015.ノーモア・ユーモア
Wordle 235 3/6
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Boot up the systems ... ---
Finding drivers ... ---
Connecting bit 56007 - 56560 ---
Open files adressed 7a88hhhhhhhhhhh ---
Collecting data from "Crack The Future","Soutenkaimei no Miko","Whole of Hole...This World","The Wetness of Witness" ... ---
Starting ... ---
人間にとって、一番の不幸とはなんだろうか?
僕からしたら『思いついたことがすでに考えられていること』が断トツだ。
例えば君が朝友達と会うとする。そうだな……小説執筆について意見を交わしあうシュミ友ってことにしよう。
おはようって言おうとしたら『おはよう』。
天気良いね、と思えば『天気良いね』
今日の昼、あそこの中華行ってみようよ。『今日の昼、あそこの中華行ってみようよ』
……何? 随分気の合う友達だね、だって? じきにそう言っちゃいられなくなる。
喉渇いたな。『喉渇いたな』
実は行ってみたい場所があって『実は行ってみたい場所があってさ』
君にサプライズが『君にサプライズがあるんだよ』
新しい小説『新しい小説の構想なんだけど、かなりイカしたの考えてきたんだ。感想聞かせてよ』
実は主『実は主人公が未来人で、そして、地球にとてもよく似た惑星からやってきた異星人なんだ。ここからが面白いぞ。主人公のやってきた未来では、《意識共有》の技術が発達していて、色んな人々が互いの体を少しずつ共有しあっているんだ。……わかったろ? 実は中盤までに出てきた様々な登場人物は主人公の頭の中に存在する別の人格が表層に現れた姿だったんだよ! 人格ってよりかは、一種の観光客みたいな感じだね。……ね? これなら、前半でふんだんに使った破綻した比喩表現にも説明がつくし……うん、うん、そうだね。《意識共有》の説明には尺をしっかり取るよ。種明かしをする前に二つか三つくらいは読者に『ん?』と首をひねってももらいたい。そこまでやって、どかーん! 最後の伏線回収に向かうのさ。まだまだ考えてきたスジはあってね、そのいくつかを組みあわせたらもっと────
◇
明日は雪が降るらしい。
水曜日の白昼、僕の待つ駅のホームに人の姿は無い。日課の散歩の道中だった。ネタ出しには苦労が絶えない。
二枚三枚と厚着してきたコートをかき抱く。立春を過ぎても寒さはまだまだ上り調子のようだった。……この場合、下り調子って言うのか? 高い空には昼の月が浮かぶ。昼三日月だ。表面の模様が薄く、黒く、煙のように揺らめく。昼の月は、まるで白んだ吐息のように儚げだ。
「昼の月……白い息…………いや」
僕はクセになってしまった思案を止めて、件の商売敵のことを思いだす。
フモルロック。
フモルフル社の開発した大量子コンピュータ『フモルロック』は、何のユーモアもなく、ただフモルロックとだけ呼ばれている。機体に封入した数えきれないほどの大量子ビットでの演算によって今後百年の未来予知すら可能とする現代科学の集大成。
それは良い。
それは、それはそれは良いことだ。
それの未来予知によって、例えば災害や事故事件を未然に防げるというのならば、僕だって諸手を挙げて賛同していた。
しかし残念なことに災害は未だ予測不能。事故も事件も毎日多くの未来を奪いつづけている。というのはどうも『データが足りないから』らしい。
至極単純。
もし君が、この地球上どこもかしこも駆けずりまわって地殻や自然状況のデータを集めてくれるということなら是非とも志願してくるといい。フモルフル社は日夜収集員を募集中。それでもそれらの予知が可能になるには百年じゃ下らない準備期間が予見されていた。
というわけで、折角の未来予知はまともに使えず。
ではさてこの身に余るテクノロジーをどう活用してやろうかというときに名乗りでたのが映画界の巨匠、ムッシュ・マッシュだった。もしタイムマシンができたら、亡くなった祖父に会いに行くより初恋のあの子に会いに行くより、何より先にこいつをぶん殴りに行くね。
あのヒゲ野郎はフモルロックを前にこんなことを抜かしやがったんだ。
『この子に全部の面白い映画を観せてあげたらさ、世界はもっと面白くなると思うんだよね』
フモルフル社もフモルフル社だ。こんなお遊びみたいな提案にノってくるなんて。
かくして、十余年をかけて現存する全ての映画、舞台、マンガ、小説、種々様々の作品データが次々とフモルロックに入力され、程なくして僕たちのような凡人物書きは失職の道を余儀なくされたのだった。話によると、かのムッシュ・マッシュですら最近はユーモア難に喘いでいるらしい。
フモルロックは、向こう百年分、ありとあらゆる有りえる作品を網羅して僕たちの前に提示してくれやがる。これをおいて、他にどんな不幸があるっていうんだろう? 僕たちのユーモアは、全て掘りつくされてしまったのだ。
最早おかしみにはなんの価値もない。
それで喜ぶ人は大勢いた。というか、僕たち以外の皆が喜んでいた。面白い映画を観たらすぐにそれよりもっと面白くて奇抜な映画が待っている。感動的な小説に涙を拭いたら、それよりもっと面白い、今度は暖かい気持ちにさせてくれる小説が待っている。
最近では、フモルロックの法規制がまことしやかにウワサされている。未来のユーモアにあてられて、社会全体がその機能を失いつつあった。
「…………今日も来ないか」
僕はホームのベンチを立つと、少しだけ伸びをする。
駅の電光掲示板は『全線に遅れと運休が出ています。』だけを延々と繰りかえす。運転手がいないんじゃ仕方ない。仕事も何もかもすっぽかして熱中するほど、フモルロックの予知する物語は面白いらしかった。
……妬けるね。
改札の駅員もいない。こうなるとまるで大規模なパンデミックでも起きたみたいだった。僕はその生き残り。券売機のすぐそばでいびきをかいているホームレスに気取られないように僕は足音を忍ばせた。
活気無く萎みゆく街が吐きだす、その早春の風に体が冴えかえった。
気のせいか、今日はより一層冷えた。──昨日よりも、その前よりも、ずっと冷えたみたいだった。
未来泥棒に奪われた僕たちの未来。
それはきっと、今よりずっと、暗くて冷たい。
──いっそ、こんなどうしようもなくつまらない世界のことを小説にでも書いてやろうか。
そう思って、すぐにやめた。
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Scenario ended ---
Language JP ---
Word count more than 1,000, less than 50,000 ---
Titled ... "No More Humor" ... saved to "AA:/JP/novel/short/N2956HL" as "15_humor" ---
END HUMORLOCK
HUMOR




