032.友達
Wordle 252 5/6
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「ちょっと、話さねえ?」
ぽつり漏れ出た言葉は、一体どちらのものだったのか。白い陽光に照らされたホームを、誰かの放ったレシートがぺちた、ぺとたと転がっていく。その背を押す春一番は、日陰にいる僕には少しだけ冷たかった。
ウルイは僕の二つ隣で、卒業証書の入った筒をベンチにカツカツと当てている。短くなった学生ズボンの裾からは皺っぽい靴下が覗く。履き慣れない革靴をホームにこすりつけるように取りさると、あぐらをかいてまたカツカツ。
──どちらが言ったにせよ、僕とウルイの間に言葉はなかった。部活でも、クラスでも、修学旅行でも運動会でも文化祭でも、言葉はなかった。
それで──。
それで良かったのだろうか。
ホームの屋根の先に見える三月の空は、僕たちを押さえつけるように、低く広がる。雲一つないのに霞むように白い早春の空。吹きすさぶ天の風はいつもこの季節にだけ手が届くような気がした。
電車の去ったホームには僕たちの姿しかなかった。田舎だからね。三十分くらいは、きっと僕たちだけの貸し切りになる。ホーム全体に首を回していると、ずっと遠くの方から子供たちの遊び声がやってくる。今日は早帰りだったんだろう。甲高い声は無垢な喜びを伴って僕たちの耳にきんきんとこだまする。
ウルイが息で笑うのに、僕も心の中で同調する。僕たちは高校生活の三年間で禄に遊んだことすらなかったんだ。
「あんた、友達いるの?」
姉さんの雑音を振りはらって、耳の奥でとぐろを巻く風の音に意識を集中する。
行って、来て。
行って、来て。
行って──ウルイのほんの少しだけ汗ばんだ果実の香りが返ってくる。一拍だけ置いてわざとらしく鼻から一気に空気を吐きだした。
────。
ちょいと吸った冷えた風をしっかりまた吸いなおす。ウルイと目が合った。ウルイは片方の眉を少し上げて、またどこかそっぽを向く。
傍から見れば、僕たちは友達には見えないだろう。知り合いにだって見られないかもしれない。
それで。
ウルイと僕とが立ちあがるのはほとんど同時だった。彼はかかとを踏んで立ちあがると、卒業証書をカバンにしまう。僕も脇に置いていたリュックサックを背負った。
「じゃー、イヌイ」
ウルイは最後、ちょっとだけ笑った。
「死ぬまでには会おうな」
なんだよそれ。
僕も笑った。
「ああ」
僕たちの間に言葉はなかった。
これまでも。きっと、これからも。
それで。
それで良かったのだと、今では思う。
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