003.多分
Wordle 223 4/6
⬛⬛⬛⬛⬛
⬛⬜⬜⬜⬜
⬛⬜⬜⬜⚪
⚪⚪⚪⚪⚪
「さあマリヤ。ママのお顔見て。復習しましょう。外に出るときは?」
「……………………マスクを着ける」
ほとんど隠れたママの顔が(多分)穏やかに笑うのと反対に、あたしの顔は口も眉毛も鼻も目も、ぎゅうっと真ん中に寄っていたに違いなかった。きっと全く可愛くない。けれどそのくしゃくしゃの顔も、被せられたマスクですぐに隠れてしまう。
「そうそう、マリヤは偉いわね」
じゃあ行きましょうかと言うお母さんと手を繋いで私たちはCブロックまでお買い物にでかける。
「昔はマスクも性能が悪くてねえ。息苦しくて着けてられないって人もかなりいたのよ。今よりずっと重かったの」
便利になったものよねえ。と(多分)遠くを見ているママからそっぽを向いて、あたしはマスクに向かって乱暴にふっと息を吹きつける。いくらその、ビョーキってヤツが怖かったとしたって……こんな顔も見えないマスクにする必要なんてなかったはずなのに。きっとこれを考えた人はパパをこき使う人たちみたいに頭が固くて、『素敵』なこととか『可愛い』こととかにキョーミがないんだ。そうに決まってる!
お話をするときは相手の目を見るのよ。って教えてくれたママも、いつの間にかイシアタマスク(あたしが考えたんだ)のドレイになっちゃってる。きっと昔はお化粧とか、おしゃれとか、すっごく楽しんでたはずなのに。
つないでる手の力を強める。すいすいと周りを行く人たちを見ても、みんなみんなマスクマスク、マスクだ。
…………。
こんなのダメだ!
あたしは秘密の作戦を思いついた。
次の日曜日に決行だ。
◇
「じゃあ、ママはスーツを着てくるから。マリヤはここで待ってるのよ」
いつもみたいにママが自分のお部屋に入っていくとすぐに、あたしはゴワゴワとしたスーツ(ぜんっぜん可愛くない!)を脱いで、お気に入りのワンピースに首を通す。水色の地に薄い黄色のお花がいくつもついてる。手触りだってスーツみたいに硬くないし、着てるだけで胸の奥からトクトクとうれしい気持ちがあふれてくるんだ。
スーツに着替えているママの部屋の横をこっそりと通り抜ける。…………ゴソゴソと着替える音がした。まだ大丈夫みたいだ。あたしのはサイズがないからって特別脱ぎ着がしやすいけれど、普通の大人は一人じゃ着られないんじゃないかっていうくらい、スーツの構造は複雑だ。可愛くないし着にくいって、ほんとに意味わかんない。
外に出る扉に手をかざそうとしたとき、ほんとのところはちょっとだけ、やっぱりやめようかなって思った。
きっとママにすごく心配かけちゃうかもしれないし、パパはすごく怒るだろうし……。それにもしビョーキってのがほんとに怖いものなんだとしたら?
「……ううん」
怖がってちゃダメだ。マリヤ。
おかしいって思うことになにもしなかったら、きっとあたしもいつかイシアタマになっちゃう。
あたしは震えた手をぎゅっと握って、扉を開け、そのままAブロックの通りを駆けだした。日曜日だから人通りは多かった。
次から次へとスーツ姿の人たちの横を通り過ぎて走る。知ってる人も、知らない人も、あたしの姿を見ると(多分)驚いたように、自分のマスクに手を当てる。きっとその中には、マユや、ローズもいただろう。
このままじゃダメだ! あたしたちはマスクなんてしなくてもいいんだ!
心に任せて叫びだしたい気持ちを押さえながら、私はX、Y、Zブロックのある上の階を目指していた。このまま仕事中のパパのところまで行って驚かせてやるんだ。
「はっ、はっ、はっ」
エレベータだと誰かに通報されるかも知れないから階段を使うことにする。階段を上る度に体が軽くなっていくのを感じた。
やっぱり、好きな服を着て、好きな風に走り回れるのって、幸せだ。早くこのことをパパにも教えてあげなきゃ!
パパの働くYブロックは一番上のフロアの階段を上っていってすぐのところにある。
「パパ!」
ほら、すぐに見つかった。スーツの背中に三日月のマークがあった。そのすぐ下には『イスト』とあたしたちのファミリーネームが書かれている。スーツ姿だとすぐに誰かわからないもんね。
伸ばしかけた手を止める。
そうだ。他の人と一緒にいるときに話しかけたら、パパとお話できないかもしれない。あたしはすぐ傍の部屋に隠れてじっとパパの方を見つめた。こんな格好でパパとお話するのなんて初めてだ。なんて言ってくれるかな? 褒めてくれる? もしかしたら、少し怒られちゃうかな? そのときは、ちゃんとごめんなさいして、それで、今度はパパと一緒に出かけるんだ。マスクなんてしないで!
あ、来た! パパが一人でこっちの部屋に向かって歩いてきている。息を潜めて、いつ声をかけようかと考えていると、なんとパパは部屋に入ってきた!
どこか(多分)真剣そうな顔で、パパは部屋の奥の方、斜めに線の入った壁を見つめている。あたしはびっくりして声をかけるのも忘れちゃってたんだけど、部屋の入り口が閉まって、赤いランプが光り始めたときには落ち着きを取りもどせていた。誰かが、『10、9、8……』とカウントダウンを始めている。なんのカウントダウンだろう?
『4、3、2──で、あたしはパパに抱きついた。
「パパ! ねえ、あたしだよ! マリヤだよ!」
パパは(多分)驚いた顔をして、腰の辺りに抱きついているあたしを抱きかかえると、すぐに壁際のボタンがいくつも並んでいるところへ走りだした。
どうしたの? パパ。
パパの手がボタンに届くその直前、部屋の奥の扉が勢いよく開いて、あたしとパパは宇宙船の外に放り出された。
あ……。
はあ。
…………。
…………。
息ができない。
ほんの一瞬の間に、あたしは空気を全部吐きだしちゃったみたいだった。
世界が回る。
世界が回る。
真っ黒にひしめく星空が見えた。
柔らかくひらめくあたしの大好きなワンピースが見えた。
一緒に船から飛び出したパパがあたしに手を伸ばしている。
その顔は、多分
PERKY