしはお仕事を辞める気なんてないけど、その画面が、この部屋が、このお仕事が、まるで夢のように灰色くぼやけていく感じがした。明日の明後日のその先が、滲んで、歪んで。
なんでかな。
世界全部がそうなっていくのに逆らうみたいに、昨日の夜の剣士さんの言葉が、言葉だけが、ひどくハッキリとした輪郭を保っていた。
「剣士のみんなーっ、おはよー!」
一流見世者の元気な挨拶。
FOCUS




