022.それだけ
Wordle 242 3/6
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天井から滴る雫を見ていた。
僕はまだ幼く、その意味がわからない。部屋には寝台。床に積まれた古雑誌。黒ずんだサビが点々とこびりついた水道管。
最後に、槙肌とノミとトンカチ。
それだけ。
そのうち自然と、置かれていた雑誌を読めるようになった。それと同時期に、どうやら食事や勉強といったものが必要ないらしいこともわかる。
さらに同時に、部屋の寸法というものも彩度を増してくる。部屋はコンクリートの打ちっぱなしのような質感で、縦横奥行きがそれぞれ三メートルほどの立方体だった。窓も無く、扉も無い、即ち時計も備え付けられておらず、僕は頭に理解した昼や夜といった概念を活かす機会のないまま古雑誌をめくっている。
漏る雫を見つめる。
古雑誌から目を上げたのは、漏る雫が耳障りに感じたからだった。
久しぶりに見渡した部屋は、足下から三十センチほどが水で満ちていた。床から寝台までの高さの半分ほどだ。
足の濡れるのも構わず寝台を引きずって移動させる。眠らせておいた槙肌やらなにやらを手に、水の滴る天井に向かう。そろそろこいつを埋めておかないと、いずれ部屋が水浸しになってしまう。
からりとした手触りの填材をコツコツと天井の穴に埋めていく。
コツコツ、コツコツ。コツコツだ。
いくらでもあるように思えた填材がいつの間にか底をついた。僕はノミやトンカチとともに寝台に腰を下ろして、うとうとと船を漕ぐ。
滴る音に目を覚ます。
気付けば、慣れ親しんだそれよりもずっと早いペースでトツトツと天井から水が染みおちてきている。気の抜けたようにそれを見つめていた僕は、昨日使い切ったはずの填材が工具のすぐ隣に横たえられていることに気付く。
僕はすぐさま立ちあがると、昨日と同じようにコツコツをはじめる。
今日は昨日よりもずっと早く終わった。一つあたりは。そして二つ目のコツコツをする。
コツコツ。
コツコツだ。
今日も目を覚ます。
雫は。
瞳を閉じて耳を澄ます。
ポタリ。
漏る一粒。
僕は補充された填材を手に、天井にコツコツと向かう。詰めるためだけのノミで、コツコツだ。
水かさは寝台の高さにもう迫る。
今日も僕はコツコツだ。
濡れた服を取りさって、寝台をあちらこちらへと移動させる。唯一乾いている填材で、コツコツ、天井の隙間を埋めていく。水が漏らないよう。明日は漏らないよう。
部屋を満たし満たしていく水は寝台を飲みこみ、その上の素足をひっそりと掴んで離さない。揺蕩う寝具の感触を足の裏で感じながら、コツコツ。
顎を無理矢理持ち上げて、そうしてどうにか空気を確保する。からりとした填材だけが僕の希望だった。ずっしりと水を吸った工具にさらにからまりつく水の重みを振りきる。コツ。
コツ。
填材だけは、まだなんとか乾いてくれている。
視界には天井だけ。
服を脱ぎ去り。工具だって水の底に、部屋の床に取りおとしてしまった。拾いに潜っても良いけれど、なぜか肝心の填材が無い。もうヒビ割れを埋めるために僕は何もできない。
乾きの無いこの部屋で、浮かばれないまま、僕はジッと浮かんでいる。
もしかしたら。
あのノミとトンカチで、こんな部屋、壊してしまえたら良かったのかな。
僕は最期の一瞬──ちょっとだけ、そんなことを考えた。
CAULK




