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WordraW  作者:
13/77

013.老いては事をし損じる

Wordle 233 3/6


⬜⬛⬛⬛⬛

⬜⬜⬛⬜⬛

⚪⚪⚪⚪⚪




『老いては事をし損じる』

 ──というのが、日抗組(日本抗加齢組合)の掲げるスローガンだった。

 それは勿論事実その通りであって、日抗組の五万人にも上る組合員は日夜それだけのために活動を続けていたといっていい。……その活動に投じていた時間を各々が自身のための時間に充てていればどれほど有意義だったろうか。そう皮肉の一つや二つ言いたいほど、その活動はなりふり構わないハタ迷惑なものであった。

 けれど、まあ。

『不老術の開発に成功』という大見出しに揺らがないほど、俺は()()()皮肉屋でもなかった。

 

 ◇

 

 経理部田辺さん宛ての書類を小脇に抱えてデスクへ戻る。こんなことなら内線を入れておくべきだった。俺は受話器の向こうに経理事務の平川さんを呼びだす。

 

「はい、経理事務の平川です」

「ああ、もしもし。営業部の川本です。田辺さん今日出社されてませんか」

「はいどうも。経理部の田辺ですね。お待ちください…………はい。ええと、経理部には田辺二人おりますが、どちらの田辺でしょう?」


 下の名前でも答えれば良かったのであろうが、失礼ながら覚えていなかったので、


「身長百八十センチくらいで、かなりガタイの良い方です。つい先日もジムに行ってきたって」


 と見た目の情報で答える。社内だからこれくらい大丈夫だろう。「はいはい」案の定相手も見当はついたようで、トントンと端末を叩く音がしはじめた。

 

「あー、田辺さん、二日前に亡くなってますね」

「え、そうなんですか」


 すわ事故か事件かと身構えるけれど、相手の平川さんは落ちついた声色で「いえ、ご寿命ですよ」とだけ答えた。

 

「ご寿命……はー、そうですか」

「はい。ではまた」


 プツ。途切れた受話器を置く。


「どうした万年おっさん」


 脇から同僚の岩淵が顔をのぞかせた。入社したのは十年も前のことなのに、岩淵の顔はその頃と全く変わっていなかった。高校生くらいの時に個定(とめ)たのか、ニキビがちな顔は見る度に手間がかかりそうだと思わせられる。

 まあ岩淵からしたら俺も似たようなもんか。……個定るにしても四十になってからってのは遅かったよなあ。


「どうも、コナン高校生。筋肉の田辺さん、寿命だって」

「おお、ついにか。あの人俺たちが入社した頃から古株だったもんな」

「そうだったっけ」

「お前はあんまり付きあいなかったっけか」


 仕方ないと、誰にも渡せなくなった書類を肩に担ぐようにして部長の席へと向かう。

 相原部長は相も変わらぬ小さな体で職務に励んでいた。今となってはかなり珍しい(というか、法律で禁止されている)小児施術者の部長は、オフィスチェアにさらに二重の座布団を引いてデスクへと向かっている。新入社員にとっちゃ、部長の娘さんだと聞かされてもなんの違和感もないだろう。

 

「部長。田辺さんですが」

「よ、川本。田辺? ああ、ごめんごめん、もう来ないってね。昨日連絡来たの忘れてたよ。こちらで処理しておこう。ちょーだい」


 部長の小さな手に書類を渡すと、小さなえくぼで「ありがと」と返ってくる。まだ小学生だったのに両親の意向で無理矢理個定(とめ)られたと聞いたときには、なんと痛ましいと思ったものだが……結果だけ見れば大成功だったと言える。『ジェットコースターに二度と乗れない』ってこと以外は。──これは部長の持ちネタ。

 ともかく、愛嬌は大事だよな。いつまでたっても個定ねえ島村の婆さんに何度でも見せてやりたいもんだ。……ま、あの歳で個定ても大して変わらねえんだろうけど。

 

「かぁわ(もと)。そんな顔しない。またリリちゃんのこと悪く思ってるでしょ」

「そんなこと。部長」


 リリちゃんってのは……想像もつかないかもしれないが、島村の婆さんのことだ。島村りり。


「言わなくてもわかるっての。最近の大人は個定(とめ)てないってだけであーだこーだ。あの歳まで個定ずに課長やってんだから大したもんよ。尊敬ならいざ知らず、馬鹿にするなんてあたしが許しません。リリちゃんはあたしの最後の同期なんだから」

「……すみません」

「わかればよろしい。さ、行った行った。丸本商事の方から連絡来てたから、転送メール読んどいて」

「わかりました」


 一体何歳だよ。といつも通りの疑問を抱きながらデスクへ戻る。

 高校生顔の岩淵も外回りに出たようだった。『仕事上がったら飲み行こうぜ』と俺宛ての書き置きがしてある。い、い、ぜとペンで書きつけてからジャケットを羽織った。

 

 ◇

 

「くっかぁああああ…………」

「一杯目みたいに飲むなよ。もうすぐ終電だぜ」

 

 未成年が酒を飲むとはけしからん。なんて昔は言われてたらしいが、個定(とめ)てるヤツがほとんどになった今じゃそんなこと言う方が珍しい。何せいくつのヤツが飲んでてもわからねえんだもんな。仕方ねえ。

 岩淵は高校生らしい無邪気な赤ら顔で気持ちよさそうに鼻歌を歌いながら居酒屋のテーブルに突っ伏した。

 

「かてえこと言うなよ、川本。どうせ先公にゃバレね……げ、ぷ」

「……高校生のときからずっとこれかよ…………」

 

 思い出に浸っているらしい酔っぱらいからジョッキをひったくると、俺はその中身を一息に飲み干す。岩淵からの間の抜けた非難のうめき声を無視して席を立つ。

 

「ほれ、帰るぞ。明日も仕事だ」

「じじいみたいなこと言うなよ。その歳で……おっさん……宵越しの酒が…………うぷ。まだまだ徹夜も……」

 

 …………。

 俺は岩淵の財布から割り勘分の札を抜きとった。


 店を出てから駅まで駆けて終電に飛び乗る。岩淵みたいな赤ら顔の面々が潰れたように席にもたれかかっていた。個定(とめ)てるっていっても際限なく飲めるわけじゃねえからな。岩淵と飲むといつもこうだ。たまには酒無しで美味い飯でも……。そういや、隣駅に評判の寿司屋があった。今度誘ってみるか。


 最寄り駅からうちのアパートまでは歩いて十五分ほど。冬の夜風がまだまだ身に染みたが、帰ればあったけえ布団が待ってる。のしのしと歩幅が大きくなった。

 なじみ深い築三十五年の我がアパートは残寒に沈んでいた。鉄製の非常階段兼な階段がカラカラと寂しげに鳴る。ふと気が向いて、道路に面した防犯意識のカケラもない郵便受けを久しぶりに覗いてみる。手紙やら請求書やらがギュウギュウに詰まっていた。開けた途端、土砂崩れみたいに十数通の郵便がこぼれ落ちる。

 

「あ」


 今まで見たこともない朱色の封筒が入っていた。消印は一週間前、一月三十一日になっている。

 顎のあたりがビクリと震えて、じわりと溶けて、夜風に凍えた。

 すぐにビリビリと封を切って中身を確認する。

 

『川本 延介 殿


本年 二月七日をもって貴殿の寿命が尽きることをお知らせいたします。長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。

世界中の人々が、老いから解放されますように。


世界抗加齢組合』

 

 手元の時計は丁度二十四時を指そうとしていた。




ELDER

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