表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WordraW  作者:
19/77

019.ロビンエッグブルーの夜明け

Wordle 239 4/6


⬛⬛⬛⬛⬛

⚪⬛⬛⬛⬛

⬛⚪⬜⬛⬛

⚪⚪⚪⚪⚪




 雨は日付と共に雪へと変わる。

 東京の夜は深く、深く、雪に包まれていく。四重に重ねた寝間着に夜の空気が染みこむ。私はマンション九階のベランダで手すりに体重をあずけながらグラスを傾けた。

 

「おい。人間」


 昨夜はよく寝付けなかった。明け方の五時過ぎに布団に入ったから、折角の日曜日が台無しだった。今も私はこうして、目を背けるために夜半のベランダでぽつねんと呑んでいる。数時間後に迫った明日の仕事が脳内にチラつく。……もう明日じゃないか。

 早く寝なきゃ。

 勿論頭では解っている。

 朦朧とした頭でもそれくらいはわかる。

 それでも私は灰雪の降りつもってゆく東京を眺めるのをやめられなかった。


「人間。聞いているのか。人間」


 …………。

 夜景から、声のする方へと目を向ける。明かりは無い──薄灰色に染まるベランダの手すりに、一羽の鳥がとまっている。

 この辺りでは滅多に見ない鳥だった。大きさはハトくらい。夜の闇に沈んで判別できない背中の色はともかくとして、喉から腹部に向けた一帯は鮮やかな橙色を呈している。白く縁取られたくりっとした目がこちらをジッと見据えている……ように見える。

 鳥は夜目がきかないっていうけどな。


「……私に言ってるの? 鳥さん」

「おお、聞こえているではないか。人間」


 ……。

 ……。

 私が黙ると鳥さんも黙った。

 オウムみたいに人の言葉をマネする種類なのだろうか。

 

「何か言うことはないのか」


 私がまた雪夜景に視線を戻すと、鳥さんは慌てたように口を開いた。くちばしを。

 

「言うことって。いや、特にないけど」

「馬鹿な。人間が黙って鳥が喋ってばかりなど、道理に反している」


 空けたグラスの回数すら覚えていなかったので、このときの私はこの鳥さんが本当に喋っているかとか、そういった類いのことについてはほとんど関心がなかったのだ。実のところ。

 鳥さんはどうもそれが気にくわないようで、「本当に喋っているのか、とか、飼い主は誰かとか、云々と言ってみろとか、そういったことはないのか」と構って欲しそうに手すりを鳴らす。カチカチと手すりに触れる足の音だけが、やけに現実味を帯びて遙かの奥行きを持つ夜に響く。

 逆に私に言わせれば、現実だと思えたのはそれくらいだった。

 

「別に無いよ。……それとも、明日の仕事代わってくれたりする?」

「できるわけないだろう」

「あそう」


 だとしたらこの不思議な鳥さんも、今の私にとっては大した意味もなかった。機嫌が良ければお名前くらい聞いても良かったのかも知れないけれど。


「優しい人間は食事を振る舞ってくれたこともあった」

「そりゃ優しいや。うちにはお酒とインスタント麺しかないから期待しないでね」

「なんと」

 

 咳払いをするように鳥さんは翼をはためかせる。

 ばさばさ。

 ばさばさ。

 うるさいな。

 

「他の家に行きな。フツウに優しい人なら何かくれるよ」

「そうもいかない。こんな真夜中では起きている人間もいないのだ」


 私たちの視線が同時に空へと向かう。雪の夜は更けても薄ぼんやりと明るい。白い雪で覆われているからだろうか。夜の闇と打ちけしあって、世界は灰色に染まる。

 冬は昼と夜との区別が夏よりもずっと曖昧になる。冬は寒く、起伏無く過ぎていく。

 

「もうすぐ春が来るぞ。人間」


 鳥さんはぽつりと呟いた。

 

「春って、まだまだ先だよ。まだ二月だし」

「いや、もうすぐだ。春への筋道はすでに立っている」

「……あまり聞き慣れないことを言うんだね。鳥さん」


 瞼が重くなってくるのを感じる。ベランダから出ていた手を慌てて引っこめた。グラスを下に落としたら大変だ。

 欠伸に漏れでる息が白い。上顎と下顎を結ぶ皮膚が()()と冷えた。

 

「聞きたいことがないというのなら仕方ない。残りは我が子に聞くが良い。また冬に会おう」

 

「……うん…………」


 ここから先の記憶は、あまり確かじゃない。鳥さんがばさばさとベランダの床に降りたったのを皮切りに、私も流石に寝ようと窓を開けて部屋の中へと入った。メイク落としはしなくていいから、ちょっとだけ楽でいい。歯磨きもせずに私は布団に潜りこむ。ワンルームだから、窓から布団は目と鼻の先だ。

 …………。

 ……。

 寒。

 

「寒い」


 自分の声で目が覚めた。

 冷蔵庫でも開けっぱなしにしていたように、部屋のなかがシンと冷えきっている。というのも、私が寝る前に窓を閉めわすれたせいだった。

 掛け布団で体を包みながら、窓際へと向かう。

 一体何で窓を閉めわすれたりなんて……。

 

 おぼろげな記憶を辿りながらベランダを見ると、青い石のようなものが目に入った。ベランダの隅に一つだけ、丸みを帯びたティファニーブルー。

 サンダルに足を通して、その石を拾いあげる。卵形のそれは──鳥の卵のようだった。卵形の卵。手の中で、冬の冴えかえる寒さに抗うように、その卵は穏やかな熱を帯びている。

 

 そうか。春が来るんだ。

 

 浅葱色の夜明けが、朝に満ちてゆく。




ROBIN

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ