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 ――杉並第二ダンジョン入場口


 金属鎧やローブなどを身に着けた人々でごった返すダンジョンの入場口。 

 俺はスマホをいじって送信する文言を考えていた。


「一身上の都合により、本日を持って退職させていただきます……うーん、普通だなあ」


 中学を出て5年も勤めた組織を辞めるのだ。

 もう少しドラマチックな何かが欲しい。


 スマホを片手に考え込んでいると、遠くで爆発音が轟いた。

 そちらの方向を見ると、青空に一筋の黒煙が立ち上っている。


「あ、やべ。もうこんな時間か。急がなきゃ」


 アジトに仕掛けた時限爆弾が作動したようだった。

 俺は退職の文言に「追伸:ばーかばーか」と書き足して送信し、スマホを握りつぶした。


 組織支給の品なのだ。

 位置はGPSで常に補足されているし、盗聴器や自爆装置がついている可能性もあるので油断できない。


 俺はスマホの残骸をゴミ箱に捨て、生まれてはじめてダンジョンに潜った。


 * * *


 ダンジョン。

 それは約20年前に突如発生した異空間である。


 発見以降、各地で発生と消滅を繰り返しているため、正確な数は把握されていない。

 ダンジョンからは通常の科学技術では製造できない魔法の品や、特殊な性質を持つ素材、未知の動植物などが手に入る。

 レアメタル鉱山も油田も相手にならないお宝の山に、一獲千金を夢見た人々が「冒険者」となって殺到した。


 大金の動くところ、徴税の機会あり。

 というわけで、公的機関に捕捉されたダンジョンは政府の管理下とされた。

 入場する冒険者から料金を徴収し、財源としているというわけだった。

 おかげさまで、ただでさえ薄かった俺の財布は空っぽだ。


 もう地上に戻るつもりはないから無一文でも問題はないのだが……金がないというのはなんとも心細いものである。

 給料日前になるともやし炒めばかり食べていたことを思い出してしまう。


 ……っと、悲しい思い出に浸るのはやめよう。

 まずは目の前のダンジョンに集中しなければ。


 先ほどからでかいコウモリや半透明の水球のような生き物が襲いかかってくるのを素手ではたき落としながら石畳を進む。

 入場口で無料で配られていたパンフレットによると、吸血蝙蝠(ヴァンパイアバット)とノーマルスライムというモンスターらしい。


 どちらも持ち帰って売れば金になるらしいが、いまの俺には関係ない。

 食用も可能だというコウモリの死骸だけ何匹か拾ってバッグに詰め込んでおく。


 床だけでなく、壁や天井まで長方形の石で覆われた通路を進んでいくと、すれ違った冒険者たちからぎょっとした目で見られた。


「あの、君、そんな装備で大丈夫か……?」


 心配げに声をかけてきたのは金属鎧に身を包んだ中年男だった。

 俺の給料半年分はしそうな立派な鎧である。


「あー……たぶん大丈夫じゃないっすかね?」


 一方、俺が身につけているのは量販店で買ったジャージの上下にスニーカーだ。

 下着込みでも3000円ってところだろうか。


「余計な心配かもしれないが、2層には下りるんじゃないぞ? 1層より危険なモンスターがたくさん……」

「あざっす! 大丈夫っす! 気をつけるっす!」


 心配してくれるのはありがたいが……1層に留まっていてはすぐに組織の追手に見つかってしまうだろう。

 危険だろうがなんだろうが、どんどん進んでいくしかないのだ。


 おっさんと話している間にも襲ってきたコウモリをはたき落とすと、またしてもぎょっとした目で見られた。


「もしかして、武器も持っていないのかい?」

「あー、大丈夫っす。俺の武器はこいつっすから!」


 拳を握ってガッツポーズを見せると、おっさんは納得したようにうなずいた。


「なるほど、モンク系統の(ジョブ)なんだな」

「そーっす、そうなんす」


 職といえば、ついさっき無職になったばっかりなんだよなあ。

 文句ばっかり言われる職だったのは間違いないけど。


 引き止められても困るので、適当に受け答えをして先へ進む。

 パンフレットの地図によれば、もうすぐ第二層へつながる階段があるはずだ。


 * * *


 ――杉並第二ダンジョン第二層「白骨エリア」


 ひっきりなしに襲いかかってくる白骨をべしべしと素手で砕いていく。

 お(こつ)を砕くなんて罰当たりにもほどがあるが、これはダンジョンから生成されるモンスターであって、人骨ではないらしい。


 スケルトンという名前で、簡単な武装もしている。

 ダンジョン初心者は要注意……とパンフレットに書かれている。


 だが、俺にしてみれば苦戦するような相手じゃない。

 組織の下級戦闘員でも楽勝なんじゃないだろうか?

 俺も階級で言えば下級戦闘員だったのだが、それは実力に見合った評価じゃない。

 中卒という学歴が足を引っ張ったこともあり、昇級考査でいつも落とされ続けたのだ。


 高卒や大卒の後輩たちがあっという間に俺を追い越していくのをうっかり思い出して落ち込みそうになる。

 いや、そんなことはもう忘れろ。

 もう組織を捨てて自由になったんじゃないか。


「俺は自由だぁぁぁあああーーーー!!!!」


 テンションを上げるために叫んでみたら、周りの冒険者達から変な目で見られた。

 あ、すんません。ついうっかりですね……。


 俺は涙をこらえながら、スケルトンたちをなぎ倒して三層へ向かった。


 * * *


 ――杉並第二ダンジョン第三層「草原エリア」


 階段を降りると、そこは草原でした。

 第二層までとはがらりと風景が代わって、見渡す限りの草原が広がっている。

 見上げれば青空に太陽が輝いている。


 こんな空間が地下にあるはずがないのだが、現実に存在するのだから仕方がない。

 そういうものだと思って受け入れるしかないのだろう。


 無料パンフレットに案内があるのはこの第三層までの情報だ。

 そこから先の情報は有料のガイドブックにしか書いていないらしい。

 文無しの俺は当然買っていない。


 立ち読みで済ませようと思ったのだが、きっちりビニールテープで封印してあった。

 なんともまあ、さもしい商売をしやがる。


 ともあれ、この第三層では南西に見える森の奥に階層ボスとかいうのがいて、それを倒すと第四層に進めるそうだ。

 ぐずぐずしていると追手に捕まるかもしれない。

 とっとと進むとしよう。


 * * *


「くっそ広くねえか……第三層……」


 時折草むらから飛び出してくる狼型モンスターを殴り飛ばしながら歩くこと数時間、太陽が地平線に消えそうになってようやく森の入口についた。


 このあたりまで来ると冒険者の数もまばらだ。

 夜間に森に入るは危険だと判断しているのか、野営の準備をしているパーティの姿がいくつか見える。


「うーん、くたびれたし、俺もここで野宿するか」


 追手を警戒してここまで急いできたが、爆破の混乱もあるだろうし、すぐに追いかけては来れられないだろう。

 一度入社したら死亡以外に退職が許されないとか、ブラックにもほどがあると思う。


 スポーツバッグからダンボールを取り出し、地面に敷いたら寝床の完成だ。

 晩飯として確保していたコウモリだが……これはどうやって食ったらいいんだ?


 とりあえず、森から枯れ枝を拾ってきて焚き木の用意をする。

 乾いた枯れ葉に百円ライターで火をつけ、徐々に大きな枝に火を移していく。


 ヒーローとの戦いではろくに弁当も支給されないから、こういうことばかり妙に上達してしまった。

 ヒーローや上級怪人たちが差し入れのロケ弁を美味そうに食ってるのを見ながら、炙った野ネズミやアオダイショウをかじるのは惨め極まりなかった。


 いや、そこまでひどいのは俺くらいで、同じ下級戦闘員でもよその組織の人はコンビニ弁当くらいは食べてたけど……。


 どうしてそこまで貧乏を強いられていたのかといえば、俺の就職した組織が超ド底辺の戦闘員派遣会社だったからだ。

 戦闘員派遣会社のビジネスモデルは単純だ。

 ジャークダーやらワルイゾーなどの大手悪の秘密結社からの依頼を受けて、所属の戦闘員を貸し出すのである。


 といってもそういった大手が直接依頼をしてくるわけじゃない。

 たいていは戦闘コンサルティング会社が間に入っており、そこが複数の戦闘員派遣会社に声をかけて必要な頭数をかき集めるのだ。

 そして戦闘員派遣会社にもランクがあり、自社の人員が足りないときや、危険過ぎる現場の場合はさらにその下請けから戦闘員を調達……というピラミッド構造になっている。


 中抜きにつぐ中抜きのせいで、ピラミッドの最底辺にいる戦闘員派遣会社の実入りはごくわずかだ。

 おまけのその最底辺の中でも最底辺である俺の給料など雀の涙がペットボトルに感じられるレベルである。

 まったく、世知辛い世の中だ……。


 焚き火が大きくなってきたので、コウモリをそのまま中に突っ込んでみる。

 動物の皮は強いから、こういう雑なやり方でも中の肉まで黒焦げになることはそうそうない。

 仮に多少焦げてしまったとしても、生焼けを食って腹を壊すよりはマシだろう。


 元から黒いコウモリがさらに真っ黒に焼けたところで火から引きずり出す。

 皮をむしると白い肉が露出した。

 ほかほかと湯気を立ててなかなか美味そうだ。

 塩を振ってかじると案外悪くない。

 コウモリを丸ごと平らげるころにはあたりはすっかり暗くなっていた。

 焚き木の始末をして、ダンボールに寝転がることにしよう。


「あの、退魔香(たいまこう)も焚かずに寝るんですか……?」

「たいまこう?」


 おやすみモード直前の俺に話しかけてきたのはメガネをかけた女の子だった。

 白いローブを着て、三編みのおさげを垂らしている。


「……退魔香ないと、モンスター来る」

「蚊取り線香みたいなもの?」


 ぼそぼそと小声でしゃべったのはメガネちゃんの後ろにいる女の子だった。

 長い前髪に目が隠れており、黒いローブを着ている。


 年齢は二人とも女子高生くらいだろうか。

 俺も高校に通えていたら、こんな子たちとワイワイキャッキャする青春が送れていたのだろうか。

 くっ……急に目頭が熱くなってきた。

 こらえろ! ここで泣いたら、ここで泣いたら……なんというか……いたたまれない!


「蚊取り線香ですか。まあそんなようなものと言えなくもないですけど」

「……蚊に刺されても死なないけど、モンスターに刺されたら死ぬ」

「上手い!」


 脳天気な受け答えをする俺に女の子たちは呆れ顔だ。

 まあ、言われてみれば俺もたしかに油断が過ぎたかもしれない。

 ここまで遭遇したモンスターが雑魚ばかりだったから、警戒心というものがすっかりなくなってしまっていた。


「とはいっても、持ってないもんは持ってないんだよなあ」

「それなら、私たちが近くに野営してもいいですか?」

「……数がいた方が、襲われにくい」


 なるほど、そういう思惑で近づいてきたのか。

 でもそれなら他のパーティの方が数が多くて安心じゃないの?


「男性ばかりで人数の多いパーティはちょっと……」

「……別の意味で、危険」


 あー、そりゃそうか。

 ダンジョンに潜ってるからか弱いってことはないんだろうが、男ばかりのパーティと合同で野営では物騒だろう。

 そこにおあつらえ向きに男一人の俺がいたってことなのか。


 俺は二人の提案を受け入れ、一緒に野営をすることに決めた。

 退魔香とやらのお礼にコウモリ肉を差し出したら、すっごい微妙な顔で感謝された。

 なんでや。


 * * *


 翌日、まばゆい太陽の光で目を覚ますと、二人の姿がなくなっていた。

 太陽の位置から察するに、昼過ぎまで眠りこけてしまったようだ。


 組織にいたころは日の出前に起きて始発で現場へ出勤とかしょっちゅうだったから、眠れるときにはなるべく長く眠る癖がついてしまっているのだ。

 ヒーローや怪人たちは前泊しているというのに……下っ端の辛いところだった。


 退魔香の燃えカスの横に、メモ用紙が1枚置いてある。

 そこには丸文字で「昨日はありがとうございました。おじさん!」と書かれていた。


 おじさん……おじさん……まだ十代なんだけどなあ、俺。

 長年の貧乏暮らしのせいで老け込んでしまっているのだろうか。


 メモと一緒に、チョコ菓子がひとつ置かれていた。

 チョコなんてめったに食べられなかったから素直にうれしい。

 包装をやぶいて口に放り込むとたまらない甘みが口の中に広がる。


 前にチョコ食べたのはいつだっけ……。

 たしか、斬殺怪人キルレインさんが差し入れにくれたのを食べたのが最後だな。

 あの人は年に1回チョコをくれる、業界では珍しい親切な人だった。

 どうせ爆破するくらいならとアジトにあった忘れ物を拝借してしまったが、いまさらながら申し訳ない気持ちになってくる。


 まあ、いい。

 とにかくリセットだ。

 人生を取り戻すのはこれからなのである。

 ダンジョン深層の亜人の都市や、異世界までたどり着ければこちらのものだ。

 組織のことや日本のことは一切忘れて新たな人生を歩むことにしよう。


 そのためには、まず組織の追手から逃げ切らなければならない。

 寝床のダンボールを畳んでバッグにしまい、第四層への階段がある森の奥へと向かうことにした。


 * * *


 ――杉並第二ダンジョン第三層深部「森林エリア」


 森の奥は薄暗かった。

 鬱蒼と折り重なった木の葉に陽光がさえぎられているせいだ。

 地面まで日光が届かないせいか下草は少なく、歩きやすい。


 ニホンザルから全身の毛を抜いて、赤黒いラッカーを塗りつけたような気持ちの悪い生き物が襲いかかってくるが、相変わらずワンパンで処理である。

 こちとら毎日のように垂直跳びが10メートルを超えるような化け物(ヒーロー)と殴り合っていたのだ。

 この程度で怪物(モンスター)とか言われてもピンとこないのである。


 赤黒い猿――パンフレットによるとゴブリン――を殴り倒しつつ進んでいくと、少し拓けた場所が見えてきた。

 おそらくあそこが第四層への階段がある場所なのだろう。


 逸る気持ちに身を任せ、早足で向かっていくとなにやら争う音が聞こえてきた。


「聖なる障壁よ、邪悪を防げ! 聖なる壁(ホーリーウォール)!」

穿(うが)てっ! 魔力の矢(マジックボルト)!」


 見ればそこにいたのは一夜を共にした女の子二人組だった。

 っても決してえっちな意味じゃないけど。


 メガネの子が両手を前に突き出し、半透明の壁を展開させている。

 その後ろで、前髪の長い子が杖を振るって白く輝く矢を発射していた。

 おお、これが魔法ってやつだな。


 相対しているのはでかくてマッチョなゴブリンだ。

 パンフレットによるとエリートホブゴブリンというらしい。

 木を削り出しただけの大きな棍棒を振りかぶっている。


 棍棒が振り下ろされると、半透明の壁はあっさりと砕け散った。

 その間も前髪の子が放つ魔法がエリートホブゴブリンに突き刺さっているが、まるで効いていないようで意にも介されていない。

 うーん、こりゃマズそうだな。


 続く棍棒がメガネの子に直撃しそうだったので、割り込んでそれを蹴り飛ばす。

 バランスを崩したエリートホブゴブリンがたたらを踏んで後ろに下がった。


 普通の木材なら粉砕できる強さで蹴ったのだが、棍棒は折れもせず健在だった。

 ダンジョン製だけあって、地上の木材より強いのだろうか?


「おじさん!?」

「……なぜ?」

「え、なんか危なそうだったから?」


 なぜと言われても困る。

 赤の他人であれば知らんぷりもしたかもしれないが、多少でも関わりのある人がピンチだったら助けに入るのが人間として普通なのではないだろうか。


 ……いや、中卒で悪の組織に就職した俺が言えた義理じゃないけど。


「それで、これは倒しちゃってもいいんだよね?」

「は、はい」


 よかったー。

 職場の先輩からの聞きかじりだけど、他のパーティーがモンスターと戦ってるところに勝手に加勢するのは横入りといって嫌われる可能性もある行為なのだそうだ。


 体勢を立て直したエリートホブゴブリンが振るってくる棍棒をいなしつつ、これはそろそろあの借り物の試しどきなのではないかと考える。

 余裕のない状況でぶっつけ本番をするよりも、雑魚相手で具合を確かめておいた方がよいだろう。


「『邪刃解放(リベレイション)――人喰い雄呂血(おろち)――』だっけ?」


 キーワードに反応し、左手の薬指にはめた指輪が黒いオーラを放つ。

 それが収束し、手の中に闇よりも黒い刃を持つ日本刀が現れた。

 一切の光を吸い込むようなそれこそが、斬殺怪人キルレインさんの持つ武器のひとつ、『邪刃(じゃじん)人喰い雄呂血(おろち)』だった。


 キルレインさんは最大手の悪の秘密結社であるジャークダーに所属するエリート怪人にも関わらず、うちのような零細の戦闘員派遣会社にもよく顔を出してくれる人格者だった。


 用事が済んでも、ちょくちょく忘れ物をしてまたやってくるのはご愛嬌だ。

 世の中に完璧な人などいないんだなと安心させてくれる。


 俺が使っても発動するものか不安だったのだが、ちゃんと成功してよかった。

 後は目の前のなんちゃらゴブリンで試し切りをさせてもらおう。


「暗黒刀技――邪刃一閃(じゃじんいっせん)――!!」


 人喰い雄呂血を水平に振るうと、何の抵抗もなくゴブリンの身体が上下に両断される。

 黒いオーラが放出され、後ろに生えていた樹々まで切り倒していった。

 うっひょう、すげえ威力だ。


 刀身を確認するが、傷んだ様子は見られない。

 これなら長く使えそうだ。

 だが、武具とは消耗品である。

 試し切りもできたし、ここぞというとき以外は温存することにしよう。


邪刃封印(ヒドゥン)


 収納用のキーワードを唱えると、人喰い雄呂血は黒いオーラに分解されて指輪に吸い込まれていった。

 ホント便利だなあ、これ。

 戦闘員にもこういう武器を支給してくれればヒーローにも勝てるかもしれないのに。


 いまさら思ったところでしょうがないことを心の中で愚痴っていると、ゴゴゴゴと低い音を立ててゴブリンの後ろの地面がスライドし、階段が現れた。

 なるほど、階層ボスとやらを倒すとこうやって隠し階段が現れる仕組みなのか。


「あ、あの、ありがとうございました」

「……おじさん、ありがと」


 振り返ると、腰を抜かした二人が地面にへたり込んだままお礼を言ってくれていた。

 ごめんよ、急にあんな大技じゃびっくりしちゃうよね。

 あと俺は十代だからね、おじさんじゃないからね。


 * * *


 階段を降りていくと、二人も後ろからついてきた。

 階層ボスが守っている階段は、一定時間がたつとまたふさがってしまうらしい。

 そしてまた同じボスが出現するのだそうだ。

 なんとも不思議な仕組みである。


「あの、おじさんは何者なんですか?」

「何者っていわれてもなあ……。あと、お兄さんでお願いします」

「あっ、ご、ごめんなさい。お兄さん」

「……お兄さん」


 若干涙目で訴えたらお兄さんに訂正してくれた。

 なんだかすごく悲しい気持ちになるのはなぜなのだろうか。

 まあそれはともかく、ごまかすメリットもないし正直にぶっちゃけてみよう。


「うーんと、いまの立場で言うなら無職です」

「「無職……」」

「前職は悪の組織の戦闘員でした」

「「悪の組織?」」

「退職を機に職場を爆破して、ダンジョンに逃げてきました」

「「爆破!?」」


 二人のリアクションが想定通りでうれしくなってしまった。

 社則では悪の組織の戦闘員だってことは秘密にしなきゃいけないから、こうやって一般人にぶっちゃけたのははじめてのことだ。

 なんだかすごい気分がいいな。


 歩きながら、つい調子に乗って前職の愚痴を色々話してしまった。

 悪の組織の悪辣な中抜き構造にはじまり、いつまでも認められない昇給、ヒーロー団体との癒着、ああ、そういえば人気のイケメンヒーローが4股かけて女性ファンに刺されてたな。あれはジャスティスパープルだったっけ?


「悪の組織も大変なんですね……」

「……ヒーローもえげつない」

「本当にどうしようもない業界だよ。おまけに死亡以外の退職は認められず、逃げたら追手を差し向けて処分するって、忍者かっつーの」


 ここまで話して俺の方はかなりすっきりしたのだが、二人の表情は引きつっていた。

 いかんいかん、一方的に話しまくるのはモテない男のムーブだと先輩が言ってたな。

 こちらから質問して二人にも話をさせないと。


「そういえば、二人は学生さんなの?」

「はい。正確には学生だった、というべきですかね……」

「……私たちも、逃げてきた」

「へ?」


 逃げてきた?

 小遣い稼ぎでダンジョンに潜る学生もいるっていうから、その手の子たちなのかなと思ってたんだけど、もしかして二人も悪の組織の戦闘員だった?


「いえ、違います。私たちはいわゆる魔法少女というもので……」

「……皇立桜花蘭(おうからん)魔法少女中等学校。略してマジョッコ」


 あー、あー、なんか聞いたことがあるな。

 魔法少女を専門に育成する学校だっけ。

 業界が違うから俺が戦うことはなかったけど、異次元から攻めてきた暗黒生命体から世界を守ってるんだっけ?


「はい、そのとおりです」

「……戦いは日曜の朝に中継されてる」


 知ってる知ってる。

 俺の勤務(戦ってる)時間とかぶるから見たことはないけど。

 でもなんでわざわざ逃げてきたの?

 魔法少女とかカッコいいじゃん。


「それは……」

「……卒業試験で、相棒(バディ)と殺し合いをさせられる」

「へ?」


 今度は俺の方が引きつった顔をする番だった。

 卒業試験で相方と殺し合いをさせるとか、それこそ忍者じゃない?


「だから逃げてきたんです」

「……シオリは殺せない」

「いやー、それは逃げるよねえ」


 魔法少女業界はこっちと違ってもっとキラキラしているものだと思っていたのだが、蓋を開ければこちら同様真っ暗闇だったようだ。

 ひょっとしてヒーロー育成学校でも似たようなことやってたりするんじゃねえか……。

 あいつら明らかに格下の戦闘員でも容赦なくぶん殴るし、人の心を無くしているとしか思えないところあるし。


 いかんいかん、話題がすっかり暗くなってしまった。

 何か他の話題を探さねば。

 あっ、そういえばシオリってメガネちゃんの名前なの?


「メガネちゃんって。はい、私の名前ですよ」

「……ボクはトウコ」

「ごめんごめん。俺はマサヨシだ。正義って書いてマサヨシ」

「悪の戦闘員なのに正義?」

「……悪の戦闘員なのに」

「そ、悪の戦闘員なのに正義なんだよ」


 二人がくすくすと笑っているのを見て俺は心の中でガッツポーズをする。

 これは鉄板ネタなんだよな。

 現場に入るときの自己紹介でこれをやると大抵ウケた。

 顔も知らない両親よ、この名前を与えてくれたことだけは感謝するぜ。


 くだらない雑談をしながら長い階段を降りていくと、第四層にたどり着いた。

 今度の階層も草原らしく、ゆれる葉の海が夕日を照り返して黄金色に輝いている。


「マサヨシさん、提案なんですが」

「何?」

「よかったら、一緒に深層を目指しませんか?」

「……旅は道連れ」

「あー、お互いにお尋ね者だもんね。やっぱり二人も亜人の都市だとか、異世界を目指してるの?」

「はい」

「……うん」


 そういうことなら断る理由もないかなあ。

 率直に言って、俺は腕っぷしには自信があるが、おつむの方には自信がない。

 二人とも魔法使いってことは頭もいいのだろう。


 ダンジョンには謎解き(リドル)もあると聞いたし、自分だけでは突破できない関門も二人がいればなんとかなるかもしれない。

 それに、男の一人旅よりも女の子と一緒の方が楽しいに決まってる。


「よし、それじゃ一緒に行こうか」

「やった! よろしくお願いします!」

「……よろしく」

「こちらこそよろしくね」


 というわけで、三人パーティになって迷宮探索の再スタートだ。

 もう日が暮れそうだから、とりあえず野営の準備をしなくちゃだけど。

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