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WordraW  作者:
24/77

024.後ろ向き真っ向勝負

Wordle 244 6/6


⬛⬛⬛⬛⬛

⬛⬜⬛⬜⬛

⬛⚪⬛⬛⬛

⬛⚪⬛⬜⬜

⚪⚪⬛⬛⚪

⚪⚪⚪⚪⚪




 埃っぽい床が滑る。

 さらさらとしたその感触を確かめながら、私は屋上へ続く階段を昇る。

 遙か遠くでクラスメイトの声がした。くぐもっていても、それは確かに私の耳に届く。怒った先生の顔や、お母さんの静かな顔、馬鹿にするクラスメイトの顔が頭に浮かんだ。

 気にするな。気にしちゃダメだ。

 やっとの思いで踊り場までたどり着くと、私はあることに気付く。

 寒っ。

 閉め切られているはずの屋上からぴゅううう、外の風が吹きこんでくるのだ。

 誰かが使って閉めわすれたのかな?

 もしかして先生がいるの?

 咄嗟に私は身構えるけれど、怒られるかもという恐怖よりも誰がいるのかという好奇心の方が勝った。私はやけに時間をかけて昇った前半とは打って変わって、駆け足で屋上までの階段を駆けのぼった。


「……よ。すみれか」


 屋上で私を待ち受けていたのは隣のクラスのしおりちゃんだった。

 

 白川(五年) しおり(一組)


 そう書かれた体操服はしわくちゃで真っ白だ。

 実は意外でもなかった(しおりちゃんは授業をサボるので有名なんだ)その姿に軽く挨拶を返して、私は隣に腰を下ろす。屋上を囲うフェンスの向こう、はるか下にクラスメイトの姿が見える。えんじ色のスポーツボールを投げてぶつけ合っている。朝の会で先生からあったとおり、今日はドッヂボールの日だった。

 

「……そっか。今日は二組と一緒か」

「うん。そうみたい」


 よく見ると校庭に担任の中山先生の姿はない。一組の春川先生だけがホイッスルを首から提げて笑顔で走りまわる子たちを眺めている。自分も混じりたくて仕方ないって顔だ。

 私はそわそわと体操服の裾を直すと、屋上の入り口を振りかえってみたりする。

 

「どうした、すみれ」

「え……と、中山先生が探しに来るんじゃないかと思って」

「はは、そっちの先生は厳しいもんな」


 しおりちゃんはドッヂボール観戦に飽きたのか、手を頭の後ろに組んでゴロリと横になった。

 

「うちのクラスは割とアタリだわ。それ考えると」


 二月の屋上はまだ冬で、思っていたよりも吹きつけて、半袖半ズボンの体操服姿の私は身震いした。体操座りの手をほどいてザラザラとした手触りの屋上の床を撫でてみる。ジン、とした温かみが手の平の中心から伝わってきた。

 ガタン。扉の開く音がしてすぐに視線を上げると──なんだ、風で屋上の扉が鳴っただけだった。しっかりと扉を閉めてから、しおりちゃんのもとに戻る。

 

「すみれさ。怖いんなら戻った方がいいぜ」

 

 しおりちゃんは目をつぶったままそんなことを言う。立ちつくした私のやる影が彼女の可愛らしい顔に落ちた。

 

「逃げるなら最後までちゃんと逃げなきゃダメだ。……パパがよく言ってんだけどな」


 片目だけ開けると、しおりちゃんはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。これまた片方だけ頬を持ち上げて、いびつな笑顔を作るのだ。

 …………。

 …………。

 ピクピクと五秒ほど、その笑顔を続けて疲れたのか、しおりちゃんはまた目を閉じて、唇を真一文字に結び直してからわざとらしい咳払いをした。

 

「うちの春川先生だって、あたしが何しても叱らないってんじゃないぜ。この前なんてめちゃくちゃ怒られたもんな。よくわかんねーよ。よくわかんねーのに、叱られてるときは『その通りだー』って思わされちまう」


 そういう所がアタリなんだよな。ジツは。

 しおりちゃんは続ける。

 

「あたしはこのあと(ハル)に叱られてもしかたねえって思ってここにいる。だってドッヂボール嫌だし。すみれもそうだから来たんじゃねえの?」


「……うん…………そうだ。私も、ドッヂボールが嫌」


「おう。じゃ、一緒にこうしてようぜ」


 私は砂っぽい床に腰を下ろして、さらに上半身を横たえる。屋上は思っていたよりもずっと暖かく私を受け止めてくれる。カッと照りつけた太陽から目を覆って、そのまま隣のしおりちゃんの方を向く。

 しおりちゃんもちょうどこっちを向いていて、私たちはなんだかおかしくなって、少し笑った。

 

『嫌なことから目をそらしていたらすぐ後悔することになる』と朝の会でミミタコに繰りかえす中山先生の顔が浮かぶ。けれどすぐ耳元を吹いていく風がそれを拭い去ってくれる。校庭から立ち上ってくるクラスメイトの声は、青白く抜ける冬の空のずっと向こうに吸いこまれていく。

 



 もしかしたら、ほんとはいけないことなのかもしれないけれど。

 今はこれでいい。

 何かから目を背けるっていうのは、別の何かに目を向けるっていうことだから。

 

 屋上の温もりは、まるで私の背中を押してくれてるみたいだった。



DODGE

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